a piece of cake



 サンタクロースはいる。そういうことにしている。
 
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 思い出す。
 強く手を引かれる。お母さんがすみませんと謝るのを聞いて、あ、これは外で言っちゃダメなやつだったか、と思った。

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「アンナちゃんはクリスマスに何お願いするの?」
 突然そう聞かれてびっくりした。
「まだ11月だよ?」
「そろそろ手紙出さないとクリスマスに間に合わなくなっちゃうんだって。お兄ちゃんが言ってた」
「そうなんだ!でもまだ決めてないなあ。いきなり聞かれると難しくない?」
「わかる!わたしも昨日きかれて、すぐ言えなかった!でもサンタさんってフィンランドにいるから、日本とかは早めに準備したほうがいいらしいよ」
「県外あての年賀状は25日までに出さなきゃいけませんみたいなこと?」
「そうそう!」
 クリスマスかあ。何を頼もう。うちのサンタさんは毎日働いてご飯もつくって、それできっと、プレゼントを頼めば用意してくれるだろうと思う。ものすごく高いものとかは無理だろうけど。

「リョーちゃんクリスマスなに頼む?」
 リョーちゃんはちょっと驚いたような顔をして、アンナおまえ、と何かを言いかけて、そしてそれを飲み込んだ。
「あーえぇ?アンナは?」
 あ、もしかして、と思う。もしかしてリョーちゃんはわたしが空飛ぶ方のサンタクロースを期待してると思ってる?もしかしたらリョーちゃんはもう自分をサンタさん側に置いていて、それでわたしのサンタさんをやろうとしてくれているのかも。
 訂正、というかネタばらし?をしようかとちょっと考えて、やっぱりやめることにする。サンタなんていないって知ってるよって言ったらそれは嘘だ。サンタはいる。今日もわたしたちが学校に行っている間に働いて、今もコンロの手前で耳をすましている。たぶん空飛んだりするタイプもどっかにいるんだろう。ただわたしと空飛ぶタイプのサンタは今後とも縁がなくて、うちのクリスマスはうちのサンタさんに任せられている。
 うーん、ともったいぶってからよく聞こえるようにしゃべる。ついさっきわたしの意思は固まったのだ。
「コンバースのねー、白の厚底のスニーカー!品番とかもねー、調べたんだよ!新しい12色のボールペンと迷ったけどそっちはいつでも買えるかなって思ってさー。リョーちゃんは?」
 リョーちゃんは質問に答えない上に厚底を履いたって身長は伸びねーぞとかめちゃめちゃ失礼なことを言う。知ってるし。身長は伸びないけど目線は高くなるのだ。別にクラスでみても背が低い方じゃないけど、もうちょっと高い方がいいなと思う瞬間は色々ある。人混みの中とか。
 あとそもそもとびきり重要なことに、これは超かわいい!
 靴なんて可愛ければ可愛いほど嬉しい。ヒールはまだなんとなくハードルが高いけど、厚底だったら普段から履いても良さそうだ。
 クリスマスの朝、わたしの枕元には四週間前にメモした通りのスニーカーと、あとそれに隠れるように文房具屋の小さな紙袋が置かれていた。リョーちゃんの枕元にもきっと何かが置かれていたはずだ。ちょっと豪華なご飯を食べて、ワクワクした気持ちで家を出る。新しい靴で歩く足音って特別だ。

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 思い出す。黒い服を着た人たちが忙しそうに動き回って、わたしはそれをただ立って見ている。時間が流れるのがやけにゆっくりで、みんな動きがだらだらしている。なんとなく暑い日だったように思う。わたしはそれがお父さんのお葬式なのかソーちゃんのお葬式なのかわからない。となりにいるのはリョーちゃんで、多分ここは間違いないと思う。みんなあっちに行ったりこっちに行ったり忙しないのにやることはなさそうで、じゃあ一旦落ち着けば良いのにねって思っているわたしは何もしていない。ただ立っている。

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 誕生日ケーキといえば白いクリームとイチゴのショートケーキだけど、その日ケーキ屋さんで一番輝いていたのはフルーツタルトだった。でもプレートにハッピーバースデーアンナって書かれたホールのケーキは受け取らないわけにはいかない。どうにも悔しくなりながら、カランカラン鳴る扉から出る。
「お母さん」
 ええい言ってしまえ。
「なに?」
「来年の誕生日ケーキ、良かったらさ、他のやつ選びたい。プレゼントそれでいいからさ」
 お母さんはちょっと笑った。
「別に良いよ。プレゼントも別枠で用意するって」
「言ったね!絶対アンナが選ぶからね、忘れちゃだめだよ」
 うん、と頷いたのを確認して、前に向き直る。今日のところはとりあえず、このケーキを傾かせずに持ち帰ることが大切だ。べつにショートケーキが嫌いなわけじゃない。

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 思い出す。お父さんが家にいる日は、いない日よりもご飯が豪華だ。しゃべることも多くなるし、夕飯の時間はいつもの倍くらいになる。もう食べ終わっちゃったからぐでんと机に寄りかかったら、ソーちゃんが喋りながら引っ張りあげてきた。そのまま後ろに倒れる。こらって言われるけど、きっとまだおしゃべりは続くだろうし、そのまま目をつぶっちゃう。呆れた声でもーって言ってる。目をつぶっても部屋の明かりの眩しさはなんでだか判る。

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 クリスマスにはクリスマスっぽい食事をする。うちはまあ控えめに言っても仲良しの家族って感じじゃないんだけど(今は、だ)、だからこそ、行事ごとにはそれっぽいことをするって決まってる。わたしがねだるからっていうのもあるんだろう。
 でっかい七面鳥とかは流石にないけど、今年はブッシュ・ド・ノエルがある。いつものケーキ屋さんで何週間も前に予約して、今日受け取って丁寧に家まで運んできた。わたしは中学生だし、リョーちゃんなんてもう高校生だから、今年からはこれがクリスマスプレゼントだ。今晩だけで食べきってしまうにはちょっと大きいから、まず半分にして、それを3等分にしよう。
 実際切ってみたら、なんとなく物足りなくて、結局残り半分からちょっとずつわたしとリョーちゃんの分を足した。お母さんはもういいらしい。
 余ったのは1.5人前って感じで、お母さん明日これ食べるかな?

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 思い出す。
 お母さんは病室から出ていってしまった。リョーちゃんは起きたばっかりだから、また目を閉じてしまう前に、いくつも話しかける。お母さんは大丈夫かなあ。でも、泣いているところは人に見られたくないだろう。わたしだったらそうだから。
 リョーちゃん気をつけなきゃダメだよ、って言ったその中に含ませた気持ちは、剥き出しのまま言葉にしようとするなら、もう二度とするなバカ、とかそういうものだったんだけど、それを聞いたリョーちゃんはハイハイみたいな顔をしたし、退院した後すぐに沖縄に行くって言って一人で飛行機に乗って行った。ぜんぜん伝わってない。まったくさあ。

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 今年もわたしの誕生日ケーキを選ぶのは私だ。でもどうしても選びきれなくて、今年はピースのケーキでいろんな味を選んで、そのうち2つを私のものってすることにした。本当は一つはソーちゃんの分なんだけど、まあ許してくれるだろう。可愛い妹のわがままだし。誕生日様だし。どれも美味しそうだから、先にお母さんとリョーちゃんに選んでもらう。箱に残されたものを見る。よしよし、もちろんどれがわたしのでも良かったんだけど、選んだ中で大きめの2つが残ったぞ。
 リョーちゃんは、ケーキにいろいろ言ったことないからショートケーキが嫌いじゃないんだろう。でも毎回あれだから、今日のわたし選抜ケーキ陣にはショートケーキは入れてない。リョーちゃんもべつにそれで良さそうだった。良かった。

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 思い出す。帰ってくると見覚えのないダンボールが積んであった。
「ソーちゃんの部屋片付けちゃったの?」
 リョーちゃんに聞く。リョーちゃんは顔もあげずに「知らない」と呟いた。小さい声だったから聞き返したけど、次はもう答えてくれなかった。
 もしかしたら泣いてたのかも。悪いことしちゃった。
 片付けちゃったのか。片付けちゃったんだろう。ソーちゃんが帰ってきたら困るかもな。でも、たぶん、たぶんっていうか、帰ってこないから、困りはしないのか。帰って来ないってことは、もう会えないってことだ。さみしい。片付けられた部屋はソーちゃんの気配が薄れてる感じがする。いなくなっちゃったんだなあ、と思った。さみしいよ。

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 ケーキを切るのはわたしの仕事だ。クリームを綺麗に分けるには包丁をあっためるといいらしいという話を思い出したのはもうナイフの先が一番したにたどり着いてからで、まあいっかと思う。うまくいかなかったらわたしのにしちゃおう。いざ引き出すと、割と切り口は綺麗だった。ソーちゃんの分にして、お皿を置いておく。次はわたしの。せっかくだからでっかく分けて、お母さんのいちごももらっちゃう。お母さんが食べたいって言ったらいちごは返そう。
 切り分けてるうちにリョーちゃんが戻ってきた。リョーちゃんに大きめの一切れを渡すとなんとか言われる。いいじゃん、これはケーキの切り分けという大仕事に対する報酬である。末っ子特権だよ。
 ハッピーバースデイリョーちゃん。ソーちゃんも。うちの食卓の席順は私が覚えている限りずっと変わらなくて、変わらないから実は今、ここには空席が2つある。
 チョコレートでできたケーキのプレートがぱきりと真ん中で折られる。左がわはソーちゃんのケーキに乗っけて、リョーちゃんは残った右がわを見つめていた。食べないのかな?食べないならくれたりしないかな。

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 思い出す。あれはいくつの時だろう。少なくとも8年前より昔のことだ。でも確か、あの時にはもう一つ目の空席はできていた。
 ソーちゃんもおんなじようにプレートを割っていた。プレートはどれだけゴネてももらえないから、わたしは大人しくその様子を見てた。それで、——それで、何か喋ってたはずだ。ソーちゃんはなんて言ったんだっけ?

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 リョーちゃんは手をチョコレートごとにぎりしめた。
 ありゃあ。
 バラバラと破片をお皿に戻す。食べないのか。チョコレートだから、ちゃんと食べれるのに。ちゃんとおいしいのに。せっかくつけてあげたのに。あとちょっとで食べないならちょうだいっていうところだったのに。いちごと違って、リョーちゃんとソーちゃんのお皿にしか乗ってないのに。特別なのに。
 ねえソーちゃん。頭の中で話しかける。ねえソーちゃん、どう思う?反抗期かなあ。アンナがつけてあげたのにチョコ食べなかったの。その上ソーちゃんのいちごまで取ってったよ!
 リョーちゃんは明日朝がめちゃくちゃ早いらしい。6時って太陽出てるっけ?
 全国大会ってすごい。すごくすごい。ソーちゃんもバスケですごく褒められていたけど、全国とかそういうのってあったんだっけ。トロフィーや賞状があったと思うけど、こっちに引っ越して以来見ていない。いや、トロフィーどころか、ソーちゃんの気配のするものは隠されている。わたしたちは兄弟だから、顔やなんかは似てると思う。でも、15歳のわたしは、鏡を見て20歳のソーちゃんを思い浮かべることはない。12歳のソーちゃんのことも。
 2人はどうなんだろう。すぐに思い出せるのかな。わたしと違って。

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 覚えている。一度、ソーちゃんに駄々をこねたことがある。
 ソーちゃんとリョーちゃんに秘密基地があるのは知っていた。ソーちゃんとリョーちゃんがバスケして帰ってきた時、途中で雨が降ったはずなのに服が乾いていたから変だと思って聞いたのだ。
 ソーちゃんは、リョーちゃんにキレられるとかなんとか渋りながらだったけどそういう場所があるってことを教えてくれた。でもどう頼んでも、わたしがちょっと泣きそうになっても、なだめるだけで何処にあるのかは教えてはくれなかった。そこで何しているかも。
 それで、それで、教えてくれないままいなくなっちゃった。

 わたしはずっとそれを根に持っているのかもな、と思った。

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 もうソーちゃんよりもわたしの方が年上なのだ。12歳なんてちびっこだ。ソーちゃんは背が高かったけど、それでも。もしかしたら、今のわたしと同じくらいかもしれないし。
 なにか挑むような気持ちで、ケーキを食べて、その勢いで声に出した。

「ソーちゃんの写真飾ろうよ。顔忘れちゃう」
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