7.学園生活(続き)
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そこにいたのはとても美しい女性だった。
森のほとりで小さな小屋に住み、森の入り口を自身の能力である紅葉イチゴの茨で覆い、花を愛でて木の実を収穫し、ジャムや果実酒を作って静かに暮らしている。
そんな美しい女性だった。
「おーサラ!今日もいい女だな!」
「どうだ?今晩一緒にバーに行かないか?」
「血が騒いだんなら考えてあげるわ」
知り合いの魔族たちに笑いながら手を振り、いつも商品を卸している店へ入って籠を渡す。
「相変わらずの人気だな」
「私もそろそろ成人なんだって実感するわ」
人間族の男とそう笑いあい、喧騒が聞こえてきた大通りへ顔を向けた。
「またやってるの?」
「ああ、陛下がイアグルス様を寵愛してるってのがどこまで本当かは置いといても、教会が聖騎士団を作ってからどうももめ事が多くなっちまった」
「イアグルスの生き方を持て囃して治安が悪くなるって、どうなってるのかしら」
天の民が崇拝対象になるのはよくある事だが、なぜその信者たちは揉め事をおこすんだとため息を吐きながら避けておいたジャムとクラッカーが入った籠を持って歩き出す。
「今日も行くのかい?」
「ええ、今年のジャムも後数回しか作れないし、冬になれば私は引きこもるから、その前にね」
「よろしく伝えておいてくれ。最近じゃ俺たち庶民はお顔を拝見することもできなくなったからな」
「本当に、人間って面倒なルールを作るわよね」
そう苦笑して手を振り、町の中心から少しずれた場所に立つ立派な大聖堂へと入っていった。
「待て!まさかお前魔族じゃないか!?」
「そうよ」
「魔族がこんなところになんの用だ!」
「イアグルスに届け物よ。あなた初めて見る顔ね。ああ、前までいた門番は高齢で引退したんだったかしら」
本当に人間種はすぐに寿命がくるんだからとため息を吐いていると、壮年の神官が通りかかりサラを見ると眉をしかめて「また来たのか」と呟く。
「イアグルス様はお忙しい。お引き取りを」
「あんた達が私を嫌ってるのは知ってるわ。でもイアグルスとはあんた達が生まれる前から親友なんだから、邪魔されるいわれはないわよ」
そう言って門番を無視し、神官の男も無視して歩き出す。そんな後ろ姿を忌々しそうに見つめ、「魔族がっ」と吐き捨てるように零して教会の奥へと向かった。
「イアグルス」
「サラ、来てくれたのね」
教会の裏にある大きな庭の中央で祈っていた女性へ声をかけると、嬉しそうな笑顔を向けて迎えてくれた。
「また熱狂的な信者が増えたわね」
教会に入るのを止められたとため息を吐きながら持ってきた籠を渡し、近くに置いてあったベンチへ共に座る。
「そうなの?以前門番をしてくれていた方から上手く話が伝わっていなかったのかしら」
「多分、ちゃんと説明したから止められたのよ」
最近町でも聖騎士が騒ぎを起こしているというと、何故そんなことがと驚きながら目を見開く。二人で話していると、冒険者の格好をした一人の美しいエルフが森から様々な種族の仲間たちと共に庭へと入ってきた。
「ここにいたのか。サラも、いらっしゃい」
「おかえりなさいグリフェス」
「お邪魔してるわ」
イアグルスと共に笑顔で迎え入れ、森の様子は問題が無かったかと聞きながら、仲間の人間族の男が抱えているモノに気が付く。
「人間?まだ生きてるわよね?」
「ああ、怪我をして働けなくなったから森に捨てられたんだろう。足の骨が折れている」
「なんて酷いことを」
「この赤毛は娼館街出身かもな。前に赤毛が娼婦の子供の証だとか言って酒場で騒ぎを起こしてるのを見たことがある」
「人間族って変な迷信を作るのが好きよね」
「知識を蓄える前に寿命がくるんですから、捻じ曲がって後世に伝わるんですよ」
人間族の男が呆れたように肩をすくめて担いでいた男を地面におろし、足にしていた添え木を外して腫れを確認していると唸って一瞬目を開けたが、またすぐに気を失ったようだった。
「最近町で聖騎士が揉め事を起こしてるらしいんだけど、教会の中は大丈夫なの?」
門番に入ることを止められたというと、グリフェスとその仲間たちも困ったように眉を垂らしてため息を吐く。
「あまり、空気がいいとは言えないな」
「ならこの人は私が連れて帰るわ」
「でも、」
「イアグルスも、今は生まれたばかりの自分の子供を一番に気にかけてあげて。あまり目を離さない方がいいわ」
二人で話している間もずっとスヤスヤと眠っていた揺りかごの中にいる赤ん坊を見て微笑むと、髪を茨に変えて赤毛の男を軽々と持ち上げる。
「念のため森を通って帰るわ。みんなも、気を付けてね」
イアグルス達のことをよろしくと笑顔を残して森の中へと消えて行った。
「、」
「気が付いた?」
高熱で意識が朦朧としている男に声をかけ、優しい手つきで口にコップを近づける。
「果実水よ。何があったのか知らないけど、今はゆっくり寝て早く良くなりなさい」
サラの看病のおかげで、男が意識を取り戻して話ができるようになるまでは早かった。
「勤めていた娼館に、聖騎士が来て、娼婦を殴ろうとしたから、止めたら、足を怪我して」
その骨折が酷く、治っても上手く歩けないだろうと娼館にも見捨てられあの魔物がいる森へ捨てられたと聞き、ため息が止まらない。
「あなた人間族よね?見た目からして成人してるようだし、精々50年かそこらで寿命でしょ?ならもうこのままうちにいたらいいわ。この国以外に行きたいって言うなら止めないけど、あの町に戻るのはとりあえず止めておきなさい」
このまま戻ってもどうせ碌な事にならないと言い、サラの家に赤毛の男が住むようになった。秋が深まってきた頃、男も足をかばいながらゆっくりと自分の事ができるようになり、冬でも一番寒い時期が終わる頃にはサラに変わって家事をする事もできるようになった。
そして、もうすぐ春を迎えるという頃には互いを信頼し、過去やこれからについて笑って話が出来るようになった。
「、」
「サラ?」
「ああ、ごめんなさい」
「ううん?どうしたの?」
「その、」
頭の中で声が聞こえると呟きながらお茶に口を付けた。
「ねぇ、魔族の事をどこまで知ってるの?娼館にいたなら魔族がよく来ていたでしょう?」
「そうだね?」
最初に見たのは幼い子供の頃だったけれど、怖いと思ったことはなかったと昔を思い出すように話し出す。
「みんな羽振りがいいからね、娼婦たちにも人気だったよ。特に機嫌がいいと僕たちみたいな下働きの子供にも食べ物をくれたりしてた」
「魔族らしいわね」
そう笑って、額を抑えるようにため息を吐く。
「魔族には、”血が騒ぐ”ことがるの」
「血が騒ぐ?」
「もう一つの魂が騒ぐのよ」
これは、私のもの。
その声が聞こえるようになってしまったと肩を落とし、すっかり身綺麗になった赤い髪の男を見る。
「このままじゃ、私はあなたに血が騒ぐわ」
「血が騒いだら、どうなるの?」
「そうねぇ、どうなるのかしら」
よく聞くのは愛しすぎて相手を殺してしまうか、こちらが狂ってしまうかだと独り言のように溢した。
「私は魔族としての血が薄いから、額の痣もほとんどないの。だから血が騒ぐことなんてないと思ってたんだけど、」
「僕に、血が騒いだらサラは困る?」
「・・・私というか、あなたの話よ」
魔族の愛情は、人間種には重すぎる。
終わりがいつか分からない長い寿命の中で、魂が叫ぶ程愛している人と出会えるなど起こるのかも分からない幸運。
しかし、一度血が騒いでしまえばもう後戻りはできない。
「あなたを自由にしてあげられなくなるわ」
そう言って優しく微笑むサラに、男も微笑みを返す。
「僕は、捨てられたあの日に死んだんだよ」
同種族の人間にいらないと捨てられたその命を助け、人の中で生きていた頃よりも人間らしい生活をくれたサラが全てだと笑う。
「僕は、サラにいらないって言われたらもう、希望も、生きる理由も何も、見つけられない」
笑っている男の顔が、涙で歪んで見えなくなっていく。
そして、瞳の色が変色していった。黒い眼球に血のように暗い赤が、霞のように揺れるその瞳を見て、唇を重ねた。
春になり、今年初めてやって来た温かな日差しの中、まだまだ残る雪を眺めながら売り物のジャムが入った籠を持ったサラが町へとやってきた。
しかし、春になったというのに町からは活気のある声が聞こえない。
「?」
昼間から酒を飲んでいる冒険者の姿はなく、そこで笑っていた魔族たちの姿もない。
昔なじみの店へ入ると、驚いた表情をした後すぐに店の奥へと引き込まれた。
「サラ!何も聞いてないのか!?」
「なに?何かあったの?」
町に活気がないのとなにか関係があるのかと聞くと、信じられない事を口にする。
「陛下と教皇様が町から人間族以外を追い出すと言い出してっ、聖騎士団が本格的に動き出したんだ!!」
「人間族以外?何言ってるの?だってこの国はイアグルスを、」
「イアグルス様が人間族だと言い出したんだよ!」
「はぁ?」
美しい心根を持ち、人々の為に祈り、自身の食べ物にさえ口をつけずに分け与える。そんな素晴らしい事ができるのは神が遣わした聖女だからだと言い張り、種族の違いだと正論を言った貴族たちを国から追い出したのだという。
それも、食べ物など手に入れられない極寒の真冬に何も持たせず森への追放だと、人がよさそうに笑うふくよかだった頬をこけさせた店主が声を低くする。
「おれ達はもう、この国に根付いちまってる。うちの商品でどうにか生きてるみんなの為にもここを離れられない!」
だが、体が頑丈で生命力に富、力も人間族とは比較にならない魔族の、妖精種のサラは違う。
「逃げたい奴は町にいた妖精種や精霊種たちが連れだしてくれた。でも、天の民は何人か連れていかれたのを見たって奴がいる」
「待って、人間族?人間種じゃなくて?」
「っ」
「グリフェス達は!?イアグルスの周りにはっ、人間族以外にも沢山いたでしょ!?」
何も言わなくなってしまった店主に全てを察し、ジャムの入った瓶が割れるのも構わず走り出す。
「サラ!大通りはだめだ!!聖騎士に見つかってしまう!!」
裏通りに入って、目を見開いた。以前も治安はよくない場所だったが、その頃に見ていた景色とは全く違った。喧嘩をしている男たちも、酒瓶を持って酔いつぶれている女もいない。いるのは、半分腐敗していたり、やせ細りミイラのようになっている死体と、これから死体になる者たちだけだった。
「っ」
教会へ急ぐ足が縺れる。こんなに酷い光景を見たことがない。生まれて200年。この国で、この町で育ってきたがこんな状態にはなったことが無い。
教会が見えてきた所で、路地の陰から飛び出してきたものに引きずられるように建物へと連れて行かれた。
「、グリフェス!!」
「よかった、教会に入ってしまう前に捕まえられた」
本当に魔族は尋常じゃないスピードを出すなと苦笑して見せるが、その眼には濃いクマが出来ており最後に見た時の健康そうな外見からはかけ離れていた。
「あなた、大丈夫なの?病気でも患ってるんじゃない?」
「どうだろうな。分からないがこれでもマシな方だよ。まったく、3000年生きてきた知識をこんなことに使うなんてね」
そう笑い、この冬に何があったのかを話し出す。
「それっ、息子を人質にされてるってことじゃない!」
「ああ、向こうは保護だと言い張っているが、父親は私ではなく聖王の可能性があると言いだしたり、やりたい放題だ」
「光輪は?イアグルスが光輪で邪気を払えば、」
「その結果があの狂信的な信者たちの暴走だ。あの渦中にいたんじゃ神聖性もなにもあったもんじゃない。とてもではないがあの人数を光輪で照らすことはできない。それも、調べてくれた仲間の話じゃ地下に閉じ込めているそうだ」
「っ、人間族だって言い張る割に、天の民が最も嫌がることをするじゃないっ」
雲を発生させて乗ることのできる天の民は、どの種族よりも空が近い場所で生活をしている。そこで星や日の光、朝や夜を感じ取って人生、魂の質を上げる修行をしているというのに。
「あの子は、あなた達の息子は本当に無事なの?」
「ああ、それは確認できた。それだけが唯一の救いだよ」
そうため息を吐き、イアグルスと息子を助けるのを手伝ってくれと頭を下げた。
「当り前よ!」
「、すまない。もうこの国に住めなくなってしまうというのに」
「そんな事は気にしないで。そもそも、私がこの国に留まっていたのはイアグルスとあなた達がいたからよ。馴染みの店にも、この国を出るように言われたの、心残りもないわ」
「・・・そうか」
そういえばと顔を上げる。
「あの時助けた彼はどうなったんだい?」
その質問に、サラは顔をほころばせる。
「私、彼と結婚することにしたの」
「結婚?!」
妖精種がわざわざ結婚というものをするということは、それだけ特別な存在ということだ。それも、サラは魔族。「まさか」とグリフェス達が目を見開く。
「血が騒いだのか!?」
「ええ、そうなの」
「なんてことだっ!それならイアグルスの救出に駆り出す訳にはいかない!もしも長引いて彼の存在が知られたらっ」
「長引かせるなんてしないわ。今日中に終わらせる。それに、この国から逃げるにしても、彼は足が悪いから追いかけてこられないくらい打撃を与えたいの」
「そうか、骨折してから少し経っていたようだったし、上手く骨が戻らなかったんだな・・・。分かった。私たちに出来ることがあれば言ってくれ」
「ふふ、自分も大変な時でしょ」
そう笑い、グリフェス達と逃げずに隠れていたこの町出身の人間種でイアグルス達を救出する作戦を立てた。
大聖堂の裏庭にある森から、茨が伸びてきて教会を覆う勢いで中にいた神官たちを外へと追い出していく。その隙に冒険者を中心とした者たちがイアグルスとその息子である赤ん坊を救出して教会から脱出したのだが、ここで教会の正面から悲鳴が聞こえてきた。
「聖騎士団が戻って来たぞ!!」
「グリフェス!」
「大丈夫だ!このまま森の中を通って逃げよう!!」
「魔女がこの国を守る聖女様の命を脅かそうとしている!!」
そんな怒鳴り声が正門から聞こえた。
「見ろ!これが証拠だ!!魔女の住まいを守る使い魔だ!」
「赤毛は汚れた存在!これで皆にも分かっただろう!!」
心臓が跳ねた。そんなはずはない。こんな所に彼がいるはずない。そう思っても、流れていく冷たい汗が止まらない。
「、」
罠かもしれない。そう思っても体が勝手に動き出す。
「サラ!!」
茨で覆いつくされた廊下を走る。廊下の先は正門に繋がる広場になっており、そこには町中の人間たちが押し寄せていた。そんな民衆の前で向かい合っている聖騎士団の男たち。
そして、その一人の手に握られている長い赤毛を一本に編んだ男の首。
「いやー!!!」
サラの叫び声と共に茨が暴走を始めた。
「サラ!?何があったんだ!!」
「魔女め!ついに正体を現したな!!」
「あ、ああ、っ」
わたしの、わたしだけの、愛しい人。
頭の中で魂の声が聞こえる。
わたしのっ
「っ、」
瞳の色が変色し額の痣が影のように立体に浮かび上がるのと、辺りを覆いつくしていた茨が爆発的に四方へ伸び始めたのは同時だった。
頭の中がもう一つの声で溢れていく。次第にその声しか聞こえなくなっていくだろう。
「っ、これが魔女の力か!!」
「なんてことをしたんだ!!魔族の血が騒いだ相手にっ」
グリフェスが魔法で防御壁を展開しながら叫ぶ。
「早く逃げろ!!この国はもうダメだ!!国境へ!少なくとも王都を超えるんだ!!」
「何をっ」
「お前たちは自分が何をしたのか分かっているのか!?」
妖精種の、魔族の性質を何も学ばなかったのかと聖騎士の男へ怒鳴るグリフェスの背中に、別の聖騎士が魔法で
「ぐっ」
「こいつ!!」
「こいつらも逆賊だ。捕まえろ!!」
「そんな時間はない!!市民を早く避難させるんだ!!!」
「なにを言っているんだ?たかが茨を伸ばす能力を持った魔女になにを、」
その言葉を最後まで言い切る前に、男の首に太い蔓が突き刺さる。その衝撃で一拍間を開けた騎士たちだったが、一斉に剣を手に茨を切り裂こうとするが、まるで石に打ち付けたかのような硬質な音が辺りに響くばかりで切ることが出来た者など一人もいなかった。魔法で焼き切ろうとする者もいたが、茨は容赦なく襲い掛かってくる。
聖騎士たちがなすすべなく殺されていくその様に、集まっていた民衆が悲鳴を上げて走り出した。
「ああ、あああ、」
騒動で投げ捨てられていた赤毛の頭部を拾い上げ、その顔を確かめるように撫でて涙を流す。
「どうして、どうしてっ」
わたしの、わたしだけの愛しい人。
今日も一緒に朝食を食べた。
長くなってきた髪を、私が編んだ。
「目を開けてっ」
『サラ』
教会を飲み込んだ茨が空高くまで伸び、森を侵食し始める。
「魔女よ!!その男を殺したのは私だ!!復讐なら私だけにしろ!!」
そう叫んだのは、民衆の前でこの首を掴んで掲げていた聖騎士だった。
「お前一人の命が、この人と同等とでも思っているの?」
それはゾッとするほど冷たい声だった。
「魂の渇きを潤せるたった一人の重みが分かってない。そうよねっ、あなた達は、代えの利く相手を”愛してる”なんて言える人間族ですものねっ」
「ふざけるな!!」と叫ぶサラへ、救出されたイアグルスが駆け寄った。
「どうしてこんなことに・・・」
神官たちのしたことも、聖騎士の暴走も理解が出来ない。そんな中で親友が見つけた血の騒ぐ相手を殺され、悲しみに暮れているサラに涙を流して抱きしめる。
「優しい貴女が誰かを傷つけてしまうだなんてっ、貴女が何をしたっていうの、」
祈りましょう。貴女にまた平穏が訪れるように。
そう言って光輪を出し、国中に張り巡らされた茨を包み込む。
長い地下での監禁生活、そんな環境から救い出されたばかりの中で無理やりだした光輪は広い聖国全土を覆いつくす。
そんな無茶をして、いくら精霊種といえどただで済むはずがなかった。
イアグルスの体がどんどん陶器のような石へと変化していく。
「イアグルス、それでも私、許せないわ・・・」
サラは赤い髪が揺れる頭部を抱きしめた。
「呪うわ。貴方を殺した人間を。貴方を見捨てたこの国を。貴方がこの渇きをまた潤してくれるまで・・・、貴方にまた会える日まで」
貴方のいない世界なんて、いらないの。
頭部を抱きしめ、祈るようにイアグルスの前で膝をつくと眼を閉じた。
「逃げるんだ!!荷物なんて持つな!!」
「早く!走れ!!国境へ!!」
「グリフェス!!」
「逃げろ!!」
仲間たちと走りながら周囲の民衆に声をかけながら手を貸しているグリフェスへ仲間たちが叫ぶ。
「お前がいなくなったらこの子はどうすんだ!!」
「お前も逃げることに徹しろ!!」
「だが!!一人でも多く逃がさなければ!!」
イアグルスも、まだ力を抑え込んでいるサラの努力も無駄になってしまうと、負傷した背中から血を流したまま何度も高位魔法を放っていく。
「それ以上はダメだ!!」
「魔力も!体も保たねぇぞ!!」
この子を一人にする気かと仲間の人間族、土人族、獣人族に叫ばれるが、もうすぐ王都を出ると言うところで人間族の親子を助けるために、森から出てきた魔物の前へ出た。
「グリフェス!!」
「行け!!その子を頼む!!」
魔法で防御していたその牙が腕に食い込んだのを見て、仲間たちが泣きながら走り出した。
「はぁっ、はぁっ、」
倒れこんだ衝撃で、抱えていた赤ん坊が泣き始める。どこにも怪我はないかと確認をして安心したのも束の間、体に力が入らないことに気が付いた。
「ダメだっ、この子だけでもっ、誰か!」
この子だけでもどうかと祈っていると、一人の男が声をかけてきた。
「こりゃぁ酷い怪我だ。お前さん、まだ息はあるかい?」
軽い口調で声をかけてきた男へ、藁をも縋る思いで子供を差し出す。
「頼む!どうか!この子だけでもっ」
そう言って、男は息を引き取った。
「これはこれは、空の新星じゃないか。森の子の血が濃いようだが、あの国から逃げてきたのかい?」
「ギャー!!」
「よしよし、まずはお前さんの父親かな?分からんが、この男を土に帰してやろうな」
赤ん坊をあやしながら手をかざすと、土が盛り上がり男の死体を飲み込んでその盛り上がりに花を咲かせて目を閉じた。
「ゆっくりお休み。我らが母の足下は安らぎに満ちている。そこで傷を癒したら、またどこかで生まれておいで」
冥福を祈り、近くの石に腰を下ろして赤ん坊の背中をたたく。
「まるで火がついたように泣くじゃないか。火の民でももっと穏やかなもんだ。腹でも空いてるのかい?そうだ!いいものがあるぞ」
そう言って背負っていた大きなリュックから革製の水筒と木皿を出し、ポケットからはそのサイズに見合わない大きな果物を取り出して木皿に半分潰すように押し付けて果汁を絞り出した。
「まだ果汁だけじゃ刺激が強すぎるだろうからな、水で薄めたよ。さぁたんとおあがり。天の民は肉も乳も受つけんからな」
話しかけながら赤ん坊が満足するまでスプーンで果実水を飲ませ続け、ちゃんとげっぷもさせて抱きかかえる。
「さてさて、これからどうするね?あの獣の子に託されたからにはしっかり面倒を見てやりたいが、俺はこれからこの大陸を出て旅に出るんだ。それなりに過酷な旅になるだろうから、いくら天の民が強いとはいえ、生まれたての新星にはついて来れんだろう」
「うー」
「自分でもどうしたらいいのか分からないんだな?まったく、どこのどいつだ?魔族の”最愛”にちょっかいをかけたのは」
まるで赤ん坊と会話をしているように話し続け、自分の目線まで赤ん坊を抱き上げる。
「しかたがない。空の新星に土の民の奥義をお見せしようか」
「キャッキャッ」
「そうかそうか!空の新星も気になるか!俺の爺様がよく旅先でこれを使ったと言っていたが、まさか俺も旅に出て早々に使うことになるとは思わなんだ。この奥義を使うのは初めてだが、なに、心配はいらん。俺達には母代樹様がついているんだ。失敗なんかありはしないさ」
そう笑って赤ん坊を抱き直し、鞄に付けていたパイプを取り出して火をつけた。
「しかしだ、この奥義を使うには俺たちは相性が良すぎる。土の俺と、天の民とはいえ土に根を張る森の子の特徴が強いお前さん。もしかしたらこの大陸からは出られないかもしれない。”最愛”を奪われた魔族のいるこの大陸からは、俺たちみたいなのはしばらく離れるだろうからなぁ。ちょっとしたお守りをあげよう」
ふーっと噴き出した煙が細い糸状になって赤ん坊を包み、ゆっくりと溶け込む様に消えていく。
「さぁ、これで成人するまで誰もお前さんが天の民だなんて分からなくなった。といっても、俺たちと同じ原初の民には分かるがね。俺達には分かったって困ることにはならないだろうから、ちょうどいいだろう?他の種族に気づかれるとどうなるのか想像がつかんから、少し強めにかけておいたよ」
もしもこれからたどり着いた先がこの大陸であったとしても、これで人間種に紛れ込めると微笑んで地面に赤ん坊を寝かせ、両手をつく。
「我らが母なる母代樹様。母代樹様が根を張った、その土の一欠けらからお願い申し上げます」
両手を置いた地面が光り、徐々に広がって何かの模様を作りながら赤ん坊へと向かっていく。
「貴女様の根本へ帰るには早すぎるこの新星が健やかに暮らせる場所へ、愛され必要とする者たちがいる時代へお導きください」
赤ん坊を中心に光りが強まり、地面に広がっていた模様が色を変えて更に輝きを増した。
「もしもどこかでまた会ったら、一緒に一杯やろう。ちゃんと家に忘れ物をしてきたからな、いつかこの大陸に戻ってくる事もあるだろうし、旅先で出会うかもしれん」
その時にどんな景色を見てきたのか、互いに花を咲かせようと笑って両手を広げ、最後の呪文を唱える。
「
光っていた模様が地面から離れると、キンッと高い音を上げて真円へと変わり赤ん坊を中心にくるくると回った。
そして、その円の内側が歪んで赤ん坊を飲み込んでいく。
「行っておいで空の新星。いつの時代もどんな場所でも、土はある。空もある。その雲から降りたくなる場所を見つける旅の中で、生まれたこの世を遊びつくしな」
その言葉が終わると共に、またキンッと高い音を上げて光る円が急速に縮まり拳大の玉になるとはじけて消えた。
「俺も行くか。いやはや、やればできるもんだな」
そう呟いて、大きなリュックを軽々背負い直すと歩き出す。パイプを咥えて煙を吐き、時々鼻歌を歌って赤ん坊に半分食べさせた果物の残りを食べていた。
「旦那様!!大変でございます!!」
「どうした、まさかクロエの体調が悪化したのか!?」
「い、いえ!そうではございません!」
先日死産を経験したばかりの公爵夫人の横たわる部屋へ入ると、何人もの侍女たちが公爵を振り返った。
「これはっ、」
「突然光りの中から現れたのです。もしかしたら、妖精たちが悪戯をしようと思ったのかもしれません」
夫人の容態を見ていた主治医が、本来公爵家の跡取りが眠るはずの揺り籠の中でスヤスヤと眠る赤ん坊を示す。
「妖精、チェンジリングか!」
「はい。ですが御子息はすでに手厚く弔いをしておりましたので、」
「違います!私は不貞など働いておりません!信じてください!」
「当たり前だ!そんな事を疑ったことなど一度もない!」
「私の子っ!私の子を返してっ!」
「奥様、今はゆっくりお休みください」
主治医が小声で呪文を唱えると、取り乱していた公爵夫人が静かに眠りだした。
「奥様が御子息の事を受け入れる前にこの子を見てしまい、」
「、そうか・・・。それでもいい。それで死産であった事が忘れられるのなら、それでも構わん」
「ですが、」
「この子に罪はない。どうやらエルフの子のようだが、クロエも子供の成長を見れば気が変わるだろう」
もしもこの子に辛く当たるようなら、自分たちが手厚く保護をすればいいと尖った耳の美しい赤ん坊を見つめる。
「妖精の悪戯とは言え、この子も親から離された可哀想な子だ。出来ることはしよう」
「かしこまりました」
「クロエには私が不貞を疑っていないと言い聞かせてくれ。実家で辛い思いをしていたんだ、離縁でも言い渡されてあの家へ戻されると思えば、更に不安がるだろう」
「はい、それは我々も承知しております」
「では、まずはこの子の名前を決めなくてはな」
公爵は、自分の子に与えるつもりで考えていた名前を口にしようとした。
しかし、どこかから囁くようなか細い声が聞こえたような気がして振り返る。
「どうかなさいましたか?」
「いや、・・・チェンジリングに合うくらいなんだ。そういったモノに縁があるのか」
加護か、あるいは呪いかと独り言をこぼしながら赤ん坊を見下ろす。
「フェアグリン。私はお前をそう呼ぼう」
