短文ノック
「カバキくんさ、バトン渡されるとき、ごめんって言われることなかった?」
あれ以降、少しだけトガシさんと仲良くなった。あれっていうのは、あれだ。日本選手権とそこでのトガシさんの怪我。無所属のこの人を医療スタッフにつなぐ一部となって、診断結果教えてくださいね、と念を押したら、その後ゆるく交流が続いている。
一緒にメシにも行く。毒にも薬にもならない話ばっかりするから何となく聞き流そうとしてしまいがちなのだけど、たまにこの人の芯を見せてもらえることがあるから、相槌が打てるくらいにはちゃんと聞いている。
四継リレーを走ることになった。トガシさんも俺もメンバーだ。誰が四人になるかはまだ分からなくて、仲間意識とライバル意識の中間みたいな空気が漂う中、まずはバトンパスの練習をしている。トガシさんは案外うまい。意外です、と伝えたら、高校の時ちょっとね、と返事が返ってきた。この人がリレーに参加してた記憶は特にないが、トガシさんの経歴を網羅できているわけではないので、そうなんですか、と頷くに留める。でもこの人、百メートル以外走れないだろ、って思ったのは、言わない。その一途とも言って良さそうな競技への集中力に憧れた身であるので。俺は百メートル以外もそれなりに走ったことがあり、その中で百メートルが一番得意だった。学生時代無敗になるくらいには。
親睦を深めろ、とのお言葉と共に食堂に放出された俺たちはなんとなく寄っていって一緒に飯を食っている。それができる程度の仲ではある。向こうがどう思ってんのかはマジで知らんけど、トガシさんはそう刺々しくしようとするタイプでもないので、なんとなく俺たちは仲良さそうにしている。ちょっと馬鹿みたいではある。
リレーやっぱ難しいっすね、というだけの話をなんとなくしていると、トガシさんが言った。リレーの時って、カバキくんさ、バトン渡されるとき、ごめんって言われることなかった? 特に記憶になく、いや、と言おうとすると、トガシさんは食い下がってくる。
「学校の、クラス対抗リレーの時とか。なかった?」
そう言われると確かにあった。子供なりに戦略を練って、あまりに差をつけられてしまうことなんかがないように、足の速いやつで遅いやつを挟む走順にしていた。あれって結構残酷だけど、その残酷さで得をしてきた人間が文句を言えることではないような気がしてしまう。
「ありましたね。運動が得意じゃない女子の後とかにバトンもらうことが多くて」
必死に絞り出すように息も絶え絶えにごめんって言うから、なんかこっちの方が申し訳なくなった。そんな朧げな記憶がある。
「俺も言われたことあってさ、でもなんで言うんだよって思うんだよ」
トガシさんは口に入れたものを飲み込んでから喋るから、会話のテンポは必然ちょっとゆっくりになる。それにつられてか、俺もなんとなくゆっくりよく噛んで飲み込む。
「喋れる余裕あるならその分全力で走れってことですか」
「違うよ、違う違う。そんなこと言わなくてもいいのにって思うんだよ」
はあ、とため息未満の吐息が溢れた。お優しいことで。トガシさんは続ける。
「だって俺がぶっちぎりで走るから、何にも心配することないだろ。謝ることなんてない」
思わず笑った。何つー傲慢! でもクラス対抗リレーで走るトガシさんなんて、掛け値なしにヒーローだろう。それを言っても許されるくらいの立場であろうことも、想像できる。この人はクラスの中でそれを絶対に言わないだろうなということも、わかるくらいには今はトガシさんのことを知っている。
「ところで俺は、多分最終走者にはならないんだけど」
そして着実に箸を進めながら、トガシさんは言った。
「絶対に謝ったりはしない走りで渡すから、楽しみに待っててね」
まあ俺がメンバーに入るかは微妙だけど……と続けた言葉を無視して、俺の背中には鳥肌が立つ。この人と並んで走りたいけど、でもこの人の走りの先を見れたら、それって。
午後の練習はわかりやすく気合が入ってしまって、どうにも恥ずかしかった。あなたから走りを受け取るのも、あなたに渡すのも、想像するだけで高揚する。
あれ以降、少しだけトガシさんと仲良くなった。あれっていうのは、あれだ。日本選手権とそこでのトガシさんの怪我。無所属のこの人を医療スタッフにつなぐ一部となって、診断結果教えてくださいね、と念を押したら、その後ゆるく交流が続いている。
一緒にメシにも行く。毒にも薬にもならない話ばっかりするから何となく聞き流そうとしてしまいがちなのだけど、たまにこの人の芯を見せてもらえることがあるから、相槌が打てるくらいにはちゃんと聞いている。
四継リレーを走ることになった。トガシさんも俺もメンバーだ。誰が四人になるかはまだ分からなくて、仲間意識とライバル意識の中間みたいな空気が漂う中、まずはバトンパスの練習をしている。トガシさんは案外うまい。意外です、と伝えたら、高校の時ちょっとね、と返事が返ってきた。この人がリレーに参加してた記憶は特にないが、トガシさんの経歴を網羅できているわけではないので、そうなんですか、と頷くに留める。でもこの人、百メートル以外走れないだろ、って思ったのは、言わない。その一途とも言って良さそうな競技への集中力に憧れた身であるので。俺は百メートル以外もそれなりに走ったことがあり、その中で百メートルが一番得意だった。学生時代無敗になるくらいには。
親睦を深めろ、とのお言葉と共に食堂に放出された俺たちはなんとなく寄っていって一緒に飯を食っている。それができる程度の仲ではある。向こうがどう思ってんのかはマジで知らんけど、トガシさんはそう刺々しくしようとするタイプでもないので、なんとなく俺たちは仲良さそうにしている。ちょっと馬鹿みたいではある。
リレーやっぱ難しいっすね、というだけの話をなんとなくしていると、トガシさんが言った。リレーの時って、カバキくんさ、バトン渡されるとき、ごめんって言われることなかった? 特に記憶になく、いや、と言おうとすると、トガシさんは食い下がってくる。
「学校の、クラス対抗リレーの時とか。なかった?」
そう言われると確かにあった。子供なりに戦略を練って、あまりに差をつけられてしまうことなんかがないように、足の速いやつで遅いやつを挟む走順にしていた。あれって結構残酷だけど、その残酷さで得をしてきた人間が文句を言えることではないような気がしてしまう。
「ありましたね。運動が得意じゃない女子の後とかにバトンもらうことが多くて」
必死に絞り出すように息も絶え絶えにごめんって言うから、なんかこっちの方が申し訳なくなった。そんな朧げな記憶がある。
「俺も言われたことあってさ、でもなんで言うんだよって思うんだよ」
トガシさんは口に入れたものを飲み込んでから喋るから、会話のテンポは必然ちょっとゆっくりになる。それにつられてか、俺もなんとなくゆっくりよく噛んで飲み込む。
「喋れる余裕あるならその分全力で走れってことですか」
「違うよ、違う違う。そんなこと言わなくてもいいのにって思うんだよ」
はあ、とため息未満の吐息が溢れた。お優しいことで。トガシさんは続ける。
「だって俺がぶっちぎりで走るから、何にも心配することないだろ。謝ることなんてない」
思わず笑った。何つー傲慢! でもクラス対抗リレーで走るトガシさんなんて、掛け値なしにヒーローだろう。それを言っても許されるくらいの立場であろうことも、想像できる。この人はクラスの中でそれを絶対に言わないだろうなということも、わかるくらいには今はトガシさんのことを知っている。
「ところで俺は、多分最終走者にはならないんだけど」
そして着実に箸を進めながら、トガシさんは言った。
「絶対に謝ったりはしない走りで渡すから、楽しみに待っててね」
まあ俺がメンバーに入るかは微妙だけど……と続けた言葉を無視して、俺の背中には鳥肌が立つ。この人と並んで走りたいけど、でもこの人の走りの先を見れたら、それって。
午後の練習はわかりやすく気合が入ってしまって、どうにも恥ずかしかった。あなたから走りを受け取るのも、あなたに渡すのも、想像するだけで高揚する。