短文ノック

 海棠さんがいいとこ連れてってやるって言うから信じて着いてきたら、どう考えてもシャカシャカ音の鳴るスポーツミックスは場違いなクラシカルなカフェだった。しかもなぜか財津さんがいた。俺とカバキくんは慄いた。それはもう。騙し討ちだろこれ。慌ててウィンドブレーカーを脱ごうとしてもたついた俺に、別にドレスコードなんざねえよ、って海棠さんは言ったけど、いや、あるだろ、ふさわしさみたいなものが。
 俺はなんやかんや年功序列に弱いので曖昧に頷いて席に着こうとしてしまったが、カバキくんはさすがだ。帰っていいですか、ってすぐ聞いた。席を引く前に。えっカバキくん帰るの? この場って離脱できるの? なら俺も帰りたい。怖い。引力がありすぎてブラックホールみたいな人たちと対峙したくない。カバキくんに乗っかって半身を逃した俺に、海棠さんはつかつか近づいてきて、ぐっと腕を引き、肩を抑えて席につかせた。なんで? 怖い。正面には財津さんが座っている。悠々とカップを傾けるその姿にも威厳があって、ますます俺は帰りたいなと思う。カバキくんはちょっと逃げたみたいだけど多分この雰囲気ある室内にちょっと遠慮があったんだろう。海棠さんに捕まっていた。海棠さんはなんだってこの板張りの床で足音をうるさくせずに他人を捕まえられるんだ。
「どこが『いいとこ』なんですか?」
「いい度胸だよなオマエ」
 カバキくんの半ギレっぽい声に海棠さんが応える。俺もカバキくんに同感だ。いや確かになんというか上等なところではあると思うんだけど、図体のいい男四人で膝を突き合わせる場所ではない。なんか机とかも低いし。椅子も狭い。カバキくんの膝と俺の膝がめっちゃぶつかる。ふと顔を見れば少し頭を下げられた。膝も避けられる。ああ別に、そういう意味じゃなかったんだけどな。俺もなんとなく頑張って膝を引っ込める。財津さんはなんでこんなにゆったりどっしり感が出せているんだろう。
「話があってね」
 はあ……、と吐息と相槌の間みたいな声が漏れる。いや失礼だとは思うんだけど、現実味が追いついていない。俺にとってこの人は結構雲の上の人だったから。
「小宮くんのことなんだが」
 小宮くんがどうしたんだろう。俺はちょっと興味を惹かれたけど、隣のカバキくんはもう一度、「俺は帰ってもいいですか?」って聞いた。カバキくんってすごいな。勇気ある。なんでも頼んでいいから、と海棠さんが宥めていたけど、喫茶店で俺たちが口にするものなんてそんなに多くない。カバキくんは結局大きくため息をついて、カフェモカを注文した。それどんなの、って聞いたら、甘いですよ、と答えが返ってきたので、俺は結局面白みもないアイスティーを頼む。ああ、これで、帰れなくなっちゃったな。カバキくんも一緒ならまだなんとかなるかな。
「それで、小宮くんがどうしたんですか」
 とっとと本題を片付けちゃうのが一番手っ取り早いだろうと思って、聞く。財津さんはまたゆったりとカップを傾けてから、話し始める。
「彼と私は高校が同じでね、少し離れた後輩なんだ」
 存じておりますが。
「これまでしばしばちょっかいをかけていたんだが、先日私は引退しただろう。接点もなくなってしまってね」
 ないってことないんじゃないかな、と思いながらとりあえず頷く。カバキくんがひっくい背もたれにもたれかかる気配がした。
「今後もどうにか交流が欲しいのだが、どうしたらいいか、助言を貰おうと思って」
 思わず海棠さんの方を見る。あなたがどうにかできなかったんですか、の眼差しだ。海棠さんは当然のことみたいに言う。
「若え奴の意見聞いた方がいいだろ」
 あんただって世間的にはまだ若い方だろ! と言うのはなんとか飲み込んだ。隣から、知らんわそんなん……、とマジで嫌がっている感じの声が聞こえてきたので。俺はちょっと年上っぽくするべきかと思って。
「あのー、小宮くんに直接聞いたらどうですか」
「連絡先を知らないんだ」
 財津元選手なら取り付け方はいくらでもあるだろう、と思いながら、俺はポケットの中のスマートフォンに登録された小宮くんの連絡先とこの場からの解放を天秤にかけている。
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