「おい、まだ終わらないのか」
「あの書類は明日までだって―――」
「言い訳してないで、さっさと提出しろ」
あー…嫌になる。スケジュール管理ができない先輩に、上にいい顔をしたくて部下に無茶ぶりをする上司。
「おい、猿飛何してる。お前の仕事はまだ終わっていないだろう」
「定時なので帰ります」
タイムカードを切って、定時に帰る。
というよりそろそろ、帰って寝ないと死んじゃうって。
会社を出るのは１週間ぶりじゃないだろうか。
なんとか家に帰りつくために、エナドリを飲んでどうにか意識を保つ。
「なんで、こんなことになったのかな……」
戦国時代、魔王暗殺の命を受けたが任務失敗。俺様は死んでしまった。
真田の旦那がどうなったのかだけが心残りだった―――。

再び生を受けたこの世界は、戦国時代から400年も過ぎた平和な国だった。
いや、戦こそないが仕事に忙殺される。
あのころと違い、分身もできない……なんど分身できればいいかと願ったことか…。
「はぁ…先週は料理教室いけなかったな」
前世なんか覚えていなきゃ、分身なんて思いもしなかっただろう。
もしかして、自分以外にも転生した奴らがいるんじゃないかと思ったが、幸か不幸かであった事がない。
生まれ変わり、この世界でいろいろな甘味に出会う度に、何度旦那にこれを食べさせてあげられたらと悔やんだものだ。
いつかこんなお菓子を振舞えたら、そう考えているうちに料理教室に入会していた。
お陰でそれなりに料理スキルは上がったと思う。
「はぁ……しんどい」
あの時代、命を懸けて危険な任務をいくつもこなしてきた。それこそ寝ずに国中を駆け回ったことだってあった。
あの時は辛いなって感じたこともあったが、今の方がずっと辛い。
「はぁ…真田の旦那に会いたい」
疲れ切った俺様は、家にたどり着きすぐに倒れた。
体に力が入らない。
玄関の戸を閉める気力すら残っていない。本当に駄目だ、瞼が開かない……

なんだか

死ぬ前に似ている―――




「……すけ」

なんだろう、懐かしい声？
「ええい！起きぬかサスケェ！」
「うわっ！なんだよ旦那！って…へ？なんで」
目の前には、真田の旦那。これって夢なのか？
「まったく、心配したぞ。いつもならこの程度何という事はないでは無いか！」
ここは……武田道場か。
あー多分、旦那と大将の殴り合いに巻き込まれた感じ？
「修業が足らんぞ！」
「……ごめん、旦那。ちょっと殴ってくれる？」
「う、うむ」
本当にいいのか？と不安そうに首をかしげる旦那に「大丈夫」って笑いかけると嬉しそうに殴りかかってきた。
ガツンとした痛みと、脳が揺れるしんどさに懐かしさを感じる。
「す、すまぬ。強く殴りすぎたか？」
「平気、平気。やっと目が覚めたって感じ」
嬉しくて俺は笑った。
「それならいいが……どこか今日は可笑しいぞ、佐助」
ああ……その声、アンタが俺を呼んでくれるだけで生きているって感じられる。
「いやなに、心機一転。猿飛佐助、旦那の忍びとして頑張ろうって思っただけ」
「なるほど！気合十分という事だな！」
今はどのくらいの時期に戻ってきたんだろうか。
あの時は俺が先に死ぬなんて結果になったが、今度こそ最後まで旦那を守り抜いて見せる。