7.学園生活
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「お疲れでしたー!」
「ああ~!!」
「終わったー!」
「あー!!」
看板を下げて扉を閉めた茂の声に、アルバイトの子供も大人も全員が声を出しながらその場で座るように崩れていく。
「お疲れ様~」
「いやー、今日もマジですごい人だかりだったな」
「万引きはいたが、喧嘩のような問題は起こらなくて良かったな」
「あの人数の中で万引きを見つけられるのか・・・」
よく見つけられるなと座り込みながら言うので、それが仕事だからなと笑って皆を立たせる黒服たち。
「明日も忙しいと思うけど、今日ほど商品の数もないから安心してね?」
「明日は何屋になるんですか?」
「ふふ、明日はねぇ」
その答えを聞き、本当にみのり屋は何でも屋なんだなと言いながら風呂に入りに行った。
次の日、いつものように朝食を食べて準備をしていると、すでにテントの外が賑わっているのが聞こえてきた。
「みんな毎日気が早いね?」
「お菓子屋さんとかも良かったのかな?」
「あんなお菓子屋さんは見たことがありませんからね」
「もう何屋でもみのり屋なら見なければもったいないと思われている証ですよ」
神官たちが子供たちの食事を介助しながら笑っていて、そう思ってもらえているのなら嬉しい限りだと御代わりはもういいかと声をかけながら朝食の時間が終わる。食事が終わった後は身支度を整え、開店の準備に移った。
「じゃぁ、今日も一日元気に頑張りましょう!」
「おー!」
子供たちが保育室へ入り、今日のメニューが書かれた黒板を持って扉を開ける。
「お待たせしました。店内へどうぞ」
本日のメニュー「付与術士の部屋」
「付与一回銀貨15枚?!」
「もちろんどんな付与にするかにもよりますけどね」
「仕立もできますから、付与無しでお洋服や鞄、帽子の他にも、武器や防具を一からお作りすることもできますよ」
すでに持っている物の強化や手直しも請け負いますよと、カウンターに座った茂が一度精査をすると話している後ろでは、ディスプレイされている商品を見て何人もが声を上げていく。
「この皮鎧!強化の付与がされてて鉄の鎧と同じだけ強ぇの!?」
「こっちのローブは鎖帷子並み!?布製なのに!?」
「すご!?」
「付与(弱)の目安としては、グレートウルフに二回嚙まれても耐えられるくらいですかね」
「本当に鉄の強度じゃねぇか!」
ドワーフの冒険者が鉄の強度を知っていたようで、驚きながら魔法士がよく着ているローブを持って触りだす。
しかし、触り心地は普通の布と何も変わらなかった。
「そのまま引っ張ってみてもいいですよ」
至に言われ、恐る恐る引っ張るが千切れることはなく、さらに本気で握って引くが皺が付くこともなくほころび一つ付けられなかった。
「あんなに引っ張ったのにっ、まったく変わってない!?」
「並べられている商品は豊が付与と相性のいい素材で仕立てているので、お手頃価格ですよ!」
「相性の悪い素材に付与をするとなると少し無茶をしますから、完成品の寿命が短くなってしまう事もあるんです」
望の説明を聞き、何にでも付与はできるが長持ちさせたいなら何にどんな付与をするか考える必要があるって事かと騒ぎだす。銀貨15枚は決して安い値段ではないが、それで命をかけた局面が変わることをよく知っている冒険者たちにためらいはないらしい。
「すまない。”銀貨15枚から”と書かれているが、それ以上の金額になる付与も出来るという事か?」
「はい、できますよ。付与の重ね掛けもできますし、強力な物を一つにすることもできます」
強力な付与をしたい場合は、耐えられる素材も高価になってくるので金貨数百枚以上は必要になってくると満に言われた男は、それは妥当な料金だなと頷いて店内を見て回り始める。
「この胸当てって強化の付与できる!?」
「失礼しますね。はい、できますよ。この皮でしたら弱めの強化なら耐えられそうです。もしももう少しご予算がありましたら一度全てばらして、こちらで強度の高い糸でもう一度お仕立てできますよ」
そうすれば強化(中)まで耐えられるようになると言われ、「それで!」と即答で返事をするので笑ってしまった。
「では奥へどうぞ。豊ちゃんがいますので、そこで仕立て直しをいたしますね」
案内されて作業台の置かれているスペースへ向かうと、凄まじいスピードでバラし、ものの数分で再度縫い直していった。
「どうですか?採寸もしたのでサイズは問題ないと思いますが、肩周りに皮を追加したので動作確認をお願いします」
「動きやすっ、え!?軽くなってない!?」
「重さは変えていませんよ」
多分ずれないようにきつく締め付けていたからそう感じるんだろうと笑って手直しをした部分の説明をし、納得の出来ということで料金を支払った。
「強化が出来たとはいえ防具が頑丈になっただけですから、あまり無理はしないでくださいね」
銀貨でこんなに高品質な付与が出来るのかと、何人もが武器や防具を差し出してくる。
「あ、こちらはうちで購入いただいたナイフですね。大切に使っていただいてありがとうございます。こちらでしたら二割引きで強めの付与をかけることができますよ」
「マジで!?」
「強めってどんくらいだ!?」
「そうですねぇ、ダンジョンに100回以上潜っても大丈夫くらいでしょうか。使い方次第ですけど」
みのり屋製はなんの素材でどんな作り方をしているか分かるのでと言って、トレーの上でナイフを分解していく。
「こちらは利刃さんが倒してくれた魔物とサクランボの木、私が造った部品で構成されています」
強化の他に錆止めもできますし、二割引き分の料金を追加で支払う事ができるのなら油さし不要にもできると言うと、持ち主の冒険者が頭を抱えて崩れ落ちる。
「剣(主力武器)よりもナイフの方が強くなっちまう!!」
「家族経営の強みですねぇ」
付与には相性が重要なのだと笑って返した。
「なぁ!騎士団長の剣にも付与をしたって本当か!?」
「あのお仕事は楽しかったですよ。ドワーフの刀工が鍛えた剣の、とても素晴らしい一品でした」
素材も申し分なかったから思う存分付与をかけられたという豊に、さすが騎士団長の愛剣は違うなぁと憧れのような納得のような声を漏らす。
そして、付与の終わった自分の武器に目を輝かせて受け取った。
「こいつで来年までに稼ぎまくるぞ!」
「またいらして下さるのをお待ちしていますね」
だから無理はし過ぎないで下さいねと見送り、次の依頼に取り掛かる。
「ドレスは注文できる?」
「もちろんですよ」
やってきたのは、お忍びの格好をしたマリーだった。小声でこれから第二王妃のヴァイオレットと第三王妃のフローレンスも来るからその心算でいてと言われ、先に教えてくれたことに礼を言う。
「ドレスのご注文はすぐにお渡しが出来ませんので、後日のお届けになりますがよろしいですか?」
「もちろんよ」
「ではこちらでお待ちください。榊ちゃーん、お願いね」
「任せてぇ~」
よろしくお願いしますとマリーの向かいに榊が座り、バインダーを出していると圧紘が大量の画材が入った箱の蓋を開けた。
「ざっとイラストを描かせていただきますねぇ~」
まさか自画像をここで描かれるとは思っていなかったが、そんなに時間はかからなかった。
「はい、ありがとうございました。ではこちらで採寸をさせて頂きますねぇ~」
カーテンの奥に案内されるとつむぎがサイコキネシスで採寸をしたので、そのメモとイラストをクリップでまとめる。
「ではぁ~、どんなデザインのドレスがいいかのご希望はありますか?」
着たいシチュエーションに合わせて色とデザインも変わるだろうしと、いくつものデザイン画を見せていく。
「こんなに種類があるのね!どれも素敵なデザイン!」
デザイン画が並べられたテーブルの隣にあるサイドテーブルにお茶が運ばれてきて、その香りに口を付けると自分好みのお茶だと嬉しそうに笑ってカップを戻す。
「テントの中だっていう事も忘れそうだし、出てくる物も何もかもが想像の遥か彼方の物ばかりだわ」
まるでおとぎ話の住人になったみたいと笑いながら榊に質問を繰り返してドレスの注文をした。
「完成が楽しみだわ」
「テンションが上がって思ってたのと違うものができたらすいません」
「それで落胆している自分の姿がまったく想像できないんだもの、みのり屋ってすごいわね」
少し店内を見てから戻ると笑って歩き出した。
マリーが帰った後にヴァイオレットがやって来て、同じようにドレスの注文をするのだが、差し出されたデザイン画に目の輝きが増していく。
「このデザインで、子供用のドレスも作れるかしら」
「はい、大丈夫ですよ。女の子用のドレスで間違いありませんか?」
「ええ、10歳の女の子よ。色も同じがいいんだけれど、そこは豊の感性に任せた方が間違いないでしょうね」
よろしく頼むわと、第二王妃という立場を背負っている時とは違う勝気でありながら快活そうな笑顔を残して帰っていった。
それから少しして、フローレンスがやってくると店内に驚いて一枚のローブの前に立つ。
「このローブ、魔法士の物よね?」
「はい、そうです。ですが純粋に魔法だけを使う魔法士用というよりは、他にも武器を使う方用の物です」
袖や裾の形がより激しい動きもしやすいようになってるので、戦っている時も邪魔にならないでしょうと言われ、気に入ったわと微笑んだ。
「ドレスの注文をお願い。そしてこのローブと同じものを二枚」
一枚は自分用、もう一枚は男性用でと言われ、笑顔で奥の席へと案内をする。
「お客様は魔法以外の武器もお使いなんですか?」
以前オークの群れを倒した時も魔法以外を使ってはいなかったがと思い出しながら聞くと、これから使えるようにするのと笑った。
「実は昔から何か武器を使ってみたかったんだけど、私全然向いていなくって」
だから魔法だけを磨いてきたんだけどと微笑む。
「鉄扇の事を知ってから考えを改めたの」
今度どんな性能やデザインがいいかしっかりと考えてから注文をするわと言われ、お待ちしていますと笑ってドレスのデザインを考え始めた。
「私用のローブはドレスと一緒に作って欲しいんだけど、もう一つの男性用は予約って事でまだ作らないで欲しいの」
「いつ頃作り始めますか?」
「そうね、六年後にしてちょうだい」
成人のお祝い用だから、届け先はクミーレルの屋敷にお願いねと言われ、誰のためのローブなのかが分かったので注文票に書き込んで了承した。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めですか?」
「魔法と剣を使うんだが、どんな装備がいいか迷っているんだ」
今までずっと剣士が使う鎧の上から外套を着るくらいだったんだがと言われ、それならディスプレイされている防具を見ながら説明を致しますよとひなたが付けられた。
「なるほど、金属の鎧に軽量と消音の付与をすればこのままでも使えるか」
『金属の鎧とはいえ、精巧に作られた物は動きやすいと言われています。ですが、その分関節が柔軟に動けるよう金属プレートを重ねなければならなくなりますので、軽量化はお勧めいたします』
消音も重要だが、気配を読める相手と対峙した時により重要度が上がるのは強化かもしれないという。
『どのような戦闘スタイルかによって優先させる付与は変わってくるかと思われます』
「そうだな。なんと楽しい悩みだ」
これはいつまでも見ていられるなとウキウキしながら店内を見てあれこれとひなたに質問をしているオルギウスと、休憩時間で来てくれたアディとエラ。
「アディ様、何かお互いに贈りあいを致しませんか?」
「ああ、それは良いな。エラにはこれからも世話になること(自由な王族関連)が多いだろうしな」
守護の付与とかどうだと言いながら、アクセサリーを見に行こうとするアディの腕を引いて止めた。
「アクセサリーはいつもお贈り頂いている物で十分すぎますわ。私はもっと違うものが嬉しいのです」
「違うもの?」
「このような魔法士のローブや魔導武器です」
「・・・そういえば、幼い頃アーロン(王国の宰相でありエラの父)が、エラがお転婆すぎると頭を抱えていたな」
お前そんな感じだったか?最近なんかハッキリ言う方向が変わってきていないかと片手で目を覆いながら呟くアディ。
「私もシゲル先生たちを見て学びました。アディ様に男女の駆け引きなどただのスレ違いしか生みません。それでしたらダンジョンでもどこでもご一緒して私の有用性をご理解していただくのが最善手です。火魔法は素材をダメにしやすいようですし、それならヴィクトリアのように剣でも使えるようになりますわ」
「14歳にしてあんなにしっかりした婚約者がいて良かったね」
「素晴らしい肝の座り方ですね」
「お前、それ褒めてるのか?」
「これ以上の褒め言葉がありますか?」
肝が座っていて覚悟と実力のある女性ほど魅力的な方がどこにいますかと、茂の隣に立っている現津に言われて口を閉じたアディは、エラに冒険者などが多くいるコーナーへと引くづられて行った。
「あの二人も上手くやっているようだな」
「お二人とも仲がよろしいですよ。以前はエラ様が普通の女性らしい反応に抑えていらしたのでうまく噛みあっていませんでしたが」
「アディには普通ではない方が良いという事か」
「普通というか、一般的な女性らしいという言葉で連想する女の子という意味ですよ」
エラもその辺を貴族教育の中で上手く調整してきたのだろうと笑う。
「人それぞれ持って生まれた良さが違いますから、そこを隠して不得意な分野で勝負しても、思った結果は出にくいものです」
いくつも武器を持てるだけの器用さと努力でサブを伸ばしてきたのだから、メインを最大限生かせる戦い方をすればそりゃ他と比べられないだけの魅力になるだろうと笑う。
「戦力を一本に絞って伸ばしてきた私が良き夫と出会えているので、あながち間違ってはいないと思いますよ」
「はっはっは!説得力が違うな!」
注文を頼むと言って、奥の席へと歩いて行った。
この日も王宮関係の者たちがお忍びの姿でやって来ていたが、来た者のほとんどが自身の愛用武器に付与をしていった。ヘレンには王宮の支給されている士団員のローブよりも素晴らしい付与がされていると驚かれたので、途中から付与を勉強させてくれと豊に助手が付いたりもしたが、最後まで大賑わいで終わることが出来た。
「はーい、最後までお疲れさまでした!」
今日でバザー最終日。五日間やり遂げた皆が歓声を上げているそこで、つむぎがトレーに乗った袋をいくつも持ってきた。
「みんな本当に沢山働いてくれてありがとう!これからお給料を渡すね」
「やったー!」
「ありがとうございます!」
「ふふ、打ち上げで豪華な夕飯も用意しているから楽しみにしてて」
子供たちには今回も持ち帰るか預けるかと聞いていると、大人の六人がそんな事までしていたのかと驚きをあらわにする。
「ねぇ!去年の分取り出してみてもいい!?ですか?」
今年も手伝いに来てくれていたベンノが給料袋を持って手を挙げたので、学園長から預かっていた魔導具を開いて手を入れてもらう。
「すげー!ちゃんとあった!」
「ベンノくんは去年の分で入学金は足りてるけど、そのまま全部持っていく?」
「いや、これ、入学金以外にも入れてもいいですか?」
「いいよ。入試に合格したら自分で数えて学園に支払うことになってるから」
支払った以外の金額はその時に持ち帰ればいいと言われ、ならと今回の給料の半分以上を移して魔導具に入れ直す。
「シゲルさん達が言ってたみてぇに、変なのに絡まれたから預けとく!」
「そうだったんだ。大丈夫だった?」
「うん!すぐ走って逃げたし、学園に行く途中だったからジンが気づいて追い払ってくれた!」
「良かった。今回も気を付けてね?」
もしも盗まれたら衛兵に言うんだよと頭を撫でる。
「衛兵にも見つけられそうになかったら私たちも探すのを手伝うからね。まだ一年はこの街にいるし」
「うん!」
「やはりスラム街に子供だけでいるのは危険ですね」
孤児院でも受け入れたいが、この子たちはこの子たちでしっかりと生活が出来るだけの力があるのでそれは尊重したいのだがとフェアグリンが溢す。
「せめて安全に寝起きできる家だけでもあれば違うのですが」
「治安は一朝一夕でどうにかなる事ではないですからねぇ」
それこそ全員が学校に行けて生活に困らなくても、犯罪は無くならないだろうと眉を垂らした。
「精霊種だけの里とかでもない限り、難しい問題です」
「精霊種の里って、どんなとこなの?」
他の子供たちも興味を持ったので、今日の寝物語はお話ではなく種族の話にしようかと笑って皆に袋状の鞄を一つと着替えの作務衣を一着ずつ、モコの毛で作った外套にもなる毛布を一枚ずつ渡す。
「荷物を部屋に置いてきたら、ご飯にしようね」
先にお風呂に入ってもいいし、今日は入らないで明日の朝に入ってもいいよと言うと皆が部屋に荷物を置いてすぐに戻ってきた。テントの中を宿屋に変えていると、錬金術師科の皆が入ってきて崩れ落ちる。
「落ち着くー!」
「もう同じ説明すんの嫌だー!」
「貴族うるせー!」
「お疲れ様」
「大変だったんですね」
面倒なことから解放されたことに咽びながら喜んでいる皆を見ている子供たちに、来年から学園に入学したらいろんな事があるから楽しみにしててと声をかけておく。
「まだ二日残ってるけど、それは学園関係者だけだしね」
「一区切りついたって事で、沢山食べてね」
「ありがとうございます!」
「本当にありがとうございます!」
相当疲れているらしいみんなにお礼を言われながらテーブルを囲んでいると、お忍びの格好をした王族たちもやってきた。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
今年も立派な花束をと礼を言いながら、受け取ろうとしている茂を笑顔で遮っている現津を面白がっているミッシェル。
「今年もみのり屋に来ていただいて、本当にありがとうございました」
「こんな催し物を見逃すなどもったいないからな!」
楽しそうに席に座ると、満たちが運んでくる料理を横目にフェアグリンと挨拶を交わしていた。
こうして始まった夕食はお酒も出されたのだが、四年生たちにもお猪口一杯分のお酒が振舞われる。
「少しずつ試してみてね」
卒業式でも出すつもりでいるが、いきなりそこで酔っぱらっても大変だからと言われ、嬉しそうに一口飲んでみて「美味しい!」と目を輝かせる。
「今のは果実酒だよ。まずは味もだけど、アルコールに耐性があるかを確認するのが目的だから」
これが大丈夫なら、好きな味のお酒を探すようにすればいいと言われ、本人たちもどんな変化が起こるかと互いの顔を見合う。
「あ、めっちゃ顔が熱くなってきた」
「あたしは食道が熱いわ。でも意識ははっきりしてる」
「俺は、特に変化はねぇかな?」
「俺酒ダメかもしれない」
イーサンが目を片手で覆って落ち込む。
「味はめっちゃ美味いのにっ」
「それはみのり屋産の酒だからかな」
ただの果実酒でこんなに美味いものは早々ないよと副術師団長のマウロが言うので、「マジかー」とまた落ち込んでいた。
「解毒剤飲む?」
「酒にも効くのか?」
「もちろんですよ。言ってしまえばアルコールも毒がですから」
気分が良くなるか悪くなるかの違いだとオルギウスに説明をしながら、小さな瓢箪を差し出した。
「はぁー、バーとかに行ってみたかったぁ・・・」
「行くだけはいいだろ」
「行って何頼むんだよ」
「・・・水とか」
「馬鹿にされるか追い出されるかじゃない?」
「辛っ」
「冒険者とかがいる酒場には行けるだろ。飯食いに行こうぜ」
「ジュースだって本気で作ればお酒と同じくらいの価値になると思うんだけどね?」
アルコールを飲んだ時のような気分の良さは確かにないけれどと言って、酒屋の前日にも出した葡萄ジュースを全員に振舞うと改めて感動し始める。
「俺ジュースを極めるわ」
「できたら買うから言ってくれ」
「これ美味すぎるよなっ」
「出来たら僕にも飲ませてね!」
「私も!」
ナルとイーラもこんなジュースを飲んだ事はないと喜んでいる隣では、大人たちもこれは買って飲むだけの価値があると頷いていた。
「このジュースを振舞われて不平を言う者などいないだろう」
「教会でもワインの代わりにしたいくらいですよ」
「このジュースは糖度も高いので長持ちしますしね」
冷暗所に保存していたら半年から一年近く保つと言われ、そんなに長く楽しめるのか!と驚かれる。
「上手く保存すればの話しですよ。それこそ錬金術師か料理人くらい腐敗を敏感に捉えられる人が管理をしないと難しいと思います」
だから蓋を開けたら早めに飲み切ってくれと苦笑した。
「クミーレル、錬金術師を増やすにはどれほどの期間がかかる」
「そもそも学園の教師不足も解消していませんので、こればかりは・・・」
「人材育成には時間が必要ですからねぇ」
じっくり育ててあげてくださいと言われ、自分に先見の明が無かったと諦めるしかないかと肩をすくめた。
「食卓を豊かにするのなら、コックさんたちに錬金術の基礎と知識を持ってもらうのがいいような気もしますけどね」
「出来ることは増えるだろうね」
錬金術は台所から生まれた物だしと満も笑い、ジュースや料理は足りているかとテーブルを周り始めた。
大人たちの食事が続く中、榊が種族の違いとその暮らしについて子供たちに話して聞かせていた。
「この大陸でも、昔は色んな種族が一緒に暮らしてたんだよぉ~」
面白い話をしていると、スラム街の大人たちやイーラ、ナルも他の子供たちのように集まりだす。
「いまはなんでいないの?」
「海の向こうにある島で暮らしてるからぁ~、いつか遊びに来てくれるようになると思うよ?」
「この大陸から妖精種と精霊種がいなくなったのは800年前、この王国が建国したのは500年前だ」
種族の特徴をまとめた文献は残っているが、実際に見たことがある者もいなければそれ以上の情報も残ってはいないと王宮勤めの者たちが答えた。
「そういえば、エルフは?エルフって寿命が5000年くらいあるんだよね?」
「そうなんですか?!」
「そうですよ。とはいえ、私はまだ300歳にも満たないですから、エルフの中でも若い分類に入るんです」
孤児院の子供たちにも驚かれているフェアグリンに笑い、冒険者や商人ギルドで手に入るような安価な地図を出した。
「え~っとねぇ、この辺にエルフの国があるんだよぉ~」
「この国にいるエルフなら純粋なエルフが多いだろうから、5000歳近いのもいるだろうけど、他の所にいるエルフもみんな5000歳まで生きられるかは分かんないな~」
「?」
「エルフなのに?」
「いくらエルフって言っても、人間とか獣人とか、寿命が短い種族と結婚したら長生きしないエルフだって生まれて来るんだよ」
「まぁ、純粋なエルフにしたら短命ってだけで、人間族からすれば相当な長生きだけどな」
「ドワーフより長生きもザラじゃない?」
「300年以上は生きるってことだねぇ~」
「フェアグリン様は?」
「私は、どうなのでしょうね」
チェンジリングの自分には、どんな両親がいたのかも分からない。茂や望の授業を受けるようになり、先祖返りという存在を知ってからは両親がエルフでない可能性もあると気が付いた。
「ああ、フェアグリン様は超長生きするから大丈夫だよ~」
「え?」
「病気とか事故とか、暗殺とか?そんな事があれば普通に死ぬだろうけどね」
「・・・」
「それ不敬なんじゃねぇの?」
「不敬か?そこは人として死んどくべきだろ」
「まぁ、妖族でもない限り殺されたら死ぬわな」
「でしょ~?」
「あやかし族は死なないの?」
「ん~、死なないわけじゃないんだけど、他の種族に比べたら死ににくいかもねぇ~?」
「死ぬ条件がそれぞれ違うからな、あいつら」
首を切り落としても生きている者もいれば、生き埋めにしても死なない者もいる。死ぬ条件が全員同じではないと言われ、どんな種族なんだと大人の方が目を見開いていた。
「ある意味、どの種族よりも生命力が強いんだよ」
「っていうか、命を落とすくらいの重傷を与えられるポイントが狭いんだよ」
だから人間種には不死身と言われたりもするが、それは誤解だと笑う。
「ま、あいつらも妖精種らしくのんびり暮らしてるだけだから、喧嘩売ったりしない限り共存も余裕だけどね~」
「昼間は寝てる事がほとんどだから、見つけたら夕方以降に話しかけろよ」
「一目で分かるのか?」
「外見はまちまちだな。人間とさして変わんねぇ奴もいるし、獣人みてぇな奴もいる」
「なら無理じゃねぇか」
無茶言うなと錬金術師科の皆と言い合いながら夜もふけていくと、子供たちが目をこすり始めたので至が歌を歌い出す。
「休みましょうか、ちょっとここらで 泣いてることにも気づいてないでしょう 誰も抱きしめてくれないなら 私が抱きしめてもいいですか」
そう歌うとつむぎがピアノを伴奏し始めたので、ゆったりとした子守歌のような音楽がテント中に響いた。
「あったかくして ゆっくりおやすみ 大丈夫だよ 私は知ってる」
あなたがこんなに頑張ってること 今は力抜いていいよ いい夢見てね
その歌に合わせ、子供たちだけではなく大人たちもラグの上で横になり力を抜いていく。
「誰もあなたに優しくしないなら 私があなたを守るから」
子供たちの頭を、豊が撫でていた。
今日、仕事をしていた時にただの一本の紐で美しい飾りを作り、持ち込まれる武器や防具に付与を行っていた手は、想像以上に柔らかくて温かかい。その手が離れないように服を握ると、柔らかく微笑みながら頬を撫でられた。
「あなたが一生懸命 生きてることを 私は知ってるよ ちゃんと見てるよ」
溢れている光の粒が、体の中に入っていく。光の草原のようなこの、優しい光景を見たことがある気がしてしかたがない。
自然と口が動き、胸の中から、それよりももっと奥の、どこかから自然と出てきた声で呼びかけると、聞きなれた声で返事が返ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「ご飯はできてますよ」
「みんなも顔を洗ってこようね」
昨夜の宴会がいつ終わったのか分からないが、起きたら見慣れた天井があり、部屋を出るといつものようにみのり屋の皆に笑いかけられた。
「あ、昨日お風呂に入らなかった人はご飯が終わったらちゃんと入るのよ?」
「昨日歯を磨かないで寝てしまいましたし、虫歯になっていないかも診ましょうか」
子供たちと洗面所へ向かう望に、一人が抱きつくと笑って頭を撫でていた。
朝食も終わり、昨日渡した給金の入った袋と鞄の中身を確認し、全員でテントを出る。先に帰るオルギウス達を見送り、フェアグリン達神官も孤児院の子供たちと教会へ戻るという。
「みんな、今年も来てくれてありがとうね」
「来年もよろしくお願いします」
スラム街へ戻る皆は圧紘のコピーと転弧が送っていくと言うので手を振り、孤児院の子供たちにも挨拶をしようとするも、振り返ったそこでは女の子たちが進の取り合いをしていた。保育室にも顔を出していたので、そこで仲良くなっていたらしい。
「ススム兄ちゃんとけっこんするのはあたしよ!」
「あたしだってススムお兄ちゃん好きだもん!」
「おー、ありがとうな」
でも自分に勝った相手と結婚するって決めちゃってるんだよと、子供たちの間に入って止めた。
「あたしテンシンの事もすきだよ!」
「ずぎだもん!!」
「熱烈ですね」
泣き叫んでいる子供を見て、ローガンが抱き上げてあやし始める。
「お前らと結婚する相手は幸せだろうな」
そんだけ好きだって言ってくれるんだからと笑って進も抱き上げれば、グズグズと鼻を鳴らしながら失恋を受け入れようとしていた。その姿に、強い女はモテるぞと笑いながら言うので、周囲で見ていた各科の女性たちが眼の奥を燃やしながら強くなろうと決意を固めていく。
「進はどこに行ってもモテるねぇ~」
「あれはもう、精神異常でも起こしてない限り全員が眼を止める存在だもの」
「罪づくりー」
「榊姉ちゃんも、ススム兄ちゃんの事好きじゃねぇの?」
「家族としては好きだよ?」
それこそ生まれた時から一緒にいるからと笑っている榊に安心している男の子たちだが、その隣にいる圧紘の事はどう思っているのだろうか。
「榊さんが可愛いから好きになるのは分かるけど、もう俺と付き合ってるから諦めな~?」
「榊姉ちゃんは世話する人が必要なんだから、何人いたっていいだろ」
「達観してんじゃないよ~」
「お前より器でけぇじゃねぇか」
「満さんだってモテてるんですよ?」
「満に手ぇ出したらぶっ殺すぞ」
「子供相手にそんなに殺気を出さなくても」
「みのり屋は重婚をしないそうですから、残念でしたね」
笑いながら手を振って戻っていくので、こちらも手を振ってテントを片付ける。錬金術師科のテントも畳み、借りていたスペースに忘れ物が無いかを確認して学園へと戻っていった。
この日はどの学科も全員でしっかり休み、次の日校庭に四つのテントを出して学生同士の交流が行われる。魔法士科の演劇の美しさにどの生徒も教師も立ち上がって拍手をしていたし、騎士科の焼肉でその斬新な食べ方とタレの味に御代わりが多発した。
そして、錬金術師科のテントへやってきた皆が、錬金術師科が毎日騒ぎながら研究していた結果、出来上がった魔導具を見て感心していた。中には錬金術に興味を持った者もいたようで、学生のレベルでこんなに新しい魔導具を自分で作ることができるのかと質問が多くなっていく。
「ポーションのレベルが皆一定だというのは知っていたが、魔導具の質も高いな」
「自分たちでダンジョンへ行った事で材料が豊富にそろいましたからね」
無から有を作り出すのが錬金術の目標みたいな所はあるが、それはまだまだ遠そうですと肩をすくめれば笑われた。
そうして楽しんだ次の日、みのり屋のテントに学校中の者が押し寄せて来る。昨日は風呂屋と診療所だったので、教師と事務員、他にも運営に関わっている者たちが来ていたが、生徒は風呂屋を中心に利用していた。
しかし、今日は違う。
お菓子屋に錬金術師の部屋、付与術士の部屋が開店したのだからそれも当然だろう。学園長も楽しそうにお菓子を買いまくっているのを笑いながら見て、個人用の新しいテントや保存食が売れていくのを補充したりと、対応に追われていく。
大忙しに終わったこの日は、オークの群れを皆で倒した時のように校庭に椅子とテーブルを出し、みのり屋のテントの側面に大きなガラスの扉を付けて自由に行き来が出来るようにした。
「皆、初めての事で戸惑いも多かっただろうが、そんな中でよく最後までやり遂げてくれた」
学園長の音頭で始まった打ち上げは、ものすごく盛り上がった。教師陣もアルコールが入っているからか、一つのイベントが終わったことで肩の力が抜けたのか、いつも以上に表情も穏やかに笑っていた。
「ヒナター!ツムギー!ピアノ弾いてー!」
『なんの曲をご希望ですか?』
ひなた達の演奏に合わせて錬金術師科の何人かが歌い始めれば、魔法士科の生徒も曲を弾いてもらえるのかと集まってくる。もちろん騎士科の生徒もやって来て、それぞれに今まで見てきたミュージカルの曲をリクエストしていた。
「お疲れさまでした」
「まさか、こんなに上手くいくとは思わんかったよ」
まさか初回からこんなにも街の人たちがこちらのテントにも来てくれるとはと言う学園長に、お酌をする。
「ギルドの方々や貴族の皆さんが噂を流しておいてくださったおかげですね」
「そうじゃな」
けれど、去年みのり屋が出店していたのが一番大きい気がすると笑った。
「ああ、この学園が、こんなにも息をしていると感じる日が来るとは・・・」
前任の学園長がやらかした所から立て直すことを任されたのだから、相当な苦労があっただろう。
「わしも、この学園の卒業生じゃが、」
その当時でさえ、こんな光景を見ることが出来なかったと呟く。子供たちの声が溢れてはいたが、それは目に見えない檻の中で決められた序列に基づいたもので、自由とは程遠かった。魔法士科を首席で卒業するだけの努力を重ね結果を残しても、その檻から出ることはできなかった。
「教師になったのも成り行きなら、副学長になったのも偶然」
しかし、学園長になったのは自分の意志だった。
「何もない場所に道を作る苦労と、道から外れて冒険をする勇気は別物ですからね」
「ああ、本当にそうだ。・・・本当に、その通りじゃな」
深く頷いている学園長の肩で、ユラユラと輝く靄が揺れ始める。
「?」
「ふふ、学園長先生にも、よいパートナーが生まれそうですね」
タルパの作り方を知ってから実戦していたんですか?と聞かれ、目を見開いた。
「どうぞ、名前を呼んであげてください」
そう言われ、肩に乗る美しい靄の名を呼ぶ。
「オーロラ」
形の定まらない輝く靄が、可愛らしい小鳥の姿へと変わり肩に停まった。
「ピルル」
「こんなっ、こんな事がっ」
口を手で覆いながら涙をにじませて手を差し出すと、オーロラと呼ばれた美しい青い鳥が指に飛び移りまた可愛らしい声で鳴く。
そして、翼を広げると校庭の上空に大きな魔法陣を展開し、バザーの時に現津が使ったのと同じ魔法で七色に輝く花弁を降らせた。
