偽りのカンパネラ
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時間を掛けて溜まった朝露が、一粒の宝石となって葉の上を滑り落ちる。
有明の月が霞む早朝、真選組の道場からは竹刀の交差する音がけたたましく響いていた。
「踏み込みが遅い!もっと素早く切り返せ!」
打ち込みする隊士達を一人一人見て回る土方の怒声が、屋根の上でさえずる雀をも震撼させる。
寝起きの体も何の其の、隊士達は汗だくになりながらも必死に土方の指導に着いて行った。
そして、激しい打ち合いが道場の外からも聞こえて来る。
「どうしたサド丸。ほら、打ち返して来いよ」
余裕の笑みを浮かべた沖田が、防戦一方のきせを挑発していた。
「ちょっ、もう少し手加減して下さいよ!」
素早くも正確に急所を突こうと伸びて来る竹刀に、打たれ続けた手が痺れる。
間合いを取り、体に欠落した酸素を取り入れるきせに、余力を残した沖田が竹刀を肩に担ぎ目を細めた。
「なに甘っちょろい事ぬかしてんだ。敵さんがそれを了承するとでも思ってんのか?」
「それはそうですけど」
「俺の左腕になるなら、これくらい打ち返せねェとなぁ」
ムッと口を噤むと、きせは竹刀を握り直し再び斬り掛かる。
「今日で一週間。総悟にしてはよく続くな」
ふぅと息を付いた土方は、尚も激しい打ち合いを続ける沖田ときせを遠く見つめた。
あの沖田が早朝鍛錬に顔を出すなど何年ぶりだろうか。
最初は何かの気まぐれ程度にしか考えていなかったが、その気まぐれが七日も続けばさすがにそうも言ってられなくなる。
「よほどアイツの事が気に入ったんだな」
アイツとは、もちろんきせの事だ。
“サド丸”の愛称を付けた時から、特別気に入ったのだとは気付いていた。
だが、隙あらばサボろうとする沖田がきせの稽古のためだけに早起きし、鍛錬に出向いて来るなど思いも寄らなかった。
「すげぇな、神凪の奴。よく沖田隊長とやり合えるよ」
「俺だったら三秒と保たないぜ」
稽古というよりは真剣勝負に近い。
そんな二人が発した覇気を肌で感じ、道場で稽古する隊士達は思わず身震いした。
味方である以上は非常に頼もしい存在だが、敵に回せば最後、命は無いと誰もがこの時心の中で悟ったに違いない。
きせが沖田に優遇されているのは誰の目にも明らかで。
隊士達の中には、それをよく思わず嫉妬や妬みを抱える者がいるのではと懸念していたが、どうやらその心配は無用のようだ。
沖田に目を付けられなくて良かったと安堵する隊士達からは、むしろ尊敬や同情といった念の方が強い。
「お前ら、手が止まってるぞ」
いつの間にか手を休めていた隊士達へ檄を飛ばすと、土方は再び道場内を闊歩し始めた。
早朝鍛錬を終えると、きせは中庭の井戸から水を汲み上げ、その場にしゃがみ込んで顔を洗った。
「…いったぁ…」
顔を顰め、目尻の下に出来た真新しい傷をそっと指で撫でる。
まだ瘡蓋になりきれない傷に水が滲み、ズキズキと脈打つように痛みを発した。
沖田との鍛錬を始めてから、きせの体には傷や痣が日に日に数を増し、生傷が絶えない。
いずれ跡も残らず消えてしまう小さな傷だが、それは敗北という確かな印をきせの心に残した。
「悔しい…」
水面に映った己の顔を見下ろすと、口を尖らせた間抜け顔を打ち消すようにして、勢いよく桶の中に顔を沈ませた。
己の力に自負していた事は否め無い。
だが、こうも実力の差を見せつけられてしまうとさすがに自尊心が傷ついた。
世界は広いとはよく言った物だが、今ならその言葉が理解出来る。
ぶくぶくと泡を吹き息が切れた所で顔を上げる。
「ぷはっ!」
「はい、お帰り」
いつからそこに居たのか、沖田が待っていましたとばかりにその顔を両手でガシッと捕まえた。
「お、沖田隊長?」
「どれ、こっち見せてみな」
手当をしてくれるつもりなのか、救急箱の中から消毒液を手に取ると、ガーゼにこれでもかと染み込ませている。
消毒液たっぷりのガーゼを傷口に押しあてられ、きせはあまりの痛さに絶叫した。
「いっ、いたたっ、痛いですっ!沖田隊長!」
「これくらい我慢しろや」
「…楽しんでませんか?」
「まさか。次はこれな」
ペっと絆創膏を貼付け、よしと納得した沖田はムクれた顔のきせを見て吹き出す。
「なんでぇ、その顔は」
「別にィ~、いつも通りの顔ですぅ」
「ほぉ」
にやりと笑みを浮かべると、沖田は饅頭のように柔らかな弾力をしたのきせ頬を指で摘む。
「いひゃひゃ」
「そういえば、サド丸の躾をするって話忘れてたな」
以前、攘夷浪士の密会に潜入した時、きせが隊長である自分の指示に従わず行動した事を思い出した。
一方のきせは覚えていないといった風で、何の事やらと首を傾げている。
それが沖田の加虐心に火をつけた。
「ぶっ!」
バシっと頬を潰し、おちょぼ口となったきせの目を真っ直ぐ見据える。
「隊長の命令は絶っ対~。分かったか?」
「わ、わきゃりましひゃ」
「よしよし、いい子だ」
絵図らはまさにペットとご主人様。
ちょうど縁側を通りがかった土方は、しゃがんだままじゃれ合う二人を遠目にそんな事を考えていた。
「総悟、そろそろ時間だ」
「えぇ〜?」
お楽しみを邪魔されたとばかりに、沖田は疎まし気な声で返事をする。
「時間って、何か約束でもしてましたか?」
「会議!!昨日あれだけ言っておいただろうが!もう忘れたんか!」
「へぇ、忘れてやした」
しれっと言って見せる沖田に、土方の血管が顳かみに浮き出た。
これ以上怒らせるのはさすがにマズいと感じた沖田は、重々しく腰を上げる。
「しょうがねぇ。サド丸、昼食まで暇くれてやるから好きに過ごしてな」
あからさまに面倒くさそうな沖田の口から休息を言い渡されると、きせは眼を丸くした。
「あの、じゃあ少し出かけて来ます!」
「え、出かけるって何処に…」
「午後の巡察までには戻りますから!」
「あ、おい!」
何処へ行くのか訊く間もなく、きせは土方に頭を下げ、忙しなく走り去ってしまった。
あんな嬉しそうな顔をして、一体どこへ行くのだろう。
もしかして、誰かに会うのだろうか。
益々つまらなそうに眉を潜めた沖田に、土方は何故か申し訳ない事をしてしまった気がして、気まずそうに視線を逸らした。
きせは隊服を脱ぎ袴に着替えると、頂戴したばかりの初任給を持って屯所の門を潜った。
今思えば、こうして仕事以外でかぶき町を歩くのは初めての事だった。
上京して日も経ち、少しは江戸の町並みに慣れたが、こうして一人出歩く町はやはり何処か新鮮で、ついあっちこっち目移りしてしまう。
多種様々な店を通りから眺め、小さく唸る。
「手土産は何にしよう。こういう時はやっぱり甘味が無難かな」
そう呟き、記憶にある老舗の和菓子屋を目指した。
蒸篭で蒸された熱々の饅頭、焼き立ての香ばしい煎餅、何種類にも及ぶ団子の数々。
中でも、芸術品のような美しい練り切りに、きせは感嘆の吐息を零した。
「綺麗。うん、これにしよう」
どれも美味しそうだが、練り切りといえば季節に合わせた色や形を選ぶのが王道だ。
そして、いざ注文しようとした時、問題が浮上した。
「そういえば、幾つ買えばいいんだろ」
今更ながらに肝心な事に気がついたきせは、一人慌てふためく。
「と、取り敢えず、数が足りないと困るから多めに…」
「……で?こんなにたくさん買って来てくれたわけ?」
長椅子に背筋を伸ばして腰掛けたきせは、膝の上で揃えられた拳を握り締めながら、言葉なく顔を赤く染め俯いた。
テーブルに置かれた立派な重箱。
一箱一箱並べてみると、中に美しい練り切りがびっしりと埋め尽くされていた。
いったい何人前を注文したのだろう。
立派な練り切りアソートを見下ろし、白銀の髪をカリカリと掻く銀時は乾いた笑いを零す。
「なんか、本当いろいろすみません」
「いや、家にはブラックホールの胃袋を持つガキが居るから」
ははと笑い、銀時は冷たい麦茶をきせにすすめた。
「わざわざご丁寧に、なんだか却って申し訳ないね」
「とんでもないです。こちらこそ御礼が遅くなってしまって。先日は本当にお世話になりました」
改めて礼を口にするきせは、何処までも礼儀正しく奇麗なお辞儀で銀時に頭を下げた。
躾の行き届いた立派な振る舞いは、親の教育の賜物だろう。
「あれから無理してないか?」
「はい。水分補給に気を配るようにしましたから、おかげ様で良好です」
「だいぶ涼しくなってきたしな。でも、女の子なんだからもっと体を大事にしないとな」
今朝沖田に貼られた顔の絆創膏を指差し、銀時は顔を渋らせた。
一方、品よく茶器を両手で持つきせは、顔に貼り付いた笑顔をそのままに固まった。
(今、女の子って言った……?)
練り切りの上を行ったり来たりする銀時の指は、紅の可愛らしい牡丹を取り上げる。
一口にそれを口に放り込むと、甘美な舌触りにたまらず眼を細めた。
「ん〜美味い。アイツらが帰って来る前に、残りは隠しておこう」
「あ、あの、坂田さん、僕は……」
失笑するきせに、銀時は麦茶を飲みながら次の練り切りに手を伸ばした。
「ん、あぁ分かってるって。他言無用だろ?大丈夫、銀さん口堅いから」
「いや、そうじゃなくて………」
「女みたいな顔をした男は世の中ゴロゴロいるが、あの感触、男にはない物だった」
先程までとは打って変わり、低く艶のある声色の銀時にきせはヒクッと口端を吊り上げさせた。
「か、感触って、一体なんの事で…」
空を握ったり離したり、話が話なだけに卑猥なその手の動きに、きせの顔は沸騰寸前。
「そりゃあれだ。さらし巻いてるみたいだから分かりにくいが、小振りながらも……」
「わわっ!もっ、もっ、もういいです!分かりましたから!」
その感触を思い出すように手で空を揉まれると、恥ずかしさのあまり卒倒しそうになる。
きせは深々と息を吐いた。
「いつお気づきになられたんですか?」
「そりゃあれだ、お前さんを抱っこした時だ」
指に付着した求肥を指で舐めとりながら、銀時はさらりと答えた。
熱中症で倒れた時、冷房の効いた甘味処まで小脇に抱えられて行った事。
その後も、沖田におぶさるため銀時に抱き上げられた事を思い出し、納得する。
「完全に僕の過失ですね」
「他に知ってる奴は?」
「見抜いたのは坂田さんが初めてですよ。とはいえ、生まれてから17年間故郷で閉じこもっていたので、初めても何もないですが」
「あれ?お前さん確か15歳じゃなかったか?」
甘味処でした何気ない話の記憶を辿り、銀時は眉を顰める。
「17歳男子にしては、この見た目は説得力に欠けるかと思いまして」
「なるほどな」
納得したように頷く銀時は、訳ありな目の前の娘に、事の成り行きを聞いてもいいものか模索しているように見える。
察したきせは、くすりと鼻で笑うと自ら口を開いた。
「聞いても楽しい話じゃないですよ」
手にしたままの茶器をようやく口へと運ぶと、静かに目蓋を閉じゆっくりと語り出した。
近隣の村から峠を三つ程越えた先。
年間を通し雪に覆われている事が多いため、その存在を知られる事無く、里の者達はひっそりと暮らしていた。
里には掟があった。
一人前になるまで里の外に出る事は許されず、里の者以外の人間と接触をしてはならない。
今の世には実に堅苦しい掟である。
しかし、里で育ち外の世界を知らぬ者達は、この尋常ではない里の在り方に疑問を持つ事はなかった。
そんな山間の里できせは生まれた。
父親は既に他界しており、物心つくまえに母親も亡くなっている。
年の離れた兄と姉、そして祖父が両親に代わってきせを育て上げた。
仕事で里を離れる祖父や兄姉の背を見送り、修練に励む日々。
いつか自分も祖父達のように外の世界へ出向く日がくるのだと、その日が待ち遠しく、また務めを果たす事が出来るのか不安でもあった。
何故なら、祖父達が持ち帰った要人の遺体を目にした時には、恐怖のあまり三日も食事が喉を通らなかったからだ。
「………うん?」
黙って話を聞いていた銀時だったが、不穏な言葉を耳にした気がして、啜っていた茶器に口を付けたまま思わず固まる。
(遺体?)
穏やかな笑みを浮かべたきせを見ていると、それも聞き間違いだったのかと思えてくるが。
「ちょっと待って。仕事って、みんな何処へ何しに行ってたの?」
「主に依頼主からの要請を受け、完遂する事で報酬を得ていました」
顔色一つ変えず淡々と語るきせに、銀時は手にした茶器を取りこぼしそうになる。
もし銀時が考えている事が当たっているならば。
吹き出しかけた麦茶をごくりと飲み込む。
「えっと、つまり…」
「暗殺家業です」
(思ってた事が的中したー!!!)
銀時の指から動揺が伝わり、茶器の中で麦茶がゆらゆらと波打つ。
「里全体が暗殺集団の根城って事か」
「まぁ、そういう事です」
開いた口が塞がらず、銀時の体は完全に硬直した。
「やっぱり異常なんですね」
「ま、まぁ居る所には居るかな、そういった類の連中も」
笑おうとするも、顔が引き攣って上手く笑えない。
銀時は全身から流れ落ちる冷たい汗に背筋を伸ばし、半分もない麦茶を一気に飲み干す。
「こんな家業です、兄弟はみんな僕が幼い時に殉職しました」
末の姉は、里の男の元へと嫁いでいた事で命を取り留めた。
里の女は、嫁ぎ先が決まると仕事から離れ女に戻る事が許されたからだ。
そして、きせが17歳を迎えた年明けの事。
里は一瞬で壊滅した。
裏で暗殺者を囲い込んでいる事を公にされた雇主が、無関係を装い全てを無に帰そうとしたのだ。
里の者は一人残らず打ち首。
利用するだけ利用し、己を庇護するために容赦なく斬り捨てたのだ。
「幸か不幸か、僕は山菜摘みに離れた奥地に居たので、里がそんな事になっているなんて知る由もなかった」
今思い出しても、憎しみに腹の底が重くなる。
夥しい血が真っ白な雪を赤く染め、末の姉と生まれたばかりの赤子が折り重なって倒れ、その近くでは首を失った祖父が雪に埋もれていた。
一瞬にして奪われたきせの日常。
気が付いた時には、祖父の刀を握りしめ、里の外へと走り出していた。
「そして、単身雇主の屋敷に乗り込むと、その場に居合わせた全ての人間を、祖父の刀で殺しました」
空虚な瞳で淡々と語るきせが痛ましい。
銀時は思わず視線を落とした。
自分も決して恵まれた幼少期を過ごして来たわけではないが、きせの生い立ちも中々残酷な物だ。
「と、まぁ。家も家族も失って途方に暮れていたんですが、立ち寄った武州で、ちょうど真選組が新隊士の募兵をかけていたんです」
腕には自信がある。
戦力を重視する新選組は、こんな自分でも必要としてくれるかもしれない。
男社会に飛び込むなら、このまま男でいたほうが都合良さそうだ。
習わし通り良人が見つかるまで。
「お前さん、そんな小さい体でずいぶん重たいもん背負い込んでるんだな」
銀時は大きく息を吐くと、徐に立ち上がりきせの横に腰掛け、その頭を撫でた。
「辛くないか?」
「毎日忙しくて楽しいです」
「そっか」
笑顔を見せたきせに安堵し、銀時も釣られて微笑む。
「男ばかりのむさ苦しい真選組じゃ、何かとやっかいな事もあるだろう。困った時は銀さんを頼りなさい」
「ありがとうございます、坂田さん」
時計の短針が、頂上へと昇り始めていた。
すっかり話し込んでしまったと、きせは銀時に見送られ万事屋の扉を開ける。
「あれ、雨が降ってる」
「本当だ、気付かなかったな」
銀時は扉の外に出ると、手すりに凭れかぶき町を見渡す。
降り出したばかりなのか、往来する人の中には傘を差していない者がいる。
「ちょっと待ってろ、今傘を…」
玄関に戻り掛けた銀時は、万事屋の前を通りがかった見知った男に足を止めた。
きせも気付いたのか、声を上げ手すりから身を乗り出す。
「沖田隊長!」
呼ばれた沖田は、傘を傾け上階から手を振るきせに目を瞬かせた。
「あれ、サド丸じゃねェか。何やってんだ、そんなトコで」
「今屯所に戻ろうとしていたところです。一緒に傘入れて下さい」
きせは銀時に向き直り頭を下げた。
「僕の事を理解してくれる人が出来て、なんだか心強いです。話を聞いてくれてありがとうございました」
「またいつでも来いよ。それから、お菓子ご馳走さん」
「それで、あの…」
言いかけるきせの口に、銀時は人差し指を立てる。
「言っただろ?銀さん、こう見えて口が堅いから」
「ふふ、そうでしたね」
再び頭を下げると、きせは待たせている沖田の元へと駆け足で階段を下りて行く。
その背を見送り、和やかな面持ちのまま沖田の方に顔を向けた時だった。
「ーっっっっ!?」
鬼の形相をした沖田が、射殺さんばかりに銀時を睨み上げているではないか。
研がれた刀より鋭い睨みを利かせる沖田に、銀時は訳も分からずダラダラと汗を流した。
(え、な、何!?何で俺殺意向けられてんの!?)
そんな二人の攻防を止めたのはきせだった。
「お待たせしました、沖田隊長」
傘の下へと潜り込んで来たきせに振り向く沖田の顔は、いつも通りの沖田だ。
「おう、行くか」
視線から解放された銀時は、ぶはっと息を吐き捨て呼吸を繰り返す。
無邪気に手を振るきせにビクビクしながらも振り返し、未だ止まらない汗を拭う。
「殺されるかと思った、マジで…」
沖田の逆鱗に触れたとなれば、思い当たる節は一つしか無い。
予報に反して降り出した雨。
傘を持っていたとなれば、それは雨が降り出した後に外出して来た事になる。
「あたかも偶然を装ったつもりだろうが、バレバレだっつーの」
手すりに肘をつき、遠ざかっていく相傘の二人を見据え笑いが込み上げる。
「良人ってのは案外近くに居るかもしれねぇな」
有明の月が霞む早朝、真選組の道場からは竹刀の交差する音がけたたましく響いていた。
「踏み込みが遅い!もっと素早く切り返せ!」
打ち込みする隊士達を一人一人見て回る土方の怒声が、屋根の上でさえずる雀をも震撼させる。
寝起きの体も何の其の、隊士達は汗だくになりながらも必死に土方の指導に着いて行った。
そして、激しい打ち合いが道場の外からも聞こえて来る。
「どうしたサド丸。ほら、打ち返して来いよ」
余裕の笑みを浮かべた沖田が、防戦一方のきせを挑発していた。
「ちょっ、もう少し手加減して下さいよ!」
素早くも正確に急所を突こうと伸びて来る竹刀に、打たれ続けた手が痺れる。
間合いを取り、体に欠落した酸素を取り入れるきせに、余力を残した沖田が竹刀を肩に担ぎ目を細めた。
「なに甘っちょろい事ぬかしてんだ。敵さんがそれを了承するとでも思ってんのか?」
「それはそうですけど」
「俺の左腕になるなら、これくらい打ち返せねェとなぁ」
ムッと口を噤むと、きせは竹刀を握り直し再び斬り掛かる。
「今日で一週間。総悟にしてはよく続くな」
ふぅと息を付いた土方は、尚も激しい打ち合いを続ける沖田ときせを遠く見つめた。
あの沖田が早朝鍛錬に顔を出すなど何年ぶりだろうか。
最初は何かの気まぐれ程度にしか考えていなかったが、その気まぐれが七日も続けばさすがにそうも言ってられなくなる。
「よほどアイツの事が気に入ったんだな」
アイツとは、もちろんきせの事だ。
“サド丸”の愛称を付けた時から、特別気に入ったのだとは気付いていた。
だが、隙あらばサボろうとする沖田がきせの稽古のためだけに早起きし、鍛錬に出向いて来るなど思いも寄らなかった。
「すげぇな、神凪の奴。よく沖田隊長とやり合えるよ」
「俺だったら三秒と保たないぜ」
稽古というよりは真剣勝負に近い。
そんな二人が発した覇気を肌で感じ、道場で稽古する隊士達は思わず身震いした。
味方である以上は非常に頼もしい存在だが、敵に回せば最後、命は無いと誰もがこの時心の中で悟ったに違いない。
きせが沖田に優遇されているのは誰の目にも明らかで。
隊士達の中には、それをよく思わず嫉妬や妬みを抱える者がいるのではと懸念していたが、どうやらその心配は無用のようだ。
沖田に目を付けられなくて良かったと安堵する隊士達からは、むしろ尊敬や同情といった念の方が強い。
「お前ら、手が止まってるぞ」
いつの間にか手を休めていた隊士達へ檄を飛ばすと、土方は再び道場内を闊歩し始めた。
早朝鍛錬を終えると、きせは中庭の井戸から水を汲み上げ、その場にしゃがみ込んで顔を洗った。
「…いったぁ…」
顔を顰め、目尻の下に出来た真新しい傷をそっと指で撫でる。
まだ瘡蓋になりきれない傷に水が滲み、ズキズキと脈打つように痛みを発した。
沖田との鍛錬を始めてから、きせの体には傷や痣が日に日に数を増し、生傷が絶えない。
いずれ跡も残らず消えてしまう小さな傷だが、それは敗北という確かな印をきせの心に残した。
「悔しい…」
水面に映った己の顔を見下ろすと、口を尖らせた間抜け顔を打ち消すようにして、勢いよく桶の中に顔を沈ませた。
己の力に自負していた事は否め無い。
だが、こうも実力の差を見せつけられてしまうとさすがに自尊心が傷ついた。
世界は広いとはよく言った物だが、今ならその言葉が理解出来る。
ぶくぶくと泡を吹き息が切れた所で顔を上げる。
「ぷはっ!」
「はい、お帰り」
いつからそこに居たのか、沖田が待っていましたとばかりにその顔を両手でガシッと捕まえた。
「お、沖田隊長?」
「どれ、こっち見せてみな」
手当をしてくれるつもりなのか、救急箱の中から消毒液を手に取ると、ガーゼにこれでもかと染み込ませている。
消毒液たっぷりのガーゼを傷口に押しあてられ、きせはあまりの痛さに絶叫した。
「いっ、いたたっ、痛いですっ!沖田隊長!」
「これくらい我慢しろや」
「…楽しんでませんか?」
「まさか。次はこれな」
ペっと絆創膏を貼付け、よしと納得した沖田はムクれた顔のきせを見て吹き出す。
「なんでぇ、その顔は」
「別にィ~、いつも通りの顔ですぅ」
「ほぉ」
にやりと笑みを浮かべると、沖田は饅頭のように柔らかな弾力をしたのきせ頬を指で摘む。
「いひゃひゃ」
「そういえば、サド丸の躾をするって話忘れてたな」
以前、攘夷浪士の密会に潜入した時、きせが隊長である自分の指示に従わず行動した事を思い出した。
一方のきせは覚えていないといった風で、何の事やらと首を傾げている。
それが沖田の加虐心に火をつけた。
「ぶっ!」
バシっと頬を潰し、おちょぼ口となったきせの目を真っ直ぐ見据える。
「隊長の命令は絶っ対~。分かったか?」
「わ、わきゃりましひゃ」
「よしよし、いい子だ」
絵図らはまさにペットとご主人様。
ちょうど縁側を通りがかった土方は、しゃがんだままじゃれ合う二人を遠目にそんな事を考えていた。
「総悟、そろそろ時間だ」
「えぇ〜?」
お楽しみを邪魔されたとばかりに、沖田は疎まし気な声で返事をする。
「時間って、何か約束でもしてましたか?」
「会議!!昨日あれだけ言っておいただろうが!もう忘れたんか!」
「へぇ、忘れてやした」
しれっと言って見せる沖田に、土方の血管が顳かみに浮き出た。
これ以上怒らせるのはさすがにマズいと感じた沖田は、重々しく腰を上げる。
「しょうがねぇ。サド丸、昼食まで暇くれてやるから好きに過ごしてな」
あからさまに面倒くさそうな沖田の口から休息を言い渡されると、きせは眼を丸くした。
「あの、じゃあ少し出かけて来ます!」
「え、出かけるって何処に…」
「午後の巡察までには戻りますから!」
「あ、おい!」
何処へ行くのか訊く間もなく、きせは土方に頭を下げ、忙しなく走り去ってしまった。
あんな嬉しそうな顔をして、一体どこへ行くのだろう。
もしかして、誰かに会うのだろうか。
益々つまらなそうに眉を潜めた沖田に、土方は何故か申し訳ない事をしてしまった気がして、気まずそうに視線を逸らした。
きせは隊服を脱ぎ袴に着替えると、頂戴したばかりの初任給を持って屯所の門を潜った。
今思えば、こうして仕事以外でかぶき町を歩くのは初めての事だった。
上京して日も経ち、少しは江戸の町並みに慣れたが、こうして一人出歩く町はやはり何処か新鮮で、ついあっちこっち目移りしてしまう。
多種様々な店を通りから眺め、小さく唸る。
「手土産は何にしよう。こういう時はやっぱり甘味が無難かな」
そう呟き、記憶にある老舗の和菓子屋を目指した。
蒸篭で蒸された熱々の饅頭、焼き立ての香ばしい煎餅、何種類にも及ぶ団子の数々。
中でも、芸術品のような美しい練り切りに、きせは感嘆の吐息を零した。
「綺麗。うん、これにしよう」
どれも美味しそうだが、練り切りといえば季節に合わせた色や形を選ぶのが王道だ。
そして、いざ注文しようとした時、問題が浮上した。
「そういえば、幾つ買えばいいんだろ」
今更ながらに肝心な事に気がついたきせは、一人慌てふためく。
「と、取り敢えず、数が足りないと困るから多めに…」
「……で?こんなにたくさん買って来てくれたわけ?」
長椅子に背筋を伸ばして腰掛けたきせは、膝の上で揃えられた拳を握り締めながら、言葉なく顔を赤く染め俯いた。
テーブルに置かれた立派な重箱。
一箱一箱並べてみると、中に美しい練り切りがびっしりと埋め尽くされていた。
いったい何人前を注文したのだろう。
立派な練り切りアソートを見下ろし、白銀の髪をカリカリと掻く銀時は乾いた笑いを零す。
「なんか、本当いろいろすみません」
「いや、家にはブラックホールの胃袋を持つガキが居るから」
ははと笑い、銀時は冷たい麦茶をきせにすすめた。
「わざわざご丁寧に、なんだか却って申し訳ないね」
「とんでもないです。こちらこそ御礼が遅くなってしまって。先日は本当にお世話になりました」
改めて礼を口にするきせは、何処までも礼儀正しく奇麗なお辞儀で銀時に頭を下げた。
躾の行き届いた立派な振る舞いは、親の教育の賜物だろう。
「あれから無理してないか?」
「はい。水分補給に気を配るようにしましたから、おかげ様で良好です」
「だいぶ涼しくなってきたしな。でも、女の子なんだからもっと体を大事にしないとな」
今朝沖田に貼られた顔の絆創膏を指差し、銀時は顔を渋らせた。
一方、品よく茶器を両手で持つきせは、顔に貼り付いた笑顔をそのままに固まった。
(今、女の子って言った……?)
練り切りの上を行ったり来たりする銀時の指は、紅の可愛らしい牡丹を取り上げる。
一口にそれを口に放り込むと、甘美な舌触りにたまらず眼を細めた。
「ん〜美味い。アイツらが帰って来る前に、残りは隠しておこう」
「あ、あの、坂田さん、僕は……」
失笑するきせに、銀時は麦茶を飲みながら次の練り切りに手を伸ばした。
「ん、あぁ分かってるって。他言無用だろ?大丈夫、銀さん口堅いから」
「いや、そうじゃなくて………」
「女みたいな顔をした男は世の中ゴロゴロいるが、あの感触、男にはない物だった」
先程までとは打って変わり、低く艶のある声色の銀時にきせはヒクッと口端を吊り上げさせた。
「か、感触って、一体なんの事で…」
空を握ったり離したり、話が話なだけに卑猥なその手の動きに、きせの顔は沸騰寸前。
「そりゃあれだ。さらし巻いてるみたいだから分かりにくいが、小振りながらも……」
「わわっ!もっ、もっ、もういいです!分かりましたから!」
その感触を思い出すように手で空を揉まれると、恥ずかしさのあまり卒倒しそうになる。
きせは深々と息を吐いた。
「いつお気づきになられたんですか?」
「そりゃあれだ、お前さんを抱っこした時だ」
指に付着した求肥を指で舐めとりながら、銀時はさらりと答えた。
熱中症で倒れた時、冷房の効いた甘味処まで小脇に抱えられて行った事。
その後も、沖田におぶさるため銀時に抱き上げられた事を思い出し、納得する。
「完全に僕の過失ですね」
「他に知ってる奴は?」
「見抜いたのは坂田さんが初めてですよ。とはいえ、生まれてから17年間故郷で閉じこもっていたので、初めても何もないですが」
「あれ?お前さん確か15歳じゃなかったか?」
甘味処でした何気ない話の記憶を辿り、銀時は眉を顰める。
「17歳男子にしては、この見た目は説得力に欠けるかと思いまして」
「なるほどな」
納得したように頷く銀時は、訳ありな目の前の娘に、事の成り行きを聞いてもいいものか模索しているように見える。
察したきせは、くすりと鼻で笑うと自ら口を開いた。
「聞いても楽しい話じゃないですよ」
手にしたままの茶器をようやく口へと運ぶと、静かに目蓋を閉じゆっくりと語り出した。
近隣の村から峠を三つ程越えた先。
年間を通し雪に覆われている事が多いため、その存在を知られる事無く、里の者達はひっそりと暮らしていた。
里には掟があった。
一人前になるまで里の外に出る事は許されず、里の者以外の人間と接触をしてはならない。
今の世には実に堅苦しい掟である。
しかし、里で育ち外の世界を知らぬ者達は、この尋常ではない里の在り方に疑問を持つ事はなかった。
そんな山間の里できせは生まれた。
父親は既に他界しており、物心つくまえに母親も亡くなっている。
年の離れた兄と姉、そして祖父が両親に代わってきせを育て上げた。
仕事で里を離れる祖父や兄姉の背を見送り、修練に励む日々。
いつか自分も祖父達のように外の世界へ出向く日がくるのだと、その日が待ち遠しく、また務めを果たす事が出来るのか不安でもあった。
何故なら、祖父達が持ち帰った要人の遺体を目にした時には、恐怖のあまり三日も食事が喉を通らなかったからだ。
「………うん?」
黙って話を聞いていた銀時だったが、不穏な言葉を耳にした気がして、啜っていた茶器に口を付けたまま思わず固まる。
(遺体?)
穏やかな笑みを浮かべたきせを見ていると、それも聞き間違いだったのかと思えてくるが。
「ちょっと待って。仕事って、みんな何処へ何しに行ってたの?」
「主に依頼主からの要請を受け、完遂する事で報酬を得ていました」
顔色一つ変えず淡々と語るきせに、銀時は手にした茶器を取りこぼしそうになる。
もし銀時が考えている事が当たっているならば。
吹き出しかけた麦茶をごくりと飲み込む。
「えっと、つまり…」
「暗殺家業です」
(思ってた事が的中したー!!!)
銀時の指から動揺が伝わり、茶器の中で麦茶がゆらゆらと波打つ。
「里全体が暗殺集団の根城って事か」
「まぁ、そういう事です」
開いた口が塞がらず、銀時の体は完全に硬直した。
「やっぱり異常なんですね」
「ま、まぁ居る所には居るかな、そういった類の連中も」
笑おうとするも、顔が引き攣って上手く笑えない。
銀時は全身から流れ落ちる冷たい汗に背筋を伸ばし、半分もない麦茶を一気に飲み干す。
「こんな家業です、兄弟はみんな僕が幼い時に殉職しました」
末の姉は、里の男の元へと嫁いでいた事で命を取り留めた。
里の女は、嫁ぎ先が決まると仕事から離れ女に戻る事が許されたからだ。
そして、きせが17歳を迎えた年明けの事。
里は一瞬で壊滅した。
裏で暗殺者を囲い込んでいる事を公にされた雇主が、無関係を装い全てを無に帰そうとしたのだ。
里の者は一人残らず打ち首。
利用するだけ利用し、己を庇護するために容赦なく斬り捨てたのだ。
「幸か不幸か、僕は山菜摘みに離れた奥地に居たので、里がそんな事になっているなんて知る由もなかった」
今思い出しても、憎しみに腹の底が重くなる。
夥しい血が真っ白な雪を赤く染め、末の姉と生まれたばかりの赤子が折り重なって倒れ、その近くでは首を失った祖父が雪に埋もれていた。
一瞬にして奪われたきせの日常。
気が付いた時には、祖父の刀を握りしめ、里の外へと走り出していた。
「そして、単身雇主の屋敷に乗り込むと、その場に居合わせた全ての人間を、祖父の刀で殺しました」
空虚な瞳で淡々と語るきせが痛ましい。
銀時は思わず視線を落とした。
自分も決して恵まれた幼少期を過ごして来たわけではないが、きせの生い立ちも中々残酷な物だ。
「と、まぁ。家も家族も失って途方に暮れていたんですが、立ち寄った武州で、ちょうど真選組が新隊士の募兵をかけていたんです」
腕には自信がある。
戦力を重視する新選組は、こんな自分でも必要としてくれるかもしれない。
男社会に飛び込むなら、このまま男でいたほうが都合良さそうだ。
習わし通り良人が見つかるまで。
「お前さん、そんな小さい体でずいぶん重たいもん背負い込んでるんだな」
銀時は大きく息を吐くと、徐に立ち上がりきせの横に腰掛け、その頭を撫でた。
「辛くないか?」
「毎日忙しくて楽しいです」
「そっか」
笑顔を見せたきせに安堵し、銀時も釣られて微笑む。
「男ばかりのむさ苦しい真選組じゃ、何かとやっかいな事もあるだろう。困った時は銀さんを頼りなさい」
「ありがとうございます、坂田さん」
時計の短針が、頂上へと昇り始めていた。
すっかり話し込んでしまったと、きせは銀時に見送られ万事屋の扉を開ける。
「あれ、雨が降ってる」
「本当だ、気付かなかったな」
銀時は扉の外に出ると、手すりに凭れかぶき町を見渡す。
降り出したばかりなのか、往来する人の中には傘を差していない者がいる。
「ちょっと待ってろ、今傘を…」
玄関に戻り掛けた銀時は、万事屋の前を通りがかった見知った男に足を止めた。
きせも気付いたのか、声を上げ手すりから身を乗り出す。
「沖田隊長!」
呼ばれた沖田は、傘を傾け上階から手を振るきせに目を瞬かせた。
「あれ、サド丸じゃねェか。何やってんだ、そんなトコで」
「今屯所に戻ろうとしていたところです。一緒に傘入れて下さい」
きせは銀時に向き直り頭を下げた。
「僕の事を理解してくれる人が出来て、なんだか心強いです。話を聞いてくれてありがとうございました」
「またいつでも来いよ。それから、お菓子ご馳走さん」
「それで、あの…」
言いかけるきせの口に、銀時は人差し指を立てる。
「言っただろ?銀さん、こう見えて口が堅いから」
「ふふ、そうでしたね」
再び頭を下げると、きせは待たせている沖田の元へと駆け足で階段を下りて行く。
その背を見送り、和やかな面持ちのまま沖田の方に顔を向けた時だった。
「ーっっっっ!?」
鬼の形相をした沖田が、射殺さんばかりに銀時を睨み上げているではないか。
研がれた刀より鋭い睨みを利かせる沖田に、銀時は訳も分からずダラダラと汗を流した。
(え、な、何!?何で俺殺意向けられてんの!?)
そんな二人の攻防を止めたのはきせだった。
「お待たせしました、沖田隊長」
傘の下へと潜り込んで来たきせに振り向く沖田の顔は、いつも通りの沖田だ。
「おう、行くか」
視線から解放された銀時は、ぶはっと息を吐き捨て呼吸を繰り返す。
無邪気に手を振るきせにビクビクしながらも振り返し、未だ止まらない汗を拭う。
「殺されるかと思った、マジで…」
沖田の逆鱗に触れたとなれば、思い当たる節は一つしか無い。
予報に反して降り出した雨。
傘を持っていたとなれば、それは雨が降り出した後に外出して来た事になる。
「あたかも偶然を装ったつもりだろうが、バレバレだっつーの」
手すりに肘をつき、遠ざかっていく相傘の二人を見据え笑いが込み上げる。
「良人ってのは案外近くに居るかもしれねぇな」