傷跡


 いつまでも塞がらない生傷のような記憶を抱えている。
 痛みには慣れてしまって、意識せずに日常を過ごすことだってできる。けれど確かにそこにある。ときどき触れて、消えていないことを確認する。
 そういうことが、習慣になっている。

 ぐうっと伸びをして、ひきつれる傷痕をそっと撫でた。もうはっきりと跡になっているその傷は、きっと見る人が見ればなんの跡だかすぐにわかるだろう。一つあくびをする。まばたきの拍子に眦から零れた涙の粒が、そのまま布団の上に落下していった。
 ベッドから降りる。今日も良い朝だ。それは私を喜ばせて、同時に少し私を落ち込ませる。すぐに落ち込んだ分は元の形に戻って、今日も頑張ろう、と拳を握ってから開く。
 ヒーロー・ウラビティは今日も快調だ。やれること、やってこう。

 献血のキャンペーンキャラクターをやることになって、良いのかなっていう不安な気持ちと、光栄だなって思う気持ちとでない交ぜになる。今は光栄さが勝ってる。気が乗ってるこのままポスターの撮影と、インタビューまで受けてしまいたい。梅雨ちゃんに相談したら、あなたを理由にして献血に行ってみようと一人でも思ったならそれは成功なのよ、と教えてもらって、それならできるかもなって思ったりする。ちょっと心が軽くなる。
 お金を稼いで両親に楽させてあげたいっていうのが最初の動機だった。思いの外人気があるらしく……って言うと他人事すぎるかな。応援してくれる人が多くて、本当に力強い。私ひとりじゃ変えられないことも、協力してくれる人がいて、どんどん変わっていってる。良い方に、だと信じている。
 最初の動機とはまた違う一つ、お金を稼ぎたい理由ができたから、じゃんじゃん仕事をしている。自分の個性は汎用性が高くて、災害現場や避難誘導の他にも、子どもたちや学生さん相手のヒーローデモンストレーションなんかでも重宝される。ありがたい。敵犯罪が減少傾向にある今、ヒーローにはこういう仕事がたくさんあって、出会った人たちの気持ちや生活が少し上向きになるといいなって、そう思ってる。

 自分の前の代――つまり当代の献血キャンペーンポスターを見つけて、眺める。キャッチコピーに「勇気」の二文字を見て、思わず呟く。勇気。
 注射がそんな得意な子どもじゃなかったから、勇気が居ることだってこと、すごくわかる。しかも自分の血が抜かれるわけだから、ひどい言い方をすれば、自分が損なわれるような恐怖ってものがあるのではないかと思う。でもそんなことはない。血はまた作られていく。少し血を分けたところで、失われたりはしない。少しでは。

 フッと彼女の顔がちらついた。あなたも、必要だったかな、勇気。どうだろう。

 ポスター用の写真を撮るのにはやっぱり緊張した。コマーシャルとか出させてもらってるしコラボグッズとかもあるけど、いちいちちょっと緊張する。デクくんのオールマイトコレクションみたいに集めてくれている人がいるとしたら……、ひゃあ、面映ゆい。実家でコレクションされているウラビティグッズだってちょっと照れるのに。
 でももしウラビティポスターが理由だとしても、誰かが献血に来てくれるとしたら、いいことだ。動機なんてなんでもいい。少しの勇気のハードルを下げるお手伝いが出来るなら、嬉しい。
 職としてでなく『ヒーロー』になる方法はたくさんあって、医療に協力するというのはそのうちのひとつだなと思う。誰かの心に届きますように。ポスターって言ってしまえばそれだけだけど、そう願う。

 例えば。
 あの場に十分な量の医療資材とスタッフがいたら。移動する前に捕まえられて、病院までの距離が近かったら。そもそも私が刺されなければ。もっとはやく話が出来ていたら。

 すべて私が上手くやれなかったせいだって思うのは間違っている。それに傲慢だ。わかってるけど、あの頃の自分の無力さを見つめるのもそれはそれで少し苦しい。あれが全力だった。
 あの時、私の全力をもってして、彼女を捕まえることはできなかった。それが事実だ。まずずっと悲しかった。今は悔しい。
 今の私があの場に居たとして、あの結末を変えることが出きるだろうか。意味のない仮定過ぎて上手く想像できないけど、たまに夢を見る。なかなか彼女は捕まえられない。私決めました、と笑って、すべてを注いでしまう。そういう日は目が覚めると少し泣いている。
 ねえ、それじゃあ私、さみしいよ。
 腹部の傷をそっと撫でる。

 彼女は血によって変身することが出来た。デクくんのワン・フォー・オールはDNAを介して譲渡されるものだったという。戦いのあと、私の血液検査も入念にされて、私の血だっていうお墨付きが出た。そりゃそうだ。検査結果を聞くときには妙にドキドキしていた。私はなにかを期待していたのかもしれない。期待は外れたんだかなんだかよくわからない。
 私の血だけど、いちおう輸血歴だから、私は献血ができない。そんな人間がキャンペーンキャラクターでいいのかなって思うけど、でも話をもらったとき、一も二もなく快諾した。これはじゃんじゃん稼ぎたいのとは別の理由で。その話は誰にもしていない。梅雨ちゃんあたりは気付いていそうな気がするけど、触れないでいてくれる。抱え込む前に話すって信じてくれているから、私がしまった気持ちのことはそっとしておいてくれる。
 自分を抱きしめて、鼓動に耳を澄ます。心臓によって体の隅から隅まで血液が運ばれていく。どくん、どくん。
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