落ちれば椿

 ざう。ざわわ。

 夏の終わりに、アウトドア用品店で葉隠と会った。
「爆豪くんじゃん! 山登るんだっけ?」
「ん……。寝袋そろそろ買い換えようかと思って試しに来た。そっちはなんだよ」
「話しかけるとビビられるから存在をアピールするために熊鈴でも買うかと思って」
「はあ? 邪魔だろ」
 機能性重視のランタンを見回しながら話す。
「まあねえ」
「どうせすぐ慣れんだろ」
「そうかなー」
 葉隠は大抵自分から喋り出す。ヒーロー活動をする際には気配を消すことも多いから、それが倣いになっていれば慣れない間は驚かれるのかもしれない。
「あのさー、わたしがもしわたしじゃなくて……同じ個性のお母さんとかだったら、どうする?」
 爆豪は顔をしかめた。
「アイデンティティの問題は俺に相談されても解決はしねえ」
「バッサリだ! ひどい!」
「テメーと母ちゃん立ち方とか似てんのか。歩き方とか」
「ええー、わかんないや。爆豪くんそんなところで人間判別してんの?」
「遠目ならな」
「はえー。これから常にスキップで歩こうかな」
「なんでそうなんだよ」
 そのままなんとなく連れだって店内を歩いていると、登山ウェアの陳列棚にたどり着いた。
「登山着てビビッドだねえ」
「遭難して保護色着てたら見つけんの手間だからな」
「わたしもピンクのトレッキングウェアとか着ようかな」
「山に行くんなら舐めたピンクは選ぶな。ドピンクを選べ」
「ド・ピンクを……」
「街中で見かけたら目がチカチカして思わず逸らすようなやつを」
「あはは! え、似合う?」
 ハンガーごとジャケットを前身に当てて、爆豪のことを振り返ってくる。首を傾げる。背筋が伸びているから、服に負けている感じはない。
「……似合うんじゃねえの」
「わーい! でも爆豪くんのセンスって全身黒の謎ロゴだからなあ」
「じゃあ聞くなよ! 出久よかマシだわ」
「いやあどっちもどっち……。爆豪くんも山行くときはビビッドなの?」
「そー」
「え! 見たい!」
 スマートフォンで写真を呼び出して見せてやると、葉隠はとたん笑い出した。
「あはははははは! 爆豪くんて結構オレンジ好きだよね!」
「うるせー」
「いいじゃん。似合ってるよ! この後ろの花はなに? ドピンクじゃん!」
「シャクナゲ」
「アレ、立てばしゃくなげ座れば牡丹……? ん、違うな、立てば芍薬か」
「芍薬はもっとこうわさわさしてるだろ」
 検索して写真を呼び出せば頷く。
「なるほど牡丹に近いのか。んー、でも百合の花はしゃくなげの方が形似てる気がするな」
「やめろ、混乱する」
「あはは!」
 一旦店を出る。自動ドアが開くと外の熱気が一気に流れ込んできて思わず止まった。日陰を求めて回り込むと、店の裏には畑で向日葵が枯れて頭を垂らしていた。直射日光を避けてもこの暑さだ。陽炎が見える。植物はひとたまりもないだろう。
「爆豪くんの買い物は終わってるの?」
「今回は見送った」
 そっかー、と言いながら水色のグローブが萎れた向日葵の花をつんつんとつついている。
「暑くねえの。手袋」
「暑い! 暑いよー、でもどうしようもなくなったらすぐに脱ぐから! 全部!」
「やめろ……」
 確かに日射しをも透過してしまうのなら脱いでしまえば暑さ問題は解決するのかも知れないが。ヒーローってのは格好に頓着する癖にどいつも最悪裸一貫でいく覚悟があるのか。確かに俺だって戦闘中首元がほつれたくらいじゃ頓着しないが。いや一緒にされるのはごめんだ。沈黙が落ちている間に爆豪が考えていると、向日葵をなぞりながら、葉隠が話し始めた。
「向日葵ってかわいいよね。目を惹かれる感じで」
「好みだろ」
「まあね。……あのさー、爆豪くんに言うのも変かもだけど。私と話すときって首とか胸とかと目を合わせるひと結構いるんだけど、それはもう、昔っからそうなんだけど。久々にみんなと会うと、目が合うし、皆それが普通みたいなんだよね」
「……」
「なにか言ってよー!」
「何口挟んでもセクハラになる気がする」
「え! そんなことは……。爆豪くんの連想の問題じゃない?」
「……」
「でも、セクハラになりそうな話したことがセクハラか……」
「や……」
「手打ちにしませんか」
「了解」
「あのさ、だからさー、相澤先生がホントに衝撃だったんだよね。初めての授業でちょっとムズいとこに首かしげたら、一瞬で目があって補足説明が飛んできた」
「ああ……。先生ならそうだろうな」
「目が合うの、すごいよねえ。あ、でも爆豪くんのこと注視してたらわたしと目があってた可能性もあるか。爆豪くん問題児だったから」
「おい。てかそんなワケねえだろ相澤先生だぞ」
「んふ。そうだね。相澤先生だもんね」
 向日葵の花を少し持ち上げて見せて、手をゆっくり離した。重たそうだ。ゆらゆらと茎が揺れる。茎から繋がった色濃い影が同時に揺れて、グローブの影が影絵をつくって見せる。手首からTシャツの袖口までは光をそのまま地面に透す。
「ンだそりゃ。カニか?」
「太陽! 向日葵って太陽の方向くっていうけど、枯れちゃったらもう動かないのかな」
「枯れたら動けねえだろ」
「えーちょっと、さみしいねえ」
「そうか?」
 揺れる向日葵の花がゆっくりと振幅を狭めていって止まる。濃い影も同時に止まった。アスファルトの照り返しの眩しさに爆豪は少し目を細めた。
「そうだよ。太陽も自分の方向いてくれてて嬉しかったかもしんないじゃん」
「ふーん」
 少し考えてから、爆豪は話し出した。
「葉隠に今慣れてないでビビってるやつはビビらせとけよ。箔つけろ。どうせすぐ慣れる。見てるやつは見てるだろうし」
「……ほんとー? ていうかめっちゃヤンキーだなあ」
「てめーはけっこううるさいから目立つし」
「ひどいこと言ってる?」
「後ろの席から見た主観的な事実」
「……。でも爆豪くん、わたしの後ろの席の時、わたしを透かして黒板見てたよね?」
「当然だろ。見晴らしがよくて最高だった」
「あーやっぱり! 危ない、見直しちゃうところだった!」
 花が枯れて種を太らせた向日葵を背に葉隠は笑った。空がやたらと青くて色が濃かった。
 声はいつも通りの明るい溌剌とした声だった。
 そんな話をしたあとだったから事務所の花瓶に活けられている向日葵をまじまじ眺めてしまった。まだ瑞々しい。遅咲きなのだろうか。花瓶は例のベストジーニストのものだ。
 なんとなしに、花が今の太陽の方を向くように花瓶を回転させる。それを、日に何度か、気づく度にやっていた。
「君か……!」
 何回目か、通り際に花瓶を回したら、居合わせたベストジーニストが驚いたような声をあげた。
「切り花でも太陽の方に向くんだなと思って感心してたんだが、日の当たる場所ではないのにとも思っていたんだ。助っ人がいたんだな」
 振り返ると思いがけずまっすぐ目があって笑いかけられて、少し怯んだ。
「この花瓶あんたの?」
「そうだ。いいデザインだろう。デニムの色落ちまで表現されているんだ。一点ものだよ」
 コラボグッズとかではなかったようだ。長持ちさせないとな、と花の回りの空気をなぞる。ふーん、と爆豪は頷いた。相変わらずのデニム狂いだ。
「そういやあんたって夏も通してその格好なのな」
「ああ。仕事用具だからね。これが一番似合うし」
「夏用にしようとか思わねえの。空調服とか」
「一度したことがある。まだ若くて暑さに慣れていなかったとき」
「マジか」
「どうしてもシルエットがな……。サイドキックの皆も笑ってしまって。サー・ナイトアイには本当に褒めてもらったんだが」
「見てぇー……」
「衣装部屋にある。今はもう、最悪どうしようもなくなったらすぐに脱ぐから」
「ギリギリアウトな発言だろそれ。見えてんだぞあんた」
「見せないのが技術だよ」
「そーかよ……」
 会話を見守っていた向日葵は花の重さでゆっくりと右に回転した。まるで呆れて首を背けたみたいだった。

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