P.S.宇宙より
目が合ったのが運の尽きだった。
その地球人は、オレの目をまっすぐ見つめ返して、にかっと笑った。ガキみたいな笑顔を、オレはまだ覚えている。
驚きが半分、正直、オレは何となく不愉快になった。
最悪だ、とも思った。端的に言えば、「やなもん見ちゃった」、って気分だ。
とにかく、オレは本能で、その地球人に関わりたくないと思った。
そんな事故みたいな一瞬が、オレと星河大吾の出会いだった。
地球人はずんずんとオレに近づいてくる。
関わり合いにもなりたくなかったが、逃げるのもしゃくだ。オレはそこにとどまって、馴れ馴れしい笑顔の地球人を待ちかまえた。
地球人はがっしりした体を揺らして、通路の向こうからまっすぐに歩いてくる。
目の前に来た地球人は、例のガキのような笑顔を浮かべて、さわやかに手を上げた。
「一応、はじめまして、だな? よろしく」
……なんだ、コイツ?
オレが口をきかずにいると、地球人は勝手にしゃべり出す。
「ここで会うのは二回目だが、覚えてないか? ……いや、覚えてないだろうな。あの時はお互い、それどころではなかったし」
オレはこの場をさっさと去らなかったことを、後悔した。
オレはこういう、無条件に馴れ馴れしい口をきくヤツは嫌いだ。
いやそれ以上に、この状況が飲み込めない。まるで、道ばたの石ころに「やあやあ」と話しかけられたような、強烈な気色悪さと違和感。
この地球人、いったい何を考えてやがる?
オレが睨みつけていると、地球人はやっと口を閉ざして、首をかしげる。
「どうしたんだ?」
軽率に会話をするのははばかられた。こいつは捕虜で、オレはただの世話係だ。
低く短く言い放つ。
「オレに構うんじゃねえ、消えろ」
はっきりとした、拒絶の言葉を投げかけたつもりだった。
しかし、地球人は目をぱちりと瞬かせて、ほっと胸をなでおろした。
「なぁんだ、よかった。てっきり聞こえてないのかと思ったよ。心配して損したなあ、あははは」
「……」
オレは決心した。
もう、コイツとは、関わらない。
この場から一秒でも早く去りたかった。オレはのんきに笑う地球人に、くるりと背を向ける。
「おいおい、待ってくれよ!」
忌々しくも、地球人はオレの前に素早く回って、両腕を広げて立ちふさがった。
「おい、そこをどけ」
「まあまあ、自己紹介くらいさせてくれよ」
「ああん?」
ジコショウカイ。その言葉を「自己紹介」に変換するのに、時間を要した。あまりにも、この場に—捕虜とその見張りという立場であるオレたちに—そぐわない言葉だった。
あっけにとられるオレに、地球人は右手を差し出した。
これが地球で言う「握手」だと、オレは随分後に知った。
何も知らなかったこの時のオレは、大吾の差し出した右手を警戒して、大吾との間合いをはかっていた。
警戒にまみれたオレの心中などつゆ知らず、地球人はのんきに笑いかけてくる。
「オレは星河大吾。改めてよろしく」
「……」
地球人から目を逸らさずに、オレはじりじりとあとじさる。
こいつ、何を考えていやがる?
オレにはこの地球人の考えが、全く読めなかった。疑心暗鬼のFM王じゃあないが、笑顔で寄ってくるやつほど怪しい。
ましてやこの地球人は死刑の執行を待つ捕虜で、オレはその見張りであり侵略者だ。向こうから憎まれこそすれ、友好な関係を築こうとする理由などありはしない。
……あるいは、だ。
オレを懐柔して、自分だけ見逃してもらおうって肚か。そちらの方がもっともらしい。
ホシカワダイゴと名乗った地球人は、オレが黙っている間も、笑顔を張り付けたままでいた。
オレは手をゆっくりと振り上げ、低く言い放つ。
「……何のつもりかは知らねぇが」
地球人が差し出した手に向かって、爪を一気に振り下ろした。
地球人の右手には切り傷ひとつなかった。オレたち電波の体は、人間の体には触れない。
頭が追いついていないのか、それとも恐怖しているのか、地球人はぴくりとも動かなかった。
「オレはお前と馴れ合うつもりは毛頭ねぇんだ」
ようやく、地球人は瞬きをした。
「オレは死刑の執行まで、お前らの見張り役の……ウォーロックだ。これにこりたら、二度と話しかけるな。もし次話しかけたら……」
オレは鋭い爪を、地球人の首につきつける。
「わかるな?」
精一杯、どすのきいた声を出す。
地球人は固まったまま、小さく口を開ける。その唇が恐怖にわななくのも、時間の問題のように思えた。オレは内心で、ほっと息をついた。
さすがにここまでビビらせれば、話しかけてくることもないだろ。
オレは爪を地球人の首から離して、念押しに忠告をしてやろうとした。
「オレが気の長いFM星人で、命拾いしたな、妙な地球人さんよ。立場ってものをわきまえねえと、残りの時間が……」
「ウォーロック、だな!」
星よりもきらきらした瞳と、視線がまともにぶつかった。
地球人は震え上がるどころか、爆発的に元気を取り戻して、オレにずずいと顔を近づける。
「嬉しいよ、名乗ってくれたFM星人は初めてだ!」
「な、お前、オレの話を聞いてたか!?」
「聞いてたさ。ここにいる間、オレたちの世話をしてくれるんだろう? 長いつきあいになりそうだ」
地球人はあごに手をあてて、うんうんとおもむろに頷く。
こいつ、人の話を全く聞いてねえ!
オレは怒るより先に、星河大吾という地球人のバカみたいな前向きっぷりに、呆れかえってしまった。
「オレたち、仲良くやれそうな気がするよ」
「しねぇよ!」
「そうか? オレはするけどなぁ」
「だいたい、オレはお前らと関わる気なんかねぇんだよ」
「つれないこと言うなよ」
いつの間にか、この地球人とまともな会話をしてしまっている。ダメだ、こいつといると、調子が狂う。
星河大吾は、オレのイライラをよそに、はっきりと言い放つ。
「オレはFM星人のことを……いや、きみのことを知りたい」
オレはあんぐりと口を開けた。そんなことを面と向かって言われるのは、初めてだった。
「そして、オレのことも知ってほしい」
星河大吾は己の胸をどんとたたく。なかなか厚かましいことを言う。
「オレたち、いい友達になれると思うんだ」
オレはそのとき、心に誓った。
金輪際、この馴れ馴れしい地球人とは関わらないでおこう、と。
その地球人は、オレの目をまっすぐ見つめ返して、にかっと笑った。ガキみたいな笑顔を、オレはまだ覚えている。
驚きが半分、正直、オレは何となく不愉快になった。
最悪だ、とも思った。端的に言えば、「やなもん見ちゃった」、って気分だ。
とにかく、オレは本能で、その地球人に関わりたくないと思った。
そんな事故みたいな一瞬が、オレと星河大吾の出会いだった。
地球人はずんずんとオレに近づいてくる。
関わり合いにもなりたくなかったが、逃げるのもしゃくだ。オレはそこにとどまって、馴れ馴れしい笑顔の地球人を待ちかまえた。
地球人はがっしりした体を揺らして、通路の向こうからまっすぐに歩いてくる。
目の前に来た地球人は、例のガキのような笑顔を浮かべて、さわやかに手を上げた。
「一応、はじめまして、だな? よろしく」
……なんだ、コイツ?
オレが口をきかずにいると、地球人は勝手にしゃべり出す。
「ここで会うのは二回目だが、覚えてないか? ……いや、覚えてないだろうな。あの時はお互い、それどころではなかったし」
オレはこの場をさっさと去らなかったことを、後悔した。
オレはこういう、無条件に馴れ馴れしい口をきくヤツは嫌いだ。
いやそれ以上に、この状況が飲み込めない。まるで、道ばたの石ころに「やあやあ」と話しかけられたような、強烈な気色悪さと違和感。
この地球人、いったい何を考えてやがる?
オレが睨みつけていると、地球人はやっと口を閉ざして、首をかしげる。
「どうしたんだ?」
軽率に会話をするのははばかられた。こいつは捕虜で、オレはただの世話係だ。
低く短く言い放つ。
「オレに構うんじゃねえ、消えろ」
はっきりとした、拒絶の言葉を投げかけたつもりだった。
しかし、地球人は目をぱちりと瞬かせて、ほっと胸をなでおろした。
「なぁんだ、よかった。てっきり聞こえてないのかと思ったよ。心配して損したなあ、あははは」
「……」
オレは決心した。
もう、コイツとは、関わらない。
この場から一秒でも早く去りたかった。オレはのんきに笑う地球人に、くるりと背を向ける。
「おいおい、待ってくれよ!」
忌々しくも、地球人はオレの前に素早く回って、両腕を広げて立ちふさがった。
「おい、そこをどけ」
「まあまあ、自己紹介くらいさせてくれよ」
「ああん?」
ジコショウカイ。その言葉を「自己紹介」に変換するのに、時間を要した。あまりにも、この場に—捕虜とその見張りという立場であるオレたちに—そぐわない言葉だった。
あっけにとられるオレに、地球人は右手を差し出した。
これが地球で言う「握手」だと、オレは随分後に知った。
何も知らなかったこの時のオレは、大吾の差し出した右手を警戒して、大吾との間合いをはかっていた。
警戒にまみれたオレの心中などつゆ知らず、地球人はのんきに笑いかけてくる。
「オレは星河大吾。改めてよろしく」
「……」
地球人から目を逸らさずに、オレはじりじりとあとじさる。
こいつ、何を考えていやがる?
オレにはこの地球人の考えが、全く読めなかった。疑心暗鬼のFM王じゃあないが、笑顔で寄ってくるやつほど怪しい。
ましてやこの地球人は死刑の執行を待つ捕虜で、オレはその見張りであり侵略者だ。向こうから憎まれこそすれ、友好な関係を築こうとする理由などありはしない。
……あるいは、だ。
オレを懐柔して、自分だけ見逃してもらおうって肚か。そちらの方がもっともらしい。
ホシカワダイゴと名乗った地球人は、オレが黙っている間も、笑顔を張り付けたままでいた。
オレは手をゆっくりと振り上げ、低く言い放つ。
「……何のつもりかは知らねぇが」
地球人が差し出した手に向かって、爪を一気に振り下ろした。
地球人の右手には切り傷ひとつなかった。オレたち電波の体は、人間の体には触れない。
頭が追いついていないのか、それとも恐怖しているのか、地球人はぴくりとも動かなかった。
「オレはお前と馴れ合うつもりは毛頭ねぇんだ」
ようやく、地球人は瞬きをした。
「オレは死刑の執行まで、お前らの見張り役の……ウォーロックだ。これにこりたら、二度と話しかけるな。もし次話しかけたら……」
オレは鋭い爪を、地球人の首につきつける。
「わかるな?」
精一杯、どすのきいた声を出す。
地球人は固まったまま、小さく口を開ける。その唇が恐怖にわななくのも、時間の問題のように思えた。オレは内心で、ほっと息をついた。
さすがにここまでビビらせれば、話しかけてくることもないだろ。
オレは爪を地球人の首から離して、念押しに忠告をしてやろうとした。
「オレが気の長いFM星人で、命拾いしたな、妙な地球人さんよ。立場ってものをわきまえねえと、残りの時間が……」
「ウォーロック、だな!」
星よりもきらきらした瞳と、視線がまともにぶつかった。
地球人は震え上がるどころか、爆発的に元気を取り戻して、オレにずずいと顔を近づける。
「嬉しいよ、名乗ってくれたFM星人は初めてだ!」
「な、お前、オレの話を聞いてたか!?」
「聞いてたさ。ここにいる間、オレたちの世話をしてくれるんだろう? 長いつきあいになりそうだ」
地球人はあごに手をあてて、うんうんとおもむろに頷く。
こいつ、人の話を全く聞いてねえ!
オレは怒るより先に、星河大吾という地球人のバカみたいな前向きっぷりに、呆れかえってしまった。
「オレたち、仲良くやれそうな気がするよ」
「しねぇよ!」
「そうか? オレはするけどなぁ」
「だいたい、オレはお前らと関わる気なんかねぇんだよ」
「つれないこと言うなよ」
いつの間にか、この地球人とまともな会話をしてしまっている。ダメだ、こいつといると、調子が狂う。
星河大吾は、オレのイライラをよそに、はっきりと言い放つ。
「オレはFM星人のことを……いや、きみのことを知りたい」
オレはあんぐりと口を開けた。そんなことを面と向かって言われるのは、初めてだった。
「そして、オレのことも知ってほしい」
星河大吾は己の胸をどんとたたく。なかなか厚かましいことを言う。
「オレたち、いい友達になれると思うんだ」
オレはそのとき、心に誓った。
金輪際、この馴れ馴れしい地球人とは関わらないでおこう、と。