短文ノック
思わず笑った。
呼吸のリズムが乱れた。
隣だってすぐには気が付かなかったかもしれない。僅かなブレだ。それはこのトラックの上では、致命的なものになる。ブレはすぐにピッチに反映された。
いつでも、呼吸だって制御しきれていた。完成された最高速を出すために、最適化されていた、私の呼吸。
いつかこんな日が来るだろうと思っていた。違う。夢見ていた。ゆっくり沈められていく銅像にはなりたくなかった。生きるということは死にゆくということで、私はただ漫然と死にたくはなかった。人目を寄せて、この世界を輝かせるためには、ドラマが必要だった。自分だけではそれが成立しない。期待していた。すべての走者に。そうだ。私は待っていた。誰かを。私の視界を揺らす風を。
それが、まさか、あなただったとは!
何度共に走っただろう。このなかでずば抜けて長く知っている。それでも、知らなかった。たった十秒を共有するだけだ。知らなかった。あなたの背中はなかなかいいじゃないか。知らなかった。知らなかった!
楽しい。足元が崩れ去る感覚が、こんなにも清々しいとは知らなかった。百メートル。もうたどり着いてしまう。ああ、勿体無い。もっと、ずっと走っていたい。そんなことを考えたのだから、もうここが客観的に見て最高のタイミングなのだろう。いや違う、今で時間を止めたいと思ったのだから、私の意思だ。
息を吸う。ここで呼吸してきた今までのすべての時間を思う。私の細胞は一つ一つ燃えきって、今は抜け殻のようだとも思う。吸い込んで抜け殻に満ちる空気の、なんて新鮮なこと! 場内のざわめきは止まない。あなたはどう感じているだろうか。
いつかあなたもその陸の上を降りる。そうしたら聞いてみよう、と決める。その決め事が、これから抜け殻として生きるための、燃料となる。歩き出す。足元は確かで、同時に心許なく、私は新たな海路に漕ぎ出すような少しの期待をまた持っている。ああ世界、なんてうつくしい海原!
呼吸のリズムが乱れた。
隣だってすぐには気が付かなかったかもしれない。僅かなブレだ。それはこのトラックの上では、致命的なものになる。ブレはすぐにピッチに反映された。
いつでも、呼吸だって制御しきれていた。完成された最高速を出すために、最適化されていた、私の呼吸。
いつかこんな日が来るだろうと思っていた。違う。夢見ていた。ゆっくり沈められていく銅像にはなりたくなかった。生きるということは死にゆくということで、私はただ漫然と死にたくはなかった。人目を寄せて、この世界を輝かせるためには、ドラマが必要だった。自分だけではそれが成立しない。期待していた。すべての走者に。そうだ。私は待っていた。誰かを。私の視界を揺らす風を。
それが、まさか、あなただったとは!
何度共に走っただろう。このなかでずば抜けて長く知っている。それでも、知らなかった。たった十秒を共有するだけだ。知らなかった。あなたの背中はなかなかいいじゃないか。知らなかった。知らなかった!
楽しい。足元が崩れ去る感覚が、こんなにも清々しいとは知らなかった。百メートル。もうたどり着いてしまう。ああ、勿体無い。もっと、ずっと走っていたい。そんなことを考えたのだから、もうここが客観的に見て最高のタイミングなのだろう。いや違う、今で時間を止めたいと思ったのだから、私の意思だ。
息を吸う。ここで呼吸してきた今までのすべての時間を思う。私の細胞は一つ一つ燃えきって、今は抜け殻のようだとも思う。吸い込んで抜け殻に満ちる空気の、なんて新鮮なこと! 場内のざわめきは止まない。あなたはどう感じているだろうか。
いつかあなたもその陸の上を降りる。そうしたら聞いてみよう、と決める。その決め事が、これから抜け殻として生きるための、燃料となる。歩き出す。足元は確かで、同時に心許なく、私は新たな海路に漕ぎ出すような少しの期待をまた持っている。ああ世界、なんてうつくしい海原!
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