距離と時間の光
短距離っていうのは特別製の身体を持って生まれてきた人間のやる競技で、樺木もその一人だ。樺木はその僥倖に感謝している。風を切る、風になる、あの景色を知ることができたから。あの緊張と高揚のなかで息をするのがどういうことか、わかるから。
≫≫≫
速くなりたい。もっと。
世界で一番速いもの。
光。
光なら、三百万分の一秒であのトラックを通り抜ける。
じゃあ音なら。○・三秒。
それなら新幹線なら。たしか一・三秒とか。
樺木は「こだま」よりも「ひかり」よりも「のぞみ」が速いことについて、未だになんとなく納得していない。望みは遠いことはあっても、速いわけではない気がする。
立ち止まる時間が少ないってことなら、なんとなくわかる。それはすごく、望ましい。
新幹線の窓の外で残像になっていく通過駅の光を見ながら思う。イヤフォンから流れる熱をはらんだメロディが漏れ出していないか一瞬だけ気にして、もう一度耳にはめ直す。
この窓からの景色とトラックの上で見える景色は当然全然違う。はやくあの緊張のなかで息がしたい。目を瞑ると、昨日の居酒屋の喧騒がまだ耳の奥で響いている気がする。
≫≫≫
移動時間ってのが人生のなかでもっとも無駄な時間だと思う、と樺木が溢せば友人は、お前は百メートルをなる早で移動するのが大得意なのに、と揶揄するので締め上げた。なんでおまえみたいな奴と友達なんだろうと口に出すと、「それはお前、こっちがお前と友達でいたくてそれだけのコミュニケーションコストを支払っているからだよ」「偉っそうに」「実際結構偉いんだぜ俺は。お前感謝しろよ」「百円でいいか?」「金で解決すんならせめてここの飲みくらいは持てよ」と話は流れていったが、さもありなんとは思う。樺木とこの友人との間で友人関係が成立しているのは、相手の努力が大きい。それに甘えていると言われるとなんだか癇に障るが、そう言われても仕方がないということは少しだけ納得している。実家方面に帰る度にまめまめしく予定を取り付けてくるのはいつも相手の方だ。樺木にそれだけの価値はあるのか。あるだろう、そう思う。
なぜなら特筆すべき足の速さをしているから。
当の友人がそう考えているかは知らないが、樺木が考えるならそれが最有力だ。
「こうね、ぬくぬく学生ってやつをやってるとさあ、お前はものすごく急いでるようにも見えるわけよ」生き急いでいる、と友人は言い直す。「大学生になってインカレとかで記録を残す選択肢もあったんじゃないのーって」
「そんなことしてたらみんないなくなっちまうだろ」
「財津選手も引退しちゃったしなあ。まーじでめまぐるしいよね。お前のいる環境は」
「そっちは違うのかよ。アホみたいに頭の良い奴しかいないんじゃねえの」
「アホなんか頭良いんかどっちかにしてくれよ。まあ勉強の得意な奴しかいないから、俺はそのなかで埋没するだけだわ。楽しいけどな」
苛ついてテーブルの下の足を蹴った。
「おっ前ご自分の商売道具を……!」
「おまえが俺の知ってるなかで一番頭良いんだからノーベル賞くらい獲れや」
「じゃあお前は世界記録更新して史上最速の人間になれよ」
「言われんでもなるわ」
「マジか。やっぱお前ってすごいよ」
友人はけらけら笑う。
≫≫≫
一緒に走りたいと言われたから自信があるのかと思ったら全然遅かったので、何だって自分と走りたがったのか聞いた。「知らないの? 自分より速い人と走ると自分のタイムも速くなるんだよ」
本当か? と教員を見やると、確かにさっき測ったよりタイムはよくなってる、と答えが返ってくる。そんなもんか、と思うと、
「あっじゃあ樺木くんにはなんの得もないか! 樺木くんより速い奴このクラスにいないもんな!」とあっけらかんと笑う。樺木と走ると速すぎてむなしいと囁かれたのを聞いたことはあったけど、憐れまれたのははじめてだった。普通に苛立ちを覚えた。コイツ顔覚えたからな。というか樺木より速いやつはクラスどころか学校中探してもいない。そしてその後十年来の付き合いになった友人は続けて言った。「樺木くんみたいに足が速くない代わりにオレ頭いいからさ、なんかわかんないことあったら聞けよな!」コイツアホなんだな、というのが小学五年生の一学期の樺木の感想であり、今もその印象はあまり変わらない。その後この男は樺木より速いやつ見つけてやるよ! と意気込み、ある日一人のスプリンターの映像を樺木に見せた。そいつは画面の中でずば抜けてもはや一人で走っていた。
それがすべてじゃ当然ないけど、樺木がこの道を邁進するきっかけの一つはこの友人にあるのだから、引退するまでずっと見てろよと思う。言ったことはないが。
≫≫≫
自分より速い人間がいるということは、多少憎々しい気持ちも呼んだが、福音でもあった。「自分より速い人間と走ると自分のタイムも速くなる」なら、と思う。自分はもっと速くなれる。生憎同世代では樺木が日本で一番速かったから、実際にそれを体感したのは自分より年上と走るときだった。なるほど、と思う。他レーンが気になりすぎていれば逆効果だが、自分の前を走る人間がいることは、自分をもっと研いでいくような気がした。樺木は冷徹に見られがちだったが、負けん気は競技者らしく持っていた。走るのが得意だから、走ることを選んだ。自分がより速くなるのを面白く思うし、そして誰かに打ち勝つことにじんとした興奮を感じる性質で、打ち勝てる程度に速いから、走ることを選び続けている。
走ってみたい相手がいた。ともすれば折れそうなくらい研ぎ澄まされたフォーム。抜きん出た、生粋のスプリンター。財津より身近な、美しい化物。
憧れを持って他人を眼差すというのは、いくつかのレンズが間に入るということだ。あるいは宇宙の片田舎から遠く光る他の星を覗き込むような行為でもある。四年あればああなれるのかと思い、ああなりたいんじゃない、あれを追い越したいんだ、と思わせた人。
はじめてトガシと同じ大会で走ったとき、こんなもんか、と思う気持ちが、こんなもんじゃないはずだろ、と叫びたい気持ちを押し留めて、どうにか普段の表情を保った。確かにすでに『一番速い人』ではなくなっていたけれど。それでも。インタビューへの対応はひどく雑になった。あれはないぞ、と友人からメッセージが送られてきていて、うるせえと返すか迷って結局無視をする。その時トガシとはなんのやり取りもなかった。向こうの気配はひどく薄かった。そうでよかったと思う。あのトガシを目の前にして、自分が何を口走ったかわかったものじゃないから。
≫≫≫
居酒屋を出て歩きながら、初夏の夜空は豪勢な感じがする。と言えば、酔って瞳孔が開いてんじゃないのか、と返ってきたので小突く。
「飲んでねえ」
「そうだわ」
じゃあ俺と一緒だから空もきれいに見えるんだな! と続いたので、ため息で返す。相変わらずけらけらと笑っている。こいつだってアルコールは入れていなかったはずなのに。
「なんか楽しくなってきちゃったな! そこ公園あるぜ! 一緒に走るか」
「俺はシーズン中なんやけど」
「ああー……。ん、じゃあ冬になったらいいのか?」
「四光年早いわ」
「んだそれ! 早いってなあ、四光年は距離だよ」
スマホを弄くる明かりが眩しくて目を細めた。
「三・七八四かけるう、十の十六乗メートル!」
「百メートル何本分」
「三千七百八十四かける、一千億本……だろ!」
「知らん」
ほらこれ見ろよ、と差し出された画面には、『プロキシマ・ケンタウリ』と書かれている。
「なに」
「太陽の次に地球に近い恒星は約四光年先にあるって。地球に似た惑星があるかもとか」
恒星、が光る星なことくらいわかる。今見えねえの、と空を見上げれば、肉眼じゃ無理みたいだなあとスマホをスワイプしている。
「光ってるのに見えへんの」
「周りがまぶしけりゃ霞んじゃうよ」
見えなくても星は星だよ。光の速さで四年あれば地球に似た星にたどり着けるってロマンだよなあ、と友人は嘯く。
「光の速さになれんのは光だけやろ」
「そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないだろ。少なくとも四光年先に星があるって概測を頭のなかに描けるなら、光の速さも思考の展望に内包できるって言えたりしないかな」
「……適当なこと言ってんやないか」
「ばれたか」
≫≫≫
樺木がクサシノに入ったのは、所属選手に実績があるからだし、スタッフと設備がよかったからだ。思考になかったと言えば嘘になるが、憧れの残像を追いかけて来たわけじゃない。ただ短距離専門だから、当然トガシとも頻繁に顔を合わせた。まるで覇気がない、と思った。
トガシは割にロッカールームなんかで世間話をする。最近あのコマーシャルばっかで気になって買っちゃいましたよ。どうすか寝心地。いやあんまりわからないですねえ……。大抵どうでもいい話題で、調子どうですか、みたいな競技に関わる話のこともある。そんなことしてる場合なのかよ、と思った。人間関係にかかずらってる暇あんのかよ。百メートルに全エネルギーを費やせよ。あんた別に一人でも走れんだろ。口に出しはしない。自分が四年後に今のトガシのように話を回そうとする人間になっている想像をしようとして失敗する。どうやっても興味がなかった。
新星だの世代最強だのなんだのといって少し周囲に緊張されても、どうでもよかった。少なくとも、走ることに時間を費やせる環境は心地いいと思っていた。
それでも、かつての衝動がしばしば燻る。挑発してやろうとしても適当に――適当、としかいいようがない。適切の意味じゃなくて雑に、の方だ――受け流されて苛立ちは澱のように積み重なっていくばかりだった。たまにこちらの言葉を飲み下し損ねたような顔をするから、その時だけ少し溜飲が下がる。
自分がもう四年早く生まれていれば、中学生のあのトガシとも走れたのに、と思うと時折無性に悔しかった。調子が良さそうなときはあの時期の片鱗が見えるからなおさら。
そんなあるシーズンの真っ只中に、トガシがクサシノを辞めた。
ついに走りたくなくなったのかと思えば、逆だった。走りたくて走りたくてそのためならどんなふうにでもこの身を燃やせると、そうやって競技場にやってきた。帰ってきたと思ったし、真新しく完成したようにも見えた。
樺木はずっと望んでいた。この人と走ってみたかった。
≫≫≫
「プロキシマ・ケンタウリのそばに惑星が観測されてたけど、消えちゃったんだって。ふーん」
「あー……爆発するやつ?」
「いや、見えなくなっただけじゃないかって。またそろそろ見えるようになるんじゃないかって言われてるっぽい」
「全部ふわふわしてんな」
「俺これ専門じゃねえもん」
分かれ道が近くなって、友人はスマホの画面を暗くしてこちらを見る。
「次どこ行くんだっけ?」
「東京」
「明日移動だろ? んで新幹線? のぞみだろ」
決めつけんなと言えば違うのかと聞くのでしぶしぶ肯定する。
「お前速いの好きだもんな!」
「移動時間なんて短い方がいいに決まっとるやろ」
「鈍行にずっと揺られるのも楽しいけどな」
まあ樺木には理解できんかもな! と言うので睨み付ける。
別に理解できなくてもいい。到着が早い方がいい。
「結果見るから結果出せよー、あ、トガシ選手復帰すんだっけ! 俺あの人好き!」
「なんで?」
「速くてかっこいいから。お前のことはとーぜん一番に応援するけど、なんかトガシ選手とか小宮選手とか、あの世代よくわかんない凄みがあって好きなんだよな。財津選手もなんか信仰できそうな雰囲気ある人だったけど」
陸上ってなんか達観してないと出来なかったりする? と聞くので、速けりゃ出来る。と返す。続くかはまた別なのだろうけど。
「じゃあお前は海棠選手越え目指せよ。そんで世界一にもなれよ」
「言いたい放題じゃねえか」
「俺の知ってるなかで一番速えのお前なんだもん!」
じゃあ見てろよ、と返して別れる。別れ際に毎回言われる、次こっち来るときまた言えよ、の言葉を違えたことはないから、樺木にとっても貴重な友人であるということを、樺木本人はなかなか認めない。
≫≫≫
トガシとあの決勝ぶりに走る。のぞみは停車することなく目的の駅を目指してなめらかに進んでいる。あの大会からすっかり時の人となって、トガシを見つめる視線は増えた。存在感は無視できないほどにある。結局トラックに帰ってくる。そういう生き方の生き物なのだ。あの人は。暗くても、見えなくなっても、星は星にしかなれない。トガシがまぶしく光るなら、もっと大きくて熱い光で飲み込んでやりたい。遠くへなんて行かせない。食らいついて、噛みきってやる。彼我の距離なんてせいぜいが百メートルだろう。自分達にはこのくらいの遠さがぴったりだ。トラックで横に並べば、四年の差なんてどうでもいい。人間は光源になれても光そのものにはなれない。身体は重さを持って、百メートル走るのに樺木なら約十秒を必要とする。あの人だってそうだ。とうてい光の速度じゃ走れない。それならば樺木にだって捕まえることは出来る。
どれだけ走りたいか、ひりついた感覚をわかってんだぞとも思うし、他人の目に映る景色なんてわかるわけないとも思う。一緒に走った奴が、無観客だと気合いが入らないと言及したのを聞いて、誰もが同じ視界ではないのだと、わかりきったことに驚いたことがある。それでも約十秒、同じ方向を向いて走ることはできる。息を深く吸う。楽しみだ。同時にたった十秒への緊張で、手が震えそうでもある。
トガシが走るのをはじめて見たときから、この人と走りたいと思っていた。
それってつまりは一目惚れなんじゃないの、と脳内で友人が笑う。
(星たち、あるいはLight My Fire)
≫≫≫
速くなりたい。もっと。
世界で一番速いもの。
光。
光なら、三百万分の一秒であのトラックを通り抜ける。
じゃあ音なら。○・三秒。
それなら新幹線なら。たしか一・三秒とか。
樺木は「こだま」よりも「ひかり」よりも「のぞみ」が速いことについて、未だになんとなく納得していない。望みは遠いことはあっても、速いわけではない気がする。
立ち止まる時間が少ないってことなら、なんとなくわかる。それはすごく、望ましい。
新幹線の窓の外で残像になっていく通過駅の光を見ながら思う。イヤフォンから流れる熱をはらんだメロディが漏れ出していないか一瞬だけ気にして、もう一度耳にはめ直す。
この窓からの景色とトラックの上で見える景色は当然全然違う。はやくあの緊張のなかで息がしたい。目を瞑ると、昨日の居酒屋の喧騒がまだ耳の奥で響いている気がする。
≫≫≫
移動時間ってのが人生のなかでもっとも無駄な時間だと思う、と樺木が溢せば友人は、お前は百メートルをなる早で移動するのが大得意なのに、と揶揄するので締め上げた。なんでおまえみたいな奴と友達なんだろうと口に出すと、「それはお前、こっちがお前と友達でいたくてそれだけのコミュニケーションコストを支払っているからだよ」「偉っそうに」「実際結構偉いんだぜ俺は。お前感謝しろよ」「百円でいいか?」「金で解決すんならせめてここの飲みくらいは持てよ」と話は流れていったが、さもありなんとは思う。樺木とこの友人との間で友人関係が成立しているのは、相手の努力が大きい。それに甘えていると言われるとなんだか癇に障るが、そう言われても仕方がないということは少しだけ納得している。実家方面に帰る度にまめまめしく予定を取り付けてくるのはいつも相手の方だ。樺木にそれだけの価値はあるのか。あるだろう、そう思う。
なぜなら特筆すべき足の速さをしているから。
当の友人がそう考えているかは知らないが、樺木が考えるならそれが最有力だ。
「こうね、ぬくぬく学生ってやつをやってるとさあ、お前はものすごく急いでるようにも見えるわけよ」生き急いでいる、と友人は言い直す。「大学生になってインカレとかで記録を残す選択肢もあったんじゃないのーって」
「そんなことしてたらみんないなくなっちまうだろ」
「財津選手も引退しちゃったしなあ。まーじでめまぐるしいよね。お前のいる環境は」
「そっちは違うのかよ。アホみたいに頭の良い奴しかいないんじゃねえの」
「アホなんか頭良いんかどっちかにしてくれよ。まあ勉強の得意な奴しかいないから、俺はそのなかで埋没するだけだわ。楽しいけどな」
苛ついてテーブルの下の足を蹴った。
「おっ前ご自分の商売道具を……!」
「おまえが俺の知ってるなかで一番頭良いんだからノーベル賞くらい獲れや」
「じゃあお前は世界記録更新して史上最速の人間になれよ」
「言われんでもなるわ」
「マジか。やっぱお前ってすごいよ」
友人はけらけら笑う。
≫≫≫
一緒に走りたいと言われたから自信があるのかと思ったら全然遅かったので、何だって自分と走りたがったのか聞いた。「知らないの? 自分より速い人と走ると自分のタイムも速くなるんだよ」
本当か? と教員を見やると、確かにさっき測ったよりタイムはよくなってる、と答えが返ってくる。そんなもんか、と思うと、
「あっじゃあ樺木くんにはなんの得もないか! 樺木くんより速い奴このクラスにいないもんな!」とあっけらかんと笑う。樺木と走ると速すぎてむなしいと囁かれたのを聞いたことはあったけど、憐れまれたのははじめてだった。普通に苛立ちを覚えた。コイツ顔覚えたからな。というか樺木より速いやつはクラスどころか学校中探してもいない。そしてその後十年来の付き合いになった友人は続けて言った。「樺木くんみたいに足が速くない代わりにオレ頭いいからさ、なんかわかんないことあったら聞けよな!」コイツアホなんだな、というのが小学五年生の一学期の樺木の感想であり、今もその印象はあまり変わらない。その後この男は樺木より速いやつ見つけてやるよ! と意気込み、ある日一人のスプリンターの映像を樺木に見せた。そいつは画面の中でずば抜けてもはや一人で走っていた。
それがすべてじゃ当然ないけど、樺木がこの道を邁進するきっかけの一つはこの友人にあるのだから、引退するまでずっと見てろよと思う。言ったことはないが。
≫≫≫
自分より速い人間がいるということは、多少憎々しい気持ちも呼んだが、福音でもあった。「自分より速い人間と走ると自分のタイムも速くなる」なら、と思う。自分はもっと速くなれる。生憎同世代では樺木が日本で一番速かったから、実際にそれを体感したのは自分より年上と走るときだった。なるほど、と思う。他レーンが気になりすぎていれば逆効果だが、自分の前を走る人間がいることは、自分をもっと研いでいくような気がした。樺木は冷徹に見られがちだったが、負けん気は競技者らしく持っていた。走るのが得意だから、走ることを選んだ。自分がより速くなるのを面白く思うし、そして誰かに打ち勝つことにじんとした興奮を感じる性質で、打ち勝てる程度に速いから、走ることを選び続けている。
走ってみたい相手がいた。ともすれば折れそうなくらい研ぎ澄まされたフォーム。抜きん出た、生粋のスプリンター。財津より身近な、美しい化物。
憧れを持って他人を眼差すというのは、いくつかのレンズが間に入るということだ。あるいは宇宙の片田舎から遠く光る他の星を覗き込むような行為でもある。四年あればああなれるのかと思い、ああなりたいんじゃない、あれを追い越したいんだ、と思わせた人。
はじめてトガシと同じ大会で走ったとき、こんなもんか、と思う気持ちが、こんなもんじゃないはずだろ、と叫びたい気持ちを押し留めて、どうにか普段の表情を保った。確かにすでに『一番速い人』ではなくなっていたけれど。それでも。インタビューへの対応はひどく雑になった。あれはないぞ、と友人からメッセージが送られてきていて、うるせえと返すか迷って結局無視をする。その時トガシとはなんのやり取りもなかった。向こうの気配はひどく薄かった。そうでよかったと思う。あのトガシを目の前にして、自分が何を口走ったかわかったものじゃないから。
≫≫≫
居酒屋を出て歩きながら、初夏の夜空は豪勢な感じがする。と言えば、酔って瞳孔が開いてんじゃないのか、と返ってきたので小突く。
「飲んでねえ」
「そうだわ」
じゃあ俺と一緒だから空もきれいに見えるんだな! と続いたので、ため息で返す。相変わらずけらけらと笑っている。こいつだってアルコールは入れていなかったはずなのに。
「なんか楽しくなってきちゃったな! そこ公園あるぜ! 一緒に走るか」
「俺はシーズン中なんやけど」
「ああー……。ん、じゃあ冬になったらいいのか?」
「四光年早いわ」
「んだそれ! 早いってなあ、四光年は距離だよ」
スマホを弄くる明かりが眩しくて目を細めた。
「三・七八四かけるう、十の十六乗メートル!」
「百メートル何本分」
「三千七百八十四かける、一千億本……だろ!」
「知らん」
ほらこれ見ろよ、と差し出された画面には、『プロキシマ・ケンタウリ』と書かれている。
「なに」
「太陽の次に地球に近い恒星は約四光年先にあるって。地球に似た惑星があるかもとか」
恒星、が光る星なことくらいわかる。今見えねえの、と空を見上げれば、肉眼じゃ無理みたいだなあとスマホをスワイプしている。
「光ってるのに見えへんの」
「周りがまぶしけりゃ霞んじゃうよ」
見えなくても星は星だよ。光の速さで四年あれば地球に似た星にたどり着けるってロマンだよなあ、と友人は嘯く。
「光の速さになれんのは光だけやろ」
「そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないだろ。少なくとも四光年先に星があるって概測を頭のなかに描けるなら、光の速さも思考の展望に内包できるって言えたりしないかな」
「……適当なこと言ってんやないか」
「ばれたか」
≫≫≫
樺木がクサシノに入ったのは、所属選手に実績があるからだし、スタッフと設備がよかったからだ。思考になかったと言えば嘘になるが、憧れの残像を追いかけて来たわけじゃない。ただ短距離専門だから、当然トガシとも頻繁に顔を合わせた。まるで覇気がない、と思った。
トガシは割にロッカールームなんかで世間話をする。最近あのコマーシャルばっかで気になって買っちゃいましたよ。どうすか寝心地。いやあんまりわからないですねえ……。大抵どうでもいい話題で、調子どうですか、みたいな競技に関わる話のこともある。そんなことしてる場合なのかよ、と思った。人間関係にかかずらってる暇あんのかよ。百メートルに全エネルギーを費やせよ。あんた別に一人でも走れんだろ。口に出しはしない。自分が四年後に今のトガシのように話を回そうとする人間になっている想像をしようとして失敗する。どうやっても興味がなかった。
新星だの世代最強だのなんだのといって少し周囲に緊張されても、どうでもよかった。少なくとも、走ることに時間を費やせる環境は心地いいと思っていた。
それでも、かつての衝動がしばしば燻る。挑発してやろうとしても適当に――適当、としかいいようがない。適切の意味じゃなくて雑に、の方だ――受け流されて苛立ちは澱のように積み重なっていくばかりだった。たまにこちらの言葉を飲み下し損ねたような顔をするから、その時だけ少し溜飲が下がる。
自分がもう四年早く生まれていれば、中学生のあのトガシとも走れたのに、と思うと時折無性に悔しかった。調子が良さそうなときはあの時期の片鱗が見えるからなおさら。
そんなあるシーズンの真っ只中に、トガシがクサシノを辞めた。
ついに走りたくなくなったのかと思えば、逆だった。走りたくて走りたくてそのためならどんなふうにでもこの身を燃やせると、そうやって競技場にやってきた。帰ってきたと思ったし、真新しく完成したようにも見えた。
樺木はずっと望んでいた。この人と走ってみたかった。
≫≫≫
「プロキシマ・ケンタウリのそばに惑星が観測されてたけど、消えちゃったんだって。ふーん」
「あー……爆発するやつ?」
「いや、見えなくなっただけじゃないかって。またそろそろ見えるようになるんじゃないかって言われてるっぽい」
「全部ふわふわしてんな」
「俺これ専門じゃねえもん」
分かれ道が近くなって、友人はスマホの画面を暗くしてこちらを見る。
「次どこ行くんだっけ?」
「東京」
「明日移動だろ? んで新幹線? のぞみだろ」
決めつけんなと言えば違うのかと聞くのでしぶしぶ肯定する。
「お前速いの好きだもんな!」
「移動時間なんて短い方がいいに決まっとるやろ」
「鈍行にずっと揺られるのも楽しいけどな」
まあ樺木には理解できんかもな! と言うので睨み付ける。
別に理解できなくてもいい。到着が早い方がいい。
「結果見るから結果出せよー、あ、トガシ選手復帰すんだっけ! 俺あの人好き!」
「なんで?」
「速くてかっこいいから。お前のことはとーぜん一番に応援するけど、なんかトガシ選手とか小宮選手とか、あの世代よくわかんない凄みがあって好きなんだよな。財津選手もなんか信仰できそうな雰囲気ある人だったけど」
陸上ってなんか達観してないと出来なかったりする? と聞くので、速けりゃ出来る。と返す。続くかはまた別なのだろうけど。
「じゃあお前は海棠選手越え目指せよ。そんで世界一にもなれよ」
「言いたい放題じゃねえか」
「俺の知ってるなかで一番速えのお前なんだもん!」
じゃあ見てろよ、と返して別れる。別れ際に毎回言われる、次こっち来るときまた言えよ、の言葉を違えたことはないから、樺木にとっても貴重な友人であるということを、樺木本人はなかなか認めない。
≫≫≫
トガシとあの決勝ぶりに走る。のぞみは停車することなく目的の駅を目指してなめらかに進んでいる。あの大会からすっかり時の人となって、トガシを見つめる視線は増えた。存在感は無視できないほどにある。結局トラックに帰ってくる。そういう生き方の生き物なのだ。あの人は。暗くても、見えなくなっても、星は星にしかなれない。トガシがまぶしく光るなら、もっと大きくて熱い光で飲み込んでやりたい。遠くへなんて行かせない。食らいついて、噛みきってやる。彼我の距離なんてせいぜいが百メートルだろう。自分達にはこのくらいの遠さがぴったりだ。トラックで横に並べば、四年の差なんてどうでもいい。人間は光源になれても光そのものにはなれない。身体は重さを持って、百メートル走るのに樺木なら約十秒を必要とする。あの人だってそうだ。とうてい光の速度じゃ走れない。それならば樺木にだって捕まえることは出来る。
どれだけ走りたいか、ひりついた感覚をわかってんだぞとも思うし、他人の目に映る景色なんてわかるわけないとも思う。一緒に走った奴が、無観客だと気合いが入らないと言及したのを聞いて、誰もが同じ視界ではないのだと、わかりきったことに驚いたことがある。それでも約十秒、同じ方向を向いて走ることはできる。息を深く吸う。楽しみだ。同時にたった十秒への緊張で、手が震えそうでもある。
トガシが走るのをはじめて見たときから、この人と走りたいと思っていた。
それってつまりは一目惚れなんじゃないの、と脳内で友人が笑う。
(星たち、あるいはLight My Fire)
1/1ページ