7.学園生活(続き)
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夜の見張りは騎士たちが交代でしてくれる事になったので、他の皆は車の中でゆっくり休むことができた。
「おはようございます。夜は何もありませんでしたか?」
「おはようございます」
「動物や魔物はいたんですが、」
「ミツル殿の結界から入ってくることはありませんでした」
「やっぱり満ちゃんの結界があると安心感が違いますよね」
「お役に立ててよかったです」
これから朝食の準備をしますねと笑って、車の中へ戻っていく満と、車の整備へ向かう茂。
「整備が必要なのですか?」
「出発前に点検はしているので、大丈夫だとは思うんですけどね」
「これから戦闘が続くことを考えると、外の収納庫にポーションや包帯なんかを詰めておいた方が使いやすいと思いますよ」
「やっぱりそうだよねぇ」
聖国の町にも結界を張ったとしても、パニックになった国民同士で怪我をする事もあるだろうし、状況が分からず町から出てしまう者もいるかもしれないと言って大量のポーションや治療に使う備品を収納庫に収めていく。
「皆さんも、これから怪我をした時はすぐに声をかけてくださいね?変に我慢をしたりすると悪化してしまう事もありますから」
「悪化してからの方が必要なポーションの等級も、回復魔法の難易度も上がりますので早めに自己申告をお願いします」
「あ、智賀くんも回復できますよ。うちにいる回復役は望ちゃんと現津さん、智賀くんと優ちゃんくらいですかね?私もできますけど、魔法ではないので」
「梅智賀に回復を依頼した場合は一言苦言がありますので、受け入れてください」
注意しても直らなかったと茂にも言われ、緊急時以外は梅智賀以外に頼もうと心の中で誓う。
「キリルくんも回復ができますよ。ただ車の側にいる事が多いと思うので、前線に出る事はほとんどありませんね」
連れているホムンクルスも医療向きの子なので、戦闘には向かないのだと言いながら作業を続けた。そうしていると他の皆も起きてきて、朝食の準備を手伝い始めた。
「やっぱ来年はみのり屋でベッド買うかな」
「大事だよね」
「学園のベッドも十分いいもん使ってんだけどな」
贅沢に慣れてきてるとジンが言いながら肩を回し、床で寝ていた時とは体が違うと言う。
「床で寝てたのかよ」
「スラムにいた頃は雑魚寝が当たり前だったからな」
「ああ、そういう事か」
「三十代から床で寝ると次の日体が使い物にならなくなってきますよ」
「四十代になってからそれをすると命に関わってきます」
「床で寝る代償がでけぇ」
術師団からいかに体が固まって動かなくなるかを教えられ、若い術師たちもベッドで寝る事の重要性を学んでいた。
「アツヒロが来るまではここにいるんだよな?」
「はい。場合によっては今日の夜になるかもしれませんし、そうなるともう一泊はここで過ごすことになりますね」
「榊の書いた本がどんなもんなのか、想像もつかねぇな」
「内容は我々にも分かりませんが、小説であることは変わりませんよ」
誰の視点で書かれているかでも印象は変わるでしょうしねと言われ、それは確かにと頷いて全員で朝食を済ませ、森の探索へと向かった。
それから一時間程して、一羽のカラスが車の上に停まった。
「以外に早かったですね?」
「アツヒロさんが来たの?」
「ええ」
「野宿お疲れ~」
「なんか癪に障るな」
「野宿って思えないくらい快適だったけどね」
「本は書きあがりましたか?」
「昨日の夜中に終わりましたよ。榊さんもずっとゾーンに入ってたんで、今は疲れ切って寝てます」
製本をしてからすぐに持ってきましたと、手の平から一冊の本を出して現津に渡した。
「俺たちはもう読んだんで、とりあえず準備を始めましたよ」
どんな内容で、なんの準備を始めたんだと皆が集まってくる中、現津がパラパラと最後までページを捲って茂へ差し出した。
「確かに、これは被害が大きくなるでしょうね」
「ミツルの結界があるのに?」
「地響きはどうにもできませんから」
「ああ!なるほど!!」
「この大陸の建物の耐震強度ってどのくらいなんだろう?」
「30年前のスタンピードの時、魔物の被害はなかった周辺の町でも家屋の倒壊などがありましたね」
「俺らがした準備は、教会と王宮、学園の強度を豊さんの付与で一時的に上げた事と、避難場所の確保。ギルドにも連絡して手の空いてる職員とか冒険者とか、その辺に森には行くなって通達してもらった感じ」
揺れたら一時的に街の門を閉めて、締め出された奴がいたら火の民が空から連れてきて入場手続きをしたりするようにする。街の住民を避難させる。こんな感じかなと指を折りながら言う。
「後は~、飲み水の確保の為に井戸水を出来るだけ汲んでおくように言ったり。揺れると井戸が軋んで落ち着くまで飲んだりできないしね~」
「信じない人とかどうするんですか?」
「そりゃ俺たちで確保しといたのをあげたりするよ。まぁ、災害で全員助けるとか本人もそのつもりで動いてもらわないと無理だから、お客様気分で助けてもらうのを待ってるだけの奴は後回しだけどね~」
それで死んでも自己責任でという圧紘を責める者はいなかった。
「スラムの奴らとかは?」
「あの子たちはもう学園に避難してきてるよ。全員じゃないけどね」
とりあえず、みのり屋で雇ったことのある子供と大人、雇った事はないが話を信じてくれた者たちは学園長の許可が下りたので校庭にテントを出して避難しているという。
「森に行けないってなったら仕事も大分減るから、それなら無理に稼ごうとしないで逃げるって来てくれたよ。あいつらの方が危機管理出来てて助かるわ」
「スラム街は老朽化した建物も多いし、崩れる前にみんな逃げられるといいんだけど」
「まだ何も起こって無い内に無理に連れ出すと、俺らが人攫いになっちゃうんで、これが限界ですね」
こっちはこっちで準備をしているし、みんなのコピーを作ってどうにかしのいでいるので気にしなくていいと眉を垂らしながら笑って見せる。
「これからスタンピードと聖国の歴史に立ち向かうんですから、そっちに集中してください」
「ありがとう、私たちも出来るだけ早く戻るようにするから、あんまり無理しないでね?」
「はい。ほんと、あいつらがいたら俺の負担も減るんですけどね~」
「あいつらって?」
「俺たちの仲間」
今は離れて行動をしているのでここにはいないがと言って笑った。
「じゃ、俺は戻りますね」
「届けに来てくれてありがとう」
「はい、お弁当」
満に渡された包みを受け取ると、笑顔で礼を言って仮面をつける。
「みんなも死なない程度に頑張ってね~」
手を振って姿を消した圧紘に、錬金術師たちは顔を見合わせてポーション足りるかなと在庫の確認をし始めた。
「聖国と王都は距離がありますから、地響きでの影響も早い段階で落ち着くと思いますが、」
「グロスター辺境伯領は近いからな。一番被害が大きいかもしれん」
「シリウスくんがそう思うなら、きっとオルギウスさんも手紙とかで連絡を取ってくれてるんじゃないかな?」
「陛下が?」
「シリウスは、陛下と思考回路といいますか、感性といいますか、その、とても似た考え方をするので」
クミーレルが絞り出すように説明をすると、そういえばクミーレルの養子たちの中で一番オルギウスと会っているのはシリウスの様な事を言っていたなと思い出す。
「それで陛下も直接お会いしてくださるのですね」
(本人だもんね)
(うん)
「私も本を読んでこれからどうやって行動するか考えたいから、みんなはもうちょっと自由にしててね」
「分かった」
「あたし薬草を採りに行きたいから、森に行ってくるわね」
「俺も行くわ」
「今日森に行かないように言ってるってことは、王都でこれからポーションが必要になった時は足りなくなるかもしれないしな」
「ここって一応グロスター辺境伯領だけど、町から七日は離れてるって言うし、この辺の薬草なら取りつくしても大丈夫かな?」
「グロスター辺境伯って聖国の影響も大きく受けてるから、回復魔法を使える魔法士が多いの」
薬師はもちろんいるだろうが錬金術師はいないだろうし、薬草を一時的に失ったからと言ってあまり影響はないはずよとサブリナの言葉を聞き、それなら遠慮なく採取しまくろうと森へと入っていった。
「そういえば、聖国では回復魔法が主流で薬草を使った薬は少ないのでしたか」
「は、はい。その、森にも、入ることのできる範囲が狭く、」
「そういう事でしたか」
ならこの森で採っていった方が困らないだろうと、術師団員たちも森に入って薬草を採取し始めた。
「私も採取に向かう。皆も車の護衛を残しついてきてくれるか」
「かしこまりました」
「魔法士の方を数名こちらに残してください。採取した薬草を洗って選別をしますので、水が出せると助かります」
迅速に動き始める王国の皆を見て、聖国の者たちも出来ることはないかと立ち上がった。
「では、私たちと共に行きましょう。薬草の見分け方をお教えいたします」
「ありがとうございます」
皆がそれぞれ動いている間、茂たちは本を読み、これからどう行動するかと話し合う。
「この規模のスタンピードですか、なら私も戦った方がいいですね」
「私もそうしようかしら。キリル、フォローはお願いね?」
「はい、分かりました」
昨日から薔薇を育てて収穫していて本当に良かったと、森の一部に出来た青いバラ園からさらに薔薇を採る。
「これから移動ですよね?ならこの薔薇はもう抜いちゃいますね。ラフィーネ、手伝って」
「タブンネ」
キリルが青薔薇の木を処分している間、森から戻って来た皆が薬草の下処理を終えて車に乗り込み始めた。
「みんな、忘れ物はない?」
「大丈夫ー」
「全員いるよ」
「じゃぁ、これからの話をちょっとだけするね」
榊が書いた小説は、やはり聖国についてのお話だったという。話の中には聖国を今呪っている魔族の事も出てきていたとの事だった。
「後、信じがたいかもしれませんがイアグルス教の神様についてのお話もありました」
「、」
クリストファーもだが、護衛の聖騎士たちの方が大きく反応したように思う。
「魔族の方とイアグルス様については聖国に着いてから一斉にお伝えする方がいいと思うので、それは後でにしましょう。問題なのは、今教会の地下に天の民の男の子が閉じ込められている事です」
「天の民!?」
「精霊種がいるのですか!?」
「はい。クリストファー様、ティアナ様」
「は、はいっ」
「これから不敬とも取れる、聖国の闇の部分を口にすることをお許しください」
「や、闇?」
「何か、私たちでも、知らない事が?」
「多分、クリストファー様が王位を継承した時に知らされる内容なんだと思います」
聖国の王族は、今までずっと天の民との子孫を残そうと試みてきたのだと言う。
「、え?」
「ですが、精霊種は自身が恋をした相手としか結婚も子供を作る事もしません」
なので、今まで天の民との間に子供が出来たことはなかった。
「しかし、現聖王陛下は天の民との間に一人のお子さんが生まれました」
「つまり、」
閉じ込められている天の民と恋をしたという事だ。
「陛下は現在57歳。王位継承したのが18歳の時。天の民との間にお子さんが生まれたのは25歳の時。精霊種は人間種よりもゆっくりと年を取りますので、生まれたお子さんは現在32歳ですが、外見は人間で言う6歳くらいとなります」
「そんな、我々に、兄が・・・」
「で、ですがっ、精霊種との子孫を、残したいのであれば、隠す必要が無いのでは?」
なぜ王族の血を引く天の民を公表せず今も幽閉しているのかと聖騎士たちに聞かれ、まっすぐと見上げて口を開く。
「生まれてきた男の子が、赤毛の赤目だからです」
「、」
眼を見開いて固まる聖国出身者たちを見て、王国の者たちは首を傾げたまま話が見えてこないと困惑する。
「髪と目の色が赤い事が、何かあるの?」
「これは、・・・聖国の因習です」
「殿下」
「種族だけじゃない、生まれ持った外見的特徴だけでその一生を蔑ろにしていいはずがないんだ」
ティアナを見てハッキリと言い切ると、クリストファーが聖国には赤毛赤目は娼婦の子供で悪魔の使いと言われて排除される習慣があると説明をした。
「娼婦って、まぁ、イメージが悪い職業なのは分かるけど」
「なんで悪魔?」
「そもそも娼婦だって一人じゃ妊娠しねぇだろ」
「その答えが即座に出るあたり、理系って感じね」
「聖国は宗教国家だから、国全体で三大欲求はできるだけ抑えて生活しましょうっていう教えなんだよ」
「なので娼婦は悪の象徴みたいに言う者もいます」
「でも職業に出来るって事は、利用してる奴がいるって事だろ?」
「なら娼婦を蔑むのっておかしくない?」
「男を淫らに誘惑する悪者、つまり悪魔って立ち位置なんだよ」
「結婚してたり恋人がいる人が一方的に誘惑されたんなら言いたいことも分かるんだけど、」
「職業って事は最後はお金払ってるのよね?」
「お前たちは情緒をどこに置いてきたんだ?」
むしろなんで男女でこの会話が出来るんだとシリウスに言われ、医療と生物について研究をして来た者たちにそんな事を言われてもと返される。マイケルは爆笑していた。
「つまり、聖国では忌避される子供が生まれてきたし、天の民を閉じ込めてた事も知られてないし、このまま無かった事にしようとしてるってことね?」
「そういう事」
「とはいえ王族の血を引いた希少な精霊種だ。殺すこともできず、今も生かしているんだな」
「・・・本当に、聖国の闇ですね」
「んー、この本を読む限り、天の民と聖王陛下は本気で愛し合ってたみたいですけどね?」
陛下は生まれてきた子供を見ても偏見は向けず、自分の子供として可愛がっていた。母親の天の民も、出会いと状況が最悪ではあるが、状況を変えようと動く陛下の事も子供の事も、心から大切に思っていた。
「でも、地下に閉じ込められていた時間が長すぎて出産で体力を使い切ったんだね。そこから五年もしないで死んじゃったみたいですよ」
「精霊種の五歳は人間でいう一歳程ですから、子供に母の記憶はないでしょうね」
「・・・そうですか」
「聖王陛下は、確か数十年前から伏せることが多かったと聞いている」
「はい、その通りです。私たちが生まれた時から、お元気にしておられる姿を、見たことはありません」
「ティアナが回復魔法をかけた時は、気分が良くなったと、少しだけお言葉を下さることもあるのですが・・・」
執務の時間も短く、自室で横になっている事がほとんどだと呟いた。
「愛した人と、その子供の為に国を変えていこうとした時に奥さんを亡くし、国を呪っている魔族が何に祈っているのかに気が付いてしまった事で心が折れたんでしょうね」
「?どういう事でしょうか?」
「天の民は、死ぬと肉体が石になるんです」
「はい、授業で教わりました」
「想像が難しいかもしれませんが、」
「もしも私が死んだのなら、この形のまま石になる。それは、人間種たちから見ると死体ではなく精巧に作られた石像と映るだろう」
「、え」
金剛の言葉に、聖国の者たちとフェアグリンが目を見開いて固まった。
「石像、それは、」
「教会の裏に、」
「そんな!」
つまり、聖国を呪っている魔族が祈るように膝をついて向かいに立つ石像は天の民の死体という事になる。
「形あるものはいずれ壊れる。石像と思われる形も風化し、時間が経てば地面に落ちるただの石と何も変わらなくなるだろう」
そうして石としての形もなくなり、砂となって消えて行く。死ねば皆土にかえる。それが自然な事だと言われ、開いた口が塞がらない。
「陛下の、陛下の寝室にも、石像がっ」
「共に眠る日を待っているのだろう」
「今、聖国の政治は誰が担っている?」
「教皇が、中心になって担っております」
「フェアグリンさんが天の民の事を知らされていなかったのは、人間族ではないからでしょうね」
「、つまり、教皇の周囲にいる皆は、全て分かったうえで黙認している。という事ですね」
「そうでしょうね。というか、皆さん本気で聖国を救おうとしているんだと思いますよ」
「こんな非道な事をしておいてか?」
「天の民を地下に閉じ込めた事は確かに非道なんだけど、国に邪気を払う力で蓋をしてアンデッドが出ないようにしてるのは知ってるとか、そのくらいの知識しかないんじゃないかな?」
天の民がどんな種族かも知らず、ただ昔国を魔族から救ってくれた救世主だと思っている可能性があるという。
「もしも、もう一度その力を国の為に使ってくれたら、今度こそ魔族の呪いが解けて救ってもらえるって思ってるんじゃないかな?」
「・・・なるほど」
「もしかして、魔族が呪うだけの事をした自覚っていうか、歴史?事実?は伝わってない?」
「クリストファー様たちが前に言ってたでしょ?聖国では魔族が一方的に襲ってきたって言われてるって」
「うわー・・・」
「こりゃ、悪い方にしか行かねぇ訳だぜ」
「聖国に着いたら占ってみましょうか」
「今占ってよ」
「正確に見るなら、その土地の水を使った方がいいのよ」
「一度茨の中に隠れて占いましょう」
もうすぐ聖国だと、外に見えてきた茨の壁を示した。
「なんだありゃあ!?」
「茨って聞いてたけど!マジで森を茨が覆いつくしてる!!」
「え!?道なくない!?」
「かろうじて獣道のように残っているでしょう」
見ていろと、梅智賀が軽く魔法で攻撃をすると一瞬道が開けたが、すぐに生えてきた新しい茨で道が塞がれた。
「すげー!!?」
「成長速度半端じゃねぇ!!」
「なので、聖国へ入国できるのは体力、魔力が充実した冒険者などの護衛が必要になります」
「聖国が外交を国内で済ませている理由はこれですね」
梅智賀がもう一度大きく茨を切り裂いて車を進ませ、そのまま教会の裏にある森へ向かわせた。
「状況が状況です。これからスタンピードが始まるので使節団としての挨拶などは全て終わった後にしてください」
「スタンピードが始まる前に、みんなにこの国の状況とか呪いの事とか知ってもらわないと、いたずらに騒がせるだけだから、強引になっちゃうのは許してね」
「スタンピードってもう始まるの!?」
「皆が午後からの仕事の為に休息を取ろうと声をかけあっているという描写がありますので、これから数時間もすれば始まりますよ」
「昼ごろという事か!」
「本当にあと数時間じゃねぇか!!」
そう言い合っていると車が止まり、全員で周囲を確認しながら降りた。
「つむぎ、水の調達をお願いします」
現津がそう言うと、みのり屋の皆が歩き出すのでついていく。
「これが、」
「茨の、魔族?」
髪が茨になった一人の女性が、石像の前で膝をついて目を閉じていた。教会の壁も、森の中も、どこもかしこも茨で覆いつくされていると言うのに、向かいに立つ石像には絡みつく事もなく無傷で残っていた。
「これが、死体?」
「本当に、知らなかったらただの石像って思っても仕方がないわね」
そう話していると蜻蛉切の近くで一度だけ見た紋が光り、和とフーズ・フーが現れる。
「来てくれてありがとう。そっちも忙しかったんじゃない?」
「ううん、ちょうど移動してた時だったから忙しくはしてなかったよ」
「なんだここ、辛気臭ぇ場所だな」
周囲を見回していたフーズ・フーが、抱き上げていた和を地面に下ろして気が付く。
「あ?魔族じゃねぇか」
「あ、本当だね。ホーキンスみたいな能力持ってる?」
「そうみたいです」
状況を何も知らない和が茨の魔族へと近づくが、襲われる事はなかった。
「茨が襲ってくるかと思った」
「俺も」
「人が好きなタイプの魔族だったんじゃない?」
無条件で誰も彼もを拒絶している訳ではないのかと、術師たちもゆっくりと近づいて周囲を見回す。
「ここ、教会の裏庭なんだよな?」
「なんか、裏庭っていうか、正門みたいな作りじゃない?」
「だよな?」
錬金術師たちが話しているとつむぎが汲んだ水を優に差し出した。
「ありがとう、これから天の民の男の子がどこにいるか見てみるわね」
優が今にも朽ちそうな階段に座って膝に水盆を置き、水を注いで覗き込む。すると、教会からいくつもの足音がこちらへ向かってきた。
「殿下、お戻りでしたか」
「教皇」
自国の王族を迎えるにしては、棘のある声音と視線だった。
そして、フェアグリンとその後ろにいる神官たちを見て、クリストファーへと視線を向ける。
「まさかとは思っておりましたが、本当に国をお捨てになるとは」
「?なんの話です?」
「殿下からの手紙は、私も全て目を通しておりました」
王国での暮らし、街の様子、みのり屋との関わりが出来た事。
そして、人間族以外の種族についての授業を受けた時の衝撃と、聖国を呪う魔族がこれから1000歳を迎えて呪いがさらに広がり他国までもを襲う事。
「聖女であるティアナ様までもが国民たちを裏切るとは・・・」
「何を言っているのですか!?」
「私たちが国をっ、国民を裏切るだなんて!」
「こうして謀反まで企てておきながら言い逃れなど見苦しい!悪魔に魂を売った異端者どもが!!」
この言葉で、教皇がどういう勘違いをしているのかを理解した。とはいえ、こちらもこんな所で言い争いをしている暇はない。これから数時間もしない内にダンジョンから魔物が溢れてきて押し潰されるかもしれないのだ。
「めんどくせぇな。殺すか」
「最悪のカードを真っ先に切ろうとするな」
梅智賀にツッコミを入れているマイケル達を横目に、フェアグリン達も誤解を解こうとしている中で優が顔を上げた。
「あの入り口から入って真っすぐ階段を下りた一番下の地下牢ね」
「!」
「地下牢?」
地下に閉じ込められているとは聞いていたが、牢屋に閉じ込められているのかと金剛が優に顔を向けた。
「ええ、聖王陛下が体調を崩して顔を見に行けなくなったのを切っ掛けに、天の民の邪気を払う力に頼ることは諦めたようよ」
「王族をっ、罪も犯していないのに牢に閉じ込めているのですか!?」
クリストファーが信じられないと教皇を見上げるが、教皇からは忌々しそうな表情が返ってくるだけだった。その顔を見て、クリストファーと共に王国へ来ていた聖騎士たちがきつく拳を握りしめる。
知らずに犯していた過ちとは訳が違う。
無知であったとしても清廉潔白だと信じていた教会の裏側に失望が溢れていると、金剛の怒号が響いた。
「馬鹿者!!!」
その声に合わせて放たれた衝撃波で、空気がビリビリと揺れる。というか、教会の壁から小さく崩れた外壁が落ちて来た。
衝撃波が来る前に耳を塞いでいたみのり屋に、ずるいだろと心の中で愚痴る王国の者たち。
「幼子を守るべき立場の者がその手で幼子を害するなど!優、道案内を頼む」
怒鳴った後に肩から力を抜き、金剛を見上げて「ほぅ」と頬を染めている優の案内で教皇たちをどかせながら教会の中へと入っていった。
「優先生、金剛先生のああいう所が好きだったんだ」
「あいつは昔から男の趣味がいいぞ」
「追われるよりも追いかけたい所あるんだよねぇ」
進と茂がそう言っていると、放心状態から戻って来た聖騎士達が追いかけようとするのをクリストファーと共に王国へ行っていた聖騎士が止める。
「これ以上罪を重ねるな!」
「それはお前たちだ裏切者ども!」
「醜いですね」
「クリストファー様達の心もえぐってるから、今は言わないであげて」
騒いでいると、すぐに金剛が一人の男の子を抱いて戻って来た。赤毛と聞いてはいたが、薄汚れていて髪色はいまいち分からない。
しかし、病的なほどに痩せこけ、骸骨のようになっている顔に付いている目が赤い事は分かった。
「32歳にしては小さすぎる。いくら天の民とはいえ、子供の頃は食事も必須だと言うのに」
腕の中で泣きも喚きもしない子供を見て金剛が頬を撫でるが、視線がかみ合わない。
「栄養失調ですね。それで視力が落ちているんです」
望が駆け寄り診察をして、茂がポーションを飲ませればようやく焦点が合い、自分を見ている大人たちに怯えた。
しかし、視界に入った茨の魔族を見て暴れ出す。地面に下ろしてやると、獣のようなうめき声を口から発して走り始めた。
「あァっ、あッ」
「言葉が話せないのか」
「五歳からずっと一人でいたのなら、仕方がありませんよ」
「嘆かわしい」
体の動かし方も分からないようで、走ってはいるのだが何度も転び、短い距離で何ヵ所も擦り傷を作り、茨で怪我をしながらようやくたどり着いて手を伸ばす。目を閉じて動かない茨の魔族の頬に触れた。
「ア、いっ、オ」
言葉にならない声を上げる男の子の後ろに優が立ち、優しく魔法をかける。
「大丈夫よ。あなたはきちんと話せるわ」
手の中で紋が光った途端、獣のようでさえあった泣き声が人の物になった。
「ず、ぎっ、ああ!」
すきだよ、しぬほど
そう言葉になった時、眠りについていた茨の魔族が目を覚ます。
「やっと、やっとまた会えたのね」
体を包んでいた茨が緑色の美しい髪へと変わり、生きる屍のような男の子を細い腕で抱きしめた。
「あなたのいない世界なんて、いらないわ」
あなたしかいらない。
「ライアン」
悪魔と呼ばれた女性が、血の騒いだ魔族特有の恐ろしい目から涙を流して微笑んでいた。
「現津さん、お願い。規模が大きくなっちゃうんだけど」
「お任せください」
笑顔で頷き、幻術を展開させて聖国を飲み込んだ。
まるで、みのり屋のテントで演劇を見ていた時のように頭上が暗転し、800年前に聖国で何が起こったのかを映し出していく。
教会の正面から、国中の住民たちが混乱している悲鳴が聞こえて来たが、幻術を解くことはなかった。
