落ちれば椿
ぷち。
チームアップの会議の折りに八百万がやたらと大きい花束を抱えてきた。
開始時刻ぎりぎりに来たものだから、誰もがその花束に目を奪われた後に、終了後に聞こう、と目を反らした。八百万は重ねられた使われていない椅子の上に花束をそっと降ろして、指定の席に戻った。すぐに会議が始まる。
八百万と直接会うのは久方ぶりであったし、ポニーテールを後ろから見る機会はそうなかったから少し新鮮味はあったものの、背筋をピンと伸ばして話を聞き、意見を求められたらすぐに的確な発言をするその態度は少しの意外性もなかった。副委員長の時から変わりない。
会議が終わると、作戦に向けての少しの緊張感を残して空気は弛緩する。
「クリエティ、あの花束どうしたんだよ」
興味を抑えきれない様子であるヒーローが声をかけた。周りのヒーロー達も八百万の方を向いて話を聞く体勢だ。
「来る途中、生花店のホースの部品が壊れたらしく、道がぐちゃぐちゃで。咄嗟にパーツを創造して応急処置しましたの。修理業者に頼んで、私の作ったものは廃棄するようお願いしたんですが、店員の方が私のファンだったと仰って。業者に頼んで修理はするけどパーツは廃棄せずにお守りとして神棚に置かせてくれと頼まれまして。時間がなかったのでそれで了承したのですが、お礼と応援の気持ちで、といわれてこんなに大きな花束を頂いてしまって」
八百万は眉を下げた。
「似合ってたよ」
「ありがとうございます。ですが私これから直に出張に行かなければなりませんの。花束、どうしましょう……」
「花束持って新幹線乗るクリエティもなんかの撮影みたいで良いと思うけど、大変だな。僕たちで分けるか」
「よろしいのですか?」
「クリエティが良ければ。あ、一枚写真撮っておきなよ。きっと君のこと考えてた選んだ花達だぜ。色もそんな感じ。SNSに上げたりしたら喜ぶよ」
「でしたらどなたか……」
爆豪が写真の上手い同事務所の同僚を呼べば、すでにスマホのカメラの準備は充分だった。ジーンズ姿で八百万もすぐに気付く。
「ああ、ジーニアスの。ありがとうございます。でしたら爆豪さん越しに写真頂けますわね。良いでしょうか? 爆豪さんも」
「大……、いーけど」
花束を抱き抱えた八百万の姿はずいぶん絵になっていた。花束はきっとよっぽどの力作だろう。
「では、このお花達のことよろしく頼みますわ。爆豪さんも、お久しぶりでした」
「大・爆・殺・神ダイナマイトな」
失礼しましたわ、と言い直してから、予定が詰まっているのだろう、八百万は颯爽と会議室を後にした。
同僚が撮った写真を八百万に転送する。良い写真だ。やっぱりやたらと上手い。爆豪は見ていない、優しい頬笑みを花束に向けた瞬間が捉えられている。
「ダイナマイトがクリエティと同窓でなきゃ連絡先交換できたかもしれないのになー」
「聞きたきゃ自分で聞けよ。教えても良い相手と思われてんなら教えてくれるわ」
「おっしゃるとーり」
花束は大きく、量も多かった。バラ、ケイトウ、ガーベラ。その他にもたくさん。全体が八百万のコスチュームを意識したシックな赤で纏まっていて、まあ迫力がある。
「どうすっか」
「ひとり二、三本選んでけば捌けるんじゃねえかな」
「んじゃそんな感じでー」
すぐに話は付き、ひとりが皆さんどうぞ、と花束のリボンをほどくと、わらわらと会議終わりで大抵直帰のヒーロー達が周りに群がる。遠慮がちに取る者も居れば家人が喜ぶと言って大きな花を選び抜いていく者も居た。眺めていればなくなりそうだ。
概ねが捌けた中で残っていたのは赤いバラだった。周りを見回すともうほとんどのヒーローが花を持っている。爆豪はバラに目を落とした。大きい花だ。買えば値も張るだろう。
「なにバラとにらめっこしてんの? 早い者勝ちだったんだから、とやかく言わせないぞ」
「これ花束の中でも特に立派なやつだろ。誰も選ばなかったのかよ」
「やーなんか、赤いバラってこもるだろ、気持ちがさ。みんなそれでちょっと遠慮したんじゃねえの」
いいじゃん、事務所持ち込んでも文句言われたりはしないぜ、と同僚の言葉は続いた。
あの花瓶に赤いバラの花は合うだろうか。想像する。爽やかで手触りの良い青に、バラの赤はちょっと過剰なんじゃないだろうか。確かにベストジーニスト本人ならバラも似合うだろうが、あれは花瓶だ。しかし、案外合うのかもしれない。脳内で想像のベストジーニストがデニムは何にでも合う、と言い出したので爆豪は頭を振った。何にでもは合わないだろう。
「ベストジーニストも喜ぶよ」
頭の中を覗いたかのようなタイミングでさらに言葉をかけられたので爆豪は一瞬焦った。……何を焦ることがあるのだろう。話が変わったわけでもない。爆豪も、同僚も、ジーニアスに所属しているのだからボスの名前が出たって何もおかしくない。
それ以上考えずに爆豪はバラの花を手に取った。覚悟が決まったか、と同僚が囃してくる。
「るっせー元ヤン」
「なんだよ元ヤン関係ないだろ! つかダイナマイトに言われたくねえって!」
現ヤン野郎、と聞いたことのない言葉を使われる。早く帰って水揚げをしてやろうと思って荷物を掴んだ。
事務所に戻って花瓶を探す。聞けばいいだろうと思うのに、棚を開いて確認している。合理的じゃない。
結局廊下の片隅に使われているのを発見した。わざわざ生けられた花を出してまで飾る意味はない。きっとこの花瓶に生けられた花も、誰かの思いが乗ったものだ。
ただ、持ち帰るにもバラは目立つ。いつかのごとく、プラスチックカップに水を入れてバラを差す。重心が高いし花の気高さに似つかわしくないが、その日はそのままで帰った。
翌日事務所に着くと、隣の同僚が少し困った顔で爆豪を見た。
「なんだよ」
「花瓶使われてたか」
「そーだけど」
ううん、となぜだか唸りだしたので放っておくかと思ったが、一つ思い出した。
「写真の撮り方、教えてくれ」
「そのバラ撮んの?」
「うん」
「おっけーおっけー」
なんだか少し元気になって、構図やらフォーカスやらを教えてくれる。
言われた通りに数枚撮って、爆豪は首を傾げた。
「良し悪しがわかんねえ」
「アッハハ!」
「ただのグリッドラインに合わせたバラの写真なんだけど」
「スマホで撮るのまあ記録って感じになっちゃうのかな? カメラ貸すぜ」
変わり無い気がするが爆豪はカメラを受けとった。重い。そこまで興味がなくても知っているメーカーのカメラだ。いいやつだ。
「自分がきれいだって思うところにフォーカス合わせるんだよ」
そうやっているつもりだ。左手よりほんの少しだけ細かい自由の効かない右手で、シャッターを切る。確かにスマホで撮るより奥行きのある写真ができた気がするが、背景がやや乱雑なデスクなので格好が付かない。
「もっと構図を気にしなきゃあ」
「わあってるよ」
少しカメラの角度を上げて、真横からバラの花を写す。大きな花だ。シャッターを切ろうと息を止めたところで、
「おはよう諸君」
ベストジーニストが現れた。
「おはようございます。ベストジーニスト」
「珍しいことをしているね」
「クリエティにお土産貰ったんでダイナマイトが写真の撮り方教えてくれって言うんです。私も張り切っちゃって」
「バラをお土産に?」
ベストジーニストは爆豪の机の上に鎮座ましますバラに目をやった。
「貰い物だとさ」
「立派なバラだ。華がある」
「ンだそりゃ……」
そりゃ花だからな。
「その花瓶はどうかと思うがね。他になかったか?」
「使われてた」
「ああそうか……。もう一個秘蔵のものがあるんだ。貸すよ」
「ん」
「良かったなダイナマイト」
うるせー、と同僚を威嚇しながら所長室に入ると、戸棚からまたデニムの意匠を凝らせた花瓶が出てきた。完全にシリーズだ。色味は違う。こちらの方がシックでバラには合いそうに見える。
「あと栄養剤もどこかに」と、他の引き出しを開けると、ひらりと何かが床に落ちた。白く薄い和紙の上に、花弁が乗ってまるごとラミネートされている。爆豪は思い出した。桜だ。春時の。
「これ落とした」
ベストジーニストは目をパチリと瞬かせた。
「ああ、勿体なくて使わずにいたら、しまっていたままになっていたな」
「使わねえの?」
「惜しくて。一枚だと儚くて仕方ない」
少し色も落ちてしまったんだ、と見せてくる。確かにどこか灰色がかったような色味だ。
「もう捨てれば」
「まさか。大事にするよ。今度はちゃんと本に挟んでおこうかな」
ふうん、と頷いて花瓶を受け取った。良くわからない面映ゆさがあって、振り返らずにドアを閉めた。
机に戻ると、同僚がニヤニヤ笑って爆豪の方を見てくる。
「なんなんだよ」
「いやー? 良かったじゃん花瓶あって」
「ニヤニヤしやがって」
「写真どうする?」
「あー撮る。カメラ貸してくれ」
「んーふ。いいぜ」
先ほどのカメラをまた受け取って、何枚分かメモリーを眺めると、最後の一枚はベストジーニストが現れた瞬間だった。その長身にピントが合っていて、バラは効果背景のごとく見切れている。そういう写真として見れば少し出来が良かった。見なかったことにしてカメラモードに切り替える。
花瓶を得たバラはすっかり収まりどころを見つけて、構図の中に美しく立つ。これでいいだろう、と思って同僚に写真データを送って貰うよう頼む。
最後に撮った写真を八百万に送れば、喜んだ返信が返ってきた。
『立派ですわ。枯れてしまうのが勿体無い。ポプリなんかにされてはいかがですか?』
別にわざわざその通りにしてやる必要なんてものはなかったのだ。ただの気まぐれで、数日後、爆豪はバラを衆目に晒さないようにこそこそ包んで家に持ち帰り、ぷち、ぷち、と花弁を萼から外していった。広げて並べて乾燥させること数日。乾いた赤を瓶に詰めて、蓋を閉じる。通勤用のデイバックに無理やり押し込んだ。
ベストジーニストに花瓶を返しに行くついでに、瓶をもって席を立った。
「見ろよ」
「……この間のバラか? 見事だが」
「褪色最小限。俺の勝ち」
「そ……それを言うために? 栞に対抗して?」
ベストジーニストの驚いたような顔に満足して、爆豪は息をつく。
「これいる? 作ったはいいが使わねえの」
「付加価値がすごいな。他にも集めてチャリティーオークションでもやるか。ああでも」
ベストジーニストは瓶の蓋を開けてすうと息を吸い込んだ。
「いい香りだ」
なんだか暖かな風の吹いたような気分になって、それはやるから好きにしてくれないか、捨ててもいい、と言い置いて所長室を出た。あのバラが爆豪の手元にある必要はないのだ。同僚のカメラで撮って送られてきたバラの写真は全部ダウンロードしてある。ベストジーニストにフォーカスがあってしまったやつも含めて。
チームアップの会議の折りに八百万がやたらと大きい花束を抱えてきた。
開始時刻ぎりぎりに来たものだから、誰もがその花束に目を奪われた後に、終了後に聞こう、と目を反らした。八百万は重ねられた使われていない椅子の上に花束をそっと降ろして、指定の席に戻った。すぐに会議が始まる。
八百万と直接会うのは久方ぶりであったし、ポニーテールを後ろから見る機会はそうなかったから少し新鮮味はあったものの、背筋をピンと伸ばして話を聞き、意見を求められたらすぐに的確な発言をするその態度は少しの意外性もなかった。副委員長の時から変わりない。
会議が終わると、作戦に向けての少しの緊張感を残して空気は弛緩する。
「クリエティ、あの花束どうしたんだよ」
興味を抑えきれない様子であるヒーローが声をかけた。周りのヒーロー達も八百万の方を向いて話を聞く体勢だ。
「来る途中、生花店のホースの部品が壊れたらしく、道がぐちゃぐちゃで。咄嗟にパーツを創造して応急処置しましたの。修理業者に頼んで、私の作ったものは廃棄するようお願いしたんですが、店員の方が私のファンだったと仰って。業者に頼んで修理はするけどパーツは廃棄せずにお守りとして神棚に置かせてくれと頼まれまして。時間がなかったのでそれで了承したのですが、お礼と応援の気持ちで、といわれてこんなに大きな花束を頂いてしまって」
八百万は眉を下げた。
「似合ってたよ」
「ありがとうございます。ですが私これから直に出張に行かなければなりませんの。花束、どうしましょう……」
「花束持って新幹線乗るクリエティもなんかの撮影みたいで良いと思うけど、大変だな。僕たちで分けるか」
「よろしいのですか?」
「クリエティが良ければ。あ、一枚写真撮っておきなよ。きっと君のこと考えてた選んだ花達だぜ。色もそんな感じ。SNSに上げたりしたら喜ぶよ」
「でしたらどなたか……」
爆豪が写真の上手い同事務所の同僚を呼べば、すでにスマホのカメラの準備は充分だった。ジーンズ姿で八百万もすぐに気付く。
「ああ、ジーニアスの。ありがとうございます。でしたら爆豪さん越しに写真頂けますわね。良いでしょうか? 爆豪さんも」
「大……、いーけど」
花束を抱き抱えた八百万の姿はずいぶん絵になっていた。花束はきっとよっぽどの力作だろう。
「では、このお花達のことよろしく頼みますわ。爆豪さんも、お久しぶりでした」
「大・爆・殺・神ダイナマイトな」
失礼しましたわ、と言い直してから、予定が詰まっているのだろう、八百万は颯爽と会議室を後にした。
同僚が撮った写真を八百万に転送する。良い写真だ。やっぱりやたらと上手い。爆豪は見ていない、優しい頬笑みを花束に向けた瞬間が捉えられている。
「ダイナマイトがクリエティと同窓でなきゃ連絡先交換できたかもしれないのになー」
「聞きたきゃ自分で聞けよ。教えても良い相手と思われてんなら教えてくれるわ」
「おっしゃるとーり」
花束は大きく、量も多かった。バラ、ケイトウ、ガーベラ。その他にもたくさん。全体が八百万のコスチュームを意識したシックな赤で纏まっていて、まあ迫力がある。
「どうすっか」
「ひとり二、三本選んでけば捌けるんじゃねえかな」
「んじゃそんな感じでー」
すぐに話は付き、ひとりが皆さんどうぞ、と花束のリボンをほどくと、わらわらと会議終わりで大抵直帰のヒーロー達が周りに群がる。遠慮がちに取る者も居れば家人が喜ぶと言って大きな花を選び抜いていく者も居た。眺めていればなくなりそうだ。
概ねが捌けた中で残っていたのは赤いバラだった。周りを見回すともうほとんどのヒーローが花を持っている。爆豪はバラに目を落とした。大きい花だ。買えば値も張るだろう。
「なにバラとにらめっこしてんの? 早い者勝ちだったんだから、とやかく言わせないぞ」
「これ花束の中でも特に立派なやつだろ。誰も選ばなかったのかよ」
「やーなんか、赤いバラってこもるだろ、気持ちがさ。みんなそれでちょっと遠慮したんじゃねえの」
いいじゃん、事務所持ち込んでも文句言われたりはしないぜ、と同僚の言葉は続いた。
あの花瓶に赤いバラの花は合うだろうか。想像する。爽やかで手触りの良い青に、バラの赤はちょっと過剰なんじゃないだろうか。確かにベストジーニスト本人ならバラも似合うだろうが、あれは花瓶だ。しかし、案外合うのかもしれない。脳内で想像のベストジーニストがデニムは何にでも合う、と言い出したので爆豪は頭を振った。何にでもは合わないだろう。
「ベストジーニストも喜ぶよ」
頭の中を覗いたかのようなタイミングでさらに言葉をかけられたので爆豪は一瞬焦った。……何を焦ることがあるのだろう。話が変わったわけでもない。爆豪も、同僚も、ジーニアスに所属しているのだからボスの名前が出たって何もおかしくない。
それ以上考えずに爆豪はバラの花を手に取った。覚悟が決まったか、と同僚が囃してくる。
「るっせー元ヤン」
「なんだよ元ヤン関係ないだろ! つかダイナマイトに言われたくねえって!」
現ヤン野郎、と聞いたことのない言葉を使われる。早く帰って水揚げをしてやろうと思って荷物を掴んだ。
事務所に戻って花瓶を探す。聞けばいいだろうと思うのに、棚を開いて確認している。合理的じゃない。
結局廊下の片隅に使われているのを発見した。わざわざ生けられた花を出してまで飾る意味はない。きっとこの花瓶に生けられた花も、誰かの思いが乗ったものだ。
ただ、持ち帰るにもバラは目立つ。いつかのごとく、プラスチックカップに水を入れてバラを差す。重心が高いし花の気高さに似つかわしくないが、その日はそのままで帰った。
翌日事務所に着くと、隣の同僚が少し困った顔で爆豪を見た。
「なんだよ」
「花瓶使われてたか」
「そーだけど」
ううん、となぜだか唸りだしたので放っておくかと思ったが、一つ思い出した。
「写真の撮り方、教えてくれ」
「そのバラ撮んの?」
「うん」
「おっけーおっけー」
なんだか少し元気になって、構図やらフォーカスやらを教えてくれる。
言われた通りに数枚撮って、爆豪は首を傾げた。
「良し悪しがわかんねえ」
「アッハハ!」
「ただのグリッドラインに合わせたバラの写真なんだけど」
「スマホで撮るのまあ記録って感じになっちゃうのかな? カメラ貸すぜ」
変わり無い気がするが爆豪はカメラを受けとった。重い。そこまで興味がなくても知っているメーカーのカメラだ。いいやつだ。
「自分がきれいだって思うところにフォーカス合わせるんだよ」
そうやっているつもりだ。左手よりほんの少しだけ細かい自由の効かない右手で、シャッターを切る。確かにスマホで撮るより奥行きのある写真ができた気がするが、背景がやや乱雑なデスクなので格好が付かない。
「もっと構図を気にしなきゃあ」
「わあってるよ」
少しカメラの角度を上げて、真横からバラの花を写す。大きな花だ。シャッターを切ろうと息を止めたところで、
「おはよう諸君」
ベストジーニストが現れた。
「おはようございます。ベストジーニスト」
「珍しいことをしているね」
「クリエティにお土産貰ったんでダイナマイトが写真の撮り方教えてくれって言うんです。私も張り切っちゃって」
「バラをお土産に?」
ベストジーニストは爆豪の机の上に鎮座ましますバラに目をやった。
「貰い物だとさ」
「立派なバラだ。華がある」
「ンだそりゃ……」
そりゃ花だからな。
「その花瓶はどうかと思うがね。他になかったか?」
「使われてた」
「ああそうか……。もう一個秘蔵のものがあるんだ。貸すよ」
「ん」
「良かったなダイナマイト」
うるせー、と同僚を威嚇しながら所長室に入ると、戸棚からまたデニムの意匠を凝らせた花瓶が出てきた。完全にシリーズだ。色味は違う。こちらの方がシックでバラには合いそうに見える。
「あと栄養剤もどこかに」と、他の引き出しを開けると、ひらりと何かが床に落ちた。白く薄い和紙の上に、花弁が乗ってまるごとラミネートされている。爆豪は思い出した。桜だ。春時の。
「これ落とした」
ベストジーニストは目をパチリと瞬かせた。
「ああ、勿体なくて使わずにいたら、しまっていたままになっていたな」
「使わねえの?」
「惜しくて。一枚だと儚くて仕方ない」
少し色も落ちてしまったんだ、と見せてくる。確かにどこか灰色がかったような色味だ。
「もう捨てれば」
「まさか。大事にするよ。今度はちゃんと本に挟んでおこうかな」
ふうん、と頷いて花瓶を受け取った。良くわからない面映ゆさがあって、振り返らずにドアを閉めた。
机に戻ると、同僚がニヤニヤ笑って爆豪の方を見てくる。
「なんなんだよ」
「いやー? 良かったじゃん花瓶あって」
「ニヤニヤしやがって」
「写真どうする?」
「あー撮る。カメラ貸してくれ」
「んーふ。いいぜ」
先ほどのカメラをまた受け取って、何枚分かメモリーを眺めると、最後の一枚はベストジーニストが現れた瞬間だった。その長身にピントが合っていて、バラは効果背景のごとく見切れている。そういう写真として見れば少し出来が良かった。見なかったことにしてカメラモードに切り替える。
花瓶を得たバラはすっかり収まりどころを見つけて、構図の中に美しく立つ。これでいいだろう、と思って同僚に写真データを送って貰うよう頼む。
最後に撮った写真を八百万に送れば、喜んだ返信が返ってきた。
『立派ですわ。枯れてしまうのが勿体無い。ポプリなんかにされてはいかがですか?』
別にわざわざその通りにしてやる必要なんてものはなかったのだ。ただの気まぐれで、数日後、爆豪はバラを衆目に晒さないようにこそこそ包んで家に持ち帰り、ぷち、ぷち、と花弁を萼から外していった。広げて並べて乾燥させること数日。乾いた赤を瓶に詰めて、蓋を閉じる。通勤用のデイバックに無理やり押し込んだ。
ベストジーニストに花瓶を返しに行くついでに、瓶をもって席を立った。
「見ろよ」
「……この間のバラか? 見事だが」
「褪色最小限。俺の勝ち」
「そ……それを言うために? 栞に対抗して?」
ベストジーニストの驚いたような顔に満足して、爆豪は息をつく。
「これいる? 作ったはいいが使わねえの」
「付加価値がすごいな。他にも集めてチャリティーオークションでもやるか。ああでも」
ベストジーニストは瓶の蓋を開けてすうと息を吸い込んだ。
「いい香りだ」
なんだか暖かな風の吹いたような気分になって、それはやるから好きにしてくれないか、捨ててもいい、と言い置いて所長室を出た。あのバラが爆豪の手元にある必要はないのだ。同僚のカメラで撮って送られてきたバラの写真は全部ダウンロードしてある。ベストジーニストにフォーカスがあってしまったやつも含めて。