短文ノック
彼岸だったので挨拶に行った。爆豪の構えた事務所から遠くなく、チームアップも頻繁にしていたヒーローが救助活動中の事故で亡くなってから三ヶ月ほどになる。葬儀には行ったが途中で呼び出しがかかり結局最後まで出席はできなかった。盆と四十九日は忙しくてそれどころではなかった。夏は事件も事故も増えるのだ。
まだ日中は暑い。天気予報曰く、彼岸が過ぎたら気温も下がるという。暑さ寒さも彼岸まで。異常気象がそこかしこであるにしても、それだけは今年も事実であるらしい。
件のヒーローの家族はゆっくりと爆豪を歓迎してくれた。御仏前と書いた封筒を仏壇の前の供物台におけば、ベストジーニスト名義からの供え物が目に入った。ヒーロー名義の方がよかったか、と一瞬迷うも、大・爆・殺・神ダイナマイトは大・爆・『殺』・神ダイナマイトでありそれを省略して書くのもなんだか納得できないので、爆豪名義でいいかと考え直した。当の故人にだって『大・爆・殺・神』を省略するなと散々叫んだというのに、死んでしまったからといって許してやるというのも変な話だろう。あの世でも俺のことを呼ぶならちゃんと正式名称で呼んでくれ。
すぐに辞するつもりだったが、遺族はゆっくりと悲しみながら故人の話をするのでそれにしばらく相槌を打った。「立派な最期だったって言ってくださる方もいるけどね」、とすこし落としたトーンで呟いたのがやけに耳に残った。
雄英時代を思い出す。ヒーロー職業倫理学という授業があって、爆豪の場合は教科担当は相澤だった。すこし古いテキストだったと思う。ヒーローはこうあるべき、という理想的な話と現実との折り合いの付け方や、知っているヒーローが人倫に悖る行いをしていた時にどう行動すればいいか、という話が主だった。もちろん爆豪の成績はよかった。成績づけはペーパーテストだったから。一位ではなかったが。
あのテキストは著者の「ヒーローが戦闘中や救助活動中に命を落とすのは名誉の殉死である」とでも言いたげな思想が滲み出ていて気に食わなかった。爆豪よりも相澤の方が納得いっていなさそうだったが。そうだ。だから出題範囲が読めてテストも解きやすかったのだ。
実際現場で命を落としてしまったら爆豪の価値観ではそれは一つ大きな負けであり、名誉でもなんでもない、ただの負けだ。爆豪のこれまでの人生にその黒星はすでに付いている。ベストジーニストや先輩が必死につないでくれたおかげで今俺はここにいる。そんな話をするべきではないことはもちろんわかっていたからただ話を聞いていた。家族から見える像と爆豪から見えていた像にはあまり変わりがなかった。根っからのヒーロー気質というやつだ。
最後にもう一度線香をあげて、その家を出た。「応援しています」と言われた言葉はすこし重く響く。それに頷くのに躊躇はなかった。完全勝利を見せてやれる。俺なら。あの場に俺が居たなら、とすこし思うが、それはとても傲慢なのだろうとも思う。当の本人だって覚悟はあっても、死ぬつもりはなかっただろう。
自分にその時が来たら、と考える。
遺言書は作ってある。部屋だって急に設備点検が入ってもいいくらいには整理されている。そんなことは遠い先になる予定だが、いざ死んだ時、何か悔いは残らないだろうか。サインはもらった。もらえる自分になったと思った時に。わざわざアポイントメントを入れて、会いにいった。ボロボロのカードにオールマイトの文字はまだまだ力強かった。
他にはないだろうか。考えるのはすこし癪だが。ゆっくり思考を浚っていたら思い返したのは、今日見たベストジーニストの文字だった。確か亡くなったあのヒーローは、ベストジーニストの元サイドキックなのだ。ジーパン野郎も葬儀の途中に呼び出しをくらっていた。その場の気分を反映したような雨の日で、喪服で戦うベストジーニストというのはどうにも見ていて居心地が悪かった。あれはもう見たくない。
自分が死んだら見ることはないだろうが、あのヒーローにまたあんな顔をさせるのは望ましくない。爆豪の心臓はエッジショットのお墨付きだ。そうそう止まる予定はない。それでも。
深呼吸する。
今日は休日にしてある。この後久しぶりにジーニアスオフィスに向かうことにして、爆豪は足先を変えた。
ひとつ言っておこう。別にそれで何が起きてもいいや。どうせ俺のほうが長く生きる。今日だっていつか過去になる。
例えば好きだって伝えられたら、そしたら死ぬまで会わなくてもいい。
まだ日中は暑い。天気予報曰く、彼岸が過ぎたら気温も下がるという。暑さ寒さも彼岸まで。異常気象がそこかしこであるにしても、それだけは今年も事実であるらしい。
件のヒーローの家族はゆっくりと爆豪を歓迎してくれた。御仏前と書いた封筒を仏壇の前の供物台におけば、ベストジーニスト名義からの供え物が目に入った。ヒーロー名義の方がよかったか、と一瞬迷うも、大・爆・殺・神ダイナマイトは大・爆・『殺』・神ダイナマイトでありそれを省略して書くのもなんだか納得できないので、爆豪名義でいいかと考え直した。当の故人にだって『大・爆・殺・神』を省略するなと散々叫んだというのに、死んでしまったからといって許してやるというのも変な話だろう。あの世でも俺のことを呼ぶならちゃんと正式名称で呼んでくれ。
すぐに辞するつもりだったが、遺族はゆっくりと悲しみながら故人の話をするのでそれにしばらく相槌を打った。「立派な最期だったって言ってくださる方もいるけどね」、とすこし落としたトーンで呟いたのがやけに耳に残った。
雄英時代を思い出す。ヒーロー職業倫理学という授業があって、爆豪の場合は教科担当は相澤だった。すこし古いテキストだったと思う。ヒーローはこうあるべき、という理想的な話と現実との折り合いの付け方や、知っているヒーローが人倫に悖る行いをしていた時にどう行動すればいいか、という話が主だった。もちろん爆豪の成績はよかった。成績づけはペーパーテストだったから。一位ではなかったが。
あのテキストは著者の「ヒーローが戦闘中や救助活動中に命を落とすのは名誉の殉死である」とでも言いたげな思想が滲み出ていて気に食わなかった。爆豪よりも相澤の方が納得いっていなさそうだったが。そうだ。だから出題範囲が読めてテストも解きやすかったのだ。
実際現場で命を落としてしまったら爆豪の価値観ではそれは一つ大きな負けであり、名誉でもなんでもない、ただの負けだ。爆豪のこれまでの人生にその黒星はすでに付いている。ベストジーニストや先輩が必死につないでくれたおかげで今俺はここにいる。そんな話をするべきではないことはもちろんわかっていたからただ話を聞いていた。家族から見える像と爆豪から見えていた像にはあまり変わりがなかった。根っからのヒーロー気質というやつだ。
最後にもう一度線香をあげて、その家を出た。「応援しています」と言われた言葉はすこし重く響く。それに頷くのに躊躇はなかった。完全勝利を見せてやれる。俺なら。あの場に俺が居たなら、とすこし思うが、それはとても傲慢なのだろうとも思う。当の本人だって覚悟はあっても、死ぬつもりはなかっただろう。
自分にその時が来たら、と考える。
遺言書は作ってある。部屋だって急に設備点検が入ってもいいくらいには整理されている。そんなことは遠い先になる予定だが、いざ死んだ時、何か悔いは残らないだろうか。サインはもらった。もらえる自分になったと思った時に。わざわざアポイントメントを入れて、会いにいった。ボロボロのカードにオールマイトの文字はまだまだ力強かった。
他にはないだろうか。考えるのはすこし癪だが。ゆっくり思考を浚っていたら思い返したのは、今日見たベストジーニストの文字だった。確か亡くなったあのヒーローは、ベストジーニストの元サイドキックなのだ。ジーパン野郎も葬儀の途中に呼び出しをくらっていた。その場の気分を反映したような雨の日で、喪服で戦うベストジーニストというのはどうにも見ていて居心地が悪かった。あれはもう見たくない。
自分が死んだら見ることはないだろうが、あのヒーローにまたあんな顔をさせるのは望ましくない。爆豪の心臓はエッジショットのお墨付きだ。そうそう止まる予定はない。それでも。
深呼吸する。
今日は休日にしてある。この後久しぶりにジーニアスオフィスに向かうことにして、爆豪は足先を変えた。
ひとつ言っておこう。別にそれで何が起きてもいいや。どうせ俺のほうが長く生きる。今日だっていつか過去になる。
例えば好きだって伝えられたら、そしたら死ぬまで会わなくてもいい。