短文ノック

「でも俺、あなたのことが好きなんですよ」
 心底困った、とでも言いたげに言うものだから、こちらの方が返事に窮した。
「時間とらせてすみません」
 それだけ言い置くと、サイドキックは所長室から出ていった。爆豪は思わず詰めていた息を吐いた。
 ほんの少しも気がつかなかった。俺の見る目も大概だ。
 がしがしと頭をかき回しながら天井を見上げる。事務所という名の自分の城を持ってからもう十年程経つ。軌道に乗るまではずっと寝不足だったが、こうしてサイドキックを雇い入れる余裕もできてからずいぶん経った。順風満帆とまでは言えずとも、なかなか良い調子だと思っていたのだが。
「マジか……」
 部下の様子を見るのも上司の仕事だ。元上司はそう言っていた。定期的に思い出しては元上司の振る舞い方を意識して気を付けていた。だが、部下から寄せられる恋心にはどうするのが正解なんだか、それについては参考にしようがない。何故ならかつての上司――ベストジーニストは当時サイドキックだった爆豪の告白をなんだか曖昧に躱しやがったため。
 実際告白をされてみると大変困るということもわかったし奴は躱し方は巧かったがそれはそれとして死ぬほど腹が立ったことも思い出してきた。最悪だ。何が最悪かってこのままだと奴と同じ過ちを自分が繰り返しかねないことだ。過ちだ。あんなもん。爆豪はそれなりに引きずったのだ。
 事務所の新人サイドキックのファンについての話だった。いわゆるガチ恋というやつで、強烈なアプローチをかけてきているらしい。新人が妙なところで優しさ、というより甘さを発揮して無碍にしないものだから、このままエスカレートしていくとまずいんじゃないか、ということについて話していた。当の新人に「その気」はないらしい。正直一度大事にして痛い目を見れば今後の身の振り方に気をつけるようになるんじゃないか、と雑なことを言えば、ただでさえうちの事務所は炎上しやすいんですよ、と返ってきた。事務所には所長のカラーが出る。つまりそういうことだ。
 面倒だなと思って言ったのだ。そうヒーローに恋しても無駄だって思わねえもんかね、と。そして知り合って長いサイドキックは告白をして去っていった。結局議題は何の進展もしないままだ。
 あー、と声を出す。これはあれだ。あいつの精神の柔らかいところに、傷をつけた。俺が悪い。
 翌日の朝に昨日のことは忘れてください、とだけ言われた。様子を伺いながら数日過ごした。全くもって普段通りの態度だ。優秀だ。爆豪がそういうやつを選んだから。少し自分が緊張していることに気がついて、意識して呼吸を深くする。自分にできる一番真摯な対応について、数日間必死に考える羽目になったから少し疲れた。
「なあ、この前の話」
「忘れてくださいって言ったじゃないですか」
「それは俺には難しかった。だから言うんだが、あの場での発言は取り消させてくれ」
 サイドキックは首を傾げた。
「この気持ちは無駄ではないと。あなたがそれを言うってことは、俺は」
「そして俺の話をさせてくれ。俺ジーニアスにいた頃からベストジーニストのことが好きなんだよな」
「ちょっと待てよ……。あの、どういう話ですか?」
 頭を抱えるようにして上目遣いでこちらを睨む。
「無駄かそうじゃねえか今からあいつに告白して試してこようと思うんだけどお前も来るか」
「どういう神経してるんですか?!」
 サイドキックは叫んだ。自分でも支離滅裂なことを言っている自覚はあったので甘んじて受け入れる。
「え、ていうかなんですか? 今三角関係が成立しています?」
「現状好意が片道通行だけだし二辺しかないから三角成立しねえだろ」
「しれっと振るしさあ……」
「んでどうする。アポはもう取った。てめえに告白しに行くから答えをよこせって」
「いや、あんた……。……あの、なんで俺が行く可能性があると思われてるんですか?」
「お前俺のこと好きなんだろ? 俺の恋路が気になんねえ?」
 いよいよしゃがみ込んでしまった。何かぶつぶつ呟いている。
「あなたって人は本当にどうかと思うし、それでも俺はあなたに惹かれるし、あなたが振られれば俺にもチャンスがあるかもしれないし?」
「来んのかよ」
「行きますよ」
 こうやって腹を決めるのがそこそこ早いところを結構気に入っている。
「これでもしベストジーニストがあなたより俺の方が好みだっていったりしたらどう思うんですか。いや、ないでしょうけど」
「『趣味が合うな』」
「本当に最悪! 俺あなたのことが好きなんですよ!」 
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