5年生7月編

25-2つめの手のひらの魔法

そんな時、前の方からかすかに泣き声が聞こえてきました。
えっ!?
わくわく気分になっていたわたしだけど、その声で落ち着きます。
だって、ここと離れている程、本当は大きな声で泣いているということだよね。
魔法使いの感覚を使って、よくよく耳を澄ませてみました。
するとそれは、声や近さから麻緒ちゃんと港くんのようです。
2人とも最初から怖がっていたんだもん。
やっぱり心配していた通りになっちゃったね。
麻緒ちゃん達の場合は2人ともだから、わたし達のところみたいにはいきません。
らんたんの灯りから見ると、その麻緒ちゃん達はここからわりと近くに立ち止まっているようです。
ちょっと行ってきたいな。
元気なわたしが励ましに行かなくちゃ。
そう使命感に燃えて、高志くんにいいました。
「高志くん。わたし、麻緒ちゃん達が心配だから、ちょっと見てくるね」
すると当然高志くんもいいました。
「じゃあ、おれも」
でもわたしは首を振りました。
高志くんも怖いのに1人にするなんて、とってもひどいことをいっているなあってわかっているんだけどね。
その理由を説明します。
「ほら、本当は2人だけでゴールしなきゃいけないでしょ?
高志くんはらんたんを持ってるから、一緒に行くと、後ろの健治くん達にわかっちゃうんだよ」
前には大きく、麻緒ちゃん達の持っている灯りが見えています。
そして後ろを振り返ると、健治くん達のらんたんの灯りも小さめだけどはっきりと見えます。
こうやってわたし達から見えるっていうことは、向こうからもしっかり見えているということです。
いきなり距離が離れたりしたら、何かあったことに気付かれてしまいます。
そうしたら健治くん達も来て、麻緒ちゃん達のことがわかっちゃうかも。
そうなっちゃったら、それはそれで仕方ないのかもしれません。
本当のことなんだから、こうやって秘密にしようとするのっていけないよね。
でもやっぱりわたしは、みんながちゃんとできたっていうのがいいです。
そこでわたしは一生懸命頼みました。
「わたし、みんなでちゃんとゴールしたいの。
すぐに戻ってくるから、ね!
シーちゃんにはここに残ってもらうし。
そうだなあ。30数えるまでには、絶対に戻ってくるよ」
そう両方の手のひらを広げて、高志くんをじーっとみつめます。
すると高志くんはわかってくれました。
「わかった。
じゃあおれは数を数えながら、今まで通りの速さで歩いていればいいんだよな」
そう期待通りのお返事をしてくれます。
高志くんなら、そううなずいてくれると思ったよ。
わたしは一瞬ぱっと笑顔になって、大きくうなずきます。
「うん。本当にすぐ戻ってくるよ!数えててね。
シーちゃんは、ちゃんと高志くんの側にいるんだよ」
そう指を1本立てて、シーちゃんにいっておきます。
わたしがそう思えば、シーちゃんはちゃんということを聞いてくれるはずだもんね。
そう約束をすると、わたしは急いで駆け出しました。
すると「いーち、にーい」って、高志くんが約束通りにゆっくりと数え始めます。
ちゃんと30までに帰らなくっちゃね。
そう思いながら駆けていくと、そんな声も遠くなっていきました。

麻緒ちゃん達はやっぱり立ち止まっていたようで、すぐに追いつきました。
2人とも泣いていて、涙でべたべたです。
ここまで泣いている姿を見ると、わたしも胸がきゅっとなります。
わたしを見ると、麻緒ちゃんと港くんの2人でいいます。
「みかんちゃん、わたし、もうこういうところ歩きたくないよー」
麻緒ちゃんはそういいながら、わたしに抱きつきます。
「本当だよー。暗いし、いろんなところから音がするし…」
港くんはそういいながら、周りを見回します。
2人とも本当におびえた顔をして、気持ちの中で限界まで来ているようです。
よっぽど怖かったんだね。
そうなりそうって気付いていたのに、今まで何もしてなくてごめんね。
わたしは魔法使いだから、みんなを助けるのが役目なのにね。
そう反省してから、そんな2人が元気になる方法を考えてみます。
魔法を使うと、わたしがここにいることがすぐにわかっちゃうから、それ以外の方法でね。
本当はもうこれくらいかわいそうな姿を見ると、魔法を使っちゃってもいいくらいの気持ちになっています。
でもやっぱり麻緒ちゃん達だけだめだったっていうのは悲しいから、とりあえずは違う方法で何かないか考えてみます。
うーんと…。
元気になる方法?それよりは…、怖くなくなる方法かな?
そうだ!
1ついいのを思い出して、2人にいいます。
「じゃあね、麻緒ちゃんも港くんも手を出してみて」
これ、久しぶりだからうまくいくかな?
ちょっと保証はないんだけど、今こそぴったりな方法だと思います。
2人は不思議そうな顔をしながらも、いう通りにしてくれます。
わたしは両手それぞれで、そんな2人の手を取りました。
ちゃんとできるかなってちょっとドキドキするけど、それじゃだめです。
瞳を閉じて、最初にわたし自身を落ち着かせます。
それから麻緒ちゃんと港くんにも届くように、大丈夫、大丈夫って心の中で唱えます。
こうやって魔法使いが気持ちを落ち着かせてさわるとね、相手を安心させることができるんだって。
そう前に教えてもらいました。
手のひらが1番伝わりやすいかなあと思って、やってみています。
2人とも怖さのせいか、手のひらがちょっと冷たいです。
でもこうやって手をつないでいると、少しずつ温かくなってきたように感じます。
そして瞳を開けて2人を見ていると、本当に泣き止んできました。
わあ。これはちゃんと魔法が効いている証拠だね。
2人とも怖さがなくなったみたいで、きょとんとした顔になりました。
それでわたしは手を離します。
そして麻緒ちゃん達に、わたしは魔法使いの余裕の笑顔でいいました。
「みかんが今魔法をかけたから、もう大丈夫だよ。
さっきまでの怖い気持ちは、みんななくなったでしょ?」
そう確認すると、麻緒ちゃん達はこっくりうなずきました。
そう聞いて一安心したわたしは、最後の仕上げをします。
「じゃあ後もう少しだし、2人でなら行けるよね」
そういって、今度は麻緒ちゃんと港くんの手をつながせました。
魔法使いとじゃなくたって、手をつないでいると、心細い気持ちは薄まるものだよね。
わたしもお母さんやおじいちゃん達につないでもらうと、とっても安心するもん。
そう思ってにっこり笑顔で。
麻緒ちゃんと港くんは、そんなわたしのやることにびっくりしたようでした。
わたしと、自分のつないだ手を交互にじっと見ます。
でも元気も取り戻せたようです。
「うん。じゃあ最後までがんばるね」
そんな港くんに続いて、麻緒ちゃんは笑顔になりました。
「みかんちゃん、ありがとう」
そう2人は手をつないで、遅れた分を元気に駆け出しました。
そんな様子を見て、わたしは心からほっとします。
これでもう大丈夫だよね?
自分がちゃんと役に立ててうれしいです。
そう安心したら、すぐに高志くんのところに戻ります。
振り返るとちゃんと見えるくらいの距離に、もう来ていました。
だから本当にすぐです。
弾むように大股でいったら、5歩もなかったかな。
高志くんはきちんと数を数えていたようでした。
いくつかはわからなかったけど、そんな声が聞こえていたよ。
シーちゃんは高志くんの前に浮かんで、同じスピードで動いているようでした。
わたしが麻緒ちゃん達のことを考えている間も、シーちゃんはいうことを聞いてくれていたようです。
そしてまた成功できたわたしは、元気にいいます。
「おまたせ!高志くん、いくつまでいった?」
すると高志くんは落ち着いて答えてくれます。
「お帰り。20くらいだったよ。
みかんがいっていたより早かった」
そう約束が守れてほっとします。
よかった。ちゃんと間に合ったんだね。
それとも、高志くんがゆっくり数えていてくれたからかな?
最初聞こえた数え方を思い出して、そうも考えました。
それからまた2人で歩きます。
シーちゃんはわたしの近くに戻ってきて、わたし達と同じスピードで動きます。
「大丈夫だった?」
そう確かめると、高志くんはおだやかな顔で答えてくれました。
「うん。みかんが本当にいない時間って短かったし、シーちゃんのおかげで怖い気持ちを忘れてたっていうのもあるし」
そう聞いて、わたしはシーちゃんに感謝しました。
そっか。シーちゃん、ありがとう。
わたしのいない間に、ちゃんと高志くんの役に立っていてくれたんだね。
出しておいてよかったです。
そこでシーちゃんを呼んで、手のひらに乗ってもらいます。
それからお礼に、お星様の先っぽをなでました。
そうしたらシーちゃんがなんだか喜んでいるように見えたよ。
また放すと、シーちゃんは元気に飛び回ります。
それから今度は、わたしの方を元気に報告します。
「麻緒ちゃん達はもう大丈夫そうだよ。
気持ちの魔法を使ってみたら、元気になったの。
高志くんにもあの魔法をかけてみればよかったねえ」
林に入ったばっかりの高志くんにだったら、ぜひかけてみたかった魔法でした。
でも今くらい平気になっていれば、あの魔法を使うほどではないよね?
そう思ったけど、高志くんは興味を持ったようでした。
「え?どんな魔法?」
こう高志くんは、よくわたしの話に乗ってくれます。
そう聞かれたので、せっかくだからまたやってみることにしました。
1人にしちゃって、本当は寂しかったりしたかもしれないし。
さっき麻緒ちゃん達にはとっても効いたので、今度もバッチリのはずです。
今の高志くんには、どれだけ効くかなあ?
そうわたしも興味があります。
「じゃあもう1回やるね。手を出して」
高志くんは右手にらんたんを持っていたので、左手に持ち替えて、右手を差し出してくれます。
これから何をするんだろうって、好奇心と緊張の混じった顔でね。
ちゃんと魔法が成功するように、わたしはまず気持ちを落ち着かせます。
準備ができると、そんな高志くんにいいました。
「これはね、魔法使いはみんなできる、気持ちが落ち着く魔法なんだよ」
そう自信を持って、高志くんの手を取ります。
すると高志くんは、とってもびっくりしたようでした。
「!ええっと…」
そう驚いた、そして少し困ったような顔をしています。
そこでわたしは余裕の表情で、わかるように説明します。
「魔法使いがこうやってさわるとね、気持ちが落ち着いてくるんだって。
魔法って、いつもわたしが使っているような、見えるものばっかりでもないんだよ。
どう?さっきより安心した感じする?」
そう聞くと、高志くんは目を上に向けて考えます。
そう聞くと、高志くんは目を上に向けて考えます。
「そう‥なんだ。そういわれてみると、さっきよりも平気になってきたような…」
わあ。やっぱり効いてるの?
そう聞いてわたしはうれしくなります。
でも高志くんは、それから黙ってうつむいてしまいました。
「……………」
――どうしたのかな?
麻緒ちゃんや港くんの時と反応が違います。
とても、よくなったようには見えません。
高志くんは結構元気そうだったのに使ったりしたから、魔法がいい方にいかなかったのかな?
そうちょっと心配になります。
それでわたしも黙ってしまって、高志くんをじーっと見ています。
するとシーちゃんが、わたし達のつないだ手のところに近付いて来ました。
わたしが何か聞こうかなって思い始めた頃、高志くんがぱっと手を離しました。
「ありがとう。もう大丈夫。
怖い気持ちなんて、全然なくなった」
そうほめてくれているけど、早口でいっているのが気になります。
高志くんがこういうふうになる時って、何か秘密にしていることがある時なんです。
高志くんっていつもは嘘をつけない、正直な子です。
たまについても、こうやって周りのみんなにすぐにわかっちゃうしね。
それでも秘密にしたいことがあるってことです。
わたしはついつい考え始めてしまいます。
今のことで、だよね?何かな?
…もしかして、本当は今の魔法は効果がなかったのかもしれません。
でもわたしに気を使ってくれて、いわないようにしているとか、そういうことなのかなあ?
そういう気遣いの嘘なら、つくかもしれません。
でもそうだったら、そうやって教えてもらえない方が、もっと魔法の自信がなくなっちゃうよ。
本当のことをいってもらえないと、だめだった時と、本当にうまくいった時がわからなくなっちゃうから。
だめだった時は考えて、うまくいった時は大喜びしたいです。
だからまじめな顔をして聞きます。
「本当?」
そう確かめると、高志くんはびっくりした顔をしました。
「えっ!?シーちゃんまで…。
本当、本当。みかんの魔法は効いてるよ」
そう慌てて両手を振ります。
シーちゃん?
その言葉通りに、シーちゃんまで高志くんに寄っていっていました。
今のわたしの気持ちと一緒に、自然と動いたみたいです。
そんなシーちゃんを見ると、ちょっと笑えました。
顔もないシーちゃんがじーっと、高志くんを責めるみたいにどんどん近付いていってるんだもん。
わたしの気持ちも今あんなふうだったんだね。
確かに2人からこんなふうに聞かれたら、困るよね。
高志くんはそういってくれたし、見ていると本当に大丈夫そうです。
だから、もうそのことについて考えるのはやめておくことにしました。
こんなふうに気にしていたら、これからの時間が楽しくなくなっちゃうもんね。
めったにない時間なんだから、大事にしなくちゃ。
麻緒ちゃん達にはちゃんと効いたし、高志くんを信じることにします。
そう思っていつもの顔に戻ったわたしは、シーちゃんを呼びました。
「シーちゃん。もういいんだよ」
シーちゃんがわたしのところに戻ってくると、高志くんにいいます。
「そう?ならいいの。
じゃあゴールまでがんばれるね」
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