短文ノック

 空が薄青く晴れていた。最近では珍しく過ごしやすい気候だった。息がしやすかった。理由なんてそれで十分だ。そうだろ?
 ベストジーニストは姿勢がいい。指先まで神経の行き届いた独自の美的感性に基づいた整い方をしている。それはもちろん、歩くときも。ベストジーニストが歩くとき、どこか鷹揚とした優雅な雰囲気があるのは何故か考えて、コンパスが長いからだ、と思い至った。手足が長いから、他の人間と同じテンポで歩くと同行者を置いていく。だから他人と歩くとき、一歩一歩が少しゆっくりだ。それに爆豪は気がついたから、「合わせられて」いる、と思った。少しムカついた。
 だから爆豪がベストジーニストと歩くときは、普段よりすこし早足にしていた。普段から決してちんたら歩いているわけではないから、その速度は当然わかるくらい早くなった。
「君は歩くのが速い」
 苦言を呈されて不思議に思った。ベストジーニストの本来の歩くスピードはこのぐらいなんだろうと思っていたから。
「君と歩くと置いていかれてしまう。もうちょっとゆっくり歩いてくれないか」
「ゆっくりでいいのかよ」
「ゆっくりがいいんだ。周りもよく見える。目標に一途なのは間違いなくおまえの美点だが、歩くような速さでしか見えないものもあるし、それを見落としたくないんだ、私は」
 趣味が登山ならわかるだろう、と言われて頷く。置いていきたいわけではなかった。同じスピードで歩いてみたかったのだ。
 爆豪とベストジーニストが連れ立って歩くことなんてそんなにない。でもそれ以降は、特に意識して歩くスピードを速くすることはなかった。むしろ呼び止められて立ち止まったり道端の緑を眺めていたり、そういう余分な時間のほうが多かったくらいだ。ジーンズ姿の通行人を見つけたらすぐに話しかけにいくのはどうかと思う。
 久々にパトロールが一緒だった。インターンも終了間近だから記念に組まされたのだと思う。ベストジーニストは多忙だ。でもゆっくり歩く。
 しばらく周って、歩くペースを意識しなくても同じくらいになっているのに気がついた。
 空は高く、秋の訪れが気温でわかった。辺りに人はいたのはわかっていたけど、それはなんだかどうでもよかった。
 ステップを踏むように、二歩三歩、四歩駆けた。振り返った。ベストジーニストはきょとんとしていた。
 すうと息を吸い込んだ。涼しくて気持ちが良かった。この時間が楽しいと思っていた。
「あんたの!」
 大声が出る。怒鳴るんじゃなくて、ボリュームを上げる方法について散々言われた。言われたから、知っている。
「ことが!」
 風が吹き抜けてそばを落ち葉が飛んでいった。びゅう、吹く音に負けないように。
「好きッ!」
 はあ、と力を抜く。そばの空気がざわついている。でも何も気にならなかった。唯一注意を向けていたベストジーニストは、いつもの通り、姿勢が良い。爆豪が息を整えるのをすこし待って、ベストジーニストはいつもの通りに鷹揚に微笑んだ。
「ありがとう。君の好意に値する私でいよう」
 ふ、と満足で息が漏れた。嬉しくて。
 翌日ネットニュースになっていることを上鳴から教えられた。
「『大・爆・殺・神ダイナマイト白昼の告白劇! ベストジーニストはスマートにお断り』とかなってるけど」
「事実」
「あっ、えっ、まじ! えー!! え、広めない方がいいやつ、だよな?」
「どっちでもいいわ」
「でも結構騒ぎになってるっつーか……」
 上鳴が眉を下げる。他人事だろうに。どいつもそうだが無闇矢鱈とお人よしだ。
「騒ぎになろうが、なんだろうが、事実だし、どうでもいいんだよ」
「そう? でも何かあれば言えよ。俺爆豪と恋バナしてみたいし」
 そう言って上鳴は引き下がった。切島は隣で「漢だぜ……」とかなんとか頷いていた。
 たかが爆豪の恋心に興味のあるやつもいるらしい。すこし笑った。そいつらみんな、今日もベストージーニストの背筋が伸びてる、それに俺がどれだけ満足してるか知らねーんだ。
 ふん、と息を吐く。ベストジーニストは爆豪が見ていない所でも姿勢が良いし、ゆっくり歩くのだろう。それに確信があって、良い気分だった。
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