NEVER MEET YOUR HERO




 一度くちびるをわななかせてから、そのひとは言った。
「おまえが死ぬまでそばにいてやるよ」


 ヒーローが暇を持て余す世の中はまだ遠い。西に個性の暴発あれば行って事態を食い止め、東に個性犯罪者あれば捕縛し、北に災害あれば救助要員として派遣され、南に迷子のお年寄りがいれば声をかけて案内する。
 今日もそんなありふれた忙殺加減だったと思っていたけど、見通しが甘かったみたいだ。
 
 言ってしまえば俺のミスだ。倒壊して入り組んだ建物の中にも俺の個性なら入っていける。そうやって要救助者の不在を確かめて、聞こえた助けを求める声は個性犯罪者の仕掛けたデコイだから大丈夫だと通信をいれようとしたところで、
 その瞬間のことはよく覚えていない。大丈夫じゃねえじゃん、と思ったのだけは鮮明に覚えている。そりゃデコイだもんな、罠だよ、なに安心してんだ俺のバカ!ってな。
 ところでやっぱり流れている血の量が尋常ではない。困った。ここで死ぬのか?せっかく、せっかく、大好きなヒーローとチームアップが組めたのに。
 不恰好な応急処置はしてみたけどそもそも物量が足りない。どんどん眠くなってきて、そんなとき、大きな音が鳴った。
 なんとか首の向きを変えれば、そこにいたのは大・爆・殺・神ダイナマイトだった。びっくりして眠気がちょっと引いた。
 ダイナマイトは俺の処置を見てへたくそ、と顔を顰めた。やっぱり? でも他人にやるのと自分にやるのって勝手が違くて難しかったんだ。ダイナマイトは俺の傷を押さえながら、インカムに怒鳴った。そういえば俺のインカムはどっかいっちゃったなあ。あと傷ってそこだけじゃないんだよなあ。
 ダイナマイトの言葉を聞くに、救助班はここまで入って来られないみたいだ。そりゃそうだよな。四方八方を障害物で覆われているし、さっきからどこか火災の匂いがしてる。この人がここにいるのが不思議だ。
 そんでもって俺は、ここからの脱出には耐えられない。らしい。ダイナマイトが今そう言ってた。
「俺死ぬんですかねえ」
 声はびっくりするくらいへしゃげてた。聞き取りにくかったろうな。
 随分馬鹿みたいなこと聞いたな、って自分でも思うくらいだけど、ダイナマイトは唇を噛んだ。ああ、嫌だな、そんな顔してほしくない。笑ってるか、そうじゃなきゃ怒っているところが一番かっこいいんだよ。苛烈で、閃光のごとく眩しくて、それでいてなんだかちょっと細やかだ。
 ダイナマイトは頷いた。なるほど、俺はやっぱり死ぬみたい。母さんごめん。遺書はちゃんと書いたから、しっかり読んでくれ。感傷的なことも書いちゃったから、音読はしないで。恥ずかしいから。
 そして、俺の永遠の憧れのヒーローはもう一呼吸置いてから言った。
「だから、お前が死ぬまでそばにいてやるよ」
 あともうちょっと、時間があるらしい。

 なにか言おうとして、言葉を探す。
 ここで言ったことが何であれ呪いになるだろう。俺は知っている。このひとが、このヒーローが、言ったことも言われたことも忘れず違えず在るひとだということを。
 それでも、それでも伝えたいと思った。だって、大好きなヒーローなのだ。初めて会って話したときには感極まってボロ泣きして困らせた。
 初めて見たときからダイナマイトが好きだ。強い力って、それだけで凄みを纏うのだ。思うままに振るわれるならなおさら。そのものすごい勢いのまま、敵を倒し、人を助けて、時々ちょっとおっかない顔で笑ってる。一目でわかる、格好いいヒーロー。
 このひとが真っ直ぐ立つとき、その視線の先が明るいと良い。このひとが最短距離で飛んでいくとき、そこに障害が少ないといい。このひとがヒーローとして見つめる世界が、より良くあろうとしているといい。このひとが休みたいと思ったとき、安心のできる場所で、布団がふかふかしていてほしい。このひとを満たすものたちが、損なわれたりしないでほしい。このひとの好きな人たちが、このひとと共にあったらいい。このひとは手を伸ばしたら届くから、それで苦しくなったりしないといい。笑ってるところが好きだ。たくさん笑っていてほしい。このひとがいつかヒーローでなくなったとき、振り返って見るヒーローとしてのダイナマイトが、俺の憧れた格好いい姿であったら、とてもうれしい。
 ああ、やっぱり呪いだ。母さんに聞かれたら怒られるだろうな。
 なんだかすうすうする頭と身体になけなしの力で言葉を絞り出す。たっぷりの憧れとちょっとの申し訳無さをこめて、俺はつぶやいた。

「あなたに会えて嬉しい」

 勝手に目蓋が落ちる。遠ざかる音の中で、クソ、とこぼすのが聞こえて、笑いたくなった。ほらな? やっぱり、言ったとおりだろ。本当に、最期までそばにいてくれた。
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