魔法の森編

1─ここが魔法の森

ガタタン ガタタン…
そう電車が線路の上を走る音を、今日はたくさん聞いています。
こうやって電車に乗るのは久しぶりです。
町に海に林と、いろいろな風景がたくさんみられて楽しいよ。
わたしは窓に手をついて、よくよく外の景色を見ていました。
さっき食べた駅のお弁当も、とってもおいしかったです。
でもこの電車そのものよりももっと、行き先へのわくわくが大きいです。
だんだんと、着くのが待ちきれない気分が大きくなってきているよ。
だから振り返って、お母さんに聞きました。
「お母さん、もう少しで着くんだよね?」
お母さんは電車に貼ってある路線図を見て、うなずきました。
「そうよ。後30分もないわね」
今日わたし達は早起きして、朝1番の電車に乗っています。
なるべく早い時間に着きたいからです。
昨日の夜はもうわくわくしちゃって、寝付くのが遅くなってしまいました。
だからちょっと寝不足かな。
でも気持ちが張り切っているから、あくびも出ません。
こうしてわたし達が向かっているのは、魔法の森です。
8月になってすぐなので、宿泊会から1週間も経ってないよ。
クラスのお友達に魔法使いのお友達と、夏休みはたくさん会えて、わたしはとっても幸せです。
おばあちゃん達みたいに移動する魔法が使えれば、魔法の森へもすぐに行けます。
でもわたし達は、まだその方法を習っていません。
だからこうして、普通に電車に乗って向かいます。
わたし達のところよりももっと遠いと、飛行機に乗ってくる人もいるそうです。
場所は日本の真ん中としか教えてもらっていません。
普通のみんなが集まってこないように、秘密にしているそうです。
魔法の森のは、普通のみんなが発見した魔法だからね。
その魔法のかけ方が森の外に広まると、大変なんだそうです。
よくよく練習すると、使えるようになる人もいるかもしれないからって。
こうやって森へ行けるお母さん達大人は、ちゃんと場所を知っています。
独り立ちをすると、来方を教えてもらえるそうです。
その前の子どもは、うっかり場所をいってしまうかもしれないからって、用心されています。
うん、確かに日本地図を見た時とかに、思い出していっちゃいそうだもんね。
それから、その県の名前を聞いた時とかも危ないです。
そう自分でも思うので、とっても納得です。

「ここで降りるのよ」
そういうお母さんに付いて、駅を降りました。
人が少ない、静かな山のふもとです。
改札を通ると、テトリちゃんもやっと動けるようになりました。
抱いていたわたしの腕の中から、ぴょんと降ります。
テトリちゃんは、見た目がぬいぐるみです。
だから動かなければ、そのまま電車にも乗れます。
おかげでわたしの隣で一緒に、景色を見たりもできました。
でも動けないし、お話もできないのはやっぱり大変だよね。
お弁当もこっそりと、ほんのちょっとしか食べられなかったし。
そう思って見たけれど、テトリちゃんはそのことは気にしていないみたいです。
それよりも、好きなように動けるようになって、とってもうれしそう。
「ここからはいつも通りに、動いていいんですよね?」
そういいながら、元気に動き回っています。
くるくる回ったり、ジャンプをしたりと、いつもは見ないようなはしゃぎようです。
そんな様子を見ると、さっきまでとっても動きたかったんだなあってわかるよね。
それから、ここの場所のおかげもあるかな。
わたしは周りを見回して、そう思います。
ここはわたし達の住んでいる町よりも、家が少なくて広々としています。
大きく伸びをしたくなるような風景です。
テトリちゃんもお母さんに付き添って、他の町に行ったりしているって聞いています。
でもこんなに遠くへは来ていないよね。
わたしにとっても、移動の魔法を使わずに行ったところなら、ここが1番遠いです。
遠足で行くところよりも、ずっと時間がかかっています。
時計を見たら、2時を過ぎていました。
この間テトリちゃんはずっと静かにしていたんだから、本当にお疲れ様です。
お母さんはテトリちゃんをほめました。
「そうね。ちゃんと大人しくしていて、偉かったわよ」
それから行き先をみつめて、元気にいいます。
「さあ、ここから少し歩けば魔法の森よ」
その言葉に、わたしはバンザイをします。
「わーい」
ここからだと、本当にあとちょっとだあ。
「どんなところか楽しみです」
テトリちゃんもそううれしそうです。
とうとうこれから、ずっと楽しみにしていた魔法の森に行けるんだね。
この夏休みには日本中の魔法使いが集まる、その森へ。
テトリちゃんにもたくさんお話していました。
テトリちゃんにとっては初めて行く場所だから、わくわくが大きいんだろうなあ。
わたしも毎年行っていても、わくわくするよ。
もうすぐ魔法使いのお友達みんなに会えます。
そして今年からは魔法を教えてもらえる、特別な年でもあるしね。
そんな気持ちでお母さんの隣に並んで、3人で歩いていきます。
うん、毎年ここを歩いて行ってるよ。
駅からの景色は結構覚えています。
来るたびに少しずつは変わっているけど、確かにここです。
そう進むほどに実感していきます。

そしてすぐに、魔法の森へと続く、山の入り口に着きました。
ここから少し進んだ小山の中が、魔法の森です。
それに合わせて、お母さんはいつもとは違う、歩きやすい靴を履いてきています。
わたしはいつも学校に履いていっている靴で大丈夫です。
進むほどになつかしい、そしてわたし達魔法使いにとってはしっくりくる雰囲気になってきました。
わたし達は生まれた時から魔法に浸っています。
だからこういう不思議な力でいっぱいのところは、やっぱり居心地がいいです。
向こうに同じ魔法使いの人達がいるから、それに引かれるというのもあります。
魔法の力はそれぞれ少しずつ違います。
だけど、同じ神様からもらった力だってわかるんだよ。
「今まで感じたことがないものなのに、なんだかなじみやすい雰囲気ですね」
そうテトリちゃんも、不思議そうな顔をしています。
テトリちゃんも魔法で生まれた子です。
だからわたし達と同じように思うのかな?
そうたくさんの樹の中を歩いていきます。
するとすぐに、よく知っている魔法の森に着きました。
森の中のところどころが広場になっていて、木でできた建物が立っています。
森の景色に合うように、お家の外側にもペンキなどで色を付けたりしていないそうです。
樹の色そのままなんだよ。
あの中で授業を受けたり、お泊りをさせてもらったりするんです。
わたし達お客さんが入る建物は、入り口の方に集まっています。
そして奥には、元々住んでいる森の人達のお家があるんだよ。
建物のあるところ以外は、樹が森らしくたくさん生えています。
森の入り口から見ると、もうたくさんの魔法使いが集まっていました。
こうやって久しぶりに会えたので、お話をしているようです。
そしてここに元々住んでいる魔法の森の人もたくさんいます。
魔法の森の人は、子どものうちから黒い衣装を着ているから、すぐにわかります。
かぶっている黒い三角帽子には、緑のリボンを巻いています。
そして長くて黒いマントは、ほうきの形のバッジで留めています。
それはみんなお揃いです。
マントの下の服も白と黒をメインにしていて、かっこいいんだよ。
色以外は自由みたいで、人によって違っています。
普通のお洋服を着てくるわたし達よりも、魔法使いらしく見えるよね。
わたし達も明日からは、この上に自分のマントを付けたり、研修生用の緑の帽子をかぶります。
魔法の森の人達は、生まれはみんなと同じです。
だけど、自分達の魔法を大事に守っていっている、心は立派な魔法使いです。
あ、それから、この森の女の人は魔女さんってもいうんです。
昔に、人間が魔法を使えることを不思議がられて、そう呼ばれ始めたそうです。
その頃は、その魔法を使えるのは女の人の方が多かったからなんだって。
今は人間出身の魔法使いということに誇りを持って、自分でそう呼ぶ人も多いんだよ。
みんなにとっては、「魔女」って怖いイメージがあるみたいだけど、そんなことはありません。
森の男の人はそのまま「魔法使い」。
それに対して、わたし達のような生まれながらの魔法使いは、真魔法使いって区別されたりしています。
略して「ままつかい」っていわれるよ。
細かくいうと、そう3種類の呼び方に分けられるんです。
でもわたしは普通、みんな一緒に「魔法使い」っていっているし、今はそう分けない人が多いです。
そんなみんなを見てわくわくしているわたしの隣で、テトリちゃんが瞳を丸くしました。
「本当に魔法使いがたくさんいますね」
その言葉に、わたしはにっこりと答えます。
「テトリちゃんは、魔法使いがこんなふうに集まっているのを見るのは初めてだよね。
今建物の中にいる人もいれると、もっともっといるんだよ」
そしてこれから到着する人もいるしね。
夏休みの魔法の森の研修は2回あります。
わたし達が出ているのは、いつも2回目です。
だからもう帰っちゃった人のことも考えると、日本にはこの倍くらいの魔法使いがいるんだよ。
到着したわたし達に気付いて、元気に声をかけてくれる人がいます。
「いちごちゃん、みかんちゃん。
久しぶりー。待ってたよー」
そう手を振ってくれています。
この魔法の森の学校で双葉Aクラスを受け持っている、木諸(こもろ)先生です。
魔法の森の学校は、10歳~39歳までの魔法使いに教えてくれています。
クラスは年齢によって、6つに分けられています。
10歳からが双葉クラス、20歳からは本葉クラス、30歳からは花クラスと呼ばれています。
そしてその前半分はA、後ろ半分はBと付いているんだよ。
その前は6歳までが種クラス、ほうきに乗り始めた7歳からは芽クラスとも呼ばれています。
芽クラスになると、双葉クラスで教わる前の準備をします。
魔法の森のことを教わったり、森の中を案内してもらったりしました。
その芽クラスの時から声をかけてくれていて、そして今年からお世話になる先生なんです。
木諸先生は40歳くらいなのかな?
長く先生をやっているベテランです。
お母さんも木諸先生に教わったんだそうです。
だからお母さんも、先生に会えてうれしそうです。
「こんにちは、木諸先生。お久しぶりです。
今年からみかんがお世話になります」
「よろしくお願いしまーす」
お母さんに続いて、わたしも元気にお辞儀をしながら、あいさつをします。
木諸先生はにこにこといいました。
「こんにちは。みかんちゃんが入ってくるのを、楽しみにしていたのよ」
それからわたしの足元にいたテトリちゃんに気付いて、聞きました。
「あら。この子は生きているの?
…ということは、いちごちゃんのパートナー?」
興味津々な木諸先生に、テトリちゃんはきちんとあいさつをします。
「はじめまして」
それからお母さんが説明しました。
「このテトリは、私がみかんに創ったんです」
すると木諸先生は、2つの意味で驚きました。
お母さんがパートナーを創れるくらい、魔法が上手になっていたこと。
そしてわたしの歳でパートナーをもらったということでです。
「あら。いちごちゃんもすごいわねえ。
黒猫って魔法使いらしいし、素敵ね」
そう笑顔でほめてくれます。
でもそれから木諸先生は、ちょっと困った顔をして付け加えました。
「でも双葉クラスには、他にパートナーを持っている子はいないのよ。
テトリちゃんは、授業中はいちごちゃんの本葉クラスにいてもらっていいかしら」
その言葉にお母さんはうなずきました。
「はい。そうするように、前もってみかんと話し合っていたんです」
うん。魔法の森では基本的に、テトリちゃんはお母さんと一緒にいるってね。
そう電車の中で約束していました。
わたしの歳でパートナーがいるっていうのは、それくらいめずらしいことなんだよね。
もっというと、お母さんの歳でもあまりいないんです。
それでも創ってもらえたことに感謝しなくちゃ。
お母さんにもいないのにもらったなんて、聞いたことがないくらいです。
だから普段テトリちゃんは、お母さんのパートナーの代わりを大分やっています。
お母さんにもパートナーができるまでの間は、テトリちゃんはわたしのっていうよりも、わたし達2人ののようなものです。
そういうこともあって、きちんとうなずきました。
そうすぐに話がまとまります。
すると木諸先生は優しいけれども、まじめな先生の顔をしていいました。
「じゃあみかんちゃん、去年いった学校の通知表を見せてね」
そう学校に通っている子は、魔法を教えてもらう前のお約束があるんです。
木諸先生にいわれた通り、準備してきていた通知表を渡します。
自分でもよく見たけど、これくらいの成績をもらえていれば大丈夫なはずだよ。
そうは思っても、少し緊張します。
まじめな顔をして待っているわたしの成績表を見て、先生はうなずきました。
「うんうん。みんな4以上。
それに細かい項目のどこにも「がんばりましょう」もないし、大丈夫ね。
みかんちゃんなら、ちゃんと覚えられますよ」
そうパタンと閉じて、笑顔で返してくれます。
よかったあ。
そういってもらえて、ほっと一息をつきます。
ここでは、こういうふうに学校での成績がとっても大事なんです。
それでここの魔法を覚えられそうな子かどうかを、みられるんだよ。
先生が今いっていたように、どの教科の成績も普通より上でないといけないってきまりになっています。
魔法使いは記憶力がいいし、普通は疲れることもないという特典があります。
だから普通のみんなよりもいい成績をもらえるくらいでないと、だめなんだそうです。
それにそのくらいの力がないと、ここでのお勉強を覚えて帰れないんだって。
だからみんな、一生懸命がんばってくるんだよ。
わたしもこの1学期は、最初だけにやっぱり気にしていました。
だから無事に合格をもらえて、一安心です。


2─魔法使いのお友達

するとそのお披露目が終わっていたみんなが、声をかけてくれます。
「みかんちゃーん、こっちこっちー」
そう呼んでくれるのは、歳の近いお友達です。
12歳のタルトちゃんに、中学生のきりんくんとえびさん。
種クラスの時から仲良しのお兄さん、お姉さん達です。
わたしより小さなこよりちゃん達は、もう芽クラスの先生のお話を聞いています。
こよりちゃん達には、後であいさつしよう。
わたしも去年まではあそこにいました。
でも今年からは、またタルトちゃん達と一緒の、1つ上級クラスです。
そうだ。今年はここのみんな、双葉Aクラスなんだね。
タルトちゃんは小学生だけど、もう12歳になっています。
だからここでは、きりんくんと同じ学年です。
普通の学校とはちょっと違って、今何歳かで学年が決まるんです。
一昨年から双葉クラスだから、もうすっかり慣れているみたい。
タルトちゃん達は3人で集まって、お話をしていたようでした。
今年一緒にクラスに仲間入りをする、つばめくんはまだみたいです。
久しぶりに魔法使いのお友達に会えてうきうきするわたしに、お母さんがいいました。
「じゃあ、いってらっしゃい。
テトリは、今は私と一緒にいてもらうわね」
お母さんはこれから先生と、この1年間のお仕事のお話などをするんです。
本葉クラスの先生達と、教わった魔法がどんなふうに役に立ったかとかね。
大人はそれが成績表を見せる代わりなんです。
その時に、テトリちゃんのことも紹介するんだろうね。
わたしもタルトちゃん達に話したいことや聞きたいことが、たくさんあります。
テトリちゃんのことは、後でゆっくり紹介した方が良さそうです。
「うん、じゃあテトリちゃんは、今日の予定が終わってから、みんなに紹介するね。
行ってきまーす」
そう2人に手を振って、みんなのところに駆けていきました。
あんまりうれしくって、少し弾んでいます。
「わー。みんな、お久しぶりー」
そうわたしは両手を広げて、笑顔いっぱいになっていました。
そしてすぐに、みんなの輪の中に入ります。
「今年からわたしもお勉強を始めるので、よろしくお願いしまーす」
そう最初に年上のみんなに、きちんとあいさつをしました。
するとえびさんが、にっこりと笑いました。
「そう、今年はみかんちゃんとつばめくんが、クラスに入ってくるのよね」
わたしは元気にうなずきます。
「はい。ちゃんと合格をもらえました」
そのお約束に、きりんくんはため息をつきます。
「小学生は通知表だけだから、まだいいんだよ。
中学生になると考査も全部ラインを引かれているから、気を抜けないんだ。
毎回全体の5分の1には入ってないといけないってさ。
今回は大丈夫だったけど、この先心配だなあ」
きりんくんは、今年その中学生になったんです。
その言葉に、2年生のえびさんもうなずきます。
「そうよねえ。学力テストの結果表まで、全部持ってこなくちゃいけないんだもの」
そう困った顔をします。
でもすぐに明るい顔に戻って、きりんくんにいいました。
「でも成績はここでの評価だけじゃないんだし、がんばりましょうね。きりんくん」
その言葉に、きりんくんは黙ってうなずきます。
わたしとタルトちゃんはその大変さがわからないので、首をかしげます。
考査とか受けたことないもんね。
難しいものなのかなあ?
「私も来年から持ってくるようにいわれたけど、そんなに大変なんだ」
そうタルトちゃんはうなずいています。
それからくるりとわたしに向き直って、元気に声をかけてくれました。
「みかんちゃんとは、この前の遠足以来よね。
元気にしてた?」
そうタルトちゃんと会ったのは、たった2ヶ月前なんです。
「うん。とっても元気だったよ」
わたしがうなずくと、その話にえびさんがおそるおそる尋ねました。
「遠足…って、たまたま会ったとかじゃないんでしょ?」
えびさんとは逆に、タルトちゃんはしっかりうなずきます。
「そう。私の素雪(もとゆき)市の水道局に、みかんちゃんの学年が来るって聞いたから、授業を休んで行ったの。
私もその水道局の大切さと、苦労を話そうと思って。
人間には子どものうちから、そういうことをきっちり教えておかないといけないでしょ?」
そうなったのは、わたしが電話をしたからでした。
遠足でタルトちゃんの素雪市に行くって聞いたら、お話したくなってね。
そうしたらタルトちゃんが張り切ってくれたんだよ。
その話に、きりんくんが困った顔になりました。
「タルト…。仕事熱心なのはいいけど、学校を休んじゃだめだよ」
するとタルトちゃんは気合いが入っていいました。
「勉強の方は大丈夫よ。
今回だって、ちゃんと合格をもらってるでしょ?
まあ確かに「欠課が多いわね」っていわれたけど…」
その言葉に、わたしは首をひねります。
「けっか」って何だろう?お休みとは違うよね?
それは欠席だし…。
みんなはわかっているみたいで、そこは尋ねられないままでした。
タルトちゃんは続けて力強くいいます。
「それよりも、地球環境を悪くしても平気な大人が増える方が困るのよ。
私は環境を守る、魔法使いになるんだから」
そうタルトちゃんは、もう将来の目標を決めています。
環境について習った時に、すごく興味を持ったそうです。
それからはずっと、学校に通いながらも毎日がんばっているそうです。すごいなあ。
感心しているわたしの隣から、えびさんはちょっと注意しました。
「でもゴミをポイ捨てしている人間を見つけると、ピコピコハンマーで叩いてお説教をするわよね。
それはちょっとやり方が厳しいんじゃない?」
その話を聞いて、わたしもその時の様子を思い出します。
タルトちゃんは悪いことをしている人を見つけると、魔法でピコピコハンマーを出します。
そのおかげで魔法を使うのが、とっても早くなったそうです。
わたしも見たことがあるんだけど、すごく慣れている様子だったよ。
そんなタルトちゃんのお説教の仕方は、結構有名なようです。
確かにタルトちゃんの方が正しいです。
でもいきなり叩かれた人は、びっくりしちゃうよね。
叩き方に勢いもありました。
それでもね、ピコピコハンマーにしているのは、手加減をしているからなんだそうです。
そのタルトちゃんは人差し指を出して、さらにビシッといいました。
「私はみんなみたいに、人間に甘くないの!
考えが曲がっているやつは、叩きなおしてやらなくちゃ」
それからタルトちゃんの話は、もっと深いところにいきます。
「私達の魔法は、人間個人のためにあるものじゃないのよ。
いちいちそんなことをしていたら、人間が魔法に頼りすぎて、努力しなくなるしね」
タルトちゃんは人間のみんなを好きじゃないそうで、よくそういっています。
そのお話にはいつものように、みんな困った顔になりました。
わたしも、そうなのかな?って思ったりして。
でもその後のタルトちゃんの言葉は素敵でした。
「――それに私の環境を守っていく仕事は、生き物全体の幸せにつながっているんだから。
ちゃんと人間のためにやっているといえるわ。
きれいな環境の中で暮らせるって、とっても幸せなことなのよ」
そうまじめな顔でいうお話に、みんなで感心してうなずきます。
本当にそうです。
タルトちゃんの目指すお仕事は、たくさんのみんなの毎日を幸せにできる、大事なことだよね。
きれいな環境で安心して暮らせるって、とっても素晴らしいことです。
神様も笑顔になるんじゃないのかな。
そんな立派なことをいった後に、タルトちゃんはため息をつきます。
「私がこんなにがんばっているのに、人間にはそのことがわからないのよね。
クラスの男子なんか特に。
みかんちゃんの方が良かったとかいうし!」
そういわれた時のことを思い出しているのか、握りこぶしを作ります。
タルトちゃんのクラスの子に、わたしは会ったことがありません。
でも隣の市と1番近くにいる魔法使いだから、噂がいくようなんです。
それは逆もあるので、わたしはそのことをタルトちゃんにお話します。
「わたしのところにも、素雪市のお話が聞こえてくるよ。
タルトちゃんのおかげで市の人のマナーがとっても良くって、きれいな町なんだって。
クラスのみんなもね、タルトちゃんはすごいなあっていってたよ」
それは本当のことです。
さっきお話に出たポイ捨てをする人は、めずらしいんじゃないのかな?
新聞の地域の紹介欄で、素雪市がそうほめられていました。
タルトちゃんのこともしっかり載っていたよ。
それをクラスのみんなで見て、そういうお話をしたんです。
タルトちゃんはこんなふうにがんばっているんだよって、わたしが知っていることをお話したよ。
そうしたらみんな、タルトちゃんに感心していました。
そう教えると、タルトちゃんはぱっと明るい笑顔になりました。
「本当!?やっぱり私は偉いわよね。
素直な年下はかわいいわあ」
でもそれからまた、タルトちゃんは不機嫌な顔に戻ります。
「うちのクラスの男子達にも聞かせたいわ。
全く、何度いっても私のことを「水巻」って人間ネームで呼ぶし!
魔法使いにとって苗字なんて仮にあるだけで、私の名前はタルトよ、タルト!」
そうさっきよりも強く握りこぶしを作ります。
タルトちゃんは、苗字で呼ばれるのがとっても嫌らしいのです。
タルトちゃんとよく喧嘩になる男の子が、そう呼ぶんだって。
確かに魔法使いの名前に苗字はないし、わたしも呼ばれることはほとんどありません。
身近にいる人だと、勝子先生くらいかなあ。
わたしも名前で呼ばれる方がうれしいです。
でも苗字で呼ばれるのもまた、新鮮な気分がします。
ちょっと大人の気分になれるよね。

そんなお話をしていると、後ろから元気な声が聞こえてきました。
「みんなー。みかんちゃーん」
振り返ると、わたしと同じ歳のつばめくんが、右手を上げて駆けてきています。
魔法使いは目も悪くならないんだけど、つばめくんはめがねをかけています。
お母さんに似合うってほめてもらえるので、おしゃれでかけているそうです。
その顔を見たら、わたしも笑顔になりました。
「わー。つばめくん」
あいさつで、つばめくんと手を取り合います。
つばめくんとは同じ歳なだけじゃなくって、こうやって1番気が合うお友達でもあるんです。
みんなからもよく、「似てるね」っていってもらうよ。
その手を離してから、つばめくんがいいました。
「久しぶりだね。
みんな早いなあ。
ここへ1番家が近いのは、ぼくなのに」
そうタルトちゃん達を見回します。
つばめくんが来たら、タルトちゃんも怒るのをやめます。
そしてえびさん達も、また笑顔になりました。
つばめくんは、そういう雰囲気を持っているんだよね。
そのつばめくんのお家は、この魔法の森のお隣の県にあるそうです。
つばめくんもこの森の場所はよく知らないんだけど、そうお母さんに聞いているんだって。
そのつばめくんはにっこり笑いました。
「今年からは、ぼくとみかんちゃんも魔法を教えてもらえるね。
とっても楽しみにしてたんだ。
がんばろうね」
するとわたしの代わりに、えびさんが聞きました。
「その様子だと、学校の成績も○だったみたいね」
つばめくんは元気にうなずきます。
「はい。がんばったので二重丸です」
それからつばめくんは、今度は得意そうな笑顔になって続けます。
「それにね、ぼく、家でも新しい魔法を覚えたんだよ」
その言葉に、わたしは張り切って聞きます。
「えー。何の魔法なの?」
もう2つめを教えてもらえる頃なんだね。
魔法は種類ごとにかけ方が違います。
だから今の種類をちゃんと使いこなせるようになったら、新しいのを教えてもらえるんです。
きちんとかけ方を覚えてから次のを始めた方が、将来も上手に魔法を使っていけるからだそうです。
わたしも今の魔法は失敗することもなくなったし、そんな時期なんだね。
これでここにいるわたし以外のみんなは、2つめを覚えたことになります。
1つめの種類は、夢魔法を教わる子が多いです。
そして2つめからは、人によっていろいろです。
自分で好きなのを選べるんだって。
「交換魔法だよ。
みんなに見てもらおうと思って、練習してきたんだ!」
そうつばめくんは早速見せてくれます。
「つばめのワンダータイム!」
そうバッジをステッキに変えてからね。
「じゃあこの木の枝と、そこの小石を交換するよ」
つばめくんは手のひらに小枝を乗せました。
そしてたくさん落ちている小石の中から1つを選んで、わかりやすい場所に置きます。
わたし達はわくわくしながら、木の枝と小石を見比べます。
それからつばめくんは、木の枝にステッキの先をあてました。
「あの小石と交換!」
するとパッとつばめくんの手の上から、木の枝が消えました。
そして代わりに、小石が乗っています。
小石のあった場所を見ると、ちゃんと木の枝がありました。
まるで手品みたいだけど、こういう魔法なんです。
こうやって物同士を交換できるんだよ。
交換したことで、誰かに迷惑をかけたりしないのがお約束です。
「おおー。完璧」
きりんくんの声の後に、わたしは拍手をします。
「つばめくん。すごーい」
教わったばかりなのに、ばっちりだったね。
そうほめてもらえて、つばめくんはうれしそうです。
「えへへ。こういうふうに、近くの小さい物とならできるようになったよ」
そんなつばめくんの魔法を見て、わたしはうらやましくなりました。
「わたしも新しい種類を習いたいなあ」
新しい種類の魔法のお勉強は、最初できるようになるまでがとっても大変です。
そのやり方を覚えてくれば、みるみる上手になれるんだけどね。
そう大変でも、新しいことができるようになることに憧れます。
わたしがそういうと、つばめくんはにっこり答えてくれました。
「みかんちゃんは魔法も上手だから、きっとすぐに教えてもらえるよ」
「うん。ありがとう」
そうつばめくんに思ってもらってるんだから、教えてもらえる時にはがんばろうって思いました。
その前に、ここでのお勉強をがんばらなくっちゃね。


3─魔法使いの、貴重な髪の毛

そう気合いが入ったちょうどその時、魔法の森の人達に呼ばれます。
「では双葉Aクラスのみなさん、髪の毛を切らせてくださいね」
もう時間みたいです。
わたし達魔法使いは年に1度、ここで髪の毛を切るお約束になっています。
その間の1年間はみんなと同じように、ちゃんと髪の毛は伸びています。
でも変わらないように見える魔法がかけられているんです。
見えるだけじゃなくって、実際さわってみてもないのが不思議だよね。
だから髪の長さは、前切った時と1年間ずっと同じです。
1番近くにある建物の1階で、髪の毛を切れるように準備してあります。
たくさんの席を用意していて、クラスみんなが入れるだけあるよ。
そこで髪の毛を切るおじさん、おばさんは、みんなとっても上手です。
建物に入ると、わたしとつばめくんはお隣に座りました。
「こんにちは。今年も会えてうれしいわ」
席に座ると、優しい笑顔でおばさんがあいさつをしてくれます。
「こんにちは。よろしくお願いします」
わたしは髪の毛を切ってもらうのに慣れていません。
だからちょっとドキドキしながら、お返事しました。
そして結っていた髪をほどきます。
それからおばさんがわたしの髪を、櫛でとかします。
するとあっという間に、先っぽから1年分の髪の毛が伸びました。
背中まであって、わたしじゃないみたいです。
おもしろいなあって、鏡の中をよくよく見てしまいます。
つばめくんもはしゃいでいます。
その声に隣を見てみました。
すると今のつばめくんは、いつもとは大違いです。
髪の毛が長いし、めがねも外しているからね。
「わあ。すごいすごい。
クラスではこんなに長い子はいないよ」
つばめくんの髪の毛をとかしていたおじさんが、笑いながら答えます。
「男の子は、こまめに髪の毛を切るからねえ」
そう髪の毛の長いつばめくんを見て、わたしはいいます。
「つばめくん、なんだか昔のお話で見た男の人みたいだね」
日本の昔話には、そういうふうに長い人もいたことを思い出しました。
するとつばめくんは、うれしそうに答えます。
「そっか。昔の人かあ。おもしろいよね。
今度写真を撮りたいなあ。
みんなが見たら、ぼくだってわかるかなあ?」
そんなつばめくんに、おじさんは楽しそうに答えます。
「みんな驚くだろうねえ。
そうか、写真かあ。
簡単になら、今でも撮れないことはないがね」
その提案に、つばめくんは張り切ってうなずきます。
「じゃあぜひ撮ってください」
その話を聞いて、せっかくなので、わたしも撮ってほしくなりました。
横から元気にいいます。
「わたしも撮ってほしいです」
するとおじさんはうなずいてくれました。
「じゃあ2人一緒に1枚撮るよ。
美森(みしん)、いいかね」
そうおばさんに確認を取ります。
すると美森さんは、笑顔でうなずいてくれました。
「本当はこの子達の大事な髪の毛だものね。
行ってらっしゃい」
そう美森さんは見送ってくれます。
そしてつばめくんと、おじさんについていきました。
外に出て、入り口の前で写真を撮ってもらうことになりました。
「榎詩(かし)、カメラを持ってきてくれないか?
この子達の記念写真を撮りたいのでね」
おじさんがそう、ちょうど近くにいた森のお兄さんに頼みます。
「はい。木家(こや)さん。
すぐに持ってきますね」
榎詩さんはそう返事をして、本当にすぐに持ってきてくれました。
「じゃあ、撮るよ」
そう榎詩さんにも注目されながら、木家さんが撮ってくれます。
4人ともみんなにこにこ顔でした。

写真が撮れたらすぐに戻って、元の席に座ります。
わたし達がこうやっている間に、他のみんなはもう大分進んでいます。
でも木家さんも美森さんもそのことには何もいわないで、続きを始めてくれました。
「今回はどのくらい、髪の毛をもらってもいいのかしら?」
そう聞かれて、わたしは去年の思いを思い出しました。
でもはっきり答えます。
「元と同じにしてください」
長い髪の毛がすぐになくなっちゃうのは惜しいけど、いいんです。
すると美森さんは、わたしの髪の毛を持って聞きました。
「ありがとう。上の髪の毛も短めに切っていいの?」
わたしはこっくりうなずきます。
このことにつばめくんはびっくりしたみたいで、隣から尋ねました。
「あれ?みかんちゃん、今度は髪の毛を伸ばしたいっていってたのに」
そういわれてちょっと迷ったけれど、わたしは振り払って答えました。
「いいの。伸ばすのは、もうちょっと大きくなってからにするね」
去年は、今年から伸ばそうかなっていっていました。
でもまだ今年は、森にたくさん役立ててもらうことにします。
つばめくんも、そんなわたしの気持ちがわかったのかな?
前を向いたまま、にっこりといいました。
「そっか。みかんちゃんは、あの髪型がとっても似合ってるしね」
そんな言葉に、わたしはとってもうれしくなりました。
つばめくんはそうやってほめるのが、とっても上手です。
「ありがとう」
そう答えている間に、美森さんは霧吹きでわたしの髪の毛を濡らします。
そして髪の毛を切り始めました。
髪の毛が短くなるのは寂しいです。
でもこうやって切ってもらっている時って、わたしは好きです。

そうきれいに元の通りの長さにしてもらいました。
それから美森さんは、わたしのいつもの髪型を作ります。
そしてそれを三つ編みにしてくれました。
こうやって髪の毛を結うところまで、サービスでやってくれるんです。
ちっちゃな三つ編みだけどかわいくて、とってもうれしいです。
さわるとすべすべしているよ。
三つ編みを留める下の方には、小さな緑色のリボンを付けてくれました。
いつものみかん色の丸い髪飾りに、葉っぱの色のリボンも付いて、ますますみかんらしいです。
長さは一緒でも、髪型が違うと楽しいね。
わたしはそうさっきの寂しい気分を忘れて、うきうきします。
そんなわたしを見て、美森さんもにこにこ笑います。
切った髪の毛はまず、小さなプラスチックのケースに取ります。
そして残りは、袋に入れられました。
そのケースの方を渡してくれます。
「じゃあとりあえずこれが、授業で使う分ね。
このケースには、後で名前を書いておいてね」
そして次に袋の方を持っていいます。
「足りなくなったら、遠慮しないで取りに来てね。
みかんちゃんが充分お勉強に使えるように、ちゃんと残しておくから。
今年もたくさんありがとう」
そううれしそうにお礼をいわれました。
喜んでもらえると、たくさん切ってもよかったなあって思います。
ここでこうやって切るのはね、森の人が魔法使いの髪の毛を必要としているからなんです。
わたし達のこの髪の毛にも、魔法の力があるんだって。
魔法のお薬を作る時に、必要な材料なんだよ。
森の木を育てる栄養にもなっています。
そう聞いた時から、できるだけ協力しようとしています。
だからわたしは、髪の毛を短くしているんです。
わたしは小さな頃から、長い髪の毛に憧れています。
でも今はこうやって、役に立って喜んでもらえる方がいいかなって思います。
大きくなったら、もうちょっとは伸ばしてみたいなって、思ってはいるけどね。
魔法使いは、森の人がみつけた魔法を教えてもらいます。
そして森の人は、魔法使いの力を少しもらいます。
こうやって魔法使いと森の人達は、仲良くお互いの魔法を分け合っているんです。

終わって外に出ると、いきなりみんなの髪型が変わっているのでおもしろいです。
長さが変わらない子も多いよ。
でもわたしのように、違う髪型に結ってもらっていたりするからね。
「みかんちゃん、三つ編みにしてもらったんだー」
そう真っ先に、タルトちゃんが声をかけてくれます。
続いて、つばめくんがほめてくれました。
「リボンもかわいいね」
わたしは照れ笑いをしてしまいます。
つばめくんは元の通りでした。
そしてタルトちゃんは、ちょっと変わったようです。
「タルトちゃんは、おだんごがちょっと大きくなった?」
確かめてみると、タルトちゃんはうなずきます。
「うん。毎年少しずつ伸ばしてるの。
そうだ!みかんちゃんも今度おだんごにしてみない?
お揃いにしましょうよ」
その提案に、わたしは元気にうなずきます。
「うん、いいね」
そういうお揃いって、大好きです。
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