7.学園生活
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授業も終わった午後の自由時間、ミッシェルとヘレンが進に相談を持ちかけた。
「騎士は剣、魔法士は杖という固定概念があったが、そうでは無いと納得できた今、我々も新しい戦い方について模索している所なのだ」
進は素手で戦うが、話に聞く和はあらゆる武器を使っている。
「魔法士の中にも騎士のように体を使う事が得意な者もいますから、互いに可能性を伸ばしたいと話合いました」
「なるほどな。わしに分かる事なら、そうだな・・・。なら可能性の話をしてみるか」
そう言って、宮廷騎士団から男性を一人、神官から小柄な男性を一人、辺境伯領騎士から女性を一人呼んで少し手伝ってくれるかと説明を始めた。
「なぜこの三人なんだ?」
何が始まるのかと他の皆も集まって進たちを囲む。
「足音が軽い。体格、体重、身体の柔軟性がこれから説明する武術に向いてるんだ。武器を持たずに戦う事がどうとか、騎士としての誇りというのは一度切り離して聞いてくれ」
この国でどう思われるかは分からないが、とりあえず武器を持っていなくても戦えると言うのはそれなりに利点も大きいという。
「例えば、どのような?」
ダンマルタン辺境伯も興味を持ってくれたようだ。
「武器を持って入れない場所に行っても丸腰という感覚がない。相手に近づいても警戒され難い。もしも殺したとしても犯人にされにくい」
「・・・なるほど」
そう言って本人の許可を取ってから体を触りだす。
「あんたは良い体格してるな。足音が軽かった割にちゃんと体重もある。柔道とかレスリングとか覚えたら良いよ。体も柔らかいし」
次は女性騎士にも触る。
「細いな。でも骨や筋肉はいいつき方してる。これならその細さと軽さを生かして合気道とか出来るようになったらいい。剣ダコもあるな、このタコが出来るくらい剣を振る根性があるなら新しい技のコツを掴めるまで踏ん張れるだろ」
そして最後、神官の小柄な男性に触れた。
「いいなあんた。体が柔らかい。ここまで足が上がるか?これは空手だな。ちょっと、あー、こうやって立ってみてくれ」
進のポーズを真似て立つ男性の肩を押し、重心がぶれない事を確認して「うん」と一つ頷いた。
「やっぱ空手だな。ミッシェル、この国に武器を使わない戦い方ってあるか?」
「ない訳ではないが、全て自己流で確立された物は無いな」
「そうか、なら今言ったのもよく分からんか」
まず柔道からにするかと呟き、そもそも柔道とは何かと説明を始める。
これから説明する武術は蜻蛉切たちの故郷で盛んに取り組まれていた物だという。
「柔道の柔って柔らかいと書くんだが、別にやわとかそういう事じゃない」
柔術は投げる、抑える、締めるなどの技を用いて相手を制する武術である。
「わしは柔道って言ってるけど、実戦で使うなら柔術の方が良いだろうな。柔道ってのは、戦う方法の柔術を人格形成、精神的向上を目指す”柔道”ってのに昇華させたもんだ。だからわしが使うのは柔道で良い。でもみんながやるなら柔術の方が良い」
それはどの武術においても同じだと、次は合気道の説明を始めた。
「合気道はいくつもある武術の奥義を集めて、精神的修練の為に作られた比較的新しいものだ。まだ歴史がないって事で軽く見る奴もいるらしいが、沢山ある武術の奥義を集めただけあって、これがなかなか面白い」
合気道とは、「天地の”気”」に合する道の意。
「イメージとしては、自然との調和。平和への貢献。つまり、無血勝利って感じかな。こっちの力はあまり必要ない。攻撃してくる相手の力を自分の物として使う」
そして最後は空手。
「これは空の手、つまり武器を何も持たない武術って意味な。柔道との違いは打撃がメインってとこかな」
昔一揆を恐れたお殿様に民が武器を取り上げられた時、身を守るために生まれた。
しかし、それさえも禁止された時に踊りだと言い張って許可された”形”というものがある。
「組手は分かりやすいから後でやるか。先に形を見せた方がいいかな?」
そう言って一人でいくつもの技を気合の掛け声を上げながら見せ、現津に幻術で八人分の影を出してもらいさっきと同じ動きで影と戦って行く。
気合を叫ぶ個所や息を吐く場所が、相手がいると言うだけでこんなにも違って見えるのかと全員が息を飲む。
「これが、踊りとして押し通したものだな。実際は複数人と戦う事を想定した動きを覚えるものだ」
現津に礼を言い、この三つの体術の違いはこんな感じだが理解出来たかと聞けば、誰もが納得の返事を返す。
「素手で戦う技術を身につけておくっていうのは物凄くいい事だと思う。だが、素手でのみ戦うって決めるのは大変な事だ。今の戦い方と平行して身につけるくらいに考えておいた方が良い」
どんなに戦った事がない素人であっても、武器を持てば人を殺すことが簡単になる。
「素人同士が対峙して力が互角だとする。これなら引き分けかその時の運でどちらが勝ってもおかしくない。だが片方が武器を持ったらどうだ?」
勝率は間違いなく武器を持った方が高くなる。
「だから、武術には”段”をつけた」
初段、二段~達人。
「武器を持った武術と、武器を持たない武術。もしもこの二つが戦った時、武器を持たない武術は三段上でなければ互角に戦えないと言われてる」
武器を持たずに戦うという事は、それだけのリスクがある。
そして、恩恵もある。
「相手を殺すか、殺さず捕まえるか。この匙加減が一番的確にできるのも、武器を持たないからこそ出来る」
もちろん打ち所が悪ければ殺してしまうが、武器を持つよりもその確率は減る。
「わしは今、教師としてここに立ってる。だから知りたいことはなんでも教えてやろう。”知る”という事は可能性を広げるってことだ。だが、”情報”はあくまでも”情報”だ。それ以上ではない。だからそれをどう使うかは自分で考えてくれ」
すると、合気道が良いと言われた女性騎士が手を上げた。
「質問か?いいよ」
「不利になる事が多いと分かっていても、この武術はすたれる事は無かったのですか?」
「そうだな。まったくと言っていいほどすたれていなかったな」
「その理由は、どんな物だとお考えですか?」
「どんな、単純にかっこいいとかじゃないか?」
「かっこいい・・・」
「うん、一回も武術に触れた事がなかったり、狩りとか戦場に出た事がない一般人っているだろ」
「はい、そういう者はこの国にもいると思います」
「そういう奴らがな、あー、何人だったかな。まぁ10~20人くらい集まって襲いかかればどんなに武術に長けた達人でもさすがに負けるだろうと思われていたんだ」
「・・・それは私でも思うぞ」
ミッシェルに言われ、進も笑う。
「まぁ、そうだよな。だから、どっかの金持ちが一人の達人を呼んで賞金を出すからやってみないかと持ちかけたんだ」
そして達人はその誘いに乗り、一般人に囲まれ一人で戦う事になった。
「で、その達人が勝った訳なんだが、その試合を見てた誰もが達人と、使う武術の虜になった。あれだ、茂たちみたいなもんだ」
何か一つであったとしても、それを極めた者は人々の心を惹きつける。
一度掴まれた心はトキメキと共に無くならない。
「誰でも達人になれる訳じゃない。だがやればやっただけ身につくだろ?こういうのは。だから辞める奴もいれば始める奴も後を絶たない」
「その達人は、どのようにして勝ったのだ」
「相手は一般人だからな。戦いってものが分かってなかったんだ」
フィールドとして用意された庭の中心で始めたらしいが、達人はすぐに何人かを倒しながら庭の端に移動した。
「そうか!背後の心配が一つなくなるだけでもかなり違うな!」
「そういう事。おまけに一対多数で背後がなくなるってなれば、一度に対面できる人数も絞られる」
しかも相手はずぶの素人。いくらケンカ慣れしていようと、戦い方を極めるまで鍛錬してきた達人とは訳が違う。
「素手同士で力が互角だとして、どちらかが武術の心得があればどうなると思う?」
「間違いなく、武術の心得がある方が勝つだろうな」
「一般人の女が男二人に襲われてその二人を倒したら強さを買われて兵士に誘われたなんて話もある」
「一般人の女性がですか!?」
「あー、この国では女はお淑やかな方が良いとかいう風習?があるんだっけか。あの国でもそう言ってたけど、全員がそうだとは限らなかったな」
親も親で、男がいつも側で守ってくれる訳じゃないんだから、逃げるくらいできるようになれと言う親もそれなりにいた。
なので道場には男女共にいた。
「まぁ、武術をやってる事で自分より強い女は嫌だという男もいるが、それと同じくらい強い女はかっこいいと言ってる男もいるからな。それぞれ好みの合う者同士でくっついてていいんじゃないか?」
武術をやっていなくても芯の強い奴と言うのは、肉体的な強さに関わらず好かれやすいだろうと言う。
「私も武術を習いたいわ!」
イーラがすぐさま手を上げたので、母である第二王妃が止めようとするも、進が逆にそれを止めた。
「王族は全員護身術を覚えた方が良いんじゃないか?」
「護身術。たしなみとして剣などは扱えるようにしているが、それは武術とは違う物なのか?」
「護身術は達人たちが一般人向けに考案したものだからな、武術の心得にも通じるものがある。だから興味があるならこっちを先に身につけときな」
武術の入り口としては十分すぎると言われ、イーラも眼を輝かせて頷いた。
「身分が高いってのはそれだけで狙われやすい。それと同時に助けも来やすい。だから戦うってよりも身を守る術を身につけるべきだと思うぞ」
これから武術を実際に見せる前にこちらの説明をしていた方が理解しやすいかと、イーラと視線を合わせる為にしゃがむ。
「ナルも一緒にやってみな。どんなに体が柔らかい奴でも、腕が動く範囲ってのはだいたい同じだ。わしもこのくらいしか回らん」
「うん」
「で、これ以上曲げようとすれば怪我をする。だが、これ以上曲げたからってすぐに折れる訳じゃない。痛いだけで怪我をしない位置ってのがある。その範囲に曲げられるとどんなに力が強かろうが筋肉があろうが、力が入らなくなる」
「そうなの?」
「やってみ」
ナルとイーラの手首を持ってゆっくりと回すと、二人とも痛いと言うのでそこで止め、腕を振り払ってみろと言うも身体強化をかけても上手くほどけないと確認をして手を離した。
「わしにもやってみ?これに必要な力がいかに少ないかが分かる」
言われた通りに差し出された腕を掴んで捻れば、「いてて」と言うので眼を見開く。
「これで!?」
「身体強化もかけてないわ!」
「お前らだってこんなもんだったろ」
「だってススムだよ!?
「わしも一応人だからな」
笑いながら離してもらった腕を振って立ち上がると、女性騎士を手招きして同じことをするように言う。
「この少ない力で”手をひねって無力化する”のが護身術。で、その小さな力を使って戦うのが合気道だ」
捻られた力に身を任せ、その方向に自らから飛んでいく。
そして、その飛んだ力を使って相手を引き寄せ組み敷いて見せた。
「相手の力を何十倍にもして制する。立てるか?」
「は、はい!」
「今何が起こったか分かるか?」
「いえっ、気が付いたら倒れていましたっ」
「だよな。合気道は相手の力を使うから、どうしてもスピードが速くなる」
今度はできるだけゆっくり、言葉でも説明をしてみせた。
「力って言うのは基本一方通行だ。こう捻られればこっちに力が向いてる。分かるか?」
「はい!」
「合気道はその力に逆らわない。だからこっちに向かって自分で飛ぶ。そして、その時何倍にもなった力に相手を巻き込む」
手を掴みながら出来るだけゆっくりと飛び、先ほどは速すぎて見えなかった巻き込み方を教えていく。
「相手の力を使うのが合気道ってのは、こういう意味だ」
女性騎士に礼を言い、また幼い二人に向き合った。
「今度は掴みかかられた時だ。こうやって胸倉を掴まれた時、どうやって外す?」
「こう、さっきみたいに、手をひねって」
「は、はずれないっ」
「実際に掴まれると距離が近くなるかなら、恐怖もあって上手く力を入れられなくなる事もある」
だから人の体の構造を知っておきなと、二人に自分の胸倉を掴むように言う。その掴んだ手を、進は難なく外してみせた。
「え?!」
「ちゃんと力を入れてたのに!」
「二人もやってみな」
自分の腕を勢いよく回して掴まれている手を絡めとれば、一瞬で離れて行く。
「これで手を離されると驚くだろ?だからその一瞬の隙に逃げるんだ」
そして体格のいい王宮騎士団の男性を呼ぶ。
「柔道は、この力の向きをどう自分の物にするかだな」
今の様に胸倉を掴んでもらい、相手の手を離すのではなく同じように掴んだ。
「これで、相手と自分の力が正面からぶつかり合った。力に自信があるなら、もしくは相手に力がないのならこのまま引き寄せるなり倒して抑え込むなりすればいいが、出来ない時はどうすれば良いと思う?」
「どうっ、離さずに疲れるのを待ちます」
「うん、それも一つの手だ。でもそれだと一人を倒すのに時間がかかる。このまま組み合うから気を抜くなよ」
「はい!」
お互いに両手で服を掴み合っていると、一瞬の隙をついて進が大きな男を投げて抑え込む。
「何が起きたか分かるか?」
「っ、い、一瞬、空を、掴んだような心地になりました」
「ははは、良い表現だな」
同じくらいの力同士がぶつかり合っていた時、片方が突然力を失くしたら残った方はどうなると聞かれ、立ち上がってもう一度組み合う。
「そうだ、どんなに強い力でも支えを失くせばこんなに簡単に弱くなる。で、そのまま押してやればすぐに転ぶ。でもただ転ばせたんじゃ捕まえられない。だからより都合よく転ばせるために、こうやって足を絡めてすくい上げ、倒れた後もすぐに起き上がれないようにする」
説明をしながらゆっくりともう一度やって見せれば、柔道が向いていると言われた男以外の、ミッシェル達も食い入るように見つめていた。
「柔道は組み合うのが基本になる。相手を見て力を入れる時と抜く時を見極められるようになるのが、とりあえずの目標かな」
そう言って手を貸しながら立たせると礼を言って次へ行く。
本人に許可を取ると後ろから抱きつくように両腕を抑え込み、振り払ってみろと言う。
しかし、ナルもイーラも上手く外す事が出来なかった。
「力は基本一方通行に動くって言うのを考えてみな。正面に対してが一番効力を発揮する。こう動いている力に正面から押し返すだけってのは単純に相手以上の力が必要になる」
だから力の動きを読み取るんだと言って自分にもしがみついてもらい、腕を下から持ち上げるようにして外してみせた。
「真っ直ぐ進む力は横からの力にめっぽう弱い。やってみな」
「外れた!!」
「もしも相手が完全に敵だって分かりきってたらもっと反撃してもいい。後ろから捕まえたって事は相手も反撃が出来ないと高を括って油断してるだろうしな」
だから足を踏み、腕を外して顔面に裏拳か掌底を食らわして逃げろと言う。
「やっといてアレだが、こうやって捕まえてくるのは大抵男が女を力ずくで組み敷くか、そういう目的で近づいてきた時が多いだろうからな。そんくらいやっても怒られる程度で済むだろ」
だから王妃様達も後で覚えておきなと一度顔を向けてから、神官の小柄な男性を呼んだ。
「空手は相手から自分に向いた力が届く前に止める特徴がある。わしに向かって手を伸ばして見てくれ。そう、こうやって進んできた力に、横から別の力を当てて弾く」
下から腕を垂直に跳ね上げ、パンッと伸ばされた腕を弾いてみせる。
「空手は柔道と違って基本的に組み合わない。むしろ相手が組んできたらこうやって外す。空手は打撃が中心だから、こうやって相手の力を打ち消して自分の攻撃を入れる。どうしても殴りたくなかったら、蹴りでもいい」
天心を呼ぶ。子熊の姿から2mを超える獣人のような姿になった事で驚かれたが、構わず二人で向かい合う。
そして、50cm以上の身長差がある天心の頭へ、進の蹴りがキレイに入った。
「こういう殴り合いに、実は体格の優劣っていうのはあまり無い。特に一対一ならなおさらな」
どんなに大きな相手であろうと、こちらに攻撃をする時は頭を下げる。
下げてこなくても、こちらがそこまで飛べるのであれば問題はない。
「だから体の柔らかさが重要になってくる。単に怪我をしにくくなるって理由もあるが、それ以外にも利点が大きい。お前たち三人は十分に体の柔軟性があった。固くてもちゃんとストレッチしてればその内柔らかくなるしな」
それぞれの武術の特徴を説明し終えてから、幼い二人に向き直る。
「護身術と武術の違いも、何となくは分かったか?」
「はい!!」
「そうか、元気いいな」
いい事だと、大きな返事をする二人の頭を撫でてオルギウスを見上げる。
「この国の男は扇子を持たないな?」
「あれは貴婦人が持つものだろう?」
「いや、なんかヒラヒラした奴じゃなくて、あー、こういう奴だ」
太ももにつけている収納バッグから、竹でできたシンプルな扇子を取り出して見せた。
「これが男物の扇子だ。暑い日に扇いで使えるし、武士は刀を腰にさせない時とか、手持ち無沙汰になるからこうやって帯に差してる」
「刀を使う文化が無いなら広まらないのではないか?」
「こちらの剣は刀のように帯には差さないようだからな」
利刃のようにベルトを使って下げていると蜻蛉切が言う。
「そうか、なら持ったりしないか」
「待て、その扇子で戦うのか?」
「戦うよ。勝つっていうか制圧か時間稼ぎか、逃げる隙きを作ったりの方が多いけど」
「相手の強さによっては受けきれず壊れてしまいますしね」
「しかし、このような扇子も使いやすいという者もおりましたので、鉄製の鉄扇という武器もございます」
「武器なの?!」
「身分や立場が上の者は大体持っていた覚えがあります。装飾品として飾り紐をつけて落ち歩くことを楽しんでおりました」
「その紐も使って戦うぞ」
「紐で?!」
「何をどうしたら戦えるようになるのだ」
「これも護身術だから、陛下も覚えておいたほうが良い」
これも体験した方が早いとオルギウスに胸ぐらを掴んでもらい、手と手の間に扇子を入れて引き寄せれば、それだけでもう痛みから膝をついてしまう。