5年生5月編

2-みかんちゃんのお母さん

あの後龍太郎くんが他の先生を呼びに行ってくれて、友子先生は病院に運ばれていきました。
倒れた時に頭を打ったかもしれないから、検査をするそうです。
それでわたしは今、校長室で教頭の杉田勝子先生に怒られているところです。
「まったく、白石さん。あなたはまたとんでもないことをしましたね」
白石とはわたしの苗字だよ。
勝子先生からは、いつもこうやって苗字の方で呼ばれています。
勝子先生はため息をついていいました。
「またこんな騒ぎを起こして。
だから困るんですよ。魔法使いがいると」
わたしは1年生の時から、こうやって勝子先生に叱られています。
穏やかな毎日が好きな勝子先生にとって、わたしは手に余るみたいです。
いい方がちょっと厳しいけど、でもわたしはそれだけ友子先生に悪いことをしちゃったんだもんね。
友子先生、大丈夫かなあ。
反省しながらも、そうちょっと上の空になってしまいました。
「…というわけで、白石さんが学校にいる間は、そのペンダントは校長室で預かることにします」
だからいつの間にか、話がそんなふうに進んでいました。
「えっ?」
わたしはびっくりして、思わず聞き返します。
「仕方ないでしょう。何度もこうやって事件を起こすんですから。
あなたのお母さんは、そのペンダントはお守りでもあるからいつも身に付けてないといけないといっていたけれど、仕方ありませんね」
勝子先生はそういいながら戸棚の引き出しを開けました。
「どうしてもですか?」
わたしはそう確かめます。
先生のいっていたように、このペンダントは絶対に外してはいけないって、お母さんにいわれていたからです。
これはいろいろと便利に魔法が使えるアイテムにもなるけれど、ペンダントのままでも持ち主を守ってくれる力をもっているそうです。
だから魔法使いにとっては、命の次に大事な物なんだよ。
でも勝子先生は許してくれませんでした。
わたしのせいだし仕方ないので、あきらめて先生にペンダントを渡します。
まあ、学校ではそんなに危ないこともないよね。
勝子先生はペンダントを受け取ると、さっきの引き出しに入れて鍵をかけました。
そして付け加えます。
「これからは毎朝職員室に来るんですよ。預かりますから。帰りには返します」
「はーい」
わたしはそう元気なく返事をして、校長室を後にしました。

ガラッ
わたしが教室のドアを開けると、みんながわっと駆け寄ってきました。
そしてわたしに口々に尋ねます。
「みかんちゃん、教頭先生に呼ばれたんでしょ?大丈夫だった?」
そう麻緒ちゃんが心配してくれます。
わたしがよく勝子先生に怒られているのを、みんなは知っているからです。
「友子先生のこと何かいってた?」
港くんの質問に、わたしは答えます。
「友子先生は、検査をするために、今日と明日、病院にいるんだって」
そういうと、健治くんが首をかしげました。
「先生、病院かあ。そんなにひどかったかな?」
「あれ?みかんちゃん。ペンダントは?」
美穂ちゃんが真っ先に気付いて、そう聞きました。
わたしは仕方なく笑って答えます。
「勝子先生に取り上げられちゃった」
すると彩ちゃんが、わたしの代わりに怒ってくれました。
「えー?ひっどーい。
あのみかんペンダントは、みかんちゃんのトレードマークなのに」
「うーん。でも、わたしが悪いんだしね。
あれ?みんなは今まで何してたの?」
ふと気付くと、教室には他の先生はいなくて、勉強をしていた感じじゃありません。
「ああ、きっと先生達は、おれ達のことを忘れてるんだよ。
他のクラスの先生は自分の授業があるし、余ってる先生は友子先生のことで頭がいっぱいなんじゃないかな。
だからおれ達、教室で自由にしてたんだ」
光くんがそう教えてくれました。
そっか。先生、全然来てないんだ。
「じゃあ、みんな席に着いてよう。
他の先生、もうすぐ来るかもしれないし」
大人しい気持ちになっていたわたしは、そうみんなにいいました。
さっきのショックが続いているからなのか、いつものようにみんなとはしゃげなかったのです。
みんなは席に着いて、それからまたおしゃべりを始めました。
そんな中わたしは、頬杖をついて考えていました。
本当に友子先生にひどいことをしちゃったなあ。
みんなと楽しく遊ぼうと思ってやったことだったのに。
そう落ち込んでいると、隣から高志くんが励ましてくれました。
「みかん、そんなに落ち込まなくていいよ。
友子先生だって、きっと何ともないしさ」
そういってもらったら、心があったかくなりました。
「うん。そうだよね」
そう答えられた時、いいアイディアが浮かびました。
そうだ!友子先生のお見舞いに行こうかな。
友子先生は今日と明日は病院にいるっていってたもんね。
よーし、そうしよう!そして驚かせちゃったことを謝ろう!
わたしはそう思い付くと、気持ちがとっても明るくなりました。
こう気持ちを切り替えられたのは、高志くんのおかげです。
だからわたしは元気にお礼をいいました。
「高志くん、ありがとう!」
そう感謝をして、それからはみんなと楽しくおしゃべりできました。

「ただいまー。お母さん!」
わたしはお母さんに頼みたいことがあるので、いつもより急いで帰りました。
「あら、みかん。いつもより早いのね。
とばしてきたの?ほうきは急ぐと危ないわよ」
お母さんにはちゃんとわかっています。
そう水晶玉を持って立っている人が、わたしのお母さん。
お母さんの名前は、「いちご」といいます。
わたしと同じで、名前の通りのいちご形のアイテムを使っているよ。
お母さんのペンダントはわたしのより大分小さいです。
大人の人がよくする大きさだよ。
アイテムは、持ち主に合わせた大きさになるそうです。
お母さんは24歳です。みんなのお母さんと比べると、とっても若いよね。
お母さんが中学3年生になってすぐにわたしをもらったそうなので、こんなに歳の差がないんです。
そうそう、わたし達魔法使いは、2つ戸籍があるんだよ。
普通のと、魔法使いだけのとあります。
みんなと同じ方は、神様から赤ちゃんをもらったら、出生届を出すんだそうです。
だから学校にも通えるし、成人式のお知らせなどもくるんだよ。
名前はね、子どもが男の子だったらお父さんのを、女の子だったらお母さんの苗字をもらって、名前も関係あるものを付けるきまりになっています。
例えば、わたしのおじいちゃんの名前は水沢椎。おばあちゃんは白石れもんです。
おじいちゃんは樹の名前、おばあちゃんは果物の名前だね。
だからお母さんの名前は白石いちごになりました。
苗字の方は普通の戸籍にだけ載っていて、魔法使いのには名前だけです。
魔法使いは普通の人の10倍長く生きるけれど、世界で1日に1人ずつしか生まれなくて数が少ないです。
そして付けられる名前の種類はみんな違うので、遠いご先祖様くらいしか同じ名前にはならないからだそうです。
おじいちゃん、おばあちゃんは隣の市に住んでいます。
おばあちゃん達は65歳くらいだから、みんなと同じだね。
時々会いに来てくれるし、わたし達も会いにいきます。
お母さんが高校生の時までは、おばあちゃん達の家に一緒に住んでいました。
そして卒業したら、この町に引っ越してきたんだよ。
魔法使いは生活するお金には困らないので、お母さんはわたしが学校に行っている間は、お仕事をしたり、魔法の練習をしたりしているみたいです。
そしてお母さんが今持っている水晶玉は、お母さんの宝物です。
調べものや占いをする時に必要なんだよ。
調べものとは、もう起こっていることについて知りたい時で、占いはこれから起こることのヒントがほしい時のことを、分けてそう呼んでいます。
わたしはその水晶玉でお母さんに調べものを頼みたかったので、ちょうどよかったです。
わたしは早速お願いします。
「あのね、お母さん。今日わたしの魔法のせいで、友子先生が倒れちゃったの。
それで先生のお見舞いに行きたいんだけど、でも先生がいる病院がわからなくって…。
だからお母さんに調べてほしいの」
そう説明をすると、お母さんはしっかりうなずいてくれました。
「いいわよ。お母さんに任せなさい!」
そして水晶玉をマジッククロースで磨き始めました。
前に調べたことと混ざらないように、使う前にはきれいに磨かなくちゃいけないそうです。
マジッククロースっていうのは、水晶玉を持ち歩く時に必要な物です。
水晶玉は直接さわっちゃいけないから、この上から持つんだよ。
お母さんのはえんじ色をしていて、はじっこにいちご模様が入っています。
磨き終わると、マジッククロースで水晶玉を包みます。
それからお母さんは魔法の部屋へ行くようにいいました。
わたしはカバンを下ろしてから、ついていきます。
魔法の部屋とは、玄関から見て左側の最初にあるお部屋です。
水晶玉を使えるのは、この部屋だけだよ。
でも使っていない時は、お母さんのお部屋に置いているそうです。
このお部屋はいつも鍵がかかっています。
広さは10畳くらいで、壁側には本棚が置いてあります。
魔法関係の本がたくさん入っているよ。
魔法文字という特別なお勉強をしないと読めない本や、普通の文字で書かれた大人向けの本が並んでいます。
子ども向けのは、わたしの本棚に入れてもらっているよ。
このお部屋の物はわたしには使えないし、普通は入ることができません。
でもこういう魔法関係の時は、お母さんと一緒になら入れます。
わたしが入ると、お母さんは鍵をかけました。
調べている時に何かの邪魔が入ってしまうと、後でもう1度同じことは調べられなくなるからだそうです。
真ん中にテーブルが1つあって、イスが向かい合って置いてあります。
その2つある奥の方のイスにお母さんが座ります。
つまりわたしはドア側に座るわけです。
イスが2つしかないのは、この家に住んでいるのはわたしとお母さんだけだからです。
わたしにはお父さんはいません。
魔法使いは神様から赤ちゃんをもらうので、こうやってお父さんかお母さんだけの家もあるそうです。
お母さんはとっても優しいから、2人でも寂しいわけじゃありません。
でもやっぱりわたしにもお父さんがいたらいいなあと思います。
「じゃあ始めるわよ」
テーブルの真ん中に置いた水晶玉に、お母さんは手をかざしました。
わたしはうなずきます。
するとお母さんは水晶玉へ呪文を唱えます。
「テルアンサ。
みかんの担任の、友子先生のいる病院は?」
パァァッ
水晶玉が光って、いつものように何かが浮かび上がりました。
わたしには全然わからないけど、お母さんにはわかるみたいです。
「わかったわ。ここは緑光病院ね」
そういって、また水晶玉をマジッククロースでくるみました。
「リビングにある地図で、場所を教えるわね。行きましょう」
そうわたしにいって部屋を出ます。
魔法の部屋から出ると、とってもまぶしく感じます。
この部屋だけ窓がないからです。
実はわたしは、魔法の部屋って苦手かな。
明るい方が好きなので、出るとほっとします。
わたしはそんなことを思って、リビングに行きました。
お母さんは、すぐに地図を開いて教えてくれます。
「緑光病院はここよ。まっすぐ飛んでいけば遠くないわね」
そう病院を指差してから、家から病院まで指で線を引いてくれました。
わたしは途中にある建物などをよーく確認してから、お母さんにお礼をいいました。
「こう行けばいいんだね。うん、わかった。
お母さん、ありがとう!」
それからお母さんは、いつものようにいってくれます。
「お見舞いに行く時、先生にお花を持っていくといいわ」
お母さんはお花や樹を育てるのが大好きなんです。
魔法でじゃなくて自分の手でね。
だからわたしの家のお庭には、たくさんのお花が咲いています。
「そういえば、いつ行くの?」
お母さんの質問に、わたしは元気よく答えます。
「明日行こうと思ってるの。
第2土曜日だから、学校お休みでしょ?」
そう、明日はお休みなんです。
友子先生は明日も病院にいるみたいだし、今日無理をして行くよりは、明日ゆっくり会いに行った方がいいかなって思いました。
わたし達5年生は毎日帰りが3時くらいになってしまうので、学校の後は難しいのです。
「そうなの。気を付けて行ってらっしゃい」
お母さんは、そう優しくいってくれました。
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