短文ノック
「話がある」から明日の夜なるべく早く帰ってこい、と言ってからずっと袴田は挙動不審だった。何を想像したのかはうっすらわかるものの明日の夜になれば解決することだからと思って放置していた。
その『明日』のことだ。ヒーローとしての仕事はいつも通りピッチリこなしていたのは遠目の画面越しでもわかって、ならまあ大丈夫か、と思っていたのだが。
爆豪が帰ってきた時にはもう玄関に靴があった。マジで早く帰ってきやがった。「ただいま」となおざりに言って、洗面台で手を洗う。「おかえり」そう返ってきた声には緊張があった。マジかよ。そんな……思うか?
なんだかちょっと笑えてきたな、と思いながらリビングに足を踏み入れて、爆豪は思いっきり叫ぶ羽目になった。
「そのバラはなんだ!?」
袴田は項垂れながら顔をその大きな手で隠している。百本とかあるんじゃないだろうかというボリュームを持ったバラの花束がダイニングテーブルの上に堂々鎮座しているのとはミスマッチだった。
「なん、え、はぁ? 何考えてそうなっちまったの」
「同棲と言っても……一緒に住んでいるだけだ」
弱った声が聞こえてくる。うん、と相槌を打ちながら耳を澄ませた。
「そうあるべきだと思うが……、出ていくでも、どうにでもすぐにできるだろうと想像して」
「それで?」
「もう縋り付くしかないと思った。おまえがいない生活が嫌だ」
「そんでバラの花束で本気をアピールしようって? あんたいくつだよ」
もうちょっと考えろ、という声はもう笑っていた。
「縋られるのは趣味じゃない」
しゅんとさらに袴田が少し小さくなる。こっちが笑えているのに懸念は消えないのか、と思ってなんだか意外だった。基本的になんでも良く気がつく奴なのに。
「あんたから離れるっつっても許さねえし」
「うん?」
ようやっと袴田が顔を上げた。する予定だった話とは別のものが進んでいることに気がついたのだろうか。
「別れ話じゃなくてさあ」
「ないのか」
「当たり前だろ」
「当たり前なのか」
当たり前なの、と返す声は甘えが存分に含まれていて、他の人間には聞かれたくないものだと思う。袴田の見開かれた目がぱちぱちと音が鳴りそうな瞬きをした。
「じゃあ今日は何の話を?」
「あんたのデニム部屋に係る電気代について」
向いていた顔が逸らされる。確信犯だ。
「電気代折半っつったよな? 勝手に多く払われるとズレるんだよ会計が」
「私の趣味費だろうと思って。お前の貯金が順調にいけばいいと……」
「言えよ! 口で! そんなだからこのクソでかい花束に帰着しちまうんだよ」
「悪かった」
爆豪にコミュニケーションのことで叱られるとは、という一言が余計だが、これで家計簿を整理するにあたっての疑問事項は解決した。
「それに貯金の件はずっと前に一区切り付いてんだよ。俺に金を渡したいなら稼いで、稼いで、結婚して、遺産として相続させろ」
「…………プロポーズか?」
「そー」
テーブルの上の花束を持ち上げて袴田の肩に軽くぶつける。ボリューム相応に重い。これ高いだろと思って笑った。
「返事は」
「はい……」
袴田がほぼ呆然と返事をした。今日の主導権は完全に爆豪にある。勝利の達成感があって笑みが止まらない。
「んじゃこのバラはデニム部屋で管理しろよ。温湿度完璧だろあの部屋」
「……そうさせてもらうよ」
入りきらないだろうがとりあえず花瓶を探そうと立ち上がると、当然のような仕草で袴田が跪いた。
「実は指輪が用意してある」
「どっ、え、はぁ!? なんで」
「別れ話の前にプロポーズすれば上書きが効くかと」
「あんた時々すげえバカじゃん!」
そう言いつつも、指輪を受け取った爆豪の顔は笑っていた。