5年生7月編

プロローグ

「早希ちゃん、お誕生日おめでとう」
そう大親友の小池恵ちゃんが、わたしにプレゼントをくれた。
「ありがとう!」
今日はわたし、月丘早希の11歳の誕生日なの。
家に帰って開けてみると、それはまんまるいあざらしのぬいぐるみ。
手乗りサイズでとってもかわいい。
わたしはぬいぐるみが大好きで、たくさん持っているんだ。
恵ちゃんもそれを知っているから、くれたんだね。
今日からこの子も仲間入り。
まず名前を付けてあげなくちゃ。
「まんまるくてふくよかだし、福を運んできますようにっていうことで、ふくふく。
 あなたの名前はふくふくよ」

そう早希ちゃんに名付けてもらったことから、ぼくのこの冒険が始まったんだ。


1-ぼくは、ふくふく

(SAKI SIDE)
わたしは新しい友達のふくふくが大好き。
学校から帰ってくると、他のぬいぐるみ達と一緒にふくふくと遊ぶの。
わたしはこうやって、ぬいぐるみと遊ぶのが小さい頃から大好きなんだ。
ふくふくはあざらしということで、お魚が大好きよね。
だから小さい頃に使っていたおままごとの冷蔵庫を、ふくふく専用にしてあげたんだ。
魚がいつもたくさん入っているっていうことにしてね。
ふくふくはいつでもその冷蔵庫を開けて、魚が食べられるのよ。
ふくふくをモデルに絵も描いたんだ。
海で魚達と一緒に泳いでいる絵。
とってもよく書けて、わたしのお気に入りの絵になっちゃった。
2つ下のやんちゃな弟の良平も、ふくふくが気に入っているみたい。
よく手の上にのっけたり、声をかけたりしてる。
わたしも本当にふくふくが大好き。
ふくふくを見ているだけで、幸せな気持ちになるよ。

(FUKUFUKU SIDE)

「ふくふくは本当に、わたしに福を運んできてくれたね」
大好きな早希ちゃんが、ぼくにそういってくれた。
えっ!?ほんと?
ほんとにぼく、福々をあげられてる?
ぼくはとってもうれしい。
ぼくが初めて来たのが、この早希ちゃんのお家。
ぼくをとっても歓迎してくれて、大事にしてくれる早希ちゃん。
お魚入りの冷蔵庫ももらえたし、絵も描いてくれた。
あの絵を見て、ぼくのモデルのあざらしって、あんなふうに暮らしているんだなあって知ったんだよ。
早希ちゃんの宝物のぬいぐるみの先輩達も、新しく仲間になったぼくを、すぐに輪の中に入れてくれた。
みんな優しくて、色んなことを教えてくれるよ。
ぼく自身が、みんなのおかげでとっても幸せ。
なのに早希ちゃんに、そういってもらえるなんて…。
その言葉を聞いたぼくは、決めた。
だったらぼく、他の人にも福々をあげたいな。
早希ちゃん、ぼく、少しの間旅に出てくるよ。
それがみんなへの恩返しにもなるって、ぼくは思い込んだ。
その夜、早希ちゃんが眠ってからのこと。
他のぬいぐるみ達に、ぼくはちょっとのお別れをいった。
みんな「ふくふく、がんばれ」って、笑顔で見送ってくれたよ。
ぼくは初めて、早希ちゃん家の外に飛び出した。
窓からふわふわと飛んでいく。

(SAKI SIDE)
「おはよう!」
わたしは朝起きると、いつものようにぬいぐるみ達に声をかけた。
でも…、いつもの場所にふくふくがいない!
どこに行っちゃったの?
置き場所間違えた?
わたしはしばらくふくふくを探したけれど、見当たらない。
そのうちお母さんがわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「早希―。早く降りてこないと遅刻するわよ―」
「は―い」
わたしは返事をして、ふくふく探しは学校から帰ってきてからゆっくりやろうって決めた。


2-ふくふく、がんばる(ふくふく)

外の世界は広くって、ちょっとわくわく。
ぼくはこの中の誰かに「ふくふく」をあげるんだ。
初めての冒険をぼくは楽しんでいた。
人に見つからないように、ぼくは夜にふよふよと飛んだ。
そしてその分、午前中にどこかの家の屋根で眠った。
お昼目が覚めたら、また飛んでいく。
すると近くの家から、小さな女の子の泣いている声が聞こえてきた。
それが気になって、その家の開いていた窓から中に入ってみる。
すると幼稚園くらいの女の子が、1人で泣いていたんだ。
その子はぼくに気が付くと、涙声のまま聞いた。
「あざらしさん。どこからきたの?」
ぼくはしゃべれないから、心の中で話かける。
どうしたの?何で泣いているの?
するとその子はぼくの気持ちが通じたのか、話してくれた。
「あのね。みくね。カーペットにジュースをこぼしちゃったの。
 テレビをみていたら、コップをひっくりかえしちゃったの」
そういって、また泣き出すみくちゃん。
「ママがかえってきたらなんていおう…」
ぼくはそんなみくちゃんのひざの上に乗って、じっとみくちゃんを見つめた。
あのね、ぼくは励ます言葉はいえないけど、みくちゃんのことを応援しているよ。
ぼくは「ふくふく」だからね。元気を出して!
そう心の中でいった言葉が、みくちゃんに届いたみたい。
みくちゃんは泣くのを止めた。
そしてみくちゃんは、ぼくを見つめていった。
「みくのこと、おうえんしてくれてるの?
 うん、そうだね。みく、ちゃんとママにいえる!」
そうみくちゃんが笑えた時、玄関からみくちゃんのお母さんの声が聞こえてきた。
「美紅―。ただいま。
 おいしいものをたくさん買ってきたわよ―」
その声を聞いて、みくちゃんはぼくを手に取った。
「みく、ママにあやまるから、あざらしさんもきてね」
うん。ぼく、がんばるみくちゃんを見ているから!
みくちゃんはぼくを持って、玄関にいるお母さんのところに行った。
そしてすぐに頭を下げた。
「ママ、ごめんなさい。
 みく、ここにジュースをこぼしちゃったの」
そうみくちゃんが指差す先を見て、お母さんは少し困った顔になった。
「美紅…。だから、そっちにもっていっちゃダメっていってたでしょう」
「ごめんなさい!」
みくちゃんはそれでも、大きな声で一生懸命謝った。
みくちゃん、えらいね。
ぼくはお母さんが許してくれるように祈った。
するとお母さんは、そんなみくちゃんに今度は優しく笑った。
「でも美紅も好きなテレビを、近くで観たかっただけよね。
 わざとやったんじゃないんだから、ゆるしてあげる。
 今度は気を付けてね」
そういってもらったみくちゃんは、うれしそうな笑顔になった。
「うん!ありがとう。ママ」

「あざらしさん、ありがとう!
 あざらしさんのおかげでゆうきがでたよ!」
そう晴れ晴れとした顔になったみくちゃん。
良かったね!ぼくはただ一緒にいただけだけど、役に立ったなら良かったよ。
じゃあ他の人にも「ふくふく」をあげられたわけだし、早希ちゃんのところに帰ろう!
そうぼくも一緒に晴れ晴れとした気持ちになって、そう思った。
でもみくちゃんがぼくに頼んだ。
「あざらしさん、おねがい!
 これからもみくといっしょにいて!」
ええっ!?
ぼくは驚いた。
本当はすぐに帰ろうと思っていたんだけど…。
でもこんな小さな子に頼まれたんだし、もう少しの間ならいいかな。
ぼくはそう考え直した。

「おかえりなさ―い。おにいちゃん」
早希ちゃんも帰ってくる3時頃になると、美紅ちゃんのお兄ちゃんが帰ってきた。
お兄ちゃんのりゅうたろうくんは、早希ちゃんと同じ年くらい。
「ただいま。美紅。
 ポシェットをかけてるけど、どこかに出掛けるのか?」
りゅうたろうくんが、ぼくの入っているポシェットのことを聞く。
ぼくはそこから顔を出していたんだ。
「ううん、なかにあざらしさんのぬいぐるみがいるの。
 みくがこまっているときにきてくれたんだよ。
 しあわせをよぶあざらしさんなの」
そう美紅ちゃんがにっこりといってくれた。
するとりゅうたろうくんもうなずいた。
「幸せを呼ぶぬいぐるみか。
 お兄ちゃんのクラスにも魔法使いがいるくらいだから、本当かもしれないな」
「そうでしょ?」
2人にそういってもらえて、ぼくはうれしい。
そう最初にいってくれた早希ちゃん。
ぼく、美紅ちゃんともう少しだけいたら帰るから、待っててね!


3-ふくふく、わたし待ってるね(早希)

「やっぱりふくふくがいない…」
わたしはショックで、床に座り込んだ。
今日のわたしはふくふくが気になって、授業中も上の空。
学校から帰って来てすぐにふくふくを探しているけど、どこにもいない。
恵ちゃんにもらった物なのに…。
大好きだったふくふく。
一体どこに行っちゃったの?
わたしは自分で描いたふくふくの絵を見て、涙をこぼした。

「恵ちゃん、ごめんね。
 ふくふくがいなくなっちゃったの」
次の日学校で、わたしは正直に恵ちゃんにいった。
恵ちゃん、どう思うかな?
せっかくもらったふくふくが1週間でなくなっちゃったなんて…。
そうわたしは少し心配した。
でも詳しい話を聞い恵ちゃんは、予想外に力強く答えた。
「それは早希ちゃんが無くしたんじゃないよ。
 ふくふくに何か大事な用があって、出掛けたんだよ」
恵ちゃんがそういつもの笑顔でいう。
するとわたしもそんな気がしてきた。
「そうなのかな?」
わたしが聞き返すと、恵ちゃんはにっこり笑った。
「うん。心配なら、みかんちゃんに聞いてみる?」
「そっか。みかんちゃんなら…!」
恵ちゃんの言葉に、わたしは希望がわいてきた。
みかんちゃんとは、わたし達の隣のクラスにいる魔法使い。
わたしは1~3年生の時に、一緒のクラスだったんだ。
恵ちゃんはみかんちゃんと同じクラスになったことはないんだけど、今委員会が一緒なの。
その時に自分から話しかけたみたいだよ。
魔法使いっていっても、そんなにわたし達と変わっているわけじゃない。
お化けとかは全然怖がらないとか、そういうささいなことはあるんだけど。
魔法を使っている時以外は、まるでわたし達と同じように見える。
同じ年のわたしから見ても、小さくてかわいかったなってイメ-ジ。
ちょうど魔法を使い始めた時に一緒だったから、いろいろあったなあ。
でもみかんちゃんにはたくさん助けてもらったし、楽しい思いをさせてもらったよ。
そのみかんちゃんなら、ふくふくがどうしているかわかるかもしれない。
わたしと恵ちゃんはうなずきあう。
そして早速みかんちゃんのクラスに向かった。

「早希ちゃん、恵ちゃん。どうしたの?」
そうかわらず元気そうなみかんちゃん。
クラスが違うと会う機会が少なくなっちゃって、何ヶ月かぶり。
わたしは懐かしくて、うれしくなった。
わたし達3人は、みかんちゃんのクラスの前の廊下で話している。
でも今はみかんちゃんと会えてうれしいことよりも、大事な用事があるんだ。
ふくふくが心配なわたしは、早速話を始めた。
「あのね、みかんちゃん。
 恵ちゃんにもらったぬいぐるみのふくふくが、突然いなくなっちゃったの。
今どうしているか、とっても心配で」
そうわたしは必死にいう。
するとみかんちゃんは、にっこりと笑った。
「大丈夫。そういうことなら、わたしわかるよ」
そしてみかんちゃんは魔法を使うために、ペンダントを外した。
「ミラクル・ドリ-ミング」
みかんちゃんが呪文をいうと、ペンダントがステッキに変わる。
すると廊下にいたみんなも注目し始めた。
みんなやっぱり、みかんちゃんが魔法を使うところを見たいみたい。
わたしはそんな周りの様子に気が付いた。
でもみかんちゃんや恵ちゃんは気にしていないみたい。
みかんちゃんはこうやって注目されるのは生まれた時からだから、慣れているんだね。
恵ちゃんは人目を気にする子じゃないし。
そうみかんちゃんと恵ちゃんは、雰囲気も似てる。
「早希ちゃんのふくふくちゃんが今どうしているのか、教えてください」
みかんちゃんはステッキを両手に持って、そう祈った。
自分に魔法をかける時は、こうするみたいだよ。
どうかわかりますように…。
わたしも恵ちゃんも真面目に祈る。
みかんちゃんは何秒か瞳を閉じていた。
それからぱっと顔をあげると、意外なことを教えてくれた。
「早希ちゃん、安心して。
 今ふくふくちゃんは、人を幸せにしたいって、がんばっているみたい。
でももうすぐ帰ってくるよ」
人を幸せに?
ちょっとびっくりする話だったけど、みかんちゃんがいうことだもん。信じるよ!
ふくふくは元気なんだね。
理由がわかって、わたしはとってもほっとした。
みかんちゃんに元気にお礼をいう。
「そうなんだ!ありがとう。
 じゃあわたし、ふくふくのことを待ってるね」
「良かったね。早希ちゃん」
そんなわたしに、恵ちゃんもうれしそうにいってくれた。
「うん。ありがとう。恵ちゃん、みかんちゃん」
みかんちゃんと恵ちゃんのおかげで、わたしは晴れ晴れとした気持ちになった。
もしかしてふくふくは、わたしがいった言葉から旅に出たのかな?
他の人も幸せにしたいって考えるなんて、さすがふくふく。
帰ってくるまで待っているから、頑張ってきてね!
わたしは窓の向こうを見て、どこかで頑張っているだろうふくふくにエ-ルを送った。


4-美紅ちゃん、ありがとう

ぼくは美紅ちゃんと楽しく過ごしたよ。
美紅ちゃんとってもいい子だし、食事の時見てたけど、美紅ちゃんの家族もとっても素敵だよ。
龍太郎くんも、お父さんも、お母さんも。
早希ちゃんは3年生の弟、良平くんがいるんだ。
だから早希ちゃんと美紅ちゃんは立場が逆なのかな。
みんなとっても楽しそうに話してる。
美紅ちゃんは、ぼくが屋根で眠った時に付いた汚れに気が付いて、ていねいに洗ってくれたよ。
ドライヤ-もかけてもらって、元通り真っ白。
夜は、美紅ちゃんが布団に入れてくれて、一緒に眠ったんだ。
美紅ちゃんは、僕にたくさん話し掛けてくれたよ。
ぼくも心の中でお返事した。
美紅ちゃんはぼくの気持ちをわかってくれて、ちゃんとおしゃべりになったんだよ。
美紅ちゃんとの過ごし方は、早希ちゃんとはまた違っていて、新鮮だったり楽しいけど、美紅ちゃん大好きだけど、でもぼくは早希ちゃんのところに帰らなくちゃ。
ぼくは、早希ちゃんのふくふくなんだもん。
早希ちゃんとぬいぐるみの仲間達がいるあの家がぼくの家なんだよ。
ぼくは美紅ちゃんと過ごしながら、そんな思いを新たにした。

美紅ちゃん家にきた次の日の夜、明日がお休みなため、9時まで起きていられる美紅ちゃん。
(いつもは8時に寝てるみたいだよ)。
ぼくを真面目な顔で見て言った。
「あざらしさん、なんだか元気ないね」
ぼくの気持ちがわかる美紅ちゃんは、理由もわかっているみたい。
悲しそうだけれども、でも元気な表情にして言った。
「あざらしさん、おうちにかえりたいんだよね。かえっていいよ。
みくとしばらくいっしょにいてくれて、ありがとう」
えっ!?
そんな美紅ちゃんの言葉に、ぼくはショックを受けた。
そう言ってもらえるのはうれしいけど、まだ小さいと思っていたみくちゃんが、自分の気持ちを押さえても、ぼくのことを考えてくれたんだってことに。
美紅ちゃんは、ぼくが思っていたよりも大人だったんだ。
ぼくは、みくちゃんのてのひらの上に乗った。
「あざらしさんがいてくれて、みく、すっごくたのしかった。
またあそびにきてね」
ぼくは胸がいっぱいで、涙が出そうだった。
ぼくの1番は早希ちゃんだけど、こんなに仲良くなれた美紅ちゃんと、今お別れするんだって思ったら。
でも、美紅ちゃんの言うとおり、きっとまた会えるよね。
それまで元気でね。
ぼくは、美紅ちゃんにそう言った。
美紅ちゃんは、ぼくが帰れるように窓を開けてくれた。
ぼくは、美紅ちゃんのてのひらからふわふわと飛んだ。
「あざらしさん、だいすきだよ。みく、あざらしさんのこと、ずっと覚えてるから」
窓のふちで一旦止まったぼくに、美紅ちゃんが言ってくれる。
うん、ぼくも美紅ちゃんが大好き。
さようなら!
ぼくは寂しかったから、勢いよく部屋から飛び出した。
でも気持ちがとっても悲しくて、まっすぐ早希ちゃんの家に帰る気分になれなかった。
だから途中の家の屋根に降りて、寂しい気持ちのまま座ってた。
せっかく美紅ちゃんに洗ってもらったのに、また汚れちゃうね。
でも…、お別れってとっても悲しくて。
しばらく泣いていたぼくだけど、いつのまにか眠ってた。


5-イラストレーター レナさん

目を覚ますと、あれから大分時間が経ったみたいで、どの家も明かりが消えてる。
真っ暗になっちゃった。
でもよく見ると、明かりが点いている部屋が1つ。
何であそこの人はまだ起きているんだろう?
ぼくはまた好奇心からそこに向かった。
早希ちゃんは今眠っているだろうから、朝までに帰ればいいって思ったしね。
そこはアパ―ト。
中には女の人がいて、机に紙を置いて、ペンを持ちながら考え込んでいた。
ぼくは、そのおねえさんの机の上に乗った。
なんだかおねえさんは安心できる雰囲気を持っていて、普通にそうしちゃったんだよ。
するとおねえさんはぼくに気付いて、そして普通に声をかけてきた。
「やっ!どうしたの?こんなところに来て」
ぼくはびっくり!
大人で、ぼくにこんなふうに声をかけてくれた人は初めて。
ぼくがおねえさんの正面に行ってみても、全然驚かないで笑ってる。
そして得意そうに言った。
「目がくりくりしてる。驚いてるね。かわいい」
そしてぼくの頭を指でたたく。
ぼくの気持ちまでわかっちゃうなんて、このおねえさんは何者だろう?
ぼくがそう考えていると、ぼくを見ていたおねえさんはさらに指摘した。
「あっ!涙のあと。どうしたの?」
そう優しく聞いてくれてから、おねえさんは自己紹介してくれた。
「あたし、子どもに夢を与えるイラストレ-タ-だからね。わかるんだよ。
あたしはレナ。ね、話してごらん」
レナさんにそう言われたら、ぼくはまた気持ちが熱くなって、一生懸命今までのことを話した。
レナさんはぼくの話をまじめに聞いてくれた。
「幸せを配る旅か…。すごいことをやったんだね」
そして聞き終わると、ぱっと明るい顔をして言った。
「ね、あたしのイラストのモデルにならない?
今ちょうど次のイラストどうしようか考えていたところなんだ。
その美紅ちゃんにも見てもらえるように、いいのにするよ。
そうしたら、ふくふくのことを思い出してさびしくないんじゃない?」
レナさんのその話を聞いて、さっきまでさびしかったぼくの心が明るくなった。
えっ!?そうかな?
美紅ちゃんにずっと覚えていてもらえるんだったら、もう会えなくてもさびしくない気がする。
ぼくはそう思って、レナさんにお願いした。
「よし!じゃあちょっとの間、動かないでいてね」
レナさんはそう言って、鉛筆でスケッチを始めた。
ぼくが絵になるんだと思ったら緊張。
レナさんに言われて、いろいろな向きで座るぼく。
レナさんは、向きを変えたり、見る角度を変えたりして、たくさんのぼくを描いていく。
でもぼくは簡単に描けるみたいで、1つの絵を描くのは短かったからあんまり時間はかからなかったよ。
レナさんはスケッチが出来上がると、晴れ晴れとした顔で言った。
「これをいい絵に仕上げてみせるからね!
ふくふくはもう帰った方がいいんじゃない?
そろそろ夜が明けるよ」
えっ!?ぼく、そんな時間に訪ねてきてたんだ。
驚いた後、でもレナさん、こんな時間まで起きてるんだねえなんて、尊敬もしたりして。
じゃあ早希ちゃんも待ってるし、レナさんの言う通り帰ることにしよう。
ぼくがそう思うと、レナさんは明るく笑って言った。
「ふくふくや早希ちゃんも、ぜひ見てよね!」
そしてまたぼくは感動しちゃうような言葉をもらった。
「それから、さっきふくふくが幸せを配る旅してるんだって言ってたけど、成功だよ!
あたしも、ふくふくといると気持ちが明るくなっちゃったし、モデルをやってくれたおかげでいい絵になりそうだから」
……。何度こんな言葉をもらったんだろう。
確かにぼくは人に「ふくふく」をあげたくて旅に出たけど、こんなにみんなに喜んでもらえるなんて思ってなかった。
それにぼくこそ出会った人みんなに「ふくふく」をもらったんだよ。
美紅ちゃんにも、美紅ちゃんの家族にも。
美紅ちゃんに一緒にいてって言われたからいたぼくだけど、美紅ちゃんと一緒に遊んで、生活して、ぼくも幸せだった。
レナさんだって、ぼくの話を聞いてくれて、絵も描いてくれて…。
おかげでさっきしぼんだ気持ちが、今は大きくふくらんでる。
レナさん、本当にありがとう!
「じゃ、また会えたらいいね。ばいばい」
そう小さく手を振って言うレナさんに、ぼくも小さな手を振って、
レナさん、さようなら!
美紅ちゃんとお別れした時とは正反対の明るい気持ちでレナさんの家を飛び出した。


6-ただいま、早希ちゃん

さあ、早希ちゃんの家まで休まず飛ぶぞ!
ぼく飛ぶの遅いし、早希ちゃんが起きるまでに間に合いたいしね。
力いっぱい飛んでいると、前の方が少しずつ明るくなってきた。
そして地平線の向こう側に顔を出したお陽さま。
うわあ。まぶしい。
ぼく、お陽さまが沈んでいくところは見たことあるけど、出てくるのを見るのは初めてだよ。
初めての朝日に感動して、ぼくはますます元気になった。

早希ちゃん家に帰ってきた頃には、もうお陽さまは体全部を出していた。
これからみんなが起きるんだね。
早希ちゃんの部屋は、大きな窓が開いていた。
ぼくが入れるように開けておいてくれたのかな?
窓の手すりに座って中を見ると、早希ちゃんはまだ眠っていた。
良かった。間に合ったんだ。
こうして部屋の中を見回してみると、なんだかとってもなつかしい。
ぬいぐるみの先輩達は起きていたから、すぐあいさつしたよ。
「ただいま、帰ってきました-」
「お帰り」
するとみんなうれしそうに迎えてくれたんだ。
ぬいぐるみの先輩達の側にも行きたかったけど、早希ちゃんにぼくが帰ってきたのを見つけてほしかったし、ぼくは屋根の上に座ったりして汚れているから、このまま手すりに座っていることにした。
ぼくはここから眠っている早希ちゃんに声をかける。
早希ちゃん、ただいま。
本当にふくふくがあげられたかわからないけど、ぼく一生懸命頑張ってきたよ。
美紅ちゃん家や、レナさんや、いろいろな人に出会って、初めてのこともたくさんあったよ。
ぼくはこの旅をして、幸せって片方があげるものじゃなくて、お互い一緒になるものだって、大きなことも学んだんだ。
早くこの旅のことを早希ちゃんに話したいな。
早希ちゃんには言葉は通じないけど、ぼくのこの変わった気持ちをきっとわかってくれる。
朝日をあびながら、ぼくは早希ちゃんが起きるまでずっと待っていた。


7-たくさんの人に、ふくふくが

朝わたしが目を覚ますと、窓の手すりにふくふくがいた。
みかんちゃんに話を聞いて、いつふくふくが帰ってきてもいいようにって窓を開けておいたの。
でも、まさかこんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったから、驚いてうれしくって。
「ふくふく、お帰り」
わたしはふくふくを手のひらに乗せて言った。
胸がいっぱいになって、言えたのはそれだけ。
そのふくふくの瞳を見ると、前とは違うみたい。
たくさんのことを経験すると瞳が変わるって聞いたことあるけど、ふくふくもそうなのかな。
でも大人になったところもあるようだけど、前よりずっと情熱を持った瞳になってる。
わたしはふくふくがどんなことをしてきたのかはわからないけど、とてもいい経験をしてきたのはわかる。
ふくふくが一生懸命やってきたのはわかる。
あれ、その証拠によく見ればふくふく汚れてる。
ちゃんと洗ってあげるからね。
わたしはふくふくに心の中で言って、笑った。
きっとふくふくには通じているよ。

それからわたしはふくふくとずっと一緒。
前みたいに一緒に遊んだり、それからふくふくはいなくなっていた間、何があったのかなって時々考えてみたり。
それから何ヶ月かして、ちょっと不思議なことがあったのよ。
ふくふくのイラストが入った文房具やグッズが、お店で売られるようになったの。
ふくふくは元々お店で売っていたぬいぐるみだから、グッズが出ても不思議はないのかもしれないけど。いきなりなんだもの。
なんでも、あるイラストレ-タ-さんが、ふくふくと同じ種類のぬいぐるみをモデルにして描いたら大人気になったみたい。
そのイラストレ-タ-さんが描いた本、わたしも今度本屋さんに行って買おうと思っているんだ。
わたしの大事なふくふくの仲間がどんなふうに描かれているのか興味あるじゃない?
「ほら、ふくふくの仲間よ」
ふくふくに、早速買った文房具を見せたら、とってもうれしそうだった。
「あ、あざらしさん」
ほら、わたしの目の前にいる幼稚園くらいの女の子も、ふくふくの絵を見て喜んでる。
こんなに大人気になって、良かったね、ふくふく。
ふくふくはそう心に願った通り、今たくさんの人を幸せにしている。

さて、ふくふくの大冒険は、これでおしまい。
わたしは知らなかったけど、あの旅をして、たくさんの人に「ふくふく」をあげられたのね。
すごいよ!ふくふく。
わたしも今ふくふくにたくさんの幸せをもらってる。
あなたにも、この「ふくふく」が届きますように。


おしまい


2003年9~11月制作
1/6ページ
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