P.S.宇宙より
目星はついた。時機も上々。計画も手筈も完璧だ。
決行は明日。
何度もシミュレーションを繰り返した。計画は必ず成功する、その確信が持てるまで。そしていま、”アンドロメダのカギ”は、オレの手中にあるも同然だ。
オレは大きく息を吐き出す。
走馬燈、というやつだろうか。ささくれた記憶が濁流のように、さあっと頭の中を流れてゆく。
孤独のはじまりの日、玉座に続く長い長い階段、倒してきた奴らのゆがんだ顔。そして、宇宙ステーションで出会った、奇妙な地球人。
「……変な奴だったな、あいつは」
ひとりごちて、首をぶるぶると振る。
余計なことを考えてはダメだ。今オレが見るべきは過去じゃなく、目の前の明日のこと、それから、悲願を果たすその日のことだ。
今までだってこれからだって、オレにはそれしかない。復讐を果たすこと、それだけを—。
「ウォーロック、か?」
振り返ると、光の中に人が立っていた。考えるまでもなく、オレに声をかけてくる人間など、一人しかいない。
「大吾……」
「どうした、そんな暗いところで」
通路にいた大吾が食糧庫に足を踏み入れると、明かりがついた。人間の挙動や生体反応とやらを認識して、勝手に明かりが付くらしい。
人目を避けて、なんとなくこの食糧庫へ行き着いただけで、何をするという訳でもない。「ちょっとな」とだけ言って、ぼかしておいた。
大吾は納得したのか、軽く頷いて、食糧の詰まった箱の中身を調べ始めた。
膝をつき、こっちの残量が、こっちは何個あるか、とブツブツ言いながら、大吾は次々に箱を開ける。その大きな背中が、急に遠く感じた。
大吾と会うのも、今日が最後だ。この広い宇宙で、二度と顔を合わせることはないだろう。
オレの視線に気付いてか、大吾がくるりと振り返る。「どうした?」という風に大吾は首を傾げる。オレが手をしっしっと手を払うと、大吾は何事もなかったかのように、また箱開けの作業に戻った。
要領のいい大吾にしては、作業が捗っていないようだ。時々不自然に手を止めては、箱を開けてそれを見比べる。無駄口は叩いていないくせに、大吾の動きはやけにのろのろとしていた。
しばらくして、大吾は箱を「よいしょ」と腕の中に抱えて立ち上がる。ようやく終わったようだ。
すたすたとオレの横を通り過ぎて、食糧庫を出ようというとき、大吾はぴたりと立ち止まる。
振り返った顔は、少しこわばっていた。
「行くのか、FM王のもとに」
その一言を聞いた途端、オレは悟った。
大吾は全て解っている。オレの目的も敵意もすべて。
「いつからだ?」
なぜわかった、という問いも言外に込めて、低く尋ねる。しらを切ることもできたが、大吾にとっては肯定に他ならない言葉を、オレは問いとして返した。
大吾は眉をくっと下げて、悲しそうに首を振った。忘れた、ということだろうか。あるいは、言いたくない、か。こうなってしまっては、どちらでもいい。大吾はオレの復讐心を知った。それ以上でもそれ以下でもない。
大吾は痛みをこらえるように、唇をかみしめて、
「死ぬなよ」
と、振り絞るようにそれだけを言った。悩みに悩んでそれしか口に出せなかった、という風だった。
オレも言葉少なに応じる。
「止めないのか」
「俺が泣いて頼んでやめるなら、そうするさ」
大吾は肩をすくめる。
「それとも、俺を頼ってくれるのか?」
「バカ言え」
間髪入れず却下する。地球人を巻き込むなどもってのほか。むしろ、勘の良い部外者の口封じをしなければならないくらいだ。以前のオレなら、迷わずそうした。
「そもそも、人間のお前に何ができる?」
「何も……できないな」
大吾はそう言って、にこりと笑う。
いつもの笑顔のはずなのに、何故か、泣きそうだと思った。
「大吾」
「うん?」
「泣いてんのか」
「俺が? まさか。泣いてるように見えるかい」
「いや。けど変な顔だ」
「悔しいだけさ。自分の無力さが」
「お前が気に病むことじゃねえ。生まれた星が違うんだ」
「そうじゃない」
大吾は、いつの間にか笑みをひっこめていた。
「友人として、かける言葉が見つからないのが、俺は悔しい」
「……」
「今の俺には、これしか言えない。ウォーロック、死ぬなよ、絶対にだ」
剣の切っ先のように張りつめたまなざしで、大吾はオレをまっすぐに見ている。唇が、わずかにふるえていた。
大吾はきっと、復讐なんてやめろと言いたくてたまらないのだろう。この何ヶ月間、星河大吾は間違いなく、オレの一番近いところにいた。その中でオレの復讐心を知り、曲げることのできない覚悟も知った。それを誰よりも知るからこそ、オレを止められないのだ、この自称友人は。
オレは、この地球人を信じてよかったと、心からそう思えた。
「……今の言葉、ちゃんと覚えとくぜ」
ぼそりと言うと、大吾の険しい顔が、一気に和らぐ。
最初はただの雑音だった。
言葉を交わし、雑音は徐々に人の形をとるようになり、「星河大吾」という個人を認識するまでになった。
会話してなるものかと、躍起になっていた日々が懐かしく感じる。好きな言葉は何かとか、枕が変わると寝れないタイプかとか、そんな下らない質疑応答を繰り返した時もあった。地球のことをぺらぺらと話す大吾に付き合った。鋼鉄のような大吾の強さと、ほんの少しの弱さを知った。日常になりつつあったそれが、今日で終わる。
気が付くと、口が勝手に動いていた。
「大吾。死ぬなよ、お前も」
「……ああ」
大吾はうなずき、腕の中の荷物を抱え直して、食糧庫の出口へ足を向ける。
もう二度と会うことはないと、大吾もオレもわかっている。
けれど大吾は、日溜まりのような笑顔で、こう言った。
「また明日」
決行は明日。
何度もシミュレーションを繰り返した。計画は必ず成功する、その確信が持てるまで。そしていま、”アンドロメダのカギ”は、オレの手中にあるも同然だ。
オレは大きく息を吐き出す。
走馬燈、というやつだろうか。ささくれた記憶が濁流のように、さあっと頭の中を流れてゆく。
孤独のはじまりの日、玉座に続く長い長い階段、倒してきた奴らのゆがんだ顔。そして、宇宙ステーションで出会った、奇妙な地球人。
「……変な奴だったな、あいつは」
ひとりごちて、首をぶるぶると振る。
余計なことを考えてはダメだ。今オレが見るべきは過去じゃなく、目の前の明日のこと、それから、悲願を果たすその日のことだ。
今までだってこれからだって、オレにはそれしかない。復讐を果たすこと、それだけを—。
「ウォーロック、か?」
振り返ると、光の中に人が立っていた。考えるまでもなく、オレに声をかけてくる人間など、一人しかいない。
「大吾……」
「どうした、そんな暗いところで」
通路にいた大吾が食糧庫に足を踏み入れると、明かりがついた。人間の挙動や生体反応とやらを認識して、勝手に明かりが付くらしい。
人目を避けて、なんとなくこの食糧庫へ行き着いただけで、何をするという訳でもない。「ちょっとな」とだけ言って、ぼかしておいた。
大吾は納得したのか、軽く頷いて、食糧の詰まった箱の中身を調べ始めた。
膝をつき、こっちの残量が、こっちは何個あるか、とブツブツ言いながら、大吾は次々に箱を開ける。その大きな背中が、急に遠く感じた。
大吾と会うのも、今日が最後だ。この広い宇宙で、二度と顔を合わせることはないだろう。
オレの視線に気付いてか、大吾がくるりと振り返る。「どうした?」という風に大吾は首を傾げる。オレが手をしっしっと手を払うと、大吾は何事もなかったかのように、また箱開けの作業に戻った。
要領のいい大吾にしては、作業が捗っていないようだ。時々不自然に手を止めては、箱を開けてそれを見比べる。無駄口は叩いていないくせに、大吾の動きはやけにのろのろとしていた。
しばらくして、大吾は箱を「よいしょ」と腕の中に抱えて立ち上がる。ようやく終わったようだ。
すたすたとオレの横を通り過ぎて、食糧庫を出ようというとき、大吾はぴたりと立ち止まる。
振り返った顔は、少しこわばっていた。
「行くのか、FM王のもとに」
その一言を聞いた途端、オレは悟った。
大吾は全て解っている。オレの目的も敵意もすべて。
「いつからだ?」
なぜわかった、という問いも言外に込めて、低く尋ねる。しらを切ることもできたが、大吾にとっては肯定に他ならない言葉を、オレは問いとして返した。
大吾は眉をくっと下げて、悲しそうに首を振った。忘れた、ということだろうか。あるいは、言いたくない、か。こうなってしまっては、どちらでもいい。大吾はオレの復讐心を知った。それ以上でもそれ以下でもない。
大吾は痛みをこらえるように、唇をかみしめて、
「死ぬなよ」
と、振り絞るようにそれだけを言った。悩みに悩んでそれしか口に出せなかった、という風だった。
オレも言葉少なに応じる。
「止めないのか」
「俺が泣いて頼んでやめるなら、そうするさ」
大吾は肩をすくめる。
「それとも、俺を頼ってくれるのか?」
「バカ言え」
間髪入れず却下する。地球人を巻き込むなどもってのほか。むしろ、勘の良い部外者の口封じをしなければならないくらいだ。以前のオレなら、迷わずそうした。
「そもそも、人間のお前に何ができる?」
「何も……できないな」
大吾はそう言って、にこりと笑う。
いつもの笑顔のはずなのに、何故か、泣きそうだと思った。
「大吾」
「うん?」
「泣いてんのか」
「俺が? まさか。泣いてるように見えるかい」
「いや。けど変な顔だ」
「悔しいだけさ。自分の無力さが」
「お前が気に病むことじゃねえ。生まれた星が違うんだ」
「そうじゃない」
大吾は、いつの間にか笑みをひっこめていた。
「友人として、かける言葉が見つからないのが、俺は悔しい」
「……」
「今の俺には、これしか言えない。ウォーロック、死ぬなよ、絶対にだ」
剣の切っ先のように張りつめたまなざしで、大吾はオレをまっすぐに見ている。唇が、わずかにふるえていた。
大吾はきっと、復讐なんてやめろと言いたくてたまらないのだろう。この何ヶ月間、星河大吾は間違いなく、オレの一番近いところにいた。その中でオレの復讐心を知り、曲げることのできない覚悟も知った。それを誰よりも知るからこそ、オレを止められないのだ、この自称友人は。
オレは、この地球人を信じてよかったと、心からそう思えた。
「……今の言葉、ちゃんと覚えとくぜ」
ぼそりと言うと、大吾の険しい顔が、一気に和らぐ。
最初はただの雑音だった。
言葉を交わし、雑音は徐々に人の形をとるようになり、「星河大吾」という個人を認識するまでになった。
会話してなるものかと、躍起になっていた日々が懐かしく感じる。好きな言葉は何かとか、枕が変わると寝れないタイプかとか、そんな下らない質疑応答を繰り返した時もあった。地球のことをぺらぺらと話す大吾に付き合った。鋼鉄のような大吾の強さと、ほんの少しの弱さを知った。日常になりつつあったそれが、今日で終わる。
気が付くと、口が勝手に動いていた。
「大吾。死ぬなよ、お前も」
「……ああ」
大吾はうなずき、腕の中の荷物を抱え直して、食糧庫の出口へ足を向ける。
もう二度と会うことはないと、大吾もオレもわかっている。
けれど大吾は、日溜まりのような笑顔で、こう言った。
「また明日」