短文ノック


 風が見えた。
 東京で珍しく雪の積もる様が見られた。俺は乗らなかったから知らなかったけど、電車は散々遅れてたらしい。昨日の朝、カーテンを開けると、白い塊がふわふわと空を漂っていた。地面までゆっくり風にあおられながら落ちていく。すこしぼうとした。時間の流れがゆっくりにされてるみたいだった。
 昼過ぎには止んで、道路のコンクリート付近に積もっていた雪は姿を消した。屋根や植木の上に名残りがある。雨に変わったわけでもなく、ゆっくりと晴れていく。夜には星が見えた。しんと冷え込んで、融解した雪の跡であろう水溜りが凍っていた。
 朝、走るためにドアから出ると、身を刺すような寒さがあった。一瞬家の中に戻ろうかと思った。一瞬だ。走ると決めていたし、走りたかったので、走る。
 気温はもしかしたら昨日よりも低い。筋肉が強張る。ゆっくり歩くところから始める。
 風が吹いた。うっと首が勝手に沈む。意識して目線を上げると、街路樹に積もった雪が散るのが見えた。雪の結晶たちはそのまま、風にさらわれていく。そして、今はもう冷え乾いた道路の上を移動していく。
 舞い散る桜、とかが近いだろうか。緩急をつけて、時にあおられ、時に沈みながら白い風が吹いていく。
 風。敵でもあるし、味方でもある。過ぎたるは及ばざるが如しという言葉を思い出す。向かい風のときは全部自分の腕や脚に向かって吹いている気がするし、追い風のときはすべて背中に吹いているような気分になるけど、風はかき混ぜられながら吹いているのだ。舞い上げられた雪の欠片が手に触れた。冷たい。冷えきった指先でもわかる。手袋を忘れたな、と今更気がつく。秒速二メートルを超えないだろうこの風は、積もって溶けるのを待つだけだったはずの雪をこうやって空へ押し戻すような力を持っている。この中で走ったらどうだろう。俺の身体はもうその準備ができている。走り出す。同時にまた風が吹いて、雪が散る。目の端にきらきらと光る風が映る。
 なんだか飾り立てられているようだなと思う。むき出しの顔に吹く風は冷たく、俺の輪郭を磨いていくようでもある。
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