5年生5月編
8─おじいちゃんと、おばあちゃんがやってくる
まだかな?まだかな?
土曜日の夕方、わたしはわくわくしながら空を見上げています。
それはね、毎年今日5月31日になると、れもんおばあちゃんと椎おじいちゃんが家に来るからです。
お母さんは、おばあちゃん達を迎えるための準備をしています。テトリちゃんもお手伝い。
そしてわたしは、玄関の外に出てお出迎えします。
「あ!」
いつも来る方角を見ていたら、おばあちゃん、おじいちゃんの姿が近づいてきました。
「みかんちゃーん」
2人ともわたしを見つけて、手を振ってくれています。
おばあちゃん達はもう65歳なので、ほうきに乗るのもとっても上手です。
魔法使い用の黒いマントを付けて、先っぽに星の付いた三角帽子もかぶっています。
見た目からも、とっても魔法使いらしいです。
普通の服を着ているわたしとお母さんとは大分違うね。
「おばあちゃーん。おじいちゃーん」
2人に会えたわたしはとってもうれしくって、元気に手を振り返します。
おばあちゃん達はすぐに降りてきました。
そしてにこにことあいさつをしてくれます。
「みかんちゃん、久しぶりだね」
おじいちゃんに続いて、おばあちゃんもうれしそうにいいました。
「春休み以来よね。2ヶ月ぶり。
みかんちゃんは5年生になったんだったわね」
「うん!」
わたしが元気にうなずくと、おじいちゃんが聞きました。
「前よりちょっと背が伸びたんじゃないかい?」
そうわたしの頭に手のひらを乗せます。
わたしは、この前の身体測定のことを思い出して答えます。
「4月に計った時は130㎝だったよ。クラスではやっぱりちっちゃいままなの」
わたしがちょっと困っていうと、おじいちゃんは明るく笑って返しました。
「ははは。魔法使いは人間よりも小さくなりがちだからね。しょうがないさ」
そう2人とも、いつも通りとっても優しいです。
再会のごあいさつをしたところで、わたしは2人にいいました。
「お母さん、待ってるよ。どうぞどうぞ」
ドアを開けてお招きします。
するとその音を聞いたお母さんが玄関に来ました。
「お父さん、お母さん、いらっしゃい」
「いちご、久しぶりね。この家に来るのはお正月以来ね」
そうおばあちゃんが、わたしにとはちょっと違ったごあいさつをします。
こうやっておばあちゃん、おじいちゃんと会う時は年に4回あるんだよ。
お正月と春休みには、わたし達がおばあちゃん達の家に行きます。
そして今日のように、6月の最初と10月にはおばあちゃん達が来ます。
後は魔法の森でも会えるね。
わたし達がおばあちゃん家に行くのは、みんなと同じ理由で、学校が長いお休みになるからです。
でもおばあちゃん達が家に来るのは、ある理由があります。
そしてお母さんの隣にちょこんといたテトリちゃんがあいさつをします。
「こんにちは。はじめまして。テトリです」
するとおばあちゃん達は驚きました。
「あれ?今この子は、しゃべらなかったかい?」
ぬいぐるみのようにきちんと座っているテトリちゃんをよく見ながら、おじいちゃんが聞きます。
そんな2人に、お母さんは胸を張っていいました。
「みかんのパートナーとして、私が創ったテトリよ。
黒猫なんて魔法使いにぴったりだし、かわいいでしょ?」
その言葉を聞いて、2人はますます驚きました。
「えっ!?パートナーなんて、まだいちごにもあげていないのに。随分早いわねえ」
「もうそんなに魔法が上達していたんだな」
そうそれぞれの驚き方をする2人に、お母さんは元気に笑ってこたえます。
「ええ。私、日々努力しているのよ」
そんなお母さんに、わたしもにっこりします。
お母さんは、おばあちゃん達や学校の時のお友達と一緒にいると、いつもよりも元気になるからです。
お母さんは、わたしの前では“お母さん”らしくしてくれているんです。
お母さんは元々小さい頃からしっかりしていて、魔法のお勉強もよくできたそうです。
でもわたしをもらってからは、お母さんの歳ではまだ早い、“お母さん”の魔法をたくさん勉強しています。
魔法の絨毯の免許とかね。
わたしはそんなお母さんを尊敬しているけど、やっぱり元気にしているお母さんが1番いいです。
お母さんはまだ29歳なんだし、わたしももう10歳になったんだから、そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ。
そのお母さんが、テトリちゃんとあいさつをしているおばあちゃん達にいいます。
「さあ、上がって上がって」
そこでみんなでリビングに行きます。
そしてテーブルに用意していた紅茶を飲みながら、お話を始めました。
「そう、テトリちゃんね。かわいいわ」
おばあちゃんに続いて、おじいちゃんもにこにこといいます。
「みかんちゃん、良かったな」
そうおばあちゃん達は、すぐにテトリちゃんと仲良くなれました。
おばあちゃんにだっこされたり、おじいちゃんに頭をなでてもらったりしたテトリちゃん。
そんな様子を見て、みんなでほのぼのとした気分になりました。
紅茶とお菓子もとってもおいしいです。
お夕飯前だから、食べすぎないように気を付けなくちゃいけないね。
そうすっかり落ち着いてから、おばあちゃん達はいいました。
「テトリちゃんもいてくれるようになったんだもの。今年は安心ね」
「そうだな」
何の話かというと、それが毎年この日に2人が来てくれる理由なんです。
これはとっても大事なお話だよ。
明日からの6月。この1ヶ月間は、わたしが魔法を使えなくなるんです。
これは特別なことじゃなくて、魔法使いは誰でも、1年のうち1ヶ月こうなります。
神様が特別な力を託した魔法使い達に、その魔法の大切さが伝わるようにって決めたそうです。
この使えなくなる月は、生まれた時に神様に決められます。
そしてその子のお父さんやお母さんに教えてくれるそうです。
この使えなくなるっていうのは、魔法使いの体の中にある魔法の種がお休みするんだそうです。
魔法使いの力の元の魔法の種が働いてくれなくなるから、使えなくなってしまうんだよ。
ペンダントはいつも通りなんだって。
でも魔法の種と、アイテムに登録してある呪文がぴったりあった時に変わるようになっているので、魔法の種がお休みするとだめなんです。
この間はペンダントのまま、わたしを守っていてくれているんだって。
そうわたしが魔法を使えなくなって大変だろうって、おばあちゃん達が心配して、最初の1週間来てくれているのです。
お母さんがお休みする月は、1ヶ月ずっといてくれているよ。
でもわたしはこんな6月も好きです。
こうやって、おばあちゃん、おじいちゃんも来てくれるしね。
魔法が使えなくなったことで、いつもよりもクラスのお友達と近くなった気がします。
今までで1番困ったことは、動物とお話ができなくなることでした。
でも今年からは、お話したい時はテトリちゃんが通訳してくれます。
テトリちゃんにはそういう力もあるんだよ。
おばあちゃん達のいっていたように、テトリちゃんがいてくれると、そうとっても助かります。
魔法の大切さと、普通の人の気持ちがわかるようにって神様が決めたことだから、あんまり頼っちゃいけないんだけどね。
でもパートナーがいてくれるっていうのは、とっても心強いです。
6月は、魔法は使えないけど、その分いつもとは違うことができる月です。
だからいつもより元気になっている気もします。
「うん。テトリちゃん、どうぞよろしくお願いします」
そうわたしはかしこまっていいました。
するとテトリちゃんは、初めての大仕事に気合いが入ったようでした。
「はい!私、一生懸命みかんちゃんを助けます!」
そんなテトリちゃんに、お母さんやおばあちゃん達が笑っていいます。
「よろしくね」
「あら、頼もしいわね。そんなに大変なことじゃないから、大丈夫よ」
そういってから、おばあちゃんは尋ねます。
「そういえば、テトリちゃんもほうきに乗れるかしら?」
その言葉を聞いて、わたしは気付きました。
あっ!テトリちゃんにいってなかったね。
そのテトリちゃんはうなずきます。
「はい!みかんちゃんと一緒に、何度か乗ったことがあります」
そうテトリちゃんのいった通り、時々2人でお散歩に出掛けていました。
テトリちゃんはさすが魔法で生まれた子だけあって、ほうきに乗るのが上手です。
わたしが安心していられるくらいだよ。
その言葉を聞くと、おばあちゃんは笑っていいました。
「じゃあみんなで、夜のお散歩に行けるわね」
そう聞いて、わたしは大喜びします。
「わー。楽しみ」
これは毎年のことで、わたしはいつも楽しみにしています。
おばあちゃん達が来た日の夜は、みんなでほうきに乗って、お散歩に行くんだよ。
わたしが自分でちゃんとほうきに乗れるようになった2年生の時からだから、これで4回目です。
わたしが明日からしばらく魔法を使えなくなるから、その前に何か特別なことをしようってね。
そうおじいちゃん達が、このお散歩を考えてくれたんです。
わたしがそのお話をすると、テトリちゃんもとっても喜びました。
「夜に飛ぶんですか。わー。
夜の外に出るのも初めてなので、とっても楽しみです」
わたしも魔法使いなので、夜の街を飛ぶのはとってもわくわくするよ。
夜といっても、わたしは遅くまで起きていられないので、お夕飯を食べたらすぐにお出掛けします。
「今日はどの辺りを飛ぼうか?」
そうおじいちゃんがお母さんに聞いています。
そのお話を聞きながら、わたしはテトリちゃんにいいました。
「テトリちゃん、夜の街ってとってもキレイなんだよ。
いつもよりも高いところを飛ぶの。楽しみだね」
それからお夕飯の時間までは、みんなでたくさんお話をしていました。
この前会った後にも、お話したいことがたくさんあったんだよ。
お夕飯もとってもおいしく食べました。
じゃがいも、人参、玉ねぎを煮たお料理がメインの和食です。
肉じゃがに似ているけれど、お肉は入れていません。
魔法使いは、自分から進んでは動物を食べないようにしているんです。
魔法でお話している相手だもんね。
おばあちゃんが得意のお料理魔法で出してくれました。
このお料理魔法というのは、とっても難しいんだよ。
お料理って作る人によって、味も材料の形も違うものだよね。
だからおいしいお料理を出すには、完成品や味をしっかりイメージするか、材料や作り方を思い出しながら使わなくてはいけないんです。
だから自分で作れるくらい、詳しく知っているお料理を出すことが多いそうです。
おばあちゃんは、魔法が使えない間でも困らないくらい、お料理が上手です。
そしてその間に、新しいお料理の勉強をしているんだって。
そんなおばあちゃんの魔法なので、いつもとってもおいしいです。
そして、お待ちかねの夜のお散歩に出発です。
わたしとお母さんも、魔法使いのマントを付けて、帽子もかぶることにしました。
おばあちゃん達が、せっかくだから着ていきましょうっていったので。
おばあちゃん達は、最初からそういう格好で来たので、着替えはいりません。
わたしのは赤色のマントです。
このマントは、1年生の時からずっと使っています。
身長が伸びても、それくらいの長さなら調節していってくれる、便利な物なんです。
普通魔法使いのマントと帽子は黒なのですが、子どもは何色でもいいそうです。
お母さんは茶色のを持っています。
魔法使いで大人といわれるのは30歳からで、本当に1人前といわれるのが50歳からです。
だからお母さんも、魔法使いとしては、まだ子どもなんだよ。
お友達のつばめくんは、水色のを着てるっていっていました。
そのつばめくんとは、毎年夏休みに魔法の森で会っています。
同じ歳で行く時期が一緒なのは、つばめくんだけなこともあって、とっても仲良しです。
周りのお友達からは、わたし達は似てるっていわれています。
実際お話していると、とっても楽しいんだよ。
そうマントを見て、ちょっと思い出しました。
そしてお気に入りの三角帽子をかぶると、わたしもすごく魔法使いらしく見えます。
そう準備をしながら、とってもわくわくしているわたしとテトリちゃん。
そんなわたし達を見て、おばあちゃん達は微笑んでいました 。
みんなでほうきを持って、外に出ます。
すっかり暗くなった空には、お星様が瞬いていました。
お母さんに教えてもらったり、星座盤と比べながら、わたしはよくこんな星空を見ています。
だからどの星が何ていう名前で、どの星座なのかも結構わかるんだよ。
「見て!テトリちゃん。今日も獅子座がキレイだよ」
わたしが指を差して教えると、テトリちゃんはレグルスのことをいいました。
「あの星はいつもピカピカですね」
そういうテトリちゃんの瞳もキラキラしています。
「では、出発するよ!」
そのおじいちゃんの声で、わたしとテトリちゃんもほうきに乗りました。
そうみんなが準備できると、飛び立ちます。
どんどん上がっていくおばあちゃん達に付いていくと、いつもよりずっと高いところに来ました。
建物の高さでいうと5階くらい。普通の家がずっと下です。
すごいと思うけど、この高さは結構怖いです。
ここまでの高さには、普通来ないもんね。
でもこれもほうきの練習だよね。がんばらなくちゃ!
そうわたしは気持ちを奮い立たせます。
この様子に、わたしのすぐ側にいるテトリちゃんは、すぐに気が付きました。
「みかんちゃんは、こんなに高いところ大丈夫ですか?
いつもの倍の高さだから、私は緊張してます」
そうテトリちゃんも同じ気持ちのようです。
それにテトリちゃんは何回かしか飛んだことがないから、飛び慣れているわたしよりずっとドキドキするよね。
「うん。わたしもそうなの」
わたしはそう正直に答えます。
そして「やっぱりそうだよね」って、2人で苦笑いしました。
おばあちゃんが、そんなわたし達に気付いていいます。
「あら。これはみかんちゃんには高かったわね。
つい張り切って、いつもの調子で上昇しちゃったわ」
その言葉にお母さんが答えます。
「みかんが飛び慣れているのは、この高さの半分くらいだものね。
もう少し下、そう4階くらいの高さなら飛べるかしら?」
そう聞くと、おばあちゃんはうなずきました。
「そうね…それじゃあ今日は、その高さを飛びましょう。
それでも、夜景は充分キレイに見えるわ」
その言葉にわたしもうなずきます。
「はーい」
そうみんなで少し下りてから、お散歩に出発しました。
わー。本当にキレーイ。
そう夜景をとっても楽しんでいるわたしです。
毎年回る順番は違うけど、こうやって市内を一周しています。
少しずつ高い位置を飛んでいるから、前とは違って見えるんだよ。
おばあちゃんのいった通りだね。
わたし達は、大体横1列になって飛んでいます。
そしておばあちゃんがちょっと前、おじいちゃんがちょっと後ろにいます。
わたしから見て、右におじいちゃん、左隣にお母さん、そしてその隣がおばあちゃんだよ。
おばあちゃんは張り切って飛んでいて、おじいちゃんはそんなわたし達を見守ってくれているみたいです。
「もう少し行くと、果樹園だったな」
そして時々、さっきの地図から覚えたことをいいます。
「うん。りんご園があるんだよ」
そうわたしが答えると、おじいちゃんは笑いました。
そしてそれについてのお話を、少しずつ教えてくれます。
お母さんはキレイな物などを見つけると張り切って、すぐにわたしに教えてくれました。
「みかん、ほら見て!
あの木、クリスマスツリーみたいに光ってるわよ」
「わー。本当」
思わず、てっぺんに星を付けたくなるくらいです。
でも今はクリスマスじゃないもんね。
それにほうきに乗りながら魔法を使ったりできないので、我慢です。
わたしは、テトリちゃんに今まで教えていなかった、知っているところを紹介しました。
おばあちゃんは、そんなわたし達4人の話に時々混ざります。
5月の終わりのちょうどよい暖かさの中を飛んでいるのは、気持ちがいいです。
夜景はとってもキレイだし、みんなでお話するのは楽しいし、最高のお散歩でした。
長くお散歩を楽しんだ後、家に帰ったら、もう寝る時間です。
今日はおばあちゃん達と一緒なので、4枚の布団を敷きます。
でもお母さんは、今は寝ません。
いつもはわたしが寝るまで、お母さんがこの部屋にいてくれます。
でもおばあちゃん達がいる時は寂しくないので、お母さんはすぐに行ってしまいます。
いつもやっているお仕事の準備などを、早めに始めるようです。
だからおじいちゃん、おばあちゃん、テトリちゃんと4人で寝ます。
テトリちゃんは毎日、バスケットの中で寝ています。
お母さんが魔法で出してくれた物で、いつもわたしの枕元に置いています。
明日からしばらく魔法は使えなくなるけれど、今年もがんばろう!
楽しかったお散歩のことを思い出しながら、わたしはそう気合いを入れました。
2003年10月制作
まだかな?まだかな?
土曜日の夕方、わたしはわくわくしながら空を見上げています。
それはね、毎年今日5月31日になると、れもんおばあちゃんと椎おじいちゃんが家に来るからです。
お母さんは、おばあちゃん達を迎えるための準備をしています。テトリちゃんもお手伝い。
そしてわたしは、玄関の外に出てお出迎えします。
「あ!」
いつも来る方角を見ていたら、おばあちゃん、おじいちゃんの姿が近づいてきました。
「みかんちゃーん」
2人ともわたしを見つけて、手を振ってくれています。
おばあちゃん達はもう65歳なので、ほうきに乗るのもとっても上手です。
魔法使い用の黒いマントを付けて、先っぽに星の付いた三角帽子もかぶっています。
見た目からも、とっても魔法使いらしいです。
普通の服を着ているわたしとお母さんとは大分違うね。
「おばあちゃーん。おじいちゃーん」
2人に会えたわたしはとってもうれしくって、元気に手を振り返します。
おばあちゃん達はすぐに降りてきました。
そしてにこにことあいさつをしてくれます。
「みかんちゃん、久しぶりだね」
おじいちゃんに続いて、おばあちゃんもうれしそうにいいました。
「春休み以来よね。2ヶ月ぶり。
みかんちゃんは5年生になったんだったわね」
「うん!」
わたしが元気にうなずくと、おじいちゃんが聞きました。
「前よりちょっと背が伸びたんじゃないかい?」
そうわたしの頭に手のひらを乗せます。
わたしは、この前の身体測定のことを思い出して答えます。
「4月に計った時は130㎝だったよ。クラスではやっぱりちっちゃいままなの」
わたしがちょっと困っていうと、おじいちゃんは明るく笑って返しました。
「ははは。魔法使いは人間よりも小さくなりがちだからね。しょうがないさ」
そう2人とも、いつも通りとっても優しいです。
再会のごあいさつをしたところで、わたしは2人にいいました。
「お母さん、待ってるよ。どうぞどうぞ」
ドアを開けてお招きします。
するとその音を聞いたお母さんが玄関に来ました。
「お父さん、お母さん、いらっしゃい」
「いちご、久しぶりね。この家に来るのはお正月以来ね」
そうおばあちゃんが、わたしにとはちょっと違ったごあいさつをします。
こうやっておばあちゃん、おじいちゃんと会う時は年に4回あるんだよ。
お正月と春休みには、わたし達がおばあちゃん達の家に行きます。
そして今日のように、6月の最初と10月にはおばあちゃん達が来ます。
後は魔法の森でも会えるね。
わたし達がおばあちゃん家に行くのは、みんなと同じ理由で、学校が長いお休みになるからです。
でもおばあちゃん達が家に来るのは、ある理由があります。
そしてお母さんの隣にちょこんといたテトリちゃんがあいさつをします。
「こんにちは。はじめまして。テトリです」
するとおばあちゃん達は驚きました。
「あれ?今この子は、しゃべらなかったかい?」
ぬいぐるみのようにきちんと座っているテトリちゃんをよく見ながら、おじいちゃんが聞きます。
そんな2人に、お母さんは胸を張っていいました。
「みかんのパートナーとして、私が創ったテトリよ。
黒猫なんて魔法使いにぴったりだし、かわいいでしょ?」
その言葉を聞いて、2人はますます驚きました。
「えっ!?パートナーなんて、まだいちごにもあげていないのに。随分早いわねえ」
「もうそんなに魔法が上達していたんだな」
そうそれぞれの驚き方をする2人に、お母さんは元気に笑ってこたえます。
「ええ。私、日々努力しているのよ」
そんなお母さんに、わたしもにっこりします。
お母さんは、おばあちゃん達や学校の時のお友達と一緒にいると、いつもよりも元気になるからです。
お母さんは、わたしの前では“お母さん”らしくしてくれているんです。
お母さんは元々小さい頃からしっかりしていて、魔法のお勉強もよくできたそうです。
でもわたしをもらってからは、お母さんの歳ではまだ早い、“お母さん”の魔法をたくさん勉強しています。
魔法の絨毯の免許とかね。
わたしはそんなお母さんを尊敬しているけど、やっぱり元気にしているお母さんが1番いいです。
お母さんはまだ29歳なんだし、わたしももう10歳になったんだから、そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ。
そのお母さんが、テトリちゃんとあいさつをしているおばあちゃん達にいいます。
「さあ、上がって上がって」
そこでみんなでリビングに行きます。
そしてテーブルに用意していた紅茶を飲みながら、お話を始めました。
「そう、テトリちゃんね。かわいいわ」
おばあちゃんに続いて、おじいちゃんもにこにこといいます。
「みかんちゃん、良かったな」
そうおばあちゃん達は、すぐにテトリちゃんと仲良くなれました。
おばあちゃんにだっこされたり、おじいちゃんに頭をなでてもらったりしたテトリちゃん。
そんな様子を見て、みんなでほのぼのとした気分になりました。
紅茶とお菓子もとってもおいしいです。
お夕飯前だから、食べすぎないように気を付けなくちゃいけないね。
そうすっかり落ち着いてから、おばあちゃん達はいいました。
「テトリちゃんもいてくれるようになったんだもの。今年は安心ね」
「そうだな」
何の話かというと、それが毎年この日に2人が来てくれる理由なんです。
これはとっても大事なお話だよ。
明日からの6月。この1ヶ月間は、わたしが魔法を使えなくなるんです。
これは特別なことじゃなくて、魔法使いは誰でも、1年のうち1ヶ月こうなります。
神様が特別な力を託した魔法使い達に、その魔法の大切さが伝わるようにって決めたそうです。
この使えなくなる月は、生まれた時に神様に決められます。
そしてその子のお父さんやお母さんに教えてくれるそうです。
この使えなくなるっていうのは、魔法使いの体の中にある魔法の種がお休みするんだそうです。
魔法使いの力の元の魔法の種が働いてくれなくなるから、使えなくなってしまうんだよ。
ペンダントはいつも通りなんだって。
でも魔法の種と、アイテムに登録してある呪文がぴったりあった時に変わるようになっているので、魔法の種がお休みするとだめなんです。
この間はペンダントのまま、わたしを守っていてくれているんだって。
そうわたしが魔法を使えなくなって大変だろうって、おばあちゃん達が心配して、最初の1週間来てくれているのです。
お母さんがお休みする月は、1ヶ月ずっといてくれているよ。
でもわたしはこんな6月も好きです。
こうやって、おばあちゃん、おじいちゃんも来てくれるしね。
魔法が使えなくなったことで、いつもよりもクラスのお友達と近くなった気がします。
今までで1番困ったことは、動物とお話ができなくなることでした。
でも今年からは、お話したい時はテトリちゃんが通訳してくれます。
テトリちゃんにはそういう力もあるんだよ。
おばあちゃん達のいっていたように、テトリちゃんがいてくれると、そうとっても助かります。
魔法の大切さと、普通の人の気持ちがわかるようにって神様が決めたことだから、あんまり頼っちゃいけないんだけどね。
でもパートナーがいてくれるっていうのは、とっても心強いです。
6月は、魔法は使えないけど、その分いつもとは違うことができる月です。
だからいつもより元気になっている気もします。
「うん。テトリちゃん、どうぞよろしくお願いします」
そうわたしはかしこまっていいました。
するとテトリちゃんは、初めての大仕事に気合いが入ったようでした。
「はい!私、一生懸命みかんちゃんを助けます!」
そんなテトリちゃんに、お母さんやおばあちゃん達が笑っていいます。
「よろしくね」
「あら、頼もしいわね。そんなに大変なことじゃないから、大丈夫よ」
そういってから、おばあちゃんは尋ねます。
「そういえば、テトリちゃんもほうきに乗れるかしら?」
その言葉を聞いて、わたしは気付きました。
あっ!テトリちゃんにいってなかったね。
そのテトリちゃんはうなずきます。
「はい!みかんちゃんと一緒に、何度か乗ったことがあります」
そうテトリちゃんのいった通り、時々2人でお散歩に出掛けていました。
テトリちゃんはさすが魔法で生まれた子だけあって、ほうきに乗るのが上手です。
わたしが安心していられるくらいだよ。
その言葉を聞くと、おばあちゃんは笑っていいました。
「じゃあみんなで、夜のお散歩に行けるわね」
そう聞いて、わたしは大喜びします。
「わー。楽しみ」
これは毎年のことで、わたしはいつも楽しみにしています。
おばあちゃん達が来た日の夜は、みんなでほうきに乗って、お散歩に行くんだよ。
わたしが自分でちゃんとほうきに乗れるようになった2年生の時からだから、これで4回目です。
わたしが明日からしばらく魔法を使えなくなるから、その前に何か特別なことをしようってね。
そうおじいちゃん達が、このお散歩を考えてくれたんです。
わたしがそのお話をすると、テトリちゃんもとっても喜びました。
「夜に飛ぶんですか。わー。
夜の外に出るのも初めてなので、とっても楽しみです」
わたしも魔法使いなので、夜の街を飛ぶのはとってもわくわくするよ。
夜といっても、わたしは遅くまで起きていられないので、お夕飯を食べたらすぐにお出掛けします。
「今日はどの辺りを飛ぼうか?」
そうおじいちゃんがお母さんに聞いています。
そのお話を聞きながら、わたしはテトリちゃんにいいました。
「テトリちゃん、夜の街ってとってもキレイなんだよ。
いつもよりも高いところを飛ぶの。楽しみだね」
それからお夕飯の時間までは、みんなでたくさんお話をしていました。
この前会った後にも、お話したいことがたくさんあったんだよ。
お夕飯もとってもおいしく食べました。
じゃがいも、人参、玉ねぎを煮たお料理がメインの和食です。
肉じゃがに似ているけれど、お肉は入れていません。
魔法使いは、自分から進んでは動物を食べないようにしているんです。
魔法でお話している相手だもんね。
おばあちゃんが得意のお料理魔法で出してくれました。
このお料理魔法というのは、とっても難しいんだよ。
お料理って作る人によって、味も材料の形も違うものだよね。
だからおいしいお料理を出すには、完成品や味をしっかりイメージするか、材料や作り方を思い出しながら使わなくてはいけないんです。
だから自分で作れるくらい、詳しく知っているお料理を出すことが多いそうです。
おばあちゃんは、魔法が使えない間でも困らないくらい、お料理が上手です。
そしてその間に、新しいお料理の勉強をしているんだって。
そんなおばあちゃんの魔法なので、いつもとってもおいしいです。
そして、お待ちかねの夜のお散歩に出発です。
わたしとお母さんも、魔法使いのマントを付けて、帽子もかぶることにしました。
おばあちゃん達が、せっかくだから着ていきましょうっていったので。
おばあちゃん達は、最初からそういう格好で来たので、着替えはいりません。
わたしのは赤色のマントです。
このマントは、1年生の時からずっと使っています。
身長が伸びても、それくらいの長さなら調節していってくれる、便利な物なんです。
普通魔法使いのマントと帽子は黒なのですが、子どもは何色でもいいそうです。
お母さんは茶色のを持っています。
魔法使いで大人といわれるのは30歳からで、本当に1人前といわれるのが50歳からです。
だからお母さんも、魔法使いとしては、まだ子どもなんだよ。
お友達のつばめくんは、水色のを着てるっていっていました。
そのつばめくんとは、毎年夏休みに魔法の森で会っています。
同じ歳で行く時期が一緒なのは、つばめくんだけなこともあって、とっても仲良しです。
周りのお友達からは、わたし達は似てるっていわれています。
実際お話していると、とっても楽しいんだよ。
そうマントを見て、ちょっと思い出しました。
そしてお気に入りの三角帽子をかぶると、わたしもすごく魔法使いらしく見えます。
そう準備をしながら、とってもわくわくしているわたしとテトリちゃん。
そんなわたし達を見て、おばあちゃん達は微笑んでいました 。
みんなでほうきを持って、外に出ます。
すっかり暗くなった空には、お星様が瞬いていました。
お母さんに教えてもらったり、星座盤と比べながら、わたしはよくこんな星空を見ています。
だからどの星が何ていう名前で、どの星座なのかも結構わかるんだよ。
「見て!テトリちゃん。今日も獅子座がキレイだよ」
わたしが指を差して教えると、テトリちゃんはレグルスのことをいいました。
「あの星はいつもピカピカですね」
そういうテトリちゃんの瞳もキラキラしています。
「では、出発するよ!」
そのおじいちゃんの声で、わたしとテトリちゃんもほうきに乗りました。
そうみんなが準備できると、飛び立ちます。
どんどん上がっていくおばあちゃん達に付いていくと、いつもよりずっと高いところに来ました。
建物の高さでいうと5階くらい。普通の家がずっと下です。
すごいと思うけど、この高さは結構怖いです。
ここまでの高さには、普通来ないもんね。
でもこれもほうきの練習だよね。がんばらなくちゃ!
そうわたしは気持ちを奮い立たせます。
この様子に、わたしのすぐ側にいるテトリちゃんは、すぐに気が付きました。
「みかんちゃんは、こんなに高いところ大丈夫ですか?
いつもの倍の高さだから、私は緊張してます」
そうテトリちゃんも同じ気持ちのようです。
それにテトリちゃんは何回かしか飛んだことがないから、飛び慣れているわたしよりずっとドキドキするよね。
「うん。わたしもそうなの」
わたしはそう正直に答えます。
そして「やっぱりそうだよね」って、2人で苦笑いしました。
おばあちゃんが、そんなわたし達に気付いていいます。
「あら。これはみかんちゃんには高かったわね。
つい張り切って、いつもの調子で上昇しちゃったわ」
その言葉にお母さんが答えます。
「みかんが飛び慣れているのは、この高さの半分くらいだものね。
もう少し下、そう4階くらいの高さなら飛べるかしら?」
そう聞くと、おばあちゃんはうなずきました。
「そうね…それじゃあ今日は、その高さを飛びましょう。
それでも、夜景は充分キレイに見えるわ」
その言葉にわたしもうなずきます。
「はーい」
そうみんなで少し下りてから、お散歩に出発しました。
わー。本当にキレーイ。
そう夜景をとっても楽しんでいるわたしです。
毎年回る順番は違うけど、こうやって市内を一周しています。
少しずつ高い位置を飛んでいるから、前とは違って見えるんだよ。
おばあちゃんのいった通りだね。
わたし達は、大体横1列になって飛んでいます。
そしておばあちゃんがちょっと前、おじいちゃんがちょっと後ろにいます。
わたしから見て、右におじいちゃん、左隣にお母さん、そしてその隣がおばあちゃんだよ。
おばあちゃんは張り切って飛んでいて、おじいちゃんはそんなわたし達を見守ってくれているみたいです。
「もう少し行くと、果樹園だったな」
そして時々、さっきの地図から覚えたことをいいます。
「うん。りんご園があるんだよ」
そうわたしが答えると、おじいちゃんは笑いました。
そしてそれについてのお話を、少しずつ教えてくれます。
お母さんはキレイな物などを見つけると張り切って、すぐにわたしに教えてくれました。
「みかん、ほら見て!
あの木、クリスマスツリーみたいに光ってるわよ」
「わー。本当」
思わず、てっぺんに星を付けたくなるくらいです。
でも今はクリスマスじゃないもんね。
それにほうきに乗りながら魔法を使ったりできないので、我慢です。
わたしは、テトリちゃんに今まで教えていなかった、知っているところを紹介しました。
おばあちゃんは、そんなわたし達4人の話に時々混ざります。
5月の終わりのちょうどよい暖かさの中を飛んでいるのは、気持ちがいいです。
夜景はとってもキレイだし、みんなでお話するのは楽しいし、最高のお散歩でした。
長くお散歩を楽しんだ後、家に帰ったら、もう寝る時間です。
今日はおばあちゃん達と一緒なので、4枚の布団を敷きます。
でもお母さんは、今は寝ません。
いつもはわたしが寝るまで、お母さんがこの部屋にいてくれます。
でもおばあちゃん達がいる時は寂しくないので、お母さんはすぐに行ってしまいます。
いつもやっているお仕事の準備などを、早めに始めるようです。
だからおじいちゃん、おばあちゃん、テトリちゃんと4人で寝ます。
テトリちゃんは毎日、バスケットの中で寝ています。
お母さんが魔法で出してくれた物で、いつもわたしの枕元に置いています。
明日からしばらく魔法は使えなくなるけれど、今年もがんばろう!
楽しかったお散歩のことを思い出しながら、わたしはそう気合いを入れました。
2003年10月制作