短文ノック

 ベストジーニストがメガネをかけているところを初めて見た。ただでさえ顔まわりの装飾が多いのにメガネまでかけたら素顔が生で見えるところがなくなるなと思う。老眼かよと聞いたら締め上げられた。
「そうだとしてもそんな揶揄する声音で言われることではない」
 怒らせたようだ。ハンズアップしようにも繊維に拘束されていて動けない。
「違うんだろ。なんだよ。おしゃれか?」
 はあ、と大きくため息をついてベストジーニストは寄せていた眉根を緩めた。
「おまえは本当に矯正しがいがあるな。ちなみにこれは試作品のARディスプレイだ。使用感のモニタを頼まれた」
「スカウターみてーなことできんの」
「そこまではな」
 メガネを外して、こめかみを押さえる。ゆっくり瞬きをして、レンズを隔てない瞳が現れた。
「というか情報量が多すぎて疲れる。表示がやたら細かいんだ」
「年齢のせいじゃねえの」
 また締め上げられた。
「きみに早く私と同じ年齢になってほしい。まだなんでもできるくらい若いことがわかるから」
 今度は案外すぐに解放された。ベストジーニストは例のスマートグラスを眺めながらPCに何やら入力している。アンケートにでも答えているのだろう。最新技術に翻弄されるベストジーニスト。事実翻弄されてはいないわけだが、想像すると少し笑える。
「あんたにスマートグラスのモニタ頼むのおかしくね? どっちかというと糸電話とか得意そうじゃん。個性がら」
「ある程度以下の運動量のヒーローに頼んでいるらしい。壊れると困るんだと。ちなみに糸電話はすごく得意だ。だが相手とタイミングを合わせないといけないからな」
「『すごく』得意って何?」
「喋らなくても糸を震わせて音を鳴らすことができる」
「それってあんたの声なのかよ」
「見ようによってはそうだが、まあ違うと言うひともいるかもな」
 喋っている間にベストジーニストがデスクの引き出しを開けたと思うと、糸電話が出てきた。なんだか癪で顔を歪めた。
 どこにでも売っているチープなプラスチックカップの一方を渡される。渋々耳に当てる。ベストジーニストはなるべく遠くに歩いて行った。遠目で見えるくらいの距離を確保して、耳に当てるようよう合図をしてくる。
『本当は綿はあまり糸電話に向かないんだがな。どうだ?』
 耳元でくぐもった声がして鳥肌が立つ。つか何だ。この糸ベストジーニストの今現在のコスチュームから調達されているのか?
『このまま離れてったらあんた半裸になんの? オーバー』
『どこまで歩かせるつもりだ。ならないよ。しない。オーバー』
 糸電話しているのにままごとめいたおかしさを感じながら交互に喋る。
『あれ聞いてみてえ。さっき言ってた振動させて音出すやつ。オーバー』
『わかった。少し待っていてくれ』
 耳を澄ませていると、ぼおという音がだんだん大きくなってくる。声というより音だ。だが何かのリズムを作っている。何十秒か聞いていて気がついた。モールス信号だ。だ・い・ば・く・さ・つ・し・ん・だ・い・な・ま・い・と。他人から散々言われても別に思わなかったが、こう聞くと確かに爆豪のヒーロー名はちょっと長いかもしれない。変えるつもりは更々ないが。
 モールス信号が英式になったと思ったらOver to you、と最後に告げて、静かになった。
『面白えとは思った。オーバー』
『だろう。昔よくやってたんだが、あんまり衰えていなかったな、』
 相手が喋っている間は聞こえないならいいかと思って、すげえじゃん、ベストジーニスト、と呟いた。具体的なシーンが思い浮かんでいるわけではないが、思ったより使えそうだ。
『どうも。そうやって敬う気持ちを育ててくれ。オーバー』
「はあ?」
 大きい声が出た。すると耳元から返事が返ってきた。
『このスマートグラスはAIが少し遠くの人の唇を読んで何を話しているのか伝えてくるんだ。おかげで今日視界がうるさくて仕方がない』
 爆豪がスマートグラスも糸電話も破壊し損ねたのは、どちらを先に片付けたものか迷った隙をトップヒーローに突かれたからだ。断じて顔が熱くなって仕方がなくてパフォーマンスがめちゃくちゃになったとかそういうわけではない。

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