落ちれば椿
とさ。
短い梅雨が明けた。短いわりにひどい豪雨だった。濃縮すれば梅雨達成ってもんじゃない。終われば一気に暑くなる。エアコンの掃除を終わらせておいてよかった。
公園を走っていたら私服姿の蛙吹に会った。短い梅雨の間に、メディアで活躍、どころかあらゆる活動で忙殺されていたようだが、一瞬だけ隙が出来たらしい。
「紫陽花の盛りを見逃してしまったわ」
茶色に変色した紫陽花の花を見ながら呟く。本当に忙しそうだったから、それも仕方がないだろう。
「北上してけばまだ満開のところあるんじゃねえの」
「そうね。お休みをもらって旅行にでも行こうかしら」
蛙吹が人差し指を口許に立てて微笑む。海開きも前にして到底暇な時間などないだろうから、無駄なことを言ってしまったな、と思って内心で舌打ちをした。立って話しているだけなのに汗が落ちる。暑い。得意な季節ではあるが、危険がないわけではない。相手は尚更。
「この公園自販機あったか?」
「見ていないけどどこかにはあるでしょう。向こうかしらね」
樹木に囲まれた小路の間を歩いていく。枝が張り出していて少し歩きにくい。木々のエネルギーに圧倒される。植物の青い匂いがずいぶんとすると思っていたら、剪定作業が今まさに行われていた。紫陽花の花が切り取られている。
「あら」
とさり、とさり。
切り取られた花が地面に置かれていく。積み重なって、山になっていた。色は様々だ。白、紫、水色。
「青は土壌が酸性でなるんでしょう? 白は何でなるのかしら」
「さあ」
手元のスマートフォンで調べる。
「色素がない品種か日当たりが悪くて発色しないかだとよ」
「そうなのね。ありがとう爆豪ちゃん。同じ株から違う色が出てるように見えるから、日当たりが原因かしら」
グラデーションを作るようにして積み上がっていく花の山をじいっと眺めている。
「欲しいなら聞けば?」
思ったことは言うやつだろう、と思って何気なしに言えば、蛙吹は作業を進めている所に近寄って、気負いなく声をかけた。
「これ、このお花、一つもらうことってできるかしら」
「えああ、捨てちゃうんで、別に……。どうせならきれいなとこ持ってけば? 今からそこ切ります」
振り向いてまだ花のついている木を指差したと思ったら、こちらを見て飛び上がった。
「……ダ、うぇ、あ、ダイナマイト?!」
「そーだわ」
「ここここんにちは」
謎に緊張した面持ちになって、鋏の先が揺れている。危険だ。興奮しないでほしい。爆豪は眉を寄せかけた。
「向こうはまだきれいなお花に見えるけれど、もう切ってしまうの?」
「フッ、ロッピー!」
「フロッピーよ。ちなみに今はプライベート」
コクコクと頷く。そして蛙吹の疑問に答えた。
「えっと、ほんとは全部咲いている間はそのままにしておきたいんですけれど、管理側の予算と時間の都合ですね。全部一斉に手入れしちゃいます。紫陽花が終われば次の花が見頃って広報に出します」
「そうなのね」
「だからあそこの西洋アジサイもこれから花は全部切っちゃいます。よければその……どうぞ」
「ありがとう。嬉しいわ」
さっきよりも丁寧な鋏さばきで柄つきの白い一つを切ると、蛙吹に捧げでもしているのかという恭しい渡し方をした。
「素敵。ドライフラワーにしようかしら。爆豪ちゃんはどのお花にする?」
いらないと言ってしまおうかと思ったが、なんとなく、一つの塊が目に留まった。赤みの少ない、美しい青の花を指差す。
「どうぞ」
渡された花はその大きさに見合った重みがある。礼を言って、くるりと軸を回して一周眺めた。
「あのえっ……と、応援してます。いつも」
蛙吹と爆豪のどちらに視線を向けるか定まらない様子で言われた言葉に、わぁった、と応える。隣でありがとう、と弾んだ声が聞こえた。軽く会釈をして、その場を離れる。自動販売機を探す。日陰に入ると息がしやすくなる。青いにおいを吸い込んだ。自動販売機はやや褪せた色味のせいで背景に溶け込んでいた。見つけるのは蛙吹のほうが早かった。
「奢るわね」
「あ? いいわ」
「爆豪ちゃんのお陰でこのお花が貰えたから。奢らせて」
何もしていないが、引かなそうなので頷いた。スポーツドリンクを選ぶ。
「……あんがとさん」
「どういたしまして」
蛙吹の白っぽいワンピースと白い紫陽花の花はよく似合っていたと思う。
花を持ち帰ったはいいがどうしたものか迷った。家でほとんど見ないまま枯れていくと思うと、蛙吹の顔が浮かんで気まずい。結局、事務所の机の上に持ち込んだ。
「季節感があっていいな。貰い物?」
隣接したデスクから同僚が口を出す。笑いが隠しきれていない。スルーするとパシャリとシャッター音がした。
「おい」
「綺麗だよ。公式SNSに載っけてもらおう」
「俺を写すな。肖像権」
「じゃあ紫陽花だけな」
すーっと寄ってきて紫陽花を接写する。やたらと写真が上手いのだ。
背の高いプラスチックカップは花の重みで倒れてしまいそうだったから、濡れたら困るものたちを離したところに避ける。ついでにペンで櫓を組んでカップの周りを囲っておく。同僚が器用だと言って笑い声を溢し始めた。うるさい。シャッター音もうるさい。
緊急出動要請が入ったので中途半端なまま事務所を飛び出せば、帰ってきた時には櫓は解体されてペンは綺麗に並べ置かれ、プラスチックカップは重みのある花瓶になっていた。
「誰だよ」
「ベストジーニストすよ」
花瓶の表面は布地のような立体模様が入っていて、色は薄藍だ。ベストジーニストコラボ花瓶とかだろうか、まっすぐと背が高いところもそれっぽい。
「『美しいライトブルーだね』とのことです。ベストジーニストのパトロール用のコスに色似てますよね。ちょっと前の時期によく着てた」
オタク語りが止まらなくなりそうなのでわかったと遮る。このサイドキックはベストジーニストの格別の大ファンで、よくこのタイプを事務所に入れたなと初めて会った時は思ったものだが、ベストジーニストについて聞きたいことがあれば本人よりも早く答えが返ってくることすらあるので、なかなか重宝されている。
紫陽花の花は窓から入る日に照らされて薄く光るようだった。こんな日差しが当たったらすぐに褪色してしまいそうだ。ブラインドを下ろして、花瓶を少し奥側に寄せる。眺める。確かにこんな色をしていた気がする。直近で着ていたものは花瓶の色の方に近かったように思う。
茎を撫でた。水気とざらつきがあり、硬い。まだすぐには萎れなさそうだ。
紫陽花から視線を外して、爆豪は報告書の作成に取り掛かった。
花瓶はそのまま机の上に置きっぱなしだ。
紫陽花はしばらく保った。妙に長持ちしたなと思ったら席が隣のサイドキックがこっそり花瓶に栄養剤を入れていたという。爆豪が水を変えるたびにこまめに。
短い梅雨が明けた。短いわりにひどい豪雨だった。濃縮すれば梅雨達成ってもんじゃない。終われば一気に暑くなる。エアコンの掃除を終わらせておいてよかった。
公園を走っていたら私服姿の蛙吹に会った。短い梅雨の間に、メディアで活躍、どころかあらゆる活動で忙殺されていたようだが、一瞬だけ隙が出来たらしい。
「紫陽花の盛りを見逃してしまったわ」
茶色に変色した紫陽花の花を見ながら呟く。本当に忙しそうだったから、それも仕方がないだろう。
「北上してけばまだ満開のところあるんじゃねえの」
「そうね。お休みをもらって旅行にでも行こうかしら」
蛙吹が人差し指を口許に立てて微笑む。海開きも前にして到底暇な時間などないだろうから、無駄なことを言ってしまったな、と思って内心で舌打ちをした。立って話しているだけなのに汗が落ちる。暑い。得意な季節ではあるが、危険がないわけではない。相手は尚更。
「この公園自販機あったか?」
「見ていないけどどこかにはあるでしょう。向こうかしらね」
樹木に囲まれた小路の間を歩いていく。枝が張り出していて少し歩きにくい。木々のエネルギーに圧倒される。植物の青い匂いがずいぶんとすると思っていたら、剪定作業が今まさに行われていた。紫陽花の花が切り取られている。
「あら」
とさり、とさり。
切り取られた花が地面に置かれていく。積み重なって、山になっていた。色は様々だ。白、紫、水色。
「青は土壌が酸性でなるんでしょう? 白は何でなるのかしら」
「さあ」
手元のスマートフォンで調べる。
「色素がない品種か日当たりが悪くて発色しないかだとよ」
「そうなのね。ありがとう爆豪ちゃん。同じ株から違う色が出てるように見えるから、日当たりが原因かしら」
グラデーションを作るようにして積み上がっていく花の山をじいっと眺めている。
「欲しいなら聞けば?」
思ったことは言うやつだろう、と思って何気なしに言えば、蛙吹は作業を進めている所に近寄って、気負いなく声をかけた。
「これ、このお花、一つもらうことってできるかしら」
「えああ、捨てちゃうんで、別に……。どうせならきれいなとこ持ってけば? 今からそこ切ります」
振り向いてまだ花のついている木を指差したと思ったら、こちらを見て飛び上がった。
「……ダ、うぇ、あ、ダイナマイト?!」
「そーだわ」
「ここここんにちは」
謎に緊張した面持ちになって、鋏の先が揺れている。危険だ。興奮しないでほしい。爆豪は眉を寄せかけた。
「向こうはまだきれいなお花に見えるけれど、もう切ってしまうの?」
「フッ、ロッピー!」
「フロッピーよ。ちなみに今はプライベート」
コクコクと頷く。そして蛙吹の疑問に答えた。
「えっと、ほんとは全部咲いている間はそのままにしておきたいんですけれど、管理側の予算と時間の都合ですね。全部一斉に手入れしちゃいます。紫陽花が終われば次の花が見頃って広報に出します」
「そうなのね」
「だからあそこの西洋アジサイもこれから花は全部切っちゃいます。よければその……どうぞ」
「ありがとう。嬉しいわ」
さっきよりも丁寧な鋏さばきで柄つきの白い一つを切ると、蛙吹に捧げでもしているのかという恭しい渡し方をした。
「素敵。ドライフラワーにしようかしら。爆豪ちゃんはどのお花にする?」
いらないと言ってしまおうかと思ったが、なんとなく、一つの塊が目に留まった。赤みの少ない、美しい青の花を指差す。
「どうぞ」
渡された花はその大きさに見合った重みがある。礼を言って、くるりと軸を回して一周眺めた。
「あのえっ……と、応援してます。いつも」
蛙吹と爆豪のどちらに視線を向けるか定まらない様子で言われた言葉に、わぁった、と応える。隣でありがとう、と弾んだ声が聞こえた。軽く会釈をして、その場を離れる。自動販売機を探す。日陰に入ると息がしやすくなる。青いにおいを吸い込んだ。自動販売機はやや褪せた色味のせいで背景に溶け込んでいた。見つけるのは蛙吹のほうが早かった。
「奢るわね」
「あ? いいわ」
「爆豪ちゃんのお陰でこのお花が貰えたから。奢らせて」
何もしていないが、引かなそうなので頷いた。スポーツドリンクを選ぶ。
「……あんがとさん」
「どういたしまして」
蛙吹の白っぽいワンピースと白い紫陽花の花はよく似合っていたと思う。
花を持ち帰ったはいいがどうしたものか迷った。家でほとんど見ないまま枯れていくと思うと、蛙吹の顔が浮かんで気まずい。結局、事務所の机の上に持ち込んだ。
「季節感があっていいな。貰い物?」
隣接したデスクから同僚が口を出す。笑いが隠しきれていない。スルーするとパシャリとシャッター音がした。
「おい」
「綺麗だよ。公式SNSに載っけてもらおう」
「俺を写すな。肖像権」
「じゃあ紫陽花だけな」
すーっと寄ってきて紫陽花を接写する。やたらと写真が上手いのだ。
背の高いプラスチックカップは花の重みで倒れてしまいそうだったから、濡れたら困るものたちを離したところに避ける。ついでにペンで櫓を組んでカップの周りを囲っておく。同僚が器用だと言って笑い声を溢し始めた。うるさい。シャッター音もうるさい。
緊急出動要請が入ったので中途半端なまま事務所を飛び出せば、帰ってきた時には櫓は解体されてペンは綺麗に並べ置かれ、プラスチックカップは重みのある花瓶になっていた。
「誰だよ」
「ベストジーニストすよ」
花瓶の表面は布地のような立体模様が入っていて、色は薄藍だ。ベストジーニストコラボ花瓶とかだろうか、まっすぐと背が高いところもそれっぽい。
「『美しいライトブルーだね』とのことです。ベストジーニストのパトロール用のコスに色似てますよね。ちょっと前の時期によく着てた」
オタク語りが止まらなくなりそうなのでわかったと遮る。このサイドキックはベストジーニストの格別の大ファンで、よくこのタイプを事務所に入れたなと初めて会った時は思ったものだが、ベストジーニストについて聞きたいことがあれば本人よりも早く答えが返ってくることすらあるので、なかなか重宝されている。
紫陽花の花は窓から入る日に照らされて薄く光るようだった。こんな日差しが当たったらすぐに褪色してしまいそうだ。ブラインドを下ろして、花瓶を少し奥側に寄せる。眺める。確かにこんな色をしていた気がする。直近で着ていたものは花瓶の色の方に近かったように思う。
茎を撫でた。水気とざらつきがあり、硬い。まだすぐには萎れなさそうだ。
紫陽花から視線を外して、爆豪は報告書の作成に取り掛かった。
花瓶はそのまま机の上に置きっぱなしだ。
紫陽花はしばらく保った。妙に長持ちしたなと思ったら席が隣のサイドキックがこっそり花瓶に栄養剤を入れていたという。爆豪が水を変えるたびにこまめに。