短文ノック

 小宮くんが小さくなった。
 最近とんとご無沙汰だった幻覚がまた見えるようになったんだな、とまず思ったんだけど、全然違った。俺の幻覚にこんな可愛げはない。最近の小宮くんには……あるかも。なぜならば最近俺は恋心のようなものを自覚して小宮くんが可愛く見えることがあるからだ。あんな髭もじゃ。足は速いけど。頭の回転も速いし、真面目だし、見た目だって迫力があっていい。コミュニケーションにはちょっとなと思うところがあるけど、それを言うと己にブーメランが返ってきそうなので言わない。
 ところで小さい小宮くんと言うのは、ふよふよと風に攫われちゃいそうなくらいぼんやりして見える。あんなに怖かったのに、実物ってこうだ。こんなことあっていいのかよと思う。あっちゃダメだろ。でも事実として小さい小宮くんーーこれ重複表現にならないわけ?ーーは目の前に存在している。記憶はあるのかと聞いたら、今まで全部あるよと答えが返ってきた。証明のためにこれまでの自己ベスト更新遍歴を誦じようとするから止めた。これは多分本物だ。万が一本物じゃなかったとしたらマジで俺が恋心を拗らせて新しいタイプの幻覚を見ていることになるから、本物ってことでいいだろ。これ以上仁神さんに病院勧められるのも嫌だし。病院に行くべきは目の前の少年! これが答えだ。
「何科にかかればいいのか、小宮くんわかるかい」
「こんなのオカルトだよ。神社とか行った方がいいのかも」
 傾向も対策も立てようがないよ、と言う小・小宮くんは大人の方と違って表情に全て表れる。大人の方の表情だってわかるけどね! でもこんな、途方に暮れてます、って顔は十数年ぶりだ。
「呪われた覚えとかあるの?」
 オカルトっていうよりファンシーな感じがするな、と思いながら碌でもないことを聞いてみる。
「学生の時に負かした相手とか……?」
 それってつまり俺ってこと? でもこの怪奇現象の種が俺にあるっていうのは正直結構ありそうだ。本当に申し訳ないことに、俺は小宮くんの幻覚に自分の代弁をさせていた時期だってあったし、今に至っては好きだなあと思っているし。一方的に。
 二人で走った帰りだ。小宮くんの服装はなぜだかいつかの春と一緒だった。とりあえず帰って、それから考える、と小宮くんは小さな手でスマートフォンをいじって、電車の時間を調べる。するとすぐに驚いた顔で、もう出発しちゃう! と叫び、走ろうとし、勝手の違う手足がついてこなかったのか思いっきり転んだ。
 うち近いよあんま人目につくのよくないだろ血い出てるしとりあえず一旦! かくして俺は手当の名目で俺の部屋に小宮くんを連れ込むことに成功した。
 好きな人が自分の部屋にいるってもうちょっとそわそわして然るべきことな気がするけど、俺の部屋にいる小宮くんは俄然幻覚らしさが強い。なんか小さいし。正直ちょっとさっきからトキメキではない動悸がしている。小宮くんは俺の部屋を見て「もの少ないんだね」としか言わなかったが、俺はそこに空っぽの人間性を攻撃されたような痛みを感じている。わかってるよ、被害妄想だ。でも小宮くんが小さいのが悪い。
 一通り応急手当てを済ませたら小宮くんは何か言いたげにこちらを見る。俺はめちゃくちゃ緊張しながら問いかけた。ここでなにか俺の人格に関わる言葉を吐かれたらどれだけポジティブな意味でもネガティブ変換して引きずる気がする。今の俺はマンボウより弱い。
「小宮くん、どうしたの」
「あのさ、もし明日起きて、まだこのままだったら」
 そうだったらヤバすぎるだろ、と思いながらうん、と相槌を返す。
「そうだったら、走り方教えてくれない?」
「き、」
 みはもう走り方なんて自分のものを確立しているだろ、ときっと言ったと思う。言ったはずだ。なぜだか脳みそがぷかぷかしてしまって記憶がない。てんやわんやしながら寝る支度をし、小・小宮くんをベッドで寝かせてトレーニングマットを敷いた床で寝た。
 翌朝小宮くんは元の大きい小宮くんに戻っており、俺は好きな人が自分の部屋にいる事実に驚きすぎて尻餅をつき、小宮くんはその音で起床した。大丈夫? って三回くらい聞かれた。あんま大丈夫じゃないかも。
 帰り際小宮くんはまた一緒に走ろうね、と言った。俺の幻覚って解像度低いんだな、というのが学びだ。高解像度の小宮くんは、なんか、かわいらしい生き物だった。いつか捕まえてやりたい。俺は足が速いから、不可能じゃないと思う。
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