ゴーストライクユー


 ちょうどその翌日のことだった。カンカンに晴れて外の予定だった体育が保健の授業になった。
 昼休みには食堂は全校生徒でごった返す。こんな人混み、料理が旨くなきゃ絶対に来ない。
 食堂に向かう中央階段も生徒たちで混み合っていた。とっとと食べ終わったのはいいものの戻りにくい。暑さに耐えて外を回るかと思ったその時、視線に気づいた。上階から。バスケ部の二年生だ。名前はわからない。ガンを付けられたと思い爆豪は咄嗟ににらみ返した。目を逸らされた。なんのつもりだ。
 その生徒のことを目で追うと踊り場で立ち止まっている。何か、変だ。胸騒ぎがして爆豪は階段を駆け昇った。人混みは向かってくる爆豪に驚いて割れた。
 ゆら、と生徒の上半身が揺れていた。その勢いのまま下り階段に倒れ込みそうになる。間一髪、爆豪が滑り込んで押し戻す。熱い。重い。
 生徒が座り込むと周囲の喧騒が帰ってきた。ざわざわとうるさい。その中に隣席のクラスメイトの声を見つけて振り返る。
「先輩! ちょっと、大丈夫スか? えっ爆豪、なにごと?」
「落ちそうになってたから押し戻した」
「マジかよ。グッジョブ。えー先輩、どうしたんすか、体調悪いスか」
「保健室連れてけよ」
「えっ爆豪も一緒に行って!」
 件の先輩は大丈夫、大丈夫だとか細い声で答えるばかりだ。肩を貸して保健室まで行けば養護教諭に仰天されていた。熱が高い。
 ひどく心配しているクラスメイトを保健室に置いて爆豪は踵を返した。幽霊の声が頭の中で繰り返し聞こえていた。同じような事故が起きないといい。

 放課後旧校舎へ行くと、幽霊に手を出すように言われた。ばれている。被服室には西日が差していた。
 幽霊は丁寧にテーピングを施していった。テープが何処から出てきたのかは見えなかった。
「しかし君、まるでヒーローみたいじゃあないか」
 昼の顛末を知っているような口ぶりだ。
「ヒーローだあ?」
 爆豪は顔をしかめた。
「気に入らないかい」
「別に。昔近所に住んでたやつ思い出しただけだ」
 横を向く。幽霊の指先はひんやりとしていた。
「痛いかい」
「別に」
 爆豪は向き直った。
「なあ。あんた何かわかってたのか?」
「何をかな」
「今日のこと」
 幽霊は首を横に振った。
「まさか」
「でもまた落ちかけた。バスケ部員が」
「爆豪」
 目を覗き込まれて、爆豪は身を引いた。名前を教えたことはないはずだ。背筋が寒くなる。
「呪いなんてないよ」
 爆豪は思った。幽霊のくせに。

 翌日隣席のクラスメイトに部活動に連れていけと迫ると、あからさまに引いていた。目線は爆豪の右手首に向いている。
「悪気があったワケじゃないつか完全に事故だしょお礼参りとかダメだって爆豪」
「違えわ」
「違うの。バスケ好きなった? あでも、その手首じゃ」
「違う。副キャプテンの相手してやる」
「なになになになにどうしたの」
 体育館に行けば、どこか皆落ち着かない様子だった。珍しく顧問がいる。昨日の昼間階段から落ちかけた二年生の姿はなかった。今日も休みだろう。
 副キャプテンに呼びかける。
「先輩」
 驚いた様子で振り返った。
「ケガの調子どうすか」
「え、ああ。だいぶいいよ。いいっていうか順調。もうギプスも外れたしね。もうちょっとかな」
「階段から落ちたっつってたスよね」
「ああー、えっと、そうなんだよな。馬鹿だよね。別に普通に降りようとしただけだってのに転んじゃって。なんでかな。いや僕のうっかりであって他のなにのせいでもないんだけど」
 爆豪は眉をひそめた。要領を得ない。副キャプテンは爆豪の様子に気づくことなく言葉を続けた。
「怪談流行ってるでしょ。あれ良くないよなあ。そうじゃないよって何度も説明したつもりなんだけど止まんなくてさあ。本当に僕のうっかりであってなんも変なことはないってアピールしてるつもりなのに」
「先輩」
 爆豪はつい口を出した。
「あんまり言うから逆に怪しまれてんじゃないすか」
 副キャプテンは思いもしなかったという様子だ。マジかよ。目を丸くしてそういう? などと呟いている。
「じゃあ話さなければいいかなあ」
 そういえば先生にも言われたんだった、黙ってみればいいかあ、などと言っている。それで収まりはしないだろうな、と思いつつ爆豪は黙った。そういやあいつ、高熱だったって、爆豪くんが気づいてくれたんでしょ? と話題は休んでいる二年生に変わっていた。

 爆豪の手首が治るまでの数日で怪談はさらに盛り上がりを見せていた。二人目が出かけたというのと、一人目が怪我の話を急に話さなくなったことで本当になにかあるのではないかと憶測を呼んだのだ。さもありなん、と爆豪は思う。
 隣席のクラスメイトは苦々しい顔をしていた。
「オレの愛する部活がどんどん得体のしれないものにされてしまう……」
「あの二年のセンパイは復帰したんか」
「ああうん! 助けてくれた人だろ。なんかずっと寝付き悪かったんだって。元気になったよ」
 よかったよなあ、と肩を叩かれる。
「そんで今日来る?」
「行かねえ」
 なーんでよう、とクラスメイトは机に突っ伏した。今日は数日ぶりに旧校舎に行くつもりだった。

 数日ぶりの旧校舎は何も変わらなかった。校舎内は埃っぽく、相変わらず幽霊はそこにいた。
「なあ」
「何だい」
「なんで呪いなんてないって言えんだよ。じゃあ幽霊もいないのか」
「いいや、そういう意味じゃない」
 数日ぶりの話題だというのに幽霊はすぐ首を横に振った。
「あの話はまだ怪談話にするようなものじゃない」
 話そうか、と幽霊は声を低めた。

 体育倉庫のバスケットボール、だったか。それだけ聞けば怖いことなんてなさそうなのにね。君のいうところによると、そのボールに触れると、かつて自死した無念のバスケ部員に嫉妬されて呪われ、怪我をする、という筋書きのようだ。あのね、文句をつけるわけじゃないが、ちょっと幼稚だろう。高校生が噂する内容にしては。説得力が少ないというか。でも流行っている。元ネタがあるからだ。
 そう昔のことじゃない。今の先生たちは皆覚えているだろう。亡くなったバスケットボール部の生徒は実在するんだ。でも自殺じゃあない。事故だよ。
 実家に帰っていたタイミングで交通事故に巻き込まれて亡くなったんだ。驚いているね。ない話じゃない。君も車に気を付けることだ。そういう事故はいろんなところであって、すごく悲しいことだ。
 センセーショナルさを優先して自死ということにしたんだろうが、いかんせん悪趣味だね。自死だとしても噂されたり勝手に呪うことにされる謂れはないだろう。そういう話が校内に蔓延してるっていうのはあまりいい雰囲気じゃなさそうだ。

「悪趣味だってことはわかった」
 爆豪は頷いた。
「でも元ネタがあるんなら、呪いもあるんじゃねえの」
 あんたみたいな奴がいるのに、とは口に出さなかった。
「いや、ないだろうね」
 幽霊は続けて言った。
「ボールは最近全て買い替えられたばかりだ。ここ二、三年のことだよ。寄付があったとか」
 それに噂ができたのも最近のはずだ、と幽霊は言った。

 旧校舎にしかいないのにどうしてこうもバスケ部の予算事情に詳しいのかは謎だが、一応の納得はあった。
「だから君、噂が盛り上がっているところがあったら、なるべく止めてあげなさい」
「わざわざ?」
「水を差すことにはなるが……。君は付き合いをさほど気にしないんだろう。こんなところにばかり来ているくらいだから」
 自分の外側に目を向けるといい。もっといろんな人と関わるといいよ、と幽霊は最後に付け足した。
「余計なお世話だ」
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