短文ノック
頭に触られることに抵抗がなくなったな、と袴田は過去を振り返って思った。抵抗がなくなった、どころか爆豪の方からすり寄せてくるようにもなった。初対面時の職場体験がああだったからかしばらく髪に触れようとすると威嚇が返ってきたものだったが、もう慣れたようだ。
「ぁに考えてんの」
ソファでもの思いに耽りながら床に座る爆豪の頭を撫でていれば、思考が飛んでいたことに気が付かれた。髪を梳く手がぞんざいになっていたのかもしれない。
「懐かれたものだなと思って」
「あぁ?」
途端剣呑な顔つきになる。どうやら選んだ言葉は爆豪のお気に召さなかったようだ。触れていた手を払われた。
「あんた俺のこと犬かなんかだと思ってる?」
「ま……さか」
気高い狼のようだとは少し思っている。
「まさかなあ? 俺が犬だったらあんたのご自慢のデニムボロボロに噛みちぎってやる」
「そうしたら世界に一つのクラッシュデニムとして大切にしてしまうだろうな」
「おい」
外聞の悪さに反して大変躾のなった爆豪は苛立った面持ちで袴田の手を捕まえた。そして無理やり口元に引き寄せて、人差し指を口に含んだ。緩い痛みを感じる。
「飼い犬に手ェ噛まれるバカな飼い主」
口を離したと思うと唇を歪めて笑う。噛まれた傷はないどころか少しの跡も残っていない。袴田が常に素手で人前に立つことを良く知っている。
「まずいな」
「なに」
傷をつけられてもよかったのにと考えてしまった。
「おまえが犬だったら溺愛して誰の目にも触れないようにしていたかもしれない」
「はぁー?」
爆豪はケラケラと笑った。こう笑われると幼さが透けて見えて成人していることを忘れそうになる。
笑いが収まると何か思いついた顔をして袴田の耳に口を寄せる。プライベートスペースにお互いを入れるようになって久しい。
すう、と息を吸う音がして、何を言うのかと思えば、「わん」と小さく吠えられた。そのまま頬をすり寄せられる。
首の後ろに鳥肌が立つ。
「懐いてるから戯れてんの。嬉しいだろ」
「……そうだな」
腕を引いて胴を抱え上げればスムーズに立ち上がった。爆豪は袴田の顔を見ながらニヤニヤ笑っている。
「挑発に乗るよ」
「あははっ!」
弾けるように笑った声が部屋に響いた。犬にも子供にもできないことをすることにして寝室に向かう。頭どころか、だ。どこにだって触れることを許している。それは、お互いに。
寝室に鍵をかける音が、誰もいなくなった部屋にかちゃりと響いた。
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