短文ノック

 夕方五時のチャイムが妙な響きをしていると思ったら街の境界にほど近いところにいるのだった。ここの隣接した自治体ではそれぞれチャイムの音楽が違うらしい。ぐわぐわ響く音を聞きながら袴田は空を見上げた。どうやって帰ろうか。
 特筆すべき逃げ足を持った敵だった。それを工事現場のクレーン車のワイヤーやらなんやらを使い尽くしながら追いかけた。捕えることはできた。ただ何もかもその場で無断で借りたものだから、事後処理が大変なことになるな、とショートカットした道筋を記録していたら捕縛した敵を引き渡した警察車両が引き揚げてしまった。置いていかれた。
 チャイムも鳴り終わったし帰るか、と端末で事務所に連絡を入れれば、そこで待っていてください、と言われた。あと二十分ほど、と言っているうちに通話の背後でアラートが鳴って、三十分ほど、と言い換えられた。三十分あればそれなりに帰れる。そう言おうとした直後にまた今度は書類が雪崩れを起こす音がして、そういうことでよろしくお願いしますベストジーニスト! と早口で言って通話は切られた。書類を整理する時間も必要だろう。言われた通りに待つことにして、果たして十五分後にそれは現れた。
 それ——バイクに乗った爆豪は、袴田を見つけてすぐに目の前までやってきた。
「おまえ法定速度」
「ピッチリ遵守しとるわナメんな!」
 言われた時間より随分早く着いた理由は、通話の背後で鳴っていた例のアラートの案件を迅速に解決したから以外の何ものでもないという。書類はデスクにまだ散乱したままかもしれないが、早く帰れるならありがたい。放り投げられたヘルメットをキャッチする。報告書をいち早く作らなければいけないし各工事現場に謝辞を送るのも決定事項だ。大捕物になってしまった。事務方には迷惑を掛ける。ほんの少々憂鬱だ。
 タンデムシートに跨る。爆豪がサイドキックとして報酬を得るようになっても何やら節制した生活を送っているなと思っていたのだが、ある日突然バイクで通勤してきたからこのためだったのかと納得した。ヒーロー免許と前後して大型二輪の免許も取っていたようだから、免許取得から一年以上は経っている。だとしても自分がここに乗るとは思わなかった。バランスを考えていると足が長えんだよと文句が飛んできた。
「自慢の足だ。スキニーが映える」
 呆れたような顔で返答はせず、行くぞ、と一声振り返って言うと、爆豪は右手のアクセルを捻った。慌てて目の前の身体に掴まる。爆豪が笑った気配がした。
 すっと浮遊感があってそのまま周りの景色が加速していく。袴田だって高速移動の手段はいくつも持っているけれど、新鮮だった。風を切る。目の前には爆豪の背中がある。手が届く。周囲が一瞬で移り変わっていく中で、爆豪だけが確かにずっとそこにいた。
 目の端に見える光景が事務所のパトロール圏内になって、あっという間だな、と少し驚く。バイクはこんなに速いものだったか。
「どこにでも行けそうだな」
 風で聞こえないだろうと思わず呟くと、当然のように爆豪は聞き取って、「当たり前だろ!」と返事が返ってきた。
 当たり前に、どこにでも行けると言う。
 この男に見えているヴィジョンがあまりにも明るくて、それが嬉しくて、タンデムシートの上でそれからずっと笑っていた。事務所まではすぐだった。
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