かさぶた(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
わたしたち、きっと、もっといい出会い方があったんでしょうね。
くらくらして、ふわふわして、目の前が暗くなったり明るくなったりして、
気がつくと、私は火星人なのでした。
火星はいいところです。重力が地球の三分の一ですから、どこに行くにも体が軽いのです。
実は私は地球が出身なのですが、そこからポイと投げ出されて、いつの間にやら火星に着陸していました。動きにくい宇宙服と酸素ボンベと言うのでしょうか、これは。持ち物はそれだけです。もうダメだと、何もしないでと言われた言葉が頭のなかをぐるぐると廻ります。しばらくは宇宙服の中で息をひそめて、酸素が尽きるのを待っていました。地球では何処に行っても息がしづらかったので、宇宙服という密室の中はそれとあんまり変わらないなあと思っていました。
いよいよ目の前のモニターにワーニングやら赤い点滅やらが見えるようになったとき、私は思いました。どうせ死ぬのだから、好きなようにしてみよう。なんにもないところだけど、散策をしよう。そうして、私は火星のみんなと出会いました。なんにもないところなんて、とんでもない!
きっとこの人たちも地球から放り出されたのでしょう。仲間が居たことがなんだかとっても嬉しくて、ここで死んでもいいなって着ていた宇宙服を脱げば、なんとびっくり、私は火星で息ができるのでした。
つまりきっと、私はもともと火星人ということでしょう。どおりで地球じゃ生きられないわけです。火星では、マジックショーをやったり、くっつき合ったり、寒い日には外でアイスを作って食べたり、もっと寒い日には火星のお友達に炎で氷を溶かしてもらって、氷のかまくらで暮らしたりしました。何でもやり放題です。地面を壊して秘密基地をいくつも作りました。何をするにも体が軽くて、つられて気持ちも弾みます。鏡写しみたいにもう一人の自分と話すのは、なんだか不思議な気持ちでした。本音で全部話が合う相手は初めてで、それは嬉しかったのですけど、そもそも自分ですから、自分が思い浮かべたようなことしか話さないのです。恋バナに憧れていたので、それはちょっぴり残念でした。
ここでは私らしくいられます。嘘をつかなくていいし、好きって言っても気味悪がられないし、気味悪がられても気になりません。地球にいた頃は周りと話を合わせて、目立たないようにして、どれだけ嫌なことでも言われたことをやっていれば褒められました。それが当たり前でしたが、私にとっては相当無理してやっていたことだったようです。そりゃそうです。結局破綻して火星に捨てられちゃったんですから。
みんながゲームで盛り上がっているところから抜け出して、辺りを散策します。血のような色をした地面にそっと寝転がると、なんだか満たされるような心地がするのでした。こんな気持ち、地球じゃ味わったことがありません。
そんな、とっても素敵な日々の、ある日のことでした。
とっても大きな人工物が火星に届きました。火星のみんなは、なんだか白けたような顔をして何処かに行ってしまいましたが、私はそれに興味がありました。
私と同じように、地球から捨てられた誰かさんが来たのかもしれないと思ったのです。それが例えば同世代の女の子だったら、一緒に恋バナができるかも! 『普通』の女の子とは、ここでは会ったことがありません。普通だったら、地球で生きていけるか、地球で死んじゃうか、そんなところなのです。だからここには私だけ。だから私は期待していました!
嬉しいことに、期待したように誰かさんは同世代の女の子でした。麗日お茶子ちゃんは、私のことを見てびっくり仰天していましたが、話しかけてみると、なんと一つ違いでした。お茶子ちゃんは宇宙船の中にわたしを案内してくれました。私はもう大喜びで、いろんな話をしました。火星を一周するのにかかる時間、観光名所の氷の海、むかーし好きだった子の話まで。話していると、いろんなことがわかりました。例えば、お茶子ちゃんにも好きな男の子がいること。それから、お茶子ちゃんは捨てられたわけではなくて、火星の調査のためにここに来たということ。
それまでの調査が頓挫したと聞いて、火星のみんなの顔が浮かびました。どうりでつまらなそうな顔をしていたわけです。理想郷に茶々を入れようとする相手を、好きになれるわけがありません。以前の計画がうまくいかなかったのは、みんな達がすっかりその計画を壊してしまったからでしょう。
お茶子ちゃんのことは好きだけど、火星のみんなを裏切ろうと思うほどではありません。地球で生きていけるのだから、地球に帰ればいいだけの話です。
お茶子ちゃんの知りたい、「火星の居住可能性」については話しません。ちょっと困ったようでしたけど、そんなの無理に決まっています。地球人たちがここで暮らそうとしたら、私が地球で暮らしていた時のように、息苦しくって、うまく動けないでしょう。どれだけ上手に生活をこなしても、いつかは破綻してしまうのです。どうすればよかったのかなんて、わかりません。
お茶子ちゃんはわたしたち火星人がいることから、「火星は移住して生活できるところだ」という結論を出したいようでした。でも大気組成だとか温度だとか、そういうことは地球人には厳しい環境ですから、私が素のままで暮らしていることに、首を傾げてもいるのでした。
お茶子ちゃんがちょっと考えてから、ヘルメットを外そうとします。あ、と思いました。ここは宇宙船の中ですから、別に大丈夫なのかもしれません。ですが、私は、お茶子ちゃんがわたしのようにそれを外して楽になればいいという期待と、地球でのわたしのように苦しくなってしまえばいいという意地悪な気持ちとでまぜこぜになっていました。
お茶子ちゃんは結局宇宙服を脱ぎませんでした。ロックを外そうとした途端、大音量で警告音が鳴り出したのです。お茶子ちゃんは何かの計器で周りを確かめた後、やっぱそうだよねと肩を落としました。私はそれを見て、がっかりするような気持ちと、ほっとするような気持ちがありました。自分でもどうなったら嬉しかったのか、はっきりとはわかりません。でも、やっぱり生きていく場所が違うんだ、と思いました。私にとっては苦しかったそれは、お茶子ちゃんにとってはなくてはならないものなのです。
それでもお話ができるなら十分です。そうは思いませんか?
しばらくいるということなので、私は、毎日お茶子ちゃんの元へ通いました。火星のみんなは呆れていたけど、好きにしたらいいと言ってくれました。
私は恋バナに飢えていたので、お話しするのが楽しくて楽しくてたまりませんでした。どうやって生きているのかは答えられないけど、火星のみんなたちの話もしました。お茶子ちゃんのみんなたちへの警戒はバレバレだったけど、それでも最後まで話を聞いてくれました。お茶子ちゃんもいろんな話をしてくれました。地球にいるという、お茶子ちゃんの好きな人の話は、とっても素敵に聞こえました。好きな人の話をするお茶子ちゃんはとっても可愛くて、こんなふうになりたいと思っていた、と思っていたのですが、どうやら少し違う感じもします。よくよく私自身と向き合ってみると、こんなふうになりたいし、それと同じくらい、羨ましい、というか、そんな素敵な感情を向けられたい、ような気がします。
つまり、いろいろなことを話しているうちに、私はお茶子ちゃんのことが好きになってしまったのでした。
ドキドキします。ちょっと落ち着きたくて、地面に寝転んでみようと思ったけど、それでもそわそわは止まりませんでした。恋ってすごい!今までもいろんな人を、ものを、好きになったけど、やっぱりいつだって特別です。でも今までのことを思うと、やっぱりお茶子ちゃんには断られてしまうのかなと思いました。お茶子ちゃんには、好きな人がいるのです。
何より、お茶子ちゃんはとっても地球の人ですから。きっと困らせてしまうでしょう。あーあ、お茶子ちゃんの好きな人になりたいな。でも私、地球の人にはなれません。
なら諦めようとすっぱり割り切れないのが恋心です。私はお茶子ちゃんとたくさん話しました。たくさん遊びました。火星の湖にも連れていきました。宇宙服のヘルメットで顔がはっきり見えないのが残念でなりません。内側からは見やすいのだと言います。
お茶子ちゃんと私は何もかも違って、やっぱり地球の人だなあと思いました。それでも、私が地球にいた頃みたいに、無理して話を合わせたりしないって決めていました。私は誇り高き火星人です!なんちゃって。考え方が合わない時、お茶子ちゃんはそうやなあと考えて、でもわたしはこう思うって教えてくれます。同じじゃないのはどうしても寂しいのですけど、それでも、好きの気持ちは抑えられないのでした。
お茶子ちゃんが、私と同じように、私のこと好きになってくれたらな、って思いました。
でも、同じじゃないのは、仕方がありません。火星人と地球人ですから。お茶子ちゃんは私になれませんし、私はお茶子ちゃんになれません。残念ですけど、仕方ない、仕方ない。
それでも好きって気持ちは誤魔化せません。どうしても抑えきれないけど、拒絶されるのが嫌だったので、なるべくバレないようにしようと思いました。
そうしているとなんと、驚くべきことに、お茶子ちゃんに気づかれてしまいました。
どうしてわかったのでしょう。いつも通りのつもりだったけど、急にお茶子ちゃんが言ったのです。何か無理してない?って。
お茶子ちゃんは火星の風土がどうこうと言いましたが、火星は地球よりずっと生きるのが楽ちんです。無理をしているはずがありません。無理をしているとするなら、それはこの、恋心についてです。
火星のせいにしようとするお茶子ちゃんに苛立って、私は一切合財をぶちまけてしまいました。そもそも最初に暴いたのはお茶子ちゃんです。好きなんです。一緒にいるとドキドキするんです。もっと知りたくなるんです。何かしてしまいそうになるんです。好きで、どうしようもないんです。でも私とアナタは違うんです。わたしはあなたになれないんです。それでも、好きなんです。
お茶子ちゃんはびっくりして何も言えなくなったようでした。ああ、と思います。わたし、失恋でしょうか、これは。お茶子ちゃんが息を吸って、何かを言おうとします。この瞬間はいつも緊張します。
お茶子ちゃんは言いました。違くちゃ、好きだといけないのかな。
私は言いました。同じになれば、好きでいても許されるの。
お茶子ちゃんは言いました。わたしとあなたは違うけど、違うから、一緒に話せて嬉しいなって、会えてよかったなって、話してるとこ、カワイイなって思うよ。
私は何も言えなくなってしまいました。ずるいです。違うけど、違うから。それは、私はお茶子ちゃんのこと好きって言っていいってことです。お茶子ちゃんは、それを許してくれました。
私はわたしの好きなようにやります。火星に来た時にそう決めました。さっきまでは無理をしていたのです。だから言います。お茶子ちゃんのことが好きです。お茶子ちゃんは言いました。わたしはあなたのこと、とっても素敵と思ってる。火星はこんなに苦しいところなのに、楽しそうに笑ってて、そういうところに最初、びっくりした。でも素敵だって思う。この好きは、恋バナをするときに話す「好き」と同じかはわからない。でもあなたのことが好き。火星来るん怖かったけど、あなたに会えて、出会えてよかったって、そう思う。
私は嬉しくて、嬉しくて、でも少し悔しくて、顔が熱くて、泣きそうで、どうしたらいいかわかりませんでした。悔し紛れに聞きます。お茶子ちゃん、どうして私が無理してるってわかったの?
お茶子ちゃんは答えました。いつもと違って、笑い方が苦しそうだったから。いつもはもっと、すんごい可愛く笑ってるんよ。
カワイイですって!聞きましたか。私の笑い方は、カワイイのだそうです。お茶子ちゃんはきっと私と同じ「好き」になってはくれないくせに、嬉しいことばっかりを言います。
私はもう言いたいことを全部言ってしまおうと思って、いろんなことを言いました。地球はすごく生きづらかったこと。火星は息がしやすいこと。火星のみんなと一緒にいたら楽しかったこと。でもお茶子ちゃんが来て、最初はお話しできるだけでよかったのに、好きになって、少し苦しくなったこと。
お茶子ちゃんは恋に苦しさはつきものだからねえと言いました。お茶子ちゃんも苦しい時があるのかもしれませんが、告白されておいてこの言いようはなんでしょう!ずるいひと!
ずるいなって思った勢いでお茶子ちゃんにばっかり顔が見られているのが不公平だと言いました。別にちょっと言ってみたかっただけです。お茶子ちゃんが火星の、私が息をしている場所じゃ素顔になれないことなんてわかっています。
それなのに、お茶子ちゃんは、そうだね、と言って、ヘルメットを外したのでした。
お茶子ちゃんは笑っていました。フェイスシールドを透かして見える顔より、ちょっと赤みがかって見えました。髪の毛のかかり方がこんな風だって初めて知りました。
ヘルメットを外してしまったから、すぐにお茶子ちゃんは苦しそうになります。
わかりません。どうしてそんなことしたの?お茶子ちゃん、わたしが好きって言ったから?
お茶子ちゃんはもがいています。
お茶子ちゃんの考えは全然わからないけど、苦しいんだってことは、それだけはわかるから、何も思いつかないけどとにかく楽にしてあげなきゃと思って、私はお茶子ちゃんのところへ行きました。そうするとなんだか本当に引き寄せるような力が発生していて、私はお茶子ちゃんに急速に近づいて行きました。手が触れました。
するとさらに不思議なことに、私たちは丸ごと何かの引力に流されていくのでした。火星の地面から浮き上がって、まるでお茶子ちゃんの——みたい。そのまま上空に上がっていって、周りは宇宙になってしまいました。
手を強く握ります。周りの宇宙がすごい勢いで流れていくのに対して、私の動きもお茶子ちゃんの動きもとってもスローリーでした。
そうしてあっという間に二億キロメートルを移動して、お茶子ちゃんの呼吸はゆっくりと正常に戻っていきました。それに対して私は苦しくてたまらなくなっていきます。私が苦しそうにしているのを見て、お茶子ちゃんは、自分が被っていたヘルメットをわたしに被せました。
別にそれですごく楽になったりはしません。多少変化はあれども、依然として苦しいままです。地面が見えてきます。地球の地面です。
どんどん身体を動かすのが難しくなります。地面はどんどん近づいてきます。脚が重くて靴も重くて、靴擦れができそう。そんなことを考えていたら、お茶子ちゃんの手が改めて私に触れて、するとフワッと身体が軽くなりました。
お茶子ちゃんはふんわりと地面に降り立ち、歩き始めます。手を繋いだまま、私はそのとなりで歩きます。実際はちょっぴり浮いているので、歩いているとは言えないのかもしれませんが。
まるで火星にいるときみたいに身体が軽くて、せっかくだけどあんまり意味のないヘルメットをとってしまえば、お茶子ちゃんと素顔で顔を合わせるのはこれで二回目です。ちょっとの息苦しさも気にならないくらい、楽しいのです。好きな人が私と一緒にいてくれる。一緒に歩いてくれる。この手を取ってくれる。私を受け入れてくれる!こんなに嬉しいってこと、わたし、知らなかったかもしれません!
でも、ずっとこうしてもらっているわけにはいきません。
手を繋いだまましばらくぷかぷか浮いて、せーの、と呟いて地面に足をつけます。
そうして、地球に落ちると、私は火星人ではなく、ただの女の子なのでした。
目を開きます。一面だだっ広い平地の中で、私たち二人、寝転んでいます。地面にお茶子ちゃんの血が滲んで赤く見えます。お茶子ちゃんがこっちを見ていました。結局私たちはこんなところに落っこちています。笑ってみせました。お茶子ちゃんが世界一可愛いって言った笑顔です。
身体がどんどん重たくなって、やっぱり地球は生きづらいなあと思いました。
みんなが好きに生きれるといいと思いました。全部壊してでも。それは変わりません。
それでも、今私はありたい姿があって、とびきりかあいく笑いました。
それじゃあバイバイ、お茶子ちゃん。ずっと、あなたに出会いたかった!
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