いつか

「至急帰ってこいってなんなんだよいったい。みんな揃いも揃って変な顔しやがって。そもそも時間あるからいい酒見繕って来てって言ったのはあんただろう」
「ごめんなさいね。でも口で説明するんじゃ到底信じられないだろうと思ったから」
「……? グラハムがまた何かやったの、か……」
「……ライル?」
「……兄さん?」

 アレルヤがパタパタと立ち去って行った。気を回したつもりかもしれないが、今は居て欲しかったところだ。もう聞き慣れてしまった何かの駆動音がやたらと大きく聞こえる。タバコが吸いてえな。買いそびれたんだよなあ、と現実逃避じみたことを考えていると、兄さんが口を開いた。
「お前、どうしてここに?」
「スカウトされたんだよ。兄さんが、……死んだ後に」
「ここで、何を」
「決まってんだろそんなの。ガンダムを駆ってあくせくゴタゴタを潰してる」
 兄さんは、おれが一時期よく鏡の中に見た表情をした。――絶望の顔だ。目をそらす。
「おれは、お前が、お前が生きる世界が、平和な、しあわせなものであったらいい、と」
 知ってる、知っていた、と叫びたいと思った。おれが知ってるってあんたは知らないんだろう、と詰ってやりたい気もした。
 おれは、兄さんがものすごく上手くやっていて、おれの知らない所で楽しくやってるんだったらいいのになあ、って思ってたよ。
「おれはまあまあやってるよ」
 兄さんみたいにはなかなかいかなかったけど。
「それより、どうして、今になって」
 声が震えるのをおさえようとすると、思ったよりも剣呑な声音になった。
「……おれの所に刹那が来て、言ったんだ。生きろって。『おれが生きられない世界を生きてくれ』って」
 なにがなんだかわからない。刹那、あいつ、魔法使いにでもなったのか?今はどこに居るんだよ。
「兄さんも刹那もさあ、そういうのは、自分で、やれよなあ……」
 喉の動きがぎこちなくて笑えた。もう声の震えは隠しきれない。
 ずるずると壁に背を着けてしゃがみこむ。顔を伏せていても気配で、兄さんはこっちを見ているとわかった。
「おれ、兄さんに会ったら言ってやりたいことたくさんあったのにな……。何なら一発殴ってやろうと思ってたのに。――ほんとうに、あんたと、もう一度話ができるなんて、夢でもみてるみたいだ」
 兄さんがほぼ無声音でライル、と呟いた。
「兄さんって、こんな声なんだなあ、知ってる、知ってた、はずなのに」
 このソレスタルビーイングでは当たり前のように映像記録が保存される。兄さんの頃から。録音された自分の声をミッションの報告をするために聞き直したことだって当然散々ある。
 リノリウムにぽつりと水滴が落ちた。
 兄さんがタックルみたいな勢いで突っ込んできておれの名前を呼ぶ。ああ、頼むから、頼むから、
「ライル、ごめん」
謝らないでくれよ、おれが謝りたかったんだ。わかってやれなくてごめん、ひとりにして、ごめん。兄さんはどうせまたおれの言ってる意味わかってないんじゃないの、いったい何に謝ってんだよ、って聞いてやりたい気もしたけど、そんなの説明できないに決まってる。10年分重くなった腕で目の前の肩を撫でた。
 ようやっと絞り出した声でいいよ、兄さん、と言う。顔をあげて、それで、おれはびっくりして笑ってしまった。

「兄さん、あんた泣くの下手だなあ!」
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