魔法の森編

1─ここが魔法の森

ガタタン ガタタン…
そう電車が線路の上を走る音を、今日はたくさん聞いています。
こうやって電車に乗るのは久しぶりです。
町に海に林と、いろいろな風景がたくさんみられて楽しいよ。
わたしは窓に手をついて、よくよく外の景色を見ていました。
さっき食べた駅のお弁当も、とってもおいしかったです。
でもこの電車そのものよりももっと、行き先へのわくわくが大きいです。
だんだんと、着くのが待ちきれない気分が大きくなってきているよ。
だから振り返って、お母さんに聞きました。
「お母さん、もう少しで着くんだよね?」
お母さんは電車に貼ってある路線図を見て、うなずきました。
「そうよ。後30分もないわね」
今日わたし達は早起きして、朝1番の電車に乗っています。
なるべく早い時間に着きたいからです。
昨日の夜はもうわくわくしちゃって、寝付くのが遅くなってしまいました。
だからちょっと寝不足かな。
でも気持ちが張り切っているから、あくびも出ません。
こうしてわたし達が向かっているのは、魔法の森です。
8月になってすぐなので、宿泊会から1週間も経ってないよ。
クラスのお友達に魔法使いのお友達と、夏休みはたくさん会えて、わたしはとっても幸せです。
おばあちゃん達みたいに移動する魔法が使えれば、魔法の森へもすぐに行けます。
でもわたし達は、まだその方法を習っていません。
だからこうして、普通に電車に乗って向かいます。
わたし達のところよりももっと遠いと、飛行機に乗ってくる人もいるそうです。
場所は日本の真ん中としか教えてもらっていません。
普通のみんなが集まってこないように、秘密にしているそうです。
魔法の森のは、普通のみんなが発見した魔法だからね。
その魔法のかけ方が森の外に広まると、大変なんだそうです。
よくよく練習すると、使えるようになる人もいるかもしれないからって。
こうやって森へ行けるお母さん達大人は、ちゃんと場所を知っています。
独り立ちをすると、来方を教えてもらえるそうです。
その前の子どもは、うっかり場所をいってしまうかもしれないからって、用心されています。
うん、確かに日本地図を見た時とかに、思い出していっちゃいそうだもんね。
それから、その県の名前を聞いた時とかも危ないです。
そう自分でも思うので、とっても納得です。

「ここで降りるのよ」
そういうお母さんに付いて、駅を降りました。
人が少ない、静かな山のふもとです。
改札を通ると、テトリちゃんもやっと動けるようになりました。
抱いていたわたしの腕の中から、ぴょんと降ります。
テトリちゃんは、見た目がぬいぐるみです。
だから動かなければ、そのまま電車にも乗れます。
おかげでわたしの隣で一緒に、景色を見たりもできました。
でも動けないし、お話もできないのはやっぱり大変だよね。
お弁当もこっそりと、ほんのちょっとしか食べられなかったし。
そう思って見たけれど、テトリちゃんはそのことは気にしていないみたいです。
それよりも、好きなように動けるようになって、とってもうれしそう。
「ここからはいつも通りに、動いていいんですよね?」
そういいながら、元気に動き回っています。
くるくる回ったり、ジャンプをしたりと、いつもは見ないようなはしゃぎようです。
そんな様子を見ると、さっきまでとっても動きたかったんだなあってわかるよね。
それから、ここの場所のおかげもあるかな。
わたしは周りを見回して、そう思います。
ここはわたし達の住んでいる町よりも、家が少なくて広々としています。
大きく伸びをしたくなるような風景です。
テトリちゃんもお母さんに付き添って、他の町に行ったりしているって聞いています。
でもこんなに遠くへは来ていないよね。
わたしにとっても、移動の魔法を使わずに行ったところなら、ここが1番遠いです。
遠足で行くところよりも、ずっと時間がかかっています。
時計を見たら、2時を過ぎていました。
この間テトリちゃんはずっと静かにしていたんだから、本当にお疲れ様です。
お母さんはテトリちゃんをほめました。
「そうね。ちゃんと大人しくしていて、偉かったわよ」
それから行き先をみつめて、元気にいいます。
「さあ、ここから少し歩けば魔法の森よ」
その言葉に、わたしはバンザイをします。
「わーい」
ここからだと、本当にあとちょっとだあ。
「どんなところか楽しみです」
テトリちゃんもそううれしそうです。
とうとうこれから、ずっと楽しみにしていた魔法の森に行けるんだね。
この夏休みには日本中の魔法使いが集まる、その森へ。
テトリちゃんにもたくさんお話していました。
テトリちゃんにとっては初めて行く場所だから、わくわくが大きいんだろうなあ。
わたしも毎年行っていても、わくわくするよ。
もうすぐ魔法使いのお友達みんなに会えます。
そして今年からは魔法を教えてもらえる、特別な年でもあるしね。
そんな気持ちでお母さんの隣に並んで、3人で歩いていきます。
うん、毎年ここを歩いて行ってるよ。
駅からの景色は結構覚えています。
来るたびに少しずつは変わっているけど、確かにここです。
そう進むほどに実感していきます。

そしてすぐに、魔法の森へと続く、山の入り口に着きました。
ここから少し進んだ小山の中が、魔法の森です。
それに合わせて、お母さんはいつもとは違う、歩きやすい靴を履いてきています。
わたしはいつも学校に履いていっている靴で大丈夫です。
進むほどになつかしい、そしてわたし達魔法使いにとってはしっくりくる雰囲気になってきました。
わたし達は生まれた時から魔法に浸っています。
だからこういう不思議な力でいっぱいのところは、やっぱり居心地がいいです。
向こうに同じ魔法使いの人達がいるから、それに引かれるというのもあります。
魔法の力はそれぞれ少しずつ違います。
だけど、同じ神様からもらった力だってわかるんだよ。
「今まで感じたことがないものなのに、なんだかなじみやすい雰囲気ですね」
そうテトリちゃんも、不思議そうな顔をしています。
テトリちゃんも魔法で生まれた子です。
だからわたし達と同じように思うのかな?
そうたくさんの樹の中を歩いていきます。
するとすぐに、よく知っている魔法の森に着きました。
森の中のところどころが広場になっていて、木でできた建物が立っています。
森の景色に合うように、お家の外側にもペンキなどで色を付けたりしていないそうです。
樹の色そのままなんだよ。
あの中で授業を受けたり、お泊りをさせてもらったりするんです。
わたし達お客さんが入る建物は、入り口の方に集まっています。
そして奥には、元々住んでいる森の人達のお家があるんだよ。
建物のあるところ以外は、樹が森らしくたくさん生えています。
森の入り口から見ると、もうたくさんの魔法使いが集まっていました。
こうやって久しぶりに会えたので、お話をしているようです。
そしてここに元々住んでいる魔法の森の人もたくさんいます。
魔法の森の人は、子どものうちから黒い衣装を着ているから、すぐにわかります。
かぶっている黒い三角帽子には、緑のリボンを巻いています。
そして長くて黒いマントは、ほうきの形のバッジで留めています。
それはみんなお揃いです。
マントの下の服も白と黒をメインにしていて、かっこいいんだよ。
色以外は自由みたいで、人によって違っています。
普通のお洋服を着てくるわたし達よりも、魔法使いらしく見えるよね。
わたし達も明日からは、この上に自分のマントを付けたり、研修生用の緑の帽子をかぶります。
魔法の森の人達は、生まれはみんなと同じです。
だけど、自分達の魔法を大事に守っていっている、心は立派な魔法使いです。
あ、それから、この森の女の人は魔女さんってもいうんです。
昔に、人間が魔法を使えることを不思議がられて、そう呼ばれ始めたそうです。
その頃は、その魔法を使えるのは女の人の方が多かったからなんだって。
今は人間出身の魔法使いということに誇りを持って、自分でそう呼ぶ人も多いんだよ。
みんなにとっては、「魔女」って怖いイメージがあるみたいだけど、そんなことはありません。
森の男の人はそのまま「魔法使い」。
それに対して、わたし達のような生まれながらの魔法使いは、真魔法使いって区別されたりしています。
略して「ままつかい」っていわれるよ。
細かくいうと、そう3種類の呼び方に分けられるんです。
でもわたしは普通、みんな一緒に「魔法使い」っていっているし、今はそう分けない人が多いです。
そんなみんなを見てわくわくしているわたしの隣で、テトリちゃんが瞳を丸くしました。
「本当に魔法使いがたくさんいますね」
その言葉に、わたしはにっこりと答えます。
「テトリちゃんは、魔法使いがこんなふうに集まっているのを見るのは初めてだよね。
今建物の中にいる人もいれると、もっともっといるんだよ」
そしてこれから到着する人もいるしね。
夏休みの魔法の森の研修は2回あります。
わたし達が出ているのは、いつも2回目です。
だからもう帰っちゃった人のことも考えると、日本にはこの倍くらいの魔法使いがいるんだよ。
到着したわたし達に気付いて、元気に声をかけてくれる人がいます。
「いちごちゃん、みかんちゃん。
久しぶりー。待ってたよー」
そう手を振ってくれています。
この魔法の森の学校で双葉Aクラスを受け持っている、木諸(こもろ)先生です。
魔法の森の学校は、10歳~39歳までの魔法使いに教えてくれています。
クラスは年齢によって、6つに分けられています。
10歳からが双葉クラス、20歳からは本葉クラス、30歳からは花クラスと呼ばれています。
そしてその前半分はA、後ろ半分はBと付いているんだよ。
その前は6歳までが種クラス、ほうきに乗り始めた7歳からは芽クラスとも呼ばれています。
芽クラスになると、双葉クラスで教わる前の準備をします。
魔法の森のことを教わったり、森の中を案内してもらったりしました。
その芽クラスの時から声をかけてくれていて、そして今年からお世話になる先生なんです。
木諸先生は40歳くらいなのかな?
長く先生をやっているベテランです。
お母さんも木諸先生に教わったんだそうです。
だからお母さんも、先生に会えてうれしそうです。
「こんにちは、木諸先生。お久しぶりです。
今年からみかんがお世話になります」
「よろしくお願いしまーす」
お母さんに続いて、わたしも元気にお辞儀をしながら、あいさつをします。
木諸先生はにこにこといいました。
「こんにちは。みかんちゃんが入ってくるのを、楽しみにしていたのよ」
それからわたしの足元にいたテトリちゃんに気付いて、聞きました。
「あら。この子は生きているの?
…ということは、いちごちゃんのパートナー?」
興味津々な木諸先生に、テトリちゃんはきちんとあいさつをします。
「はじめまして」
それからお母さんが説明しました。
「このテトリは、私がみかんに創ったんです」
すると木諸先生は、2つの意味で驚きました。
お母さんがパートナーを創れるくらい、魔法が上手になっていたこと。
そしてわたしの歳でパートナーをもらったということでです。
「あら。いちごちゃんもすごいわねえ。
黒猫って魔法使いらしいし、素敵ね」
そう笑顔でほめてくれます。
でもそれから木諸先生は、ちょっと困った顔をして付け加えました。
「でも双葉クラスには、他にパートナーを持っている子はいないのよ。
テトリちゃんは、授業中はいちごちゃんの本葉クラスにいてもらっていいかしら」
その言葉にお母さんはうなずきました。
「はい。そうするように、前もってみかんと話し合っていたんです」
うん。魔法の森では基本的に、テトリちゃんはお母さんと一緒にいるってね。
そう電車の中で約束していました。
わたしの歳でパートナーがいるっていうのは、それくらいめずらしいことなんだよね。
もっというと、お母さんの歳でもあまりいないんです。
それでも創ってもらえたことに感謝しなくちゃ。
お母さんにもいないのにもらったなんて、聞いたことがないくらいです。
だから普段テトリちゃんは、お母さんのパートナーの代わりを大分やっています。
お母さんにもパートナーができるまでの間は、テトリちゃんはわたしのっていうよりも、わたし達2人ののようなものです。
そういうこともあって、きちんとうなずきました。
そうすぐに話がまとまります。
すると木諸先生は優しいけれども、まじめな先生の顔をしていいました。
「じゃあみかんちゃん、去年いった学校の通知表を見せてね」
そう学校に通っている子は、魔法を教えてもらう前のお約束があるんです。
木諸先生にいわれた通り、準備してきていた通知表を渡します。
自分でもよく見たけど、これくらいの成績をもらえていれば大丈夫なはずだよ。
そうは思っても、少し緊張します。
まじめな顔をして待っているわたしの成績表を見て、先生はうなずきました。
「うんうん。みんな4以上。
それに細かい項目のどこにも「がんばりましょう」もないし、大丈夫ね。
みかんちゃんなら、ちゃんと覚えられますよ」
そうパタンと閉じて、笑顔で返してくれます。
よかったあ。
そういってもらえて、ほっと一息をつきます。
ここでは、こういうふうに学校での成績がとっても大事なんです。
それでここの魔法を覚えられそうな子かどうかを、みられるんだよ。
先生が今いっていたように、どの教科の成績も普通より上でないといけないってきまりになっています。
魔法使いは記憶力がいいし、普通は疲れることもないという特典があります。
だから普通のみんなよりもいい成績をもらえるくらいでないと、だめなんだそうです。
それにそのくらいの力がないと、ここでのお勉強を覚えて帰れないんだって。
だからみんな、一生懸命がんばってくるんだよ。
わたしもこの1学期は、最初だけにやっぱり気にしていました。
だから無事に合格をもらえて、一安心です。
1/8ページ
スキ