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P.S.宇宙より

 振り向いた大吾の目がオレを見つけて、軽く手を振ってきた。
「やあ、来てたのか。今日も見張りか? 精が出るな」
「監視されてる本人に言われてもな」
「細かいことはいいさ」
「細かいことか?」
「今起きてることに比べれば、な」
 大吾の視線の先には、ものものしいコントロールパネルがあった。壁張り付いたいくつものディスプレイが、宇宙ステーションの外観とそれをとりまく宇宙を映し出している。
 珍しく難しい顔をして、大吾は腕を組む。
「このステーションのどこかが、破損しているらしい」
「どこかって、どこだよ」
「それがわからないから、こうして俺は腕を組んでいるんだ」
「ごもっともだ」
「ううん、参ったな」
 オレは天井までそそり立つディスプレイたちを、すっと宙をすべって、上下左右くまなく検分した。それらしいものは見つからない。
「破損してたら、何か困ることがあんのか?」
「破損個所から、この宇宙ステーションの空気が漏れ出している」
「ははん、お前ら人間が吸う空気が漏れ出して、いずれはなくなって、乗組員全員がお陀仏ってわけだ」
「非常にマズいだろ?」
「マズいな」
 大吾はこめかみをトントンと指で小突く。まるでそうすれば、良い案が頭からことりと出てくるかのように。
 眉根をぎゅっと寄せて、大吾は悔しそうに呟く。
「せめて、カメラの角度が変えられたら……」
「変えられねえのか」
「ああ。FM星に制圧されたとき、角度を変える機能がいかれてしまったらしくてな」
「ふーん……」
 ということは、オレたちのせいということだ。オレはわざとらしく咳払いをした。
「カメラの角度を変える以外に、何か方法はねえのか」
「あることにはあるが、あまり確実じゃない」
「何だよ?」
「誰かがステーションの外に出て、カメラの死角をひとつずつ確かめる」
「非効率だろうが。それに、宇宙服、とか言ったか? あれにもタイムリミットがあんだろ」
「そうだ。だからこれは、最終手段だ。できればそれ以外の方法で、破損個所を確かめたい」
「なるほどな」
 ほぼ手詰まり、というわけだ。
「……が生きていれば」
 大吾が小さな声で、ぼそりと呟く。
 オレが顔をのぞき込むと、「独り言だ」と何故か困ったように笑う。聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。オレはそれ以上は詮索しないでおいた。
 大吾がうんうん唸っている間に、コントロール・ルームに乗組員がばたばたと駆け込んできた。
「どうだ、スティーブ。成果はあったか?」
「これが、いいニュースを持ってきたヤツの顔に見えるかい、大吾」
「……見えないな、残念ながら」
 大吾の笑いにも覇気がない。他の乗組員も、俯いて首を横に振った。

***

「なあオイ、大吾」
 近くにいた乗組員がオレの声を聞いて、大げさなバックステップであとじさった。
 オレの姿が見えない大吾以外の乗組員からすれば、何もない虚空からいきなり声がしたのだから、無理もない。そもそも、こいつらと話を交わしたことすらないし、ましてやオレはFM星の送り込んだ見張りなのだから、ビビって当然だ。
 大吾はオレをちらりと見上げる。
「ん、どうした?」
「オレが見てきてやろうか」
「ウォーロックが?」
 乗組員全員が、大吾のほうを見ていた。
 オレは居心地の悪さを感じながら、目をそらして答える。
「一応、お前らの世話係ってことになってるからな……刑の執行を待たずに、勝手にくたばっちまったら何かと都合が悪ぃし」
 大吾の顔がみるみると、晴れやかな笑顔に変わっていった。
「ありがとう! 頼めるなら、ぜひとも頼みたい。心強いよ」
「今回だけだぞ、ったく……」
 こういうのは柄じゃないが、これも世話係のつとめだ。仕方がない。ブツブツ言いながら、オレはコントロール・ルームを出て行く。
「気をつけてな」
 背中に大吾の声が飛んでくる。
 宇宙で暮らしてるオレに向かって「気をつけて」なんて、笑える見送りだ。
「ありがとう」
 いくつかの声が重なった「ありがとう」だった。
 振り返ると、乗組員たちがめいめいの方向を向いていた。アホ面さげて、何やってんだ?
 事態にいち早く気がついた大吾は、オレを指さしながら、乗組員に言って回る。
「みんな、ウォーロックはあっちだ、あっち」

「助かったよ、ウォーロック」
「言ったろうが、これも仕事だ」
「それでも、俺たちを助けてくれたことは事実だ。ありがとう」
 どうもやりにくい。オレは明後日の方向を向く。
 オレのやったことはせいぜい、外をちょこっと飛び回って、宇宙ステーションの破損した部分を見つけて、それを報告しただけだ。このくらいで面と向かって礼を言われるのは、言いようもなくむずがゆい。
「だがウォーロック、今日はやけに仕事熱心じゃないか?」
「いつも熱心だろうが」
「そうだったのか? そのあたりを散歩してるようにしか見えなかったがなあ」
「テメエ、喧嘩なら買うぜ?」
「実際、そうじゃないのか?」
 否定できない。実際オレは、宇宙ステーションに来て乗組員の動向に目を光らせるでもなく、ただ気まぐれに部屋や通路を覗いているだけだった。
「図星だろう?」
「うるっせえ!」
「仕事の熱心さなら……オックスといったかな、彼のほうが気合い十分な働きっぷりだよ」
「オックスか……」
 FM星の戦士は、オレ以外にも複数いる。オックスもその一人で、二つの大きな角と大きな体が見るものを威圧する。戦士の中でも指折りのパワーを持つが、動きは単調で、あまり頭は良くない。
 オックスはオレのような世話係ではないが、時々、FM王の命で宇宙ステーションに来て、ただでさえ悪い目つきをさらに鋭くして、何かを見張っている。
 地球人を見張っているはずだが、オレを見かけると思い切りガンを飛ばしてくるのが不思議だ。前に一度こてんぱんにしてやったのを、まだ根に持っているのだろうか。
「あいつはFM王に、まっとうな忠誠心をお持ちらしいからな」
「へえ。真面目な働き者だよ、彼は。彼が見張っていると、こちらの背筋も自然と伸びる」
 オックスの鋭い視線を背中に受けて、ぎくしゃくと作業をする乗組員と大吾を思い浮かべた。
「そりゃ……ご愁傷さまだ」
 大吾が苦笑いしたところで、コントロール・ルームの入り口から、乗組員の一人がひょこりと顔を出した。
「大吾、修理が終わったぞ」
「了解! 念のため、カメラで確認するから、先に休んでてくれ。お疲れさま」
「ああ、お疲れ」
 乗組員は、手を振ってすぐ通路の奥へ消えた。乗組員のプライベート・ルームに戻ったのだろう。
「さてと」
 ごちゃごちゃしたコントロールパネルの上で、大吾の手が跳ねる。小気味のいい音がしばらく続いたあと、ディスプレイに見覚えのある場所が映し出された。宇宙ステーションの外壁、オレがさっき見つけた破損箇所だ。
 大吾は満足げに頷く。
「うん。これで安心だ」
「直ったのか」
「ああ。本当に助かった……あれが生きてれば、こんな難儀はしなかったが……」
 後半は、独り言のようだった。
 そういえば、少し前にも同じようなフレーズを聞いた。確かあれは、ステーションの破損部分が見つからずに悩んでいたとき、大吾が呟いていた。
 詮索しまいとさっきは流したが、気になって仕方がない。
「おい、アレって何のことだ?」
「え?」
「お前がさっきからボソボソ言ってるアレだ。『生きてれば』とか、何とか」
 大吾は眉を寄せ、口をぎゅっと引き結んだ。
「……まさか、オレたちが壊したやつのことか?」
「いや、そうじゃない」
 大吾は険しい顔をしていたが、やがて頷いて、口を開いた。
「地球との通信が生きていたら、と考えていたんだ」
「地球と……」
「今だから言えるが、判決が下る直後まで地球との通信回線は生きてたんだ。それが今も生きていれば、NAXA……いや、地球にいる仲間に連絡して、故障箇所を分析してもらえた」
 オレは合点して頷く。
 地球との通信は、ステーション襲撃の際に途絶えたとされていた。しかしそれが刑の執行後まで通じていたとすれば、地球へ援軍を要請し、FM星に逆に攻撃を仕掛ける可能性がある。事実はどうあれ、FM王が通信の存在を知れば、刑の執行はさらに早まったことだろう。
 それがオレの口から漏れれば、乗組員の安全が脅かされる。大吾が話すのをためらったのも、そういう訳だろう。
 そう言うと、大吾はぱかりと口を開ける。
「そういえば、そうだったな。くれぐれも内密にしておいてくれ」
 あっさりと言う大吾の顔には、ありありと「考えもしなかった」と書いてある。本当にオレが喋ったら、どうするつもりなんだ? もうちょっと危機感というものを持ってほしい。
「他に理由があんのか」
「特にないさ。ただ、俺の勘違いかもしれないからな」
 いやに含みのある言い方だ。
「もったいつけねえで、さっさと言いやがれ! オレは気が短いからな」
「わかった……まあ、大した話じゃないさ」
 少しだけ、大吾の声が小さくなる。
「宇宙ステーションが制圧された時、俺たち乗組員は地球への定期報告をしていたんだ。そのときはもちろん、こちらの映像も位置情報も、音声も向こうに届いていた。
 その途中で、襲撃が始まった……FM星での判決が下り、通信室に戻った時は、驚いたよ。激しい攻撃を受けて、通信室の機器のほとんどは壊れていた。映像のやりとりや収集したデータの送信は不可能だった。だが、音声信号だけは生きていた。それがどういうことかわかるか、ウォーロック」
「……向こうに全部、筒抜けってわけか」
「そうだ。襲撃の最初から最後まで、そして全員の死刑が決まるまで……地球で待機しているオペレーターたちには聞こえていただろう。そして、FM星とのコンタクトの失敗を知った。同時に、地球に向けられた敵意も」
「……」
「そしてこの先は……他のクルーには言っていない。俺の勘違いかもしれないからな。
 通信室に入り、俺はすぐに音声の回線が生きているらしいと知った。流石の俺も、言う言葉が見当たらず、一言も声を発せなかった。スピーカーからも、ノイズばかりが聞こえた。やはり壊れているのかと思い、スイッチを入れ直そうとした。そのとき、小さな声がノイズに混じって聞こえた。『すまない』と」
「……」
「それきり、通信は途絶えた。俺の聞き間違いじゃなければ、あれはシゲ……ああいや、プロジェクトの最高責任者の声だ。
 この宇宙ステーションから地球に通信が届くのを、FM星側が恐れるのと同じだ。地球とこちらが繋がっていれば、いずれ地球の場所が割れる。そうして地球にFM星の手が届くのを防いだんだろう」
 まるで世間話の延長のように、怖いくらいにいつも通りの大吾のままで、その話を語った。
「……お前ら、見捨てられたってことかよ」
「そうじゃないさ。大切なものを守るため、地球は大きな決断をしてくれた。英断だと、俺は思うよ」
「恨まねえのか? そいつらを」
 大吾は、笑って首を横に振った。
「彼は『すまない』と言っていた……むしろ、こちらが謝りたいくらいだ。つらい決断をさせてしまって」
 信じられないことを言う。大吾の言葉は、完全に理解の範疇を超えていた。
「なんだ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「どんな顔だ、それは」
「地球にある言い回しだよ、とにかく驚いてるっていう意味さ」
「そうか……って、んなことどうでもいいんだよ」
「ウォーロックが聞いたんじゃないか」
「うるせえ! それよりお前、恨むどころか謝りたいってどういうことだ? そいつが負い目に感じてようとなかろうと、お前には関係ないだろうが」
 大吾は、心底驚いた顔をする。たぶんこれが地球で言う、「ハトがマメデッポウを食らったような」顔なんだろうと思った。
「親しい人が自分のせいで辛い思いをしたら、自分もつらくなるだろう?」
「いいや。そこがわからねえ」
 オレは大吾の胸のあたりに、指をつきつける。
「他人の悲しみや苦しさなんて、所詮他人のものだろうが。自分には何の関係もねえだろ」
「関係あるさ。悲しみは誰かと分かち合えば、薄れることもある。逆に、喜びは分かち合えば膨らんでいく」
「理解できねえな。自分さえよけりゃ、それでいいだろうがよ」
「そんな生き方をしていても、寂しいだけだろう」
「寂しいだと?」
「ああ」
 しっかりと頷く大吾。
「分かりあえる誰かを見つけることができれば、きっと孤独なんてなくなる。毎日がもっと楽しくなる」
「……」
 孤独。その言葉は、オレの生きてきた今まで、そのものだ。
 気がついたらオレは一人になっていて、いつだって一人で歩いてきた。それが普通だった。周りのやつらだってそうだ。FM星人のもつ、孤独の周波数は、馴れ合いや群れをつくることを嫌っていた。群れを作るのは虫けらか、肩を寄せなければ生きてゆけない弱者だけだ。一人で生きるのが当然で、それ以外の生き方はない。
 だからオレたちには、他人と何かを成すという考え自体が頭から無い。支え合い、気持ちを分かち合うなど、もってのほかだ。
 だから、大吾の言うことは、どうあってもオレには理解できない。それは埋めることのできない意識の差で、育った星の違いなのだろう。
「オレの星では、人は支え合って生きている。人とのつながりを重んじる、いい星だ。もちろん、全ての人がそうとは言えないが」
 大吾は胸を張って言う。
 オレはずっと一人で生きてきて、その生き方を嘆いたこともなければ、誇りに思ったこともない。それが『普通』だからだ。そんなオレに、地球人のやり方はやはり、理解できない。
 けれど。オレもいつか、大吾の生き方を理解できるだろうか。
 煩わしい思考を振り払って、オレは大吾に言葉を吐く。
「ケッ、面倒な種族だな、地球人ってのは」
「はは、そうかもしれない。面倒で、複雑だ。だからこそ、人と関わるのは面白いんだ」
 やっぱり、地球人ってのは、難儀な生き物だ。
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