短文ノック
冷たいドアノブを捻ってドアを開けると、一気に冷たい風が吹き込んでくる。空は淡い色をしていて、まさしく冬じみている。少し肩を竦めて、勢いをつけて外に出た。寒い。
一通りウォームアップをこなしたというのに、瞬間強張った身体をゆっくりほぐしながら階段を降りていく。気のせいじゃない。靴の接地する感覚がいつもと違う。きっとコンクリートに霜が降りているんだろう。氷点下って久しぶりだ。怪我をしないように気をつけないと。階段を降り切って、数回ジャンプする。身体に火の灯るような感覚がある。
すう、と息を吸うと、喉の奥まで冷える感じがする。温まった身体の輪郭が冷えて鮮明になる。
一歩目。身体の周りで風が生まれる。特別な風だ。最高速はまだ禁止されているけど、このくらい風を追うことができるようになった。
嬉しい。
怪我をする前だって走っていたのだから、なにかこう、改めて考えるのは照れくさい感じがするのだけれど、走ることに対して原始的な喜びがある。ゆっくり走っていたってそうだ。言葉にしたのを聞かせたのは仁神さんだけで、あの人はなぜだか俺よりも嬉しそうな顔をしていた。
だんだんと日が高くなる。空の色がわずかにだけど濃くなっていく。どういう仕組みなんだろう。空の色について、走っている時にいつも、後で調べよう、と思うのだけど、走り終わると忘れてしまう。走っている時だけ思い出す。きっとこの瞬間にしか感じられない視覚情報なんじゃないか、と踏んでいる。誰かと話しながら走れればいいのかもしれないけれど。まだ、この喜びを噛み締めたくて、誰かを誘ったりはしていない。誘って来てくれるものなのかもよく分からないし。
早く全力疾走がしたいな、と思う。ゆっくり走るのだって当然悪くはないけど、もっと真剣になりたい。真剣になりたい、だって! こんなこと考えることになるなんて思ったことなかったな。目の前をやり過ごすことに必死だった。
今の自分の方が好きだ。それまでの自分だって、必死に生きていた分の愛着があるけど、なにか解放されたような、挑むべき目標を見つけたような、自分に火をつける情熱がある。直視すると少し恥ずかしい。でも、やっとここまで来れたんだと思う。自分は本当はこれをずっと知っていたんじゃないかと、思う。
息を吸って、吐いて、白く濁る空気が散っていくのを見る。俺の熱だ。今日はきっとみんな室内トレーニングだけだろうな。足は俺の思った通りに動く。あんな無茶をさせたのに、健気だな、ってちょっと申し訳なく思う。でも俺の足だ。俺にくっついててよかっただろ。きっといい思いはさせてやってるはずだ。これからも大事にする予定だし。
走る。ウェアの中に少し汗をかくけど、さすがの機能性だ。湿気が籠る事もなく、温度だけを保持している。だんだん暑くなってくる。このまま走り続けてみたいなってちょっと思う。長距離の人の見える景色には届かないだろうってわかっているけど、自分がどこまでも走れるって思えたらそれは最高な気がする。
とは言え、俺は百メートルの走者なので、そんな無茶はしない。前よりもスタミナがついてるといいんだけどな、とか考えながら、ゆっくり朝ランを終わらせにかかる。身体は暖かい。関節も筋肉も滑らかに応える。ああ、やっぱり、早くあの距離で走りたい。
あそこでしか見えない特別な高揚感を知ってしまっているので、きっと俺はあそこに戻る。歓迎されなくても、レーンに割り込むことができる。速さがあれば。俺にだってできる、と俺は俺に期待する。待ってもらう必要はない。きっと追いつく。百メートルあれば、俺にはそれができる。
一通りウォームアップをこなしたというのに、瞬間強張った身体をゆっくりほぐしながら階段を降りていく。気のせいじゃない。靴の接地する感覚がいつもと違う。きっとコンクリートに霜が降りているんだろう。氷点下って久しぶりだ。怪我をしないように気をつけないと。階段を降り切って、数回ジャンプする。身体に火の灯るような感覚がある。
すう、と息を吸うと、喉の奥まで冷える感じがする。温まった身体の輪郭が冷えて鮮明になる。
一歩目。身体の周りで風が生まれる。特別な風だ。最高速はまだ禁止されているけど、このくらい風を追うことができるようになった。
嬉しい。
怪我をする前だって走っていたのだから、なにかこう、改めて考えるのは照れくさい感じがするのだけれど、走ることに対して原始的な喜びがある。ゆっくり走っていたってそうだ。言葉にしたのを聞かせたのは仁神さんだけで、あの人はなぜだか俺よりも嬉しそうな顔をしていた。
だんだんと日が高くなる。空の色がわずかにだけど濃くなっていく。どういう仕組みなんだろう。空の色について、走っている時にいつも、後で調べよう、と思うのだけど、走り終わると忘れてしまう。走っている時だけ思い出す。きっとこの瞬間にしか感じられない視覚情報なんじゃないか、と踏んでいる。誰かと話しながら走れればいいのかもしれないけれど。まだ、この喜びを噛み締めたくて、誰かを誘ったりはしていない。誘って来てくれるものなのかもよく分からないし。
早く全力疾走がしたいな、と思う。ゆっくり走るのだって当然悪くはないけど、もっと真剣になりたい。真剣になりたい、だって! こんなこと考えることになるなんて思ったことなかったな。目の前をやり過ごすことに必死だった。
今の自分の方が好きだ。それまでの自分だって、必死に生きていた分の愛着があるけど、なにか解放されたような、挑むべき目標を見つけたような、自分に火をつける情熱がある。直視すると少し恥ずかしい。でも、やっとここまで来れたんだと思う。自分は本当はこれをずっと知っていたんじゃないかと、思う。
息を吸って、吐いて、白く濁る空気が散っていくのを見る。俺の熱だ。今日はきっとみんな室内トレーニングだけだろうな。足は俺の思った通りに動く。あんな無茶をさせたのに、健気だな、ってちょっと申し訳なく思う。でも俺の足だ。俺にくっついててよかっただろ。きっといい思いはさせてやってるはずだ。これからも大事にする予定だし。
走る。ウェアの中に少し汗をかくけど、さすがの機能性だ。湿気が籠る事もなく、温度だけを保持している。だんだん暑くなってくる。このまま走り続けてみたいなってちょっと思う。長距離の人の見える景色には届かないだろうってわかっているけど、自分がどこまでも走れるって思えたらそれは最高な気がする。
とは言え、俺は百メートルの走者なので、そんな無茶はしない。前よりもスタミナがついてるといいんだけどな、とか考えながら、ゆっくり朝ランを終わらせにかかる。身体は暖かい。関節も筋肉も滑らかに応える。ああ、やっぱり、早くあの距離で走りたい。
あそこでしか見えない特別な高揚感を知ってしまっているので、きっと俺はあそこに戻る。歓迎されなくても、レーンに割り込むことができる。速さがあれば。俺にだってできる、と俺は俺に期待する。待ってもらう必要はない。きっと追いつく。百メートルあれば、俺にはそれができる。