短文ノック

 珍しく公共交通機関を使ったのが裏目に出た。
 遠くでゴロ、と低音が聞こえたと思ったらあっという間に雨雲がやってきた。ポタ、ポタ、と大粒の雨がまばらに落ちてすぐあたり一面土砂降りになった。袴田の服に刻々と水が染み込んでゆく。夕立だ。
 夏も猛暑は過ぎたと聞くというのに雨粒は温かい。残暑はまだ続くのかもしれない。
 傘がないのでなすすべもない。近くのコンビニに駆け込めば、同じようなことを考えたのだろう客たちで少し混雑していた。多少手で払った程度では服は吸い込んだ水の重さをそのままにしている。時たま落ちる水滴が店に申し訳ないな、と思いつつ、そうそう風邪を引くわけにもいかない。袴田はヒーローなのだ。ベストジーニストはいつだってベストを尽くしきる。自己管理もその一つだ。
 とはいえ店内の冷房で身体を冷やすのも不味い。そう思いながらゆっくりと商品の陳列を見て回る。早く雨が止むといい。エッジショットとコラボしたという商品があったので一つ手に取った。それぞれアピールの強いパッケージたちが、ちょっぴりチープに煌びやかに棚に並んでいる。ヒーローズチップはたまには食べたくなるが献品として大量に届くので事務所にも家にもまだストックがある。そんなことを考えながら物色していると、自動ドアの開閉する音がした。一瞬店内がざわついた後すぐにどこか緊張感のある静けさが落ちる。
 袴田は棚より背が高いものだから立ち上がってすぐに気がついた。店内の他の客たちも店員も皆気がついているだろう。どちらにも。私服だから声をかけないという判断がされているのだろうと思う。
 少し迷っている間に向こうが袴田に気がついた。
「うわあんた、びしょ濡れじゃん」
 そういう爆豪の服はほぼ濡れていない。純粋にコンビニに立ち寄っただけなのだろう。
「傘を忘れたんだ」
「あんたの個性ならなんか出来んじゃねえの」
「技術的には可能だがね」
「何的に問題?」
「公共の場で露出する羽目になる……というかそれ以前に個性の私的利用だな」
「そりゃそうか」
 話している間に爆豪は先ほど袴田が手に取ったのと同じ駄菓子を二袋掴んで、ついでヒーローズチップを一袋取った。
「相変わらず紙原が好きだな」
「あんたもだろ」
「まあね」
 そのままレジに向かおうとする。
「箱でストックがあるのに」
「自分で引くからいーんだろ。つか売上に貢献しろよ」
 細々しいことを言うなと思ってふ、と笑いが溢れた。
「じゃあ私も買おうかな」
「そーしろ」
 会計しようとするのを見送ろうとすれば、相手は「は?」と一音だけ発して、勝手に袴田の手の中にあるものを持っていく。疑問があるのはこちらの方だ。
「奢られないと動かねえのか?」
「いやどうして。雨宿りをしていたんだこっちは」
「俺傘持ってる」
 つまりどう言うことだか考えているうちに会計を済ませてしまった。プロヒーロー二人にレジ前に立たれた店員はじろじろこちらを見ることもない。気遣われているのか心底興味がないのか。
「入ってけばいいだろ。傘」
 店から出ると先ほどと変わらず雨は降り続いていた。
「駅まで送ってくれるのか」
 爆豪が? と半ば信じられないような気持ちで聞けば、あんたその濡れ方で電車乗んの、と返された。つまり?
「駅過ぎるまでに雨止まなかったら俺ん家来いよ。ここ一番近えコンビニなの。シャワーぐらい貸してやる」
 だからあそこの店員俺に慣れてる。と言われて納得すると同時にとてつもない好機に見舞われたことに気がついてしまった。
 好きな人の家に行けるらしい。
 少し浮かれてしまってありえないくらい頭にぶつかってくる傘の布地もどうってことない。傘を袴田が持つか聞いたら断られた。なぜ。
 さっきまで止む瞬間を待ち望んでいた雨も降り続いてほしい気持ちでいっぱいだ。
 結局この後天気がどうなったのかは秘密にしておく。ヒーローズチップのカードは爆豪の幼馴染の笑顔だった。
7/28ページ
スキ