傷跡



 街は復興している。あの時、荒野と化していたあの場所も町の一角になった。私たちが『見つかった』場所を、復興当初に見に行った時、花が添えられていて、本当に驚いた。
 その花の置主にはしばしば通っているうちに出会った。あのときそばを飛んでいたヘリに乗っていたの、と彼女は言った。彼女には見えていて、だけど、伝えられなかった、と言った。私たちの責任だ、と。ヒミコちゃんのことが誤解されたままなのはずっと嫌で、でも彼女のことを私が勝手に語るのはもっと違うだろうと思った。何も言えなくなって黙ってしまって、そうしているとそのリポーターだという女性から、あなたが彼女を救ったことを、私たちはずっと忘れない、と言われた。
 救えたんだろうか。考えるたびに、ヒミコちゃんが死んでしまったことに直面する。あなたの笑顔がもっと見たかった。生きてたら見れてたかって言えば楽観的にすぎるような気もするけど、私は彼女を笑顔にしたかった。
 悔しいな。思わずこぼれた涙を、伝え広めるのが仕事のその人たちは、周りから見られないように隠してくれた。
 また見に行ったその場所にはいつも赤中心の花束が置いてある。赤なんて一番褪せやすい色だろうに、鮮やかに彼女の周りにはその色がある。ピンクも似合うよ……っていうのは、私のイメージカラーがピンクだから、それに寄せて欲しがってるんだろうか。でもカワイイと思うんだよね。今度、私が持ってこようかな。

 彼女のような痛みを抱える人が少なくなるように、カウンセリングなんかの方面からアプローチをしている。犯罪発生率は減少傾向にあって、それを手放しに喜ぶ声もあるけど、ゼロじゃない。痛みを抱えた人たちが誰かを傷つけることがないように、広く深くキャッチすることができるようになりたい。傷つけられないくらいに強くなって、傷を分かち合えるくらいに弱くなって、手を伸ばしたいし手を取りたい。
 難しいけど諦めちゃったら何も始まらないから。ちょっとずつでも、できること、やってこう。幸いにしてできることは結構増えたのだ。

 久しぶりにオフで、いつかの公園に行った。いつもそうだけど、人出がほとんどない。穴場といえばそうなんだけど、治安的には良くないかなって報告するために頭の中にメモをしておく。
 あの時公園の近くでぶつかった彼女とは、最近もう一度会った。ファンミーティングに来てくれたのだ。薄い長袖の羽織ものを着て、少しぎこちなく笑っていた。応援しています、と、来てくれて嬉しい、ありがとう。それくらいしか言葉を交わせなかったけど、会えてよかった。そう思う。
 ブランコに座って空の色が変わっていくのをずっと見つめる。赤く染まった空は子供の頃の刷り込みのままに別れを思わせる。
 
 強い風が吹いて、隣の空のブランコが揺れた。その揺れが収まっていくまでをずっと眺めていた。

 ヒミコちゃんについて、『もしも』を散々考える。私たち出会い方が違ったら、私は間に合うことが出来たんじゃないかって。でも私と彼女は『あの時』だった。変わらない。
 彼女と出会う前の私にはもう戻れない。出会った後の私だから、必死に手を伸ばしながら生きている。どうかこの手をとって欲しいと祈りながら手を差し伸べる時もあれば、問答無用で掴みにいくこともある。手を握るだけで心が和らぐってあの時デクくんは言っていた。その通りだと思う。手が届けば、その重みを、その痛みを、少しだけでも軽くすることが出来るから。そうしたいから。

 血が巡るように社会は動き続けていて、私たちはその中で易く、荒く、に流れようとするのに必死で抗っている。絶対に前より良くなってるって言い切るなんてことはできない。私たちの知らない場所で誰かが新しい苦しみを抱えてる可能性はいつもある。それでも、良くしたいと、みんながさらに笑顔になって欲しいと、あなたの手が取れる私でいたいと思っている。それを笑ってくれたらいいのにって思う。


 いつまでも塞がらない生傷のような記憶を抱えている。
 時折腹部を眺めて、傷痕が消えていないことを確認する。そして夢想する。あなたのことを。
 その時、もう塞がっているこの傷から滲み、滴り落ちた透明な血の流れる先に、あなたがいたらいいと思うのだ。
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