P.S.宇宙より
オレには、果たすべき目的がある。
そのためなら、どんなことでもする。どんな犠牲だって払ってみせる。たとえ、オレという存在が消えたとしても、オレから全てを奪ったあいつに復讐できれば、本望だ。
実際、やれることならなんだってしてきた。
FM王に近づくには、まず、王様直属の戦士になる必要があった。そのためにオレは戦い、戦い、戦い続けて、強者として星の中で名を上げた。
ようやっと直属の戦士になっても、疑り深いFM王に直接お目見えする機会は少なかった。王は周囲に堅城な守りを巡らせて、自身のテリトリーに何者をも立ち入らせなかった。
これでは、王に直接触れることすらできない。玉座に乗り込み復讐を果たすなど、夢のまた夢だ。
だが、復讐を諦めたりはしなかった。
直接王を叩けないなら、外堀から埋めればいい。或いは、玉座まで素通りできるような、極上の切り札を手に入れれば。
そしてオレは、"アンドロメダのカギ"の存在を知った。
あのAM星を侵略し、破壊の限りを尽くした、FM星の最終兵器「アンドロメダ」……それを起動するためのカギは、FM王が握っているという。
オレは歓喜に震えた。そのカギこそ、オレの切り札たり得る。そいつさえ手に入れば、FM王の首に手をかけたも同然だ。
"アンドロメダのカギ"、それが今のオレのターゲットだ。
そのためには、"戦士"という立場よりももっと、FM王に近づかなければならない。オレは考えあぐねた。
そうしていると、思わぬところから、光明が差し込んだ。
ある日、未確認生物からの交信をキャッチした。それはFM星から遠く離れたーーどれくらい距離が開いているか、観測もできないくらい遠く離れたーー星からのコンタクトだった。
その未確認生物の目的が何だったのかはわからない。興味はなかった。ただ、FM王はそれを侵略とみなした。
未確認生物……地球人からすれば、最悪の結果だったであろう。だがオレにとっては、これ以上ない幸運だった。
オレたちは問題なく宇宙ステーションを制圧し、乗組員を捕らえた。乗組員はまもなく、FM星での裁判にかけられた。虫けらを潰すよりあっけなく、一瞬で判決は下った。全員死刑。当然のように、地球人の申し開きはいっさい許されなかった。
刑が執行されるまでの間、地球人の世話をする者が必要となった。オレはここぞとばかりに手を挙げた。世話係になれば、FM王に地球人の様子を報告する義務が生まれる。FM王との接点が、否応無く増えるわけだ。
どこの馬の骨とも知れない星の生命体の世話なんぞ、面倒以外の何物でもないが、関係ない。”アンドロメダのカギ”への近道だ、これを利用しない手はない。
そう、目的以外のことはどうでもいい。大事なものを全て奪われたあの時から、オレの生きている意味は、それしかないのだから。
FMプラネットへの復讐。
それ以外のことは、羽虫のはばたき以下の、ただの雑音にすぎない。
「おおい、ウォーロック、何してるんだ?」
ただの雑音、気に留めることなんざ、何もねえ。
「ウォーロック、どうした? そんなところで立ち止まって」
「ウォーロック、そういえば、昨日は顔を出さなかったな」
「ウォーロック、昨日は窓から緑色の星が見えたぞ」
「ウォーロック、なあなあ、聞いているか?」
……雑音だ、雑音。オレは拳をぐっと握りしめる。
「あ、もしかして、目を開けたまま寝ているのか? 参ったなあ、せっかく話したいことがあるのにな」
「……」
「それじゃあ起こすとするか。せえの」
「……」
「おお〜い! 起きろ、ウォーロック〜!」
「だー! うるっせえ! んな耳元で怒鳴んなくとも、ずっと聞こえてんだよ!」
「おお」
オレが一気に怒鳴ると、星河大吾は心持ち上体を仰け反らせ、
「なんだ、聞こえてたのか! おはよう」
と、憎たらしいほどさわやかな挨拶を寄越してくる。オレの疲労は既にピークに達しつつあった。
オレの気も知らずに、星河大吾は無邪気にオレをのぞき込む。
「ところでウォーロック、何をしてたんだ?」
「何もねえよ……強いて言やあ、お前らを見張ってんだ」
「そうか、仕事熱心なんだな」
「そういうワケじゃ……」
オレは慌てて口を閉ざす。
ダメだダメだ、こいつと会話しちゃあ。またこいつのペースに巻き込まれちまう。
あの最悪な出会いからしばらく、星河大吾は懲りるどころか、オレの顔を見ては何かとちょっかいをかけてくる。話しかけてくる確率は、今のところ100%。迷惑な話だ。
最初は無視を貫いたり、自慢の爪を振りかざして脅しをかけた。
だが、星河大吾はしつこかった。めげずにオレの顔を見ては、ニコニコと話しかけてくる。「全宇宙諦めの悪い男ランキング」があったら、こいつは間違いなく表彰台に上がるだろう。ついでに、「全宇宙恐れ知らずのバカランキング」にも、堂々と上位にランクインするはずだ。
オレは話しかけるなと言うのをやめた。時間と体力の無駄だ。
星河大吾が話す内容は日によってまちまちだ。友達になろうとか、FM星の調子はどうだとか、お前の好きな色は何だとか、そんな下らないことだ。
地球人を解放してくれ、故郷に帰らせてくれ、という類の泣き言を、大吾は一切口にしなかった。きっとそれが目的なのだろうと踏んでいたオレは、拍子抜けした。
いったい何がこの地球人を動かすのか。オレは星河大吾のことを考えて、しこたま首をひねった。これから先の人生で、ここまで首をひねることもないだろう。
そして、結論が出た。
このバカな地球人は、本当に、オレたちFM星のやつらと友達になりたいらしい。
オレは目の前のバカをしげしげと見下ろした。
「オレの顔が何か?」
「……さあな」
地球人というやつは、みんな星河大吾のように馴れ馴れしくて、しぶといヤツなんだろうか。
オレはまだ見ぬ地球を、頭の中に描いてみた。
無機質な白い地面を、人間がうじゃうじゃと行き交っている。沢山の頭が振り返ると、そいつらは全部、笑顔を張り付けた大吾の顔をしている。
おぞましい光景だ。恐怖で身震いがする。
「ん? 寒いのか?」
「そうじゃねえ」
「そうか? あ、そうそう、昨日のことだが、緑色の星が見えたんだ。そこの窓から見えたのは一瞬でよく分からなかったが、ウォーロックは知って……」
「知るかよ」
「ふむ、そうか」
期待はしていなかったのか、あっさり頷く。
「ところで、FM星には……」
今日も不毛な会話が続きそうだ。
オレは最後まで聞かずに、星河大吾に背を向ける。
「おい、どこへ行くんだ?」
「お前のいないところだよ」
振り返って、眼光するどく睨みつける。
引き留めようと伸ばされた手と、きょとんとした顔から、さっと目をそらした。
これ以上こいつと話していると、おかしくなりそうだ。
平和ボケした会話の内容もそうだが、特にいけないのは、例の笑顔だ。
ああしている星河大吾を見ていると、この世の中に不幸なことなんて何一つないという気にさせられる。
冗談じゃねえ。
オレはささくれた気分を抱えたまま、星河大吾から逃げるように、その場を去った。
そんなふうに、泥水を飲むような日々が続いた。
ステーションに来るといつも、よそよそしい臭いがした。
見たことの無い材質の白い床、透き通った硬い板がいくつも埋められた壁、どれもFM星には無いものだ。
ただ単に、FM育ちのオレには馴染みのないものだから、よそよそしいと思うのだろう。
宇宙ステーションは、いくつかのモジュールで構成されている。機器管理のためのモジュールや、倉庫がわりのもの、宇宙での実験を行うための実験用モジュールもあった。
オレが見張りに来るといつも、だいたいの乗組員は、居住モジュールに姿を見せていた。最初は各所を行き来して見張ってみたが、殆どのやつらは居住モジュールでうろうろしていた。
そのため、オレはもっぱら、居住モジュールで人間たちを監視していた。
何人かの乗組員とすれ違うが、星河大吾はいない。廊下の向こうから人間が歩いてきて、その顔を確かめるたびに、ほっとしたような落胆したような、妙な感覚が胸の中にわだかまった。
オレは急いで首をぶんぶん振る。
(がっかりなんてするわけねえ。あいつには会いたくねえんだ、そうだろ?)
そう言い聞かせて、オレは長い宇宙ステーションの廊下を進んだ。
すると向こうから、背を丸めた誰かが、おぼつかない足取りで歩いてきた。
(……ん? ありゃあ、もしかして)
しょぼくれた顔をよく見ると、星河大吾のそれそのものだった。
(うげっ)
さっき横切った落胆なんて嘘のように、オレは心の底からげんなりした。星河大吾が顔を上げれば、当然のごとく見つかって、またうざったく絡んでくるのだろう。
やっぱり、こいつは苦手だ。
オレは身構えながら、星河大吾が近づいてくるのを待った。
星河大吾は壁に手をつきながら、ふらふらと廊下を歩いてくる。そして、オレの横をすっと素通りした。まるで、オレがここにいることに気付いていないかのように。
「……」
ああ、そうか。オレに構うのをようやく諦めたのか。そう気付くのに、時間はかからなかった。
もうあいつにとって、オレはいるけどいない存在なのだ。これで雑音は消える。せいせいしたぜ、まったく。
「……」
胸の奥底からわき上がろうとする何かを、急いで振り払う。オレはこうなるのを、望んでいたんだ。二度とおかしな考えが起こらないように、自分に言い聞かせた。
星河大吾の背中を見た。どこか疲れた様子で、とぼとぼと歩いていく。
すると、不意に、その背中がぴたりと止まる。顔だけゆっくりと振り向かせて、星河大吾はつぶやいた。
「……ウォーロック? いるのか」
振り返った星河大吾と、目は合わなかった。視線を虚空にきょろきょろとさまよわせる。
「……やっぱりいるよな。ちょっと待ってくれ、そこにいてくれよ」
そう言って一旦オレに背を向け、両手で顔を覆い、なにやらゴソゴソやってから、間もなく振り返った。今度はちゃんと目が合った。
「はは、参ったな。情けないところを見られた」
決まり悪そうに、頭の後ろをがしがしと掻く。
目の下に黒く影が差していて、背も少し曲がっていた。目をこすって、大きなあくびをした。
「実は、さっきまで寝ていてね。俺は寝起きがどうも悪いんだ」
「そうかよ」
「今日は来るのが早いな、ウォーロック。今はまだ早朝だろう?」
早朝、というのはこの宇宙ステーション内に限っての話だ。乗組員は遠く離れた宇宙でも、地球の時刻に合わせて生活を送っているらしい。こちらはそんなことには構いもせず、気が向いた時に見張りにこちらへ来ていた。
それを説明するのも面倒で、オレはフン、と鼻を鳴らしてこたえた。
「んなことより、オレの質問に答えろ、星河大吾」
「うん?」
少し意外そうに、星河大吾は目を瞬かせる。
「なんだろう」
「どうしてお前にだけ、オレの姿が見えるんだ」
オレはずっと気になっていたことを、星河大吾にぶつけた。
オレからこいつに向かってものを聞くのは、初めてだった。どうしてそんな気になったのかは、今でもよくわからない。気の迷いというやつだろう。
「ああ、そのことか」
星河大吾は鷹揚に頷いて、自身の右目を指さした。
「オレの目は特別製なんだ」
あん?
「正確には、オレの目に入ってるもの、だが」
「どういうことだ?」
「コンタクトレンズといって……ああ、見せた方が早いな」
そう言うなり、自分の右目をえぐるかのように、二本の指を眼球に添える。オレはぎょっとして、手をおろおろと空にさまよわせる。
「お、おい!? 何して……」
「よっと。ほら、これがそうだ」
突き出された二本の指の間に、透明な何かが見えた。
人間の瞳くらいの大きさで、ドームのような形をしている。それを通した向こうの景色は、僅かに歪んで見えた。
「これがオレの目の中に入ってる。これは特別に作ってもらった特注品のコンタクトレンズだ。これのおかげで、電波の流れが人間にも見えるようになる。電波の体をしたものも、同じく見ることができるんだ」
「そ、それを目の中に入れんのか」
「ああ」
「オレを見ている間は、いつもか」
「そうだ」
血の気がさあっと引いた。目の中にこんな得体の知れないモンを入れて、一日過ごすだと? 素直な感想がこぼれた。
「おっかねえな……」
「コンタクトレンズがか? ……まあ、見た目には怖いかもしれないが、ちっとも痛くないぞ」
「下手な嘘つくんじゃねえ。そんなもん目に入れたら、痛いに決まってるだろうが」
「はは、心配してくれるのか?」
「ふざけんな! 誰が……」
オレがいきり立つと、星河大吾は声をあげて笑う。ひなたぼっこをしているかのような、のんびりとした笑みだ。
……んな顔されたら、オレだけ怒っているのがバカみたいじゃねえか。オレは大人しく黙った。
「やっと聞いてくれたな、ウォーロック。ずっと気になってたんだろう? どうして俺だけが見えているのか」
尋ねる声に、黙って頷いた。
「俺だけがこれを持っているのさ。だから、ほかのクルーにFM星人の姿は直接見えない。解析モニターごしでなら、クルーのみんなにも見えるが、直接見ることができるのは、今のところ俺だけだ」
「……なるほどな」
その説明で、だいたいの疑問は氷解した。
宇宙ステーションを襲撃した時も、世話係になって出入りをするようになってからも、星河大吾以外の地球人はオレたちの姿が見えていないようだった。
ほとんどの人間がオレたちを素通りする中で、運悪く、星河大吾と目が合ってしまった。あれも偶然の一瞬だと思っていたが、遅かれ早かれ訪れる、必然の瞬間だったのだ。
「ついでにもう一つ、質問がある」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「どうして、そこまでする?」
目の中に気味の悪いレンズを入れてまで、オレたちを目に映す。
いくら脅されても無視されても、オレに話しかけ続ける。
そして、自分たちを襲撃したFM星人と、なおも関わろうとする。
オレはそこまでする理由が知りたかった。
どの行動も全く無意味で、理解不能だ。こいつらの未来は既に決定していて、それはオレであってもきっと変えられない。
オレはぎりりと歯を食いしばる。
「どうしてそこまでして、オレたちと関わろうとする? 意味なんて無いだろうが」
殆ど叫ぶように言うと、星河大吾は、真昼の日なたのような、柔らかい笑みを浮かべた。
「……なあ、ウォーロック。どうして争いは起こると思う?」
「は」
角度の違う言葉が返ってきて、オレは口をあんぐりと開けた。
「俺は、お互いのことをよく知らないから、争いが起こると思う。地球でもそうだった。お互いが何を大事にして、何を思って生きているか分かれば、お互いを傷つけることなんてしないはずだ」
「……」
「それは、宇宙のどこにあっても同じ話だと、俺は信じている。もちろん、今回のことも」
FM星とのコンタクトのことを言っているのだろう。
星河大吾の話を、オレは黙って聞いた。
「もっと対話を重ね、お互いをよく知り合えば、生まれた星なんて関係ない。最初は一方的かもしれなくても、自分の心を伝えることができれば、相手もきっと、こちらのことを知りたいと思うはず。そうして、よき友になれるんだ」
「……今回は、大失敗したようだがな」
オレがぼそりと呟くと、頬をぽりぽりと掻いて目をそらした。
「こりゃ痛いところをつかれたな。FM星の王様とは、なかなかうまくいかなかった」
「おまけに全員死刑ときた。絶望的だな」
「そうとも限らないさ。俺はまだ、諦めちゃいない」
意志の強い、まっすぐな瞳だった。
オレは一瞬ーーほんの一瞬だーーその瞳から目が離せなくなった。
「FM星の王様とも、俺は友好な関係が結べると信じてる」
「そいつは無理な話だ」
「やってみなくちゃわからないだろ?」
挑戦的な光が、星河大吾の瞳に宿る。
「やらなくてもわかる。あの疑心暗鬼の王様にかかれば、どんな言葉でも矢や剣に変わっちまう」
「それこそ、やらなきゃわからないさ」
「お前……」
「うん?」
「バカだろ」
星河大吾は額に手をあてて、笑い声をあげた。
「あはは、そうかもな!」
「本気でそんなこと考えるヤツ、今時お前くらいしかいねえよ。それとも、そんなキレイごと、地球のヤツらはみんな信じてんのか?」
「そうあってほしいと思う。それに案外、キレイごとでもないぞ」
「あん?」
「ウォーロックがその証拠だ。俺のことを、知りたいと思ってくれただろ?」
ぐっと言葉に詰まる。
オレは、どこを見ればいいかわからず、視線をさまよわせた。
「それに、初めてまともな会話をしてくれたじゃないか」
「そ、それはだな」
「うんうん、俺の勘は当たってたな。やっぱり俺たち、気が合いそうだ」
挙動不審なオレを無視して、満足げに頷いている。
「そうだ、俺の研究室に行こう。まだ入ったことないだろ。男同士の語らいをしようじゃないか」
馴れ馴れしく肩まで組もうとするのを、しっしっと振り払った。
「おい、星河大吾、勝手に話を進めるな」
「それじゃ長いだろ。大吾と呼んでくれよ、ウォーロック」
大吾はオレの目をのぞき込んで、にっこりと笑う。
「な?」
オレはそっぽを向いて、鼻を鳴らした。
「気が向いたらな」
そのためなら、どんなことでもする。どんな犠牲だって払ってみせる。たとえ、オレという存在が消えたとしても、オレから全てを奪ったあいつに復讐できれば、本望だ。
実際、やれることならなんだってしてきた。
FM王に近づくには、まず、王様直属の戦士になる必要があった。そのためにオレは戦い、戦い、戦い続けて、強者として星の中で名を上げた。
ようやっと直属の戦士になっても、疑り深いFM王に直接お目見えする機会は少なかった。王は周囲に堅城な守りを巡らせて、自身のテリトリーに何者をも立ち入らせなかった。
これでは、王に直接触れることすらできない。玉座に乗り込み復讐を果たすなど、夢のまた夢だ。
だが、復讐を諦めたりはしなかった。
直接王を叩けないなら、外堀から埋めればいい。或いは、玉座まで素通りできるような、極上の切り札を手に入れれば。
そしてオレは、"アンドロメダのカギ"の存在を知った。
あのAM星を侵略し、破壊の限りを尽くした、FM星の最終兵器「アンドロメダ」……それを起動するためのカギは、FM王が握っているという。
オレは歓喜に震えた。そのカギこそ、オレの切り札たり得る。そいつさえ手に入れば、FM王の首に手をかけたも同然だ。
"アンドロメダのカギ"、それが今のオレのターゲットだ。
そのためには、"戦士"という立場よりももっと、FM王に近づかなければならない。オレは考えあぐねた。
そうしていると、思わぬところから、光明が差し込んだ。
ある日、未確認生物からの交信をキャッチした。それはFM星から遠く離れたーーどれくらい距離が開いているか、観測もできないくらい遠く離れたーー星からのコンタクトだった。
その未確認生物の目的が何だったのかはわからない。興味はなかった。ただ、FM王はそれを侵略とみなした。
未確認生物……地球人からすれば、最悪の結果だったであろう。だがオレにとっては、これ以上ない幸運だった。
オレたちは問題なく宇宙ステーションを制圧し、乗組員を捕らえた。乗組員はまもなく、FM星での裁判にかけられた。虫けらを潰すよりあっけなく、一瞬で判決は下った。全員死刑。当然のように、地球人の申し開きはいっさい許されなかった。
刑が執行されるまでの間、地球人の世話をする者が必要となった。オレはここぞとばかりに手を挙げた。世話係になれば、FM王に地球人の様子を報告する義務が生まれる。FM王との接点が、否応無く増えるわけだ。
どこの馬の骨とも知れない星の生命体の世話なんぞ、面倒以外の何物でもないが、関係ない。”アンドロメダのカギ”への近道だ、これを利用しない手はない。
そう、目的以外のことはどうでもいい。大事なものを全て奪われたあの時から、オレの生きている意味は、それしかないのだから。
FMプラネットへの復讐。
それ以外のことは、羽虫のはばたき以下の、ただの雑音にすぎない。
「おおい、ウォーロック、何してるんだ?」
ただの雑音、気に留めることなんざ、何もねえ。
「ウォーロック、どうした? そんなところで立ち止まって」
「ウォーロック、そういえば、昨日は顔を出さなかったな」
「ウォーロック、昨日は窓から緑色の星が見えたぞ」
「ウォーロック、なあなあ、聞いているか?」
……雑音だ、雑音。オレは拳をぐっと握りしめる。
「あ、もしかして、目を開けたまま寝ているのか? 参ったなあ、せっかく話したいことがあるのにな」
「……」
「それじゃあ起こすとするか。せえの」
「……」
「おお〜い! 起きろ、ウォーロック〜!」
「だー! うるっせえ! んな耳元で怒鳴んなくとも、ずっと聞こえてんだよ!」
「おお」
オレが一気に怒鳴ると、星河大吾は心持ち上体を仰け反らせ、
「なんだ、聞こえてたのか! おはよう」
と、憎たらしいほどさわやかな挨拶を寄越してくる。オレの疲労は既にピークに達しつつあった。
オレの気も知らずに、星河大吾は無邪気にオレをのぞき込む。
「ところでウォーロック、何をしてたんだ?」
「何もねえよ……強いて言やあ、お前らを見張ってんだ」
「そうか、仕事熱心なんだな」
「そういうワケじゃ……」
オレは慌てて口を閉ざす。
ダメだダメだ、こいつと会話しちゃあ。またこいつのペースに巻き込まれちまう。
あの最悪な出会いからしばらく、星河大吾は懲りるどころか、オレの顔を見ては何かとちょっかいをかけてくる。話しかけてくる確率は、今のところ100%。迷惑な話だ。
最初は無視を貫いたり、自慢の爪を振りかざして脅しをかけた。
だが、星河大吾はしつこかった。めげずにオレの顔を見ては、ニコニコと話しかけてくる。「全宇宙諦めの悪い男ランキング」があったら、こいつは間違いなく表彰台に上がるだろう。ついでに、「全宇宙恐れ知らずのバカランキング」にも、堂々と上位にランクインするはずだ。
オレは話しかけるなと言うのをやめた。時間と体力の無駄だ。
星河大吾が話す内容は日によってまちまちだ。友達になろうとか、FM星の調子はどうだとか、お前の好きな色は何だとか、そんな下らないことだ。
地球人を解放してくれ、故郷に帰らせてくれ、という類の泣き言を、大吾は一切口にしなかった。きっとそれが目的なのだろうと踏んでいたオレは、拍子抜けした。
いったい何がこの地球人を動かすのか。オレは星河大吾のことを考えて、しこたま首をひねった。これから先の人生で、ここまで首をひねることもないだろう。
そして、結論が出た。
このバカな地球人は、本当に、オレたちFM星のやつらと友達になりたいらしい。
オレは目の前のバカをしげしげと見下ろした。
「オレの顔が何か?」
「……さあな」
地球人というやつは、みんな星河大吾のように馴れ馴れしくて、しぶといヤツなんだろうか。
オレはまだ見ぬ地球を、頭の中に描いてみた。
無機質な白い地面を、人間がうじゃうじゃと行き交っている。沢山の頭が振り返ると、そいつらは全部、笑顔を張り付けた大吾の顔をしている。
おぞましい光景だ。恐怖で身震いがする。
「ん? 寒いのか?」
「そうじゃねえ」
「そうか? あ、そうそう、昨日のことだが、緑色の星が見えたんだ。そこの窓から見えたのは一瞬でよく分からなかったが、ウォーロックは知って……」
「知るかよ」
「ふむ、そうか」
期待はしていなかったのか、あっさり頷く。
「ところで、FM星には……」
今日も不毛な会話が続きそうだ。
オレは最後まで聞かずに、星河大吾に背を向ける。
「おい、どこへ行くんだ?」
「お前のいないところだよ」
振り返って、眼光するどく睨みつける。
引き留めようと伸ばされた手と、きょとんとした顔から、さっと目をそらした。
これ以上こいつと話していると、おかしくなりそうだ。
平和ボケした会話の内容もそうだが、特にいけないのは、例の笑顔だ。
ああしている星河大吾を見ていると、この世の中に不幸なことなんて何一つないという気にさせられる。
冗談じゃねえ。
オレはささくれた気分を抱えたまま、星河大吾から逃げるように、その場を去った。
そんなふうに、泥水を飲むような日々が続いた。
ステーションに来るといつも、よそよそしい臭いがした。
見たことの無い材質の白い床、透き通った硬い板がいくつも埋められた壁、どれもFM星には無いものだ。
ただ単に、FM育ちのオレには馴染みのないものだから、よそよそしいと思うのだろう。
宇宙ステーションは、いくつかのモジュールで構成されている。機器管理のためのモジュールや、倉庫がわりのもの、宇宙での実験を行うための実験用モジュールもあった。
オレが見張りに来るといつも、だいたいの乗組員は、居住モジュールに姿を見せていた。最初は各所を行き来して見張ってみたが、殆どのやつらは居住モジュールでうろうろしていた。
そのため、オレはもっぱら、居住モジュールで人間たちを監視していた。
何人かの乗組員とすれ違うが、星河大吾はいない。廊下の向こうから人間が歩いてきて、その顔を確かめるたびに、ほっとしたような落胆したような、妙な感覚が胸の中にわだかまった。
オレは急いで首をぶんぶん振る。
(がっかりなんてするわけねえ。あいつには会いたくねえんだ、そうだろ?)
そう言い聞かせて、オレは長い宇宙ステーションの廊下を進んだ。
すると向こうから、背を丸めた誰かが、おぼつかない足取りで歩いてきた。
(……ん? ありゃあ、もしかして)
しょぼくれた顔をよく見ると、星河大吾のそれそのものだった。
(うげっ)
さっき横切った落胆なんて嘘のように、オレは心の底からげんなりした。星河大吾が顔を上げれば、当然のごとく見つかって、またうざったく絡んでくるのだろう。
やっぱり、こいつは苦手だ。
オレは身構えながら、星河大吾が近づいてくるのを待った。
星河大吾は壁に手をつきながら、ふらふらと廊下を歩いてくる。そして、オレの横をすっと素通りした。まるで、オレがここにいることに気付いていないかのように。
「……」
ああ、そうか。オレに構うのをようやく諦めたのか。そう気付くのに、時間はかからなかった。
もうあいつにとって、オレはいるけどいない存在なのだ。これで雑音は消える。せいせいしたぜ、まったく。
「……」
胸の奥底からわき上がろうとする何かを、急いで振り払う。オレはこうなるのを、望んでいたんだ。二度とおかしな考えが起こらないように、自分に言い聞かせた。
星河大吾の背中を見た。どこか疲れた様子で、とぼとぼと歩いていく。
すると、不意に、その背中がぴたりと止まる。顔だけゆっくりと振り向かせて、星河大吾はつぶやいた。
「……ウォーロック? いるのか」
振り返った星河大吾と、目は合わなかった。視線を虚空にきょろきょろとさまよわせる。
「……やっぱりいるよな。ちょっと待ってくれ、そこにいてくれよ」
そう言って一旦オレに背を向け、両手で顔を覆い、なにやらゴソゴソやってから、間もなく振り返った。今度はちゃんと目が合った。
「はは、参ったな。情けないところを見られた」
決まり悪そうに、頭の後ろをがしがしと掻く。
目の下に黒く影が差していて、背も少し曲がっていた。目をこすって、大きなあくびをした。
「実は、さっきまで寝ていてね。俺は寝起きがどうも悪いんだ」
「そうかよ」
「今日は来るのが早いな、ウォーロック。今はまだ早朝だろう?」
早朝、というのはこの宇宙ステーション内に限っての話だ。乗組員は遠く離れた宇宙でも、地球の時刻に合わせて生活を送っているらしい。こちらはそんなことには構いもせず、気が向いた時に見張りにこちらへ来ていた。
それを説明するのも面倒で、オレはフン、と鼻を鳴らしてこたえた。
「んなことより、オレの質問に答えろ、星河大吾」
「うん?」
少し意外そうに、星河大吾は目を瞬かせる。
「なんだろう」
「どうしてお前にだけ、オレの姿が見えるんだ」
オレはずっと気になっていたことを、星河大吾にぶつけた。
オレからこいつに向かってものを聞くのは、初めてだった。どうしてそんな気になったのかは、今でもよくわからない。気の迷いというやつだろう。
「ああ、そのことか」
星河大吾は鷹揚に頷いて、自身の右目を指さした。
「オレの目は特別製なんだ」
あん?
「正確には、オレの目に入ってるもの、だが」
「どういうことだ?」
「コンタクトレンズといって……ああ、見せた方が早いな」
そう言うなり、自分の右目をえぐるかのように、二本の指を眼球に添える。オレはぎょっとして、手をおろおろと空にさまよわせる。
「お、おい!? 何して……」
「よっと。ほら、これがそうだ」
突き出された二本の指の間に、透明な何かが見えた。
人間の瞳くらいの大きさで、ドームのような形をしている。それを通した向こうの景色は、僅かに歪んで見えた。
「これがオレの目の中に入ってる。これは特別に作ってもらった特注品のコンタクトレンズだ。これのおかげで、電波の流れが人間にも見えるようになる。電波の体をしたものも、同じく見ることができるんだ」
「そ、それを目の中に入れんのか」
「ああ」
「オレを見ている間は、いつもか」
「そうだ」
血の気がさあっと引いた。目の中にこんな得体の知れないモンを入れて、一日過ごすだと? 素直な感想がこぼれた。
「おっかねえな……」
「コンタクトレンズがか? ……まあ、見た目には怖いかもしれないが、ちっとも痛くないぞ」
「下手な嘘つくんじゃねえ。そんなもん目に入れたら、痛いに決まってるだろうが」
「はは、心配してくれるのか?」
「ふざけんな! 誰が……」
オレがいきり立つと、星河大吾は声をあげて笑う。ひなたぼっこをしているかのような、のんびりとした笑みだ。
……んな顔されたら、オレだけ怒っているのがバカみたいじゃねえか。オレは大人しく黙った。
「やっと聞いてくれたな、ウォーロック。ずっと気になってたんだろう? どうして俺だけが見えているのか」
尋ねる声に、黙って頷いた。
「俺だけがこれを持っているのさ。だから、ほかのクルーにFM星人の姿は直接見えない。解析モニターごしでなら、クルーのみんなにも見えるが、直接見ることができるのは、今のところ俺だけだ」
「……なるほどな」
その説明で、だいたいの疑問は氷解した。
宇宙ステーションを襲撃した時も、世話係になって出入りをするようになってからも、星河大吾以外の地球人はオレたちの姿が見えていないようだった。
ほとんどの人間がオレたちを素通りする中で、運悪く、星河大吾と目が合ってしまった。あれも偶然の一瞬だと思っていたが、遅かれ早かれ訪れる、必然の瞬間だったのだ。
「ついでにもう一つ、質問がある」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「どうして、そこまでする?」
目の中に気味の悪いレンズを入れてまで、オレたちを目に映す。
いくら脅されても無視されても、オレに話しかけ続ける。
そして、自分たちを襲撃したFM星人と、なおも関わろうとする。
オレはそこまでする理由が知りたかった。
どの行動も全く無意味で、理解不能だ。こいつらの未来は既に決定していて、それはオレであってもきっと変えられない。
オレはぎりりと歯を食いしばる。
「どうしてそこまでして、オレたちと関わろうとする? 意味なんて無いだろうが」
殆ど叫ぶように言うと、星河大吾は、真昼の日なたのような、柔らかい笑みを浮かべた。
「……なあ、ウォーロック。どうして争いは起こると思う?」
「は」
角度の違う言葉が返ってきて、オレは口をあんぐりと開けた。
「俺は、お互いのことをよく知らないから、争いが起こると思う。地球でもそうだった。お互いが何を大事にして、何を思って生きているか分かれば、お互いを傷つけることなんてしないはずだ」
「……」
「それは、宇宙のどこにあっても同じ話だと、俺は信じている。もちろん、今回のことも」
FM星とのコンタクトのことを言っているのだろう。
星河大吾の話を、オレは黙って聞いた。
「もっと対話を重ね、お互いをよく知り合えば、生まれた星なんて関係ない。最初は一方的かもしれなくても、自分の心を伝えることができれば、相手もきっと、こちらのことを知りたいと思うはず。そうして、よき友になれるんだ」
「……今回は、大失敗したようだがな」
オレがぼそりと呟くと、頬をぽりぽりと掻いて目をそらした。
「こりゃ痛いところをつかれたな。FM星の王様とは、なかなかうまくいかなかった」
「おまけに全員死刑ときた。絶望的だな」
「そうとも限らないさ。俺はまだ、諦めちゃいない」
意志の強い、まっすぐな瞳だった。
オレは一瞬ーーほんの一瞬だーーその瞳から目が離せなくなった。
「FM星の王様とも、俺は友好な関係が結べると信じてる」
「そいつは無理な話だ」
「やってみなくちゃわからないだろ?」
挑戦的な光が、星河大吾の瞳に宿る。
「やらなくてもわかる。あの疑心暗鬼の王様にかかれば、どんな言葉でも矢や剣に変わっちまう」
「それこそ、やらなきゃわからないさ」
「お前……」
「うん?」
「バカだろ」
星河大吾は額に手をあてて、笑い声をあげた。
「あはは、そうかもな!」
「本気でそんなこと考えるヤツ、今時お前くらいしかいねえよ。それとも、そんなキレイごと、地球のヤツらはみんな信じてんのか?」
「そうあってほしいと思う。それに案外、キレイごとでもないぞ」
「あん?」
「ウォーロックがその証拠だ。俺のことを、知りたいと思ってくれただろ?」
ぐっと言葉に詰まる。
オレは、どこを見ればいいかわからず、視線をさまよわせた。
「それに、初めてまともな会話をしてくれたじゃないか」
「そ、それはだな」
「うんうん、俺の勘は当たってたな。やっぱり俺たち、気が合いそうだ」
挙動不審なオレを無視して、満足げに頷いている。
「そうだ、俺の研究室に行こう。まだ入ったことないだろ。男同士の語らいをしようじゃないか」
馴れ馴れしく肩まで組もうとするのを、しっしっと振り払った。
「おい、星河大吾、勝手に話を進めるな」
「それじゃ長いだろ。大吾と呼んでくれよ、ウォーロック」
大吾はオレの目をのぞき込んで、にっこりと笑う。
「な?」
オレはそっぽを向いて、鼻を鳴らした。
「気が向いたらな」