短文ノック


 いつからかはわからないが、私服でおろしたてのジーンズに足を通すと、その日は予報に関わらず雨が降るというジンクスがある。逆に雨予報なら晴れるんじゃないかと考えたが、降水確率九十パーセントは容赦なく裾も膝下も濡らしていった。袴田はジーンズも自分で育てたいタイプだから、おろしたてのジーンズは必然藍が濃く、まだ中白の気配をつまびらかにしない。つまりどういう事かというと、色移りにたいへんに気を遣わなくてはいけなくなる。
 手がかかる。だから余計に愛着も湧くというものだ。
 そういう話を爆豪にしていたら、せっかくだから次デートするときはおろしたてを履いてこい、と言う。
「雨になるぞ。いいのか」
「俺が晴らしてやるよ」
 よく言う。じゃあ乗ってやるかと思って、直近の重なるオフを探せば天気予報は晴れマークだった。降水確率四十パーセント。これは今までの経験に照らし合わせれば絶対に降る。ちょっと強めに降る。爆豪はああ言った以上雨具を持ってこないのではないかと思って、二人分入れるくらいの大きな長傘を用意しておいた。背の高さ的に相合傘は難しいかもしれないが、袴田が少し縮んで見せればいいことだろう。爆豪は怒るかもしれないが。
 あらかじめ最初の洗いをかけておいたジーンズもいい感じだ。雨と摩擦で重大に色移りするかもしれないので、他のアイテムも濃色で揃える。コーディネートはやや重たくなってしまったが最高気温的にはちょうどいいだろう。ああ、なんだか、とっても楽しみだ。
 そうしてデートの日がやってきた。空には雲がかかり、空気はしっとりと重い。ピッチリぴったり予定時間に待ち合わせ場所に着けば、爆豪はまだいなかった。スマートフォンを確認すると、『個性事故』『力仕事、人手充分』『二十分』、とだけ送られてきている。二十分。案外長い。もう少し早くこの連絡に気がつければよかったのだが。
 どこか近くの店にはいるほどではないかと思って、その場で待つことにする。端末でデニム誌を眺めていると、液晶にポタと水滴が落ちた。
 ほら、やっぱり。約束の二十分にはまだある。サア、と軽い音をさせながら辺りに水滴が落ちていく。周囲を歩いていた人が駆け足で近くの店舗に吸い込まれていく。袴田は傘を開いた。雑誌はまだ新ブランド特集の途中だ。読んでいればきっと二十分はすぐだろう。

 ブランドのコンセプトとデザインの噛み合いがよく練られてきたことを感じさせて、最後のモデルの着用写真をしげしげと眺めていた。次岡山へ向かうときはこのブランドの店舗にも寄ろう、と考えながら。
「ずいぶん集中してンな」
 声をかけられるまで爆豪が来たことに気がつかなかった。すまない、と謝りながら相手を見れば、デニムのジャケットを羽織っている。暗めの色味にデニム。リンクコーデだ。いや、それより、
「もう傘差してンのあんただけだぜ」
 辺りの雨粒はすっかり姿を消して、空気は少し爽やかさを増していた。傘を畳む。
「おまえは降られなかったのか」
「そ。ちょっと距離あってな」
 雲の切れ目からは日差しが差し込む。爆豪が来たら本当に晴れてしまった。極めつけに、爆豪の背景には虹が出ている。
「おまえはなんだかずるいやつだな」
「はあ?」
「私ばかり眩しい思いをして」
「嬉しいだろ?」
 そう聞かれるともう頷く他にないのだった。デートは始まったばかりだ。大きな長傘を荷物にして、気持ちのいい空気の中を歩き出す。
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