ゴーストライクユー
一度大きく盛り上がったあと、怪談話は徐々に収まっていった。爆豪もわざわざ怪談話を遮るくらいのことはした。そのせいで爆豪が怖い話が苦手ということになっている。幽霊め。副キャプテンも練習に正式に復帰したというのに、爆豪は相変わらず放課後の部活に誘われていた。
「いや正直入部してほしいんだよ俺は」
「お断りだ」
そんなやりとりを繰り返しつつも、参加したり参加しなかったりしながら過ごしていた。参加しない日は大抵旧校舎に向かった。
部活に行った日の練習あと、爆豪はバスケ部のキャプテンが一人で体育倉庫に佇むのを見た。後片付けの最終チェックか何かだと思い、さほど気にしなかった。
外が騒がしい。何かと思えば、救急車の音がした。窓際の生徒がガラガラと窓を開ける。教師も一度窓の外を確認する。
「席戻れよー」
席を立った何人かが注意された。音が近い。この周囲には学校の敷地が広がるだけだ。まず間違いなくこの学校に救急車が呼ばれたのだろう。
授業がなんとか終わるとあっという間に騒がしくなった。どこかに行っていたやつが帰ってくる。曰く、階段から落ちて怪我、足の骨折、バスケ部のキャプテン。
隣席のクラスメイトは少し悲鳴を上げた。爆豪は思う。バスケットボールというより階段に呪われてるみたいだ。
バスケ部の練習はしばらく休みになった。放課後旧校舎へ行くと、幽霊は眉をひそめていた。
「嫌な感じだね」
「やっぱり呪われてるって?」
「そうではないよ。嫌な符合ではあるけどね。閉鎖環境だろう、ここは。バスケ部の子達に負担になるだろうね」
仲が良いならなるべく寄り添ってあげるといい、と幽霊は言った。
悪趣味な怪談はまた復権していた。クラスメイトは見舞いに行くという。爆豪もなぜかその見舞いに誘われた。怖いのだという。
「おまえ幽霊怖いだろうけど、幽霊より強いだろうし。呪われても呪い返しとかできそうだし」
「怖かねえわ」
ため息をついた。爆豪は言う。
「聞いた話だが、」
死んだやつはいるがその中に呪うようなやつはいないらしい。一人目の副キャプテンは自己のうっかりが原因だというし、二人目の先輩は怪談のストレスでもたまってたんだろう。体調不良が原因。三人目もどうせ不注意。おまえは呪われねえよ。
「そう言ってもらえると助かる。おまえほんとに怖い話嫌なんだな」
クラスメイトはヘラリと笑った。肩をはたいた。
「それにしても、聞いた話って誰に聞いたんだよ。俺の知らない話なんて」
爆豪は答えた。
「秘密」
結局見舞いは一緒に行く事になった。
クラスメイトは不安げに言う。
「流石に三人続くとやな感じだよな」
白い部屋にガラガラとドアを開ける音が鳴る。
「部長ー、お見舞いに来ましたよ」
「ちわす」
「おお、申し訳ないなあ」
クラスメイトはしばらく元気に騒いでいたが、空元気だったらしい。だんだんしょぼくれてきた。
「なんか大丈夫なんすかほんとに。こんなことってあるっすか?」
「大丈夫だよ。すぐ、は治らないけど。迷惑かけるな」
「俺ぁそんなん全然いいですけど」
あのさ、とキャプテンは唐突に話し始めた。
「今流行ってる怪談話、あるだろう?」
バスケ部の生徒の幽霊が呪うってやつ、とキャプテンは言った。その話は禁句にしているのかと思っていたから爆豪は驚いた。
「その幽霊ってやつが居たら、おれとそっくりな顔してるよ」
キャプテンは続けて言った。
「あの話作ったの、おれなんだ。モデルはおれのにいちゃん」
クラスメイトは絶句している。
八年前だっけ、と語り始めた。にいちゃん自殺じゃないぜ、事故なんだ。歩道橋で自転車と接触して階段から落ちた。どうやってぶつかったんだよって感じだよな。それで死んじゃったんだ。
「階段」
爆豪は口の中で呟いた。話はまだ続いている。
それ以来家ん中やばくてさ、笑ったりすると不謹慎、みたいな。にいちゃんの部屋とかずっとそのままなワケ。おれの部屋でもあったのに。触ると泣かれんの。なんかの度にお兄さんがああだったからねって気を遣われて……。でも気を遣う方だって疲れてくるよな。それでも親はずっっと悲しんでる。おれがそろそろ頑張ろうよって言っても無理だぜ。前向きにいこうとしてるおれが薄情って感じ。うちの学校全寮制でだから来たんだけど、バスケ部に入るつもりなかったんだよな。母さんがそうして欲しそうだったから。おれに面影見てんの。困るよなあ。バスケ部に怪談はもともとあったけど、ボールのせいにしたのはおれ。うちの親がなんか寄付してそのお金でいいボール揃えたんだってな。顧問に聞かされて、だからバスケ部入るだろ? って。
ふう、とため息をついた。
「怪我しちまったから、これでやめられる」
被服室の幽霊の言葉が頭の中で廻っていた。いろんなところであって、すごく悲しいことだ。爆豪は問うた。
「それって他の人は知ってるんですか」
「にいちゃんがうちのバスケ部入ってて、そんで死んでること自体は部活のタメのやつは大体知ってるんじゃないかなあ。昔ちょっと話したから」副キャプテンの名前を挙げた。「あいつめちゃくちゃ気にしてくれてたんだけど、誤魔化したり、さらっと流させるのが下手なんだ。却って含みがあるようになっちゃうっていうかさ」おれが作ったせいだから、あんな気にしなくてよかったのにな、と続ける。「怪談は同寮のやつ中心に広まってったよ」
「なんで話作ったんですか」
爆豪は重ねて問う。そこが不明瞭だ。キャプテンは答えた。
「なんかずっと重たかったんだよ。自分だけ。みんな知らないんだ。うちがぐちゃぐちゃなこと。だからこの学校に来たのにな。にいちゃんのことはもう昔のことだ。みんな気にしてないぐらい。先生たちは覚えてるみたいだったけど。先生が怪談を止めようとしたから、余計流行ったんだ。ああ、なんで怪談にしようと思ったんだろうな。誰かに移しちまいたかったのかな。そんなの居ねえって言われたかったのか……いや、」
「ちょっと待ってください先輩……」
ずっと黙っていたクラスメイトが揺れる声で言った。
「わざと落ちたんすか? 怪我で済まなかったら大変ですよ!」
「いや違う、違うよ」
キャプテンは笑って否定した。
「わざと落ちたんじゃない。でもそういやあの話に階段っていれたわけじゃないのに、あいつが階段で怪我したから、話で死因が階段でわざと落ちての落下死になってて、妙なこともあるもんだと思った。んで眺めてたんだよ。こんなとこでも落ちたら死んじゃうのかなって。そしたら、なんか、ゆらって目の前がなってさ」
落ちようと思ってた訳じゃない。と笑った。笑いごとじゃない。
呪われてるみたいだ。と爆豪は思った。口には出さなかった。
しかし爆豪と同期でもしたかのように、キャプテンは、憑かれてたのかな、と言った。
「そんな、縁起でもない……」
キャプテンは窓の外を眺めて、そうでもねえかも、と言う。
「話してると思い出すな。今の話聞いても信じらんねえだろうけど、それでもおれたちなりに兄弟だったし、つかおれ、にいちゃんのこと大好きだったし」
幽霊でも会えるんなら会いたいかも、と彼は言った。
あれ以来、爆豪はバスケ部の練習に誘われなくなった。聞けば、何だか巻き込んだ気がして遠慮してしまうのだという。別にいい。怪談話はゆっくりと消えていった。クラスメイトが話の鎮火に尽力していた。
来る日もまた、旧校舎の被服室に向かう。
幽霊はことの顛末を全て聞いたとき、少し目を伏せた。
「例の幽霊話は根があるとはいえ枝葉は嘘だったわけだが、彼について思い詰めて怪我をする人が出るというのは、『憑かれていた』と言ってしまえるかもしれないね」
「もう起きねえよ」
「そうだね」
幽霊はずいぶんと気に病んでいるように見えた。
あんたみたいな幽霊だったらよかったのにな、とは言わなかった。