a piece of cake
今日はクリスマスだ。
お母さんと買い物から帰ると、すでにリョーちゃんの靴は玄関にあった。
ケーキの箱をそーっと冷蔵庫の中に入れて、テーブルでなにか読んでるリョーちゃんに向き直る。
留学?の、パンフレットだ。
「リョーちゃん留学するの?」
リョーちゃんはかなりびっくりした様子だった。いや自分で読んでるんじゃん。
「先生にこういうのがありますよって教えてもらっただけ。つか行きたいだけで行けるもんじゃないから」
「へえー、すごいねえ、リョーちゃん行けるの?」
「いやおまえね、選抜試験とかやって、選ばれた人だけがアメリカ留学の資金とか援助をもらえますよっていう、」
「やってみたらいいじゃん。じゃなきゃアメリカに行くことなんてそうそうなくない?試験ダメだったらさ、えーと、慰めてあげるよ」
「そうホイホイ決めれねえって」
「落ちたらやだから応募するの迷ってるってことならさ、」
アンナ、とお母さんは咎めるトーンでわたしの名前を呼んだ。
確かにちょっと勢いで言い過ぎちゃったなって思って、口を閉じる。そうすると部屋の中は冷蔵庫のザーって音とか、外で小さい子の遊ぶ声とかが聞こえるようになる。
リョーちゃんはなにも言わずに目をそらして、立ち上がろうとした。
もしリョーちゃんが留学に本当に興味がないとか怖いとかだったら、そもそもリビングには持って来ないんじゃないかなって思う。私だったらそうだから。
「あなたがやりたいことがあったら、私はそれを応援する」
と、お母さんは言った。リョーちゃんはまたびっくりした顔をした。それが留学でも、と付け加えられる。
リョーちゃんは目をそらしたままで、それでも確かにわかった、と言った。そのまま立ち上がって、自分の部屋に入っていった。
それを見送ると、なんだか力が抜ける。気が付かないうちに力んでたみたいだ。
お母さんはわたしに向き直って、
「もちろん、リョーちゃんだけじゃなくて、アンナも。やりたいことがあるなら、目一杯応援するからね」
と言った。
そう言われても、やりたいことって、思いつかない。リョーちゃんのバスケみたいに、生活を費やして熱中するようなもの。
なんだか考えてしまって、食事は気もそぞろだった。せっかくの豪華ご飯なのに。わたしが喋らなければお母さんの口数はいつもより多くて、なんだか気が抜ける感じがした。
ご飯の後、リョーちゃんの部屋に突撃した。リョーちゃんはたぶん困っていたけど、特に出ていけとは言わなかった。ちょっと前にわたしが自分の部屋がほしいって駄々こねたせいかもしれない。リョーちゃんは夕方と同じパンフレットをまた読んでいた。
お母さんは応援するって言ってたけどさ、やりたいことって難しくない?好きなものはたくさんあるけど、それをどうしたいとかそれでどうなりたいとかって特にないよ。将来の夢とかもうすごい決めて人生設計してる子とかもいるけどさ、そんなのさ、わかんなくない?
別に何か言って欲しかったわけじゃなくて、何の気もなく口から流れ出るままにしていただけなんだけど、リョーちゃんはこっちに向き直って口を開いた。
「オレの一個下の後輩、高校入って誘われてバスケ始めたけど、どんどん上手くなってるし、たぶんこの先もバスケ続けてくと思う」
「へえ…。半年……8ヶ月、とかってこと?リョーちゃんって今バスケ何年目だっけ?」
「10年?かな。そいつ、オレから見てもすごいよ。今までスポーツやってなかったって信じらんないくらいに夏も活躍したし」
そうなんだ、と頷いた。わたしはまだ一度もリョーちゃんの高校の試合を見たことがないから、活躍と言われて思い浮かぶシルエットはソーちゃんみたいだった。
「だからアンナも、この先急になんかそういうものに出会うかもしれないし、そしたら好きなだけやればいいよ」
ふうん、と頷く。それから聞く。
「リョーちゃん、留学、してみたい?」
リョーちゃんは唇をもぞもぞ動かしてから言った。
「まあ正直、興味はある」
今の顔はちょっと照れくさいときの顔だ。わたしにはわかる。
「じゃあ好きなだけやればいいと思う。わたしも応援するから、頑張ってね」
お母さんにりょーちゃんの留学のことを言おうかと思って部屋を出て、やっぱこういうのは自分で言ったほうがいいよなと思ってやめにする。
クリスマスの夜だ。どこかの部屋から小さい子のはしゃぐような声が聞こえる。
リョーちゃんはいつか空を飛んで遠い海の向こうに行くのかな。そこでバスケをするなら、わたしも観戦に行ってみたい。
なるほど、と思う。いつかわたしがやりたいことができたとき、2人は応援してくれるだろう。それはずいぶんくすぐったくて、リョーちゃんもこういうふうに感じてるんだったらいいなと思った。
きっとソーちゃんもお父さんも応援してくれる。これについては、サンタの実在と一緒で、わたしがそうだと思えば、そうなのだ。
なんだかお腹が空いてきてしまったから、さっき食べきらなかったケーキの残りをいくらか食べちゃおうと思う。クリスマスの夜だから、わがままもちょっとくらい許される。
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