短文ノック
東京でも星は見えるよ、という言葉を小宮くんは半目で聞いていたけれど、実際見れば「⋯⋯ほんとうだ」と感嘆とも言っていいような声を漏らしたので、俺は大変満足した。確かに小宮くんっていつも真っ正面を見てるイメージだ。調子に乗って東京にも雪が降ることだってあるよ、と続ければ、外が走れないのは嫌だなあと返ってくる。そんなの雨だってそうだろう。
「東京に雪降るのって少しロマンチックだろ」
そういう情緒はないのかよ、と少し含ませて言えば、
「君みたいな生粋の東京育ちが言うとなんだか鼻につくかも」
「小宮くんに鼻につくって言われた⋯⋯」
「いや、まあ⋯⋯、うん⋯⋯」
「否定してくれないんだ」
俺って結構鼻持ちならない奴だったらしい。
北国とは比べものにならないのだろうけど、完全に装備を固めたって夜は寒い。だのになんで小宮くんとのんびり話しながら歩いているのかと言うと、終電のなくなった小宮くんを俺のアパートに案内するためだ。別にタクシーを呼べばよかっただけの話なんだけど、どっちももうちょっと話してみたかったってことだろう。終電過ぎるまで飲み屋で話続けるなんて、いくつだよって思う。自分の部屋を掃除したかな、と思い返してみる。見られて困るようなものはない。一緒に見たいようなものもないけど。最近サブスク整理したばっかりだし、小宮くんがそもそも映画とかドラマとかアニメとか見るのかも知らないし。
「小宮くんって映画とか見る?」
「あんまり。トガシくんは?」
「俺もあんまりだな。有名どころちょっとだけくらい」
「タイタニックとか?」
「見たことあるけど⋯⋯、小宮くんタイタニックは見たことあんの?」
「ない。なんか船の沈む話だよね」
ひっどい要約。間違っちゃいないけど。
「もったいなくない?」
「何が?」
「あらすじ……概要? だけ知ってんの。実際走らずに記録の数字だけ見てるみたいなもんじゃん」
「えっと⋯⋯それは、ちょっと前までの僕への嫌味?」
「そうだね」
「なんか怒らせるようなことしたかな」
「した」
なに? と問いかけてきた声が少し不安げに揺れていて、意地の悪いことをしすぎたなと反省する。でもこのアルコールが入ってる時じゃないと言えないな。
「勝手に転校したろ」
「ええ⋯⋯。それは、えっと⋯⋯。僕にもどうにもできなかったし」
「まあそうだよね。それで次に会ったら随分と立派になられて。変わっちゃったなあ」
「君も変わったけど」
「それ以上に!」
少し大きい声が出て慌てて声を潜める。
「なんか、寂しかったよ」
それ以上に怖かったけど。怖かったけど! それは、墓場まで持っていきたい。とか言って、いつかポロっと言っちゃいそうだ。俺は迂闊だから。
「トガシくん、寂しかったの?」
「恥ずかしいから復唱しないでくれる?」
「いや⋯⋯。小学生の僕が聞いたら喜ぶよ」
高校以降の小宮くんは喜んでくれなさそうだ。別にいいけど。
「でも、君はさみしくても走れるよ」
「やだよ」
見上げると星がある。きらきらひかる二つの星はバカみたいに離れているのに、ここからだと二センチメートルくらいの距離しかないように見える。
「どうせ人間一人なんだから、誰かと走ったほうが楽しいよ」
小宮くんが立ち止まったのに気がついて、振り返る。
「そうだね」
小宮くんはいちど頷いて、うん、そうだ、と言う。
「またきみに勝ちたい。だからまた、一緒に走ろう」
じわじわと顔が赤くなってるのがわかるから、今が夜で、寒い冬で、アルコールが入っていてよかったなと思う。小宮くんにごまかしは効かなそうだけれども。
「東京に雪降るのって少しロマンチックだろ」
そういう情緒はないのかよ、と少し含ませて言えば、
「君みたいな生粋の東京育ちが言うとなんだか鼻につくかも」
「小宮くんに鼻につくって言われた⋯⋯」
「いや、まあ⋯⋯、うん⋯⋯」
「否定してくれないんだ」
俺って結構鼻持ちならない奴だったらしい。
北国とは比べものにならないのだろうけど、完全に装備を固めたって夜は寒い。だのになんで小宮くんとのんびり話しながら歩いているのかと言うと、終電のなくなった小宮くんを俺のアパートに案内するためだ。別にタクシーを呼べばよかっただけの話なんだけど、どっちももうちょっと話してみたかったってことだろう。終電過ぎるまで飲み屋で話続けるなんて、いくつだよって思う。自分の部屋を掃除したかな、と思い返してみる。見られて困るようなものはない。一緒に見たいようなものもないけど。最近サブスク整理したばっかりだし、小宮くんがそもそも映画とかドラマとかアニメとか見るのかも知らないし。
「小宮くんって映画とか見る?」
「あんまり。トガシくんは?」
「俺もあんまりだな。有名どころちょっとだけくらい」
「タイタニックとか?」
「見たことあるけど⋯⋯、小宮くんタイタニックは見たことあんの?」
「ない。なんか船の沈む話だよね」
ひっどい要約。間違っちゃいないけど。
「もったいなくない?」
「何が?」
「あらすじ……概要? だけ知ってんの。実際走らずに記録の数字だけ見てるみたいなもんじゃん」
「えっと⋯⋯それは、ちょっと前までの僕への嫌味?」
「そうだね」
「なんか怒らせるようなことしたかな」
「した」
なに? と問いかけてきた声が少し不安げに揺れていて、意地の悪いことをしすぎたなと反省する。でもこのアルコールが入ってる時じゃないと言えないな。
「勝手に転校したろ」
「ええ⋯⋯。それは、えっと⋯⋯。僕にもどうにもできなかったし」
「まあそうだよね。それで次に会ったら随分と立派になられて。変わっちゃったなあ」
「君も変わったけど」
「それ以上に!」
少し大きい声が出て慌てて声を潜める。
「なんか、寂しかったよ」
それ以上に怖かったけど。怖かったけど! それは、墓場まで持っていきたい。とか言って、いつかポロっと言っちゃいそうだ。俺は迂闊だから。
「トガシくん、寂しかったの?」
「恥ずかしいから復唱しないでくれる?」
「いや⋯⋯。小学生の僕が聞いたら喜ぶよ」
高校以降の小宮くんは喜んでくれなさそうだ。別にいいけど。
「でも、君はさみしくても走れるよ」
「やだよ」
見上げると星がある。きらきらひかる二つの星はバカみたいに離れているのに、ここからだと二センチメートルくらいの距離しかないように見える。
「どうせ人間一人なんだから、誰かと走ったほうが楽しいよ」
小宮くんが立ち止まったのに気がついて、振り返る。
「そうだね」
小宮くんはいちど頷いて、うん、そうだ、と言う。
「またきみに勝ちたい。だからまた、一緒に走ろう」
じわじわと顔が赤くなってるのがわかるから、今が夜で、寒い冬で、アルコールが入っていてよかったなと思う。小宮くんにごまかしは効かなそうだけれども。