7.学園生活
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全学科の新入生の訓練が終わった所で、四つある辺境伯家の中からスカーレットの実家であるダンマルタン辺境伯家が最初の参加となった。もちろん王族達も参加している。というか騎士団も魔法士団もみんないる。
「これから七日間よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願い致します。私共全員、この日を心待ちにしておりました」
以前送った回復ポーションの礼も丁寧に伝えてくるスカーレットの父に、あんなに褒めて頂けるなんてと談笑をしてから訓練内容の説明に入った。
「なる程、我が領の私兵の中にも身体強化を体得している者がおりますが、皆前線で戦ってくれていた者たちばかりです」
「騎士団の中にも訓練をする前から身体強化を自分の物にしている方がいらっしゃいました。それだけ皆さんが体を張って国を守ってきてくださったからですね」
今回の訓練で、これからも国を守る力を強固にしてくれたらと微笑む。
「戦いが終わった後の宴は、全員で勝利を喜び合いたいですから」
「ええ、そうですね」
「申し訳ありません。侮辱に聞こえてしまったでしょうか」
死を覚悟した戦士に生へしがみつけと言うのはある種の侮辱になると分かってはいるのだと茂が眉を垂らす。
「それでも生きて戻って来るだけの力を付けていただきたいと思うのは、私が”女”だからでしょうか」
母性ともいうかもしれないと笑い、訓練へと入った。
言っては何だが王宮勤めの貴族たちよりも充実した午前となる。さすが私兵を持って自身も戦地へ向かった経験のある辺境伯家だと、ギルとアディだけでなくミッシェル、ヘレン、クミーレルも感嘆していた。
「ヘスティマ!」
イーラが鞭を振るいながら呼んだ名前に首を傾げれば、鞭の名前だとヘレンが教えてくれた。
「学園へ入学し、錬金術を学んだ暁にはあの鞭を使ってゴーレムを造るとおっしゃっていました」
「わぁ、もうどんな子を造るか決めているんですね」
「オリヴァー様はホムンクルスにする様ですが、名前はもう決めて部屋の内装も、いつでも変えられるようにとメイド達に言っているそうです」
「そんなに望んでくれている主人がいるなら、生まれてくる子達も安心ですね」
ギルもアディも、兄妹全員父のオルギウス似なんだなと笑うと、ヘレンが少し考えてから頷いた。
「外見が皆様お母上似なもので、アンドリュー殿下だけが国王陛下に似ているとばかり思っておりました」
言われてみれば全員好きな事に全力疾走するタイプだったと笑い出す。
訓練後の授業も終わり、いつもなら学園へ戻る所なのだが、ダンマルタン辺境伯自らこの草原で野営訓練をしたいと言い出したので驚く。
それは良いのかとオルギウスに確認を取ると、本人がしたいと言うのなら構わないと許可が下りた。
「労いのパーティーは先日終わらせているからな。この訓練期間中は自由に過ごして構わん」
「でしたら宿泊はうちのテントをお使いください。というか今後のご相談に乗っていただきたいです」
「相談とは?」
「じつは卒業後に行商へ戻り、いつか宿屋もやってみたいと思っておりまして」
ダンジョンの中で宿屋を開いたら冒険者たちも使ってくれるんじゃないかと思っていたのだと、開いている玉ねぎ型のテントへ手を当ててから扉を開き直す。
招き入れられたその中を知っている全員が眼を輝かせて声を上げながら辺りを見回していた。
さっきまでとは全く違う内装をしているのだから当然だろう。
「いつもは訓練後にお風呂と昼食、授業をする為に広い空間にしているのですが、これは宿屋の間取りですね」
階段を上がったら個室の宿泊部屋になっていて、ロビーの奥が食堂兼居間。更に奥へ行くと男湯と女湯の大浴場となっている。
「こちらは厨房ですので、お客様の立ち入りはご遠慮いただいている場所ですね」
「満と嵒太郎がいる事が多いですし、各部屋にもここにもメニュー表が置いてあるので食事時間以外でも軽食などをお出しすることもできますよ」
「”ミツルのお任せ”を頼んでみたいな」
「その時手元にある食材で作ることになりますし、量はご相談いただくことになるので良いものかと聞かれると」
「絶対美味いじゃん、大盛り一択だわ」
「あたしも大盛り頼んじゃうと思う」
「あたしも」
「私も」
望から見せてもらったメニュー表を見ながら錬金術師科の食べ盛りな男の子だけでなく、女の子たちも大盛りを頼んで食べきれなかったら残しておいて次の食事に回すと言い切るのを聞き興味を示す辺境伯たち。
「僕も頼んでみたいなぁ、ミツルちゃんの大盛り楽しいよね」
「そうなのか?」
「なんというか、子供の頃の夢を叶えてくれるといった感じです」
「私も昔大きなデザートを好きなだけ食べてみたいと思った事を思い出したわ」
それこそ幼い頃は良く父を困らせていたと笑っているファビオラに、イーラとナルが羨ましそうな声を出した。
「バケツプリンをみんなで作ったんだよ」
「プリンってなに?」
「バケツって、掃除のときにつかう物でしょ?」
「今日のオヤツにお出ししましょうか?」
「いや、あれは自分で作らないと感動しないだろ」
「じゃあ作る!」
「私も作る!」
「では授業が終わった後に一緒に作りましょうか。神官様達も食べられるように材料の違うプリンも同じように作りましょう」
「ありがとうございます!」
「料理をするの?」
「プリンは加熱するのも最初と最後だけですから、調理と言う程の過程も少ないですよ」
良かったら参加してみてくれとマリー達にも笑顔を向けて、訓練へと送り出した。
ダンマルタン辺境伯たちは訓練後にこんなに気持ちよく風呂にも入り、美味しい食事を満足するまで食べられるのかと大喜びだ。授業も全員が真面目に参加し、スカーレットを通してノートを支給して欲しいと申し出まで出る程意欲的だった。
授業中にポーションを造り終わった錬金術師科は疲れ切っていたが、満がつむぎ達とプリンの材料を乗せたトレーを広間の隅に置いてお茶を用意し始めると眼を輝かせて手伝いだす。
もちろんオルギウスから紹介されて錬金術師科付の侍女になってくれた女性たちがそれを取り仕切ってくれていた。
「お疲れさまでした。少し休憩をしてからプリン作りに入りましょうか」
その言葉に眼を輝かせた子供たち。休憩時間もそこそこに、バケツプリンを作ろうと大きなテーブルに材料を並べていく。
「これは何?」
「これは瓢箪ミルクですよ」
先端を包丁で切ってグラスに中身を出し、一口飲んで見せてから他の皆にも瓢箪ミルクを配る。
「、ずい分クリーミーなのだな」
「美味しい!」
「こちらは完全な植物由来のミルクですから、皆様もご安心ください」
特にフェアグリンはミルクも好きではない様子だったが、これは大丈夫だろうかと首を傾げられると驚いたように満を見つめた。
「よくお気づきになられましたね」
「食事を作るものとしては、美味しいと思っていただける物を作りたいですから」
そう笑い、寒天とアガーの説明を始める。
「プリンは卵を加熱することで固まりますが、ミルクだけでは固まりませんのでこの寒天とアガーを使います」
「かんてんとはなんだ?」
「この海藻を乾燥させた物です」
茂が作ったと言うと、大豆ミートを思い出して皆が口を閉じる。これはどんなすごい物なんだと見つめるが、本当にただ海藻を乾かして固まる成分を抽出しているだけなのだと苦笑した。
「この他に動物の骨から同じように固まるゼラチンも作れたんですが、二つとも固まった時の食感が違うので作る物に合わせて使い分けてくれていますよ」
「エプロンをどうぞ」
豊がキレイに畳まれていたエプロンを持って来て、プリンを作るつもりでいる皆に配った。
「では、料理を始める前にまずは手を綺麗にしましょう」
スライムを連れて来て手を綺麗にしてもらう。
そして新品のバケツもキレイにしてもらい、他にも使ってみたい器はあるかと聞いてみれば、術師科の一年生がタライを持って来てスライムにキレイにしてくれと頼みだす。
「大きいのを作る気でいるんだね」
「大きいお皿も用意しておこうか」
「まずはプリンのカラメルを作りましょう」
はねて火傷をしてしまわないように気をつけてと王族たちに結界を張り、砂糖を焦がして色が変わっていくのを見守る。
「どのくらいが良いでしょうか。このくらいの苦味でいつも作っていますが、もう少し苦い方がお好きでしょうか」
「お菓子なのに苦いの?」
「甘いプリンのアクセントになる物ですからね」
「私はもう少し苦くしてみる」
「僕はこの前ので丁度良かったから、このくらいかな」
アディとギルが火から鍋を上げてバケツにカラメルを注いでいく。
「バケツでプリン作るのワクワクするよね」
「ビーカーでさえすでに三倍は大きいからな」
「これが通常のサイズですものね」
ファビオラが手のひらサイズのグラスを見せると、ビオラが手を叩いて嬉しそうにバケツを揺らしてカラメルを均等に慣らしていく。
「次は卵を割ってみましょう」
お手本として一つを割って見せてから、皆にもやってみてもらう。殻が入ってしまった時の為に、小さなボウルに一つずつ割っていた。
「あ、殻が入っっちゃった」
「大丈夫ですよ。この卵はスライム達がキレイにしていますから、こうして殻を取り除けば食べられます」
「だから一つずつわってたのね!」
幼い二人に笑い返し、必要な分だけ卵を割っていってもらう。神官たちにはお湯を沸かしてもらい、しっかりと分量を計ってから寒天を溶かしてもらった。そして瓢箪ミルクを注いでいく。
「寒天とアガーは冷やすことで固まりますから、二種類作って食べ比べてみてください」
そして、卵がキレイに混ざっているのを確認してから瓢箪ミルクを入れてさらに混ぜる。混ざったらサラシで濾す。
「どうして濾すの?」
「こうすることでとても滑らかな舌触りになるからですよ」
「グラスに少し濾さずに入れて、食べ比べてみましょうか」
茂が数個のグラスに濾していない卵液を移しておく。
「この卵液をバケツへ入れて湯煎で温めていきます。大きいと中心に火が入る前に周りが固くなりすぎてしまうので低音でゆっくりと加熱していきましょう」
「タライまで温められる鍋があるのか」
「お食事を提供する時は大量に作りますから」
大きな鍋をいくつも釜戸へ置くと、釜戸の下に嵒太郎が入って行き甲羅から熱を出して温めだす。
「・・・便利ですね」
「いつもお手伝いしてくれています」
「ギュっ」
満に頭を撫でられて嬉しそうに鳴く嵒太郎を見つめて羨ましそうにする面々。プリンが出来るまでの間に、錬金術師科が訓練後に何をしているかと雑談をする事にした。
「狩り、昼食で出ていた食事は皆で入手していたのか」
「解体まできちんとしていますよ」
「研究の素材になりますから」
「皆さん逞しくなりましたよ」
そういう逞しさでいいのかと辺境伯たちが驚いていたが、ギルに対して見直したと言っている兵士たちもいたので悪い事ばかりではないだろう。
自領のお姫様の伴侶なのだから、任せられる人物かを知りたいと思うのも理解ができる。
「皆様は、同じ国出身なのでしょうか?」
「いいえ、半分近くはバラバラですよ」
みのり屋の創設者は九人。ここにはいない和の説明も軽くする。
「蜻蛉切さんと利刃さんは同郷(世界線が違う)ですね」
「そうだったんだ」
「トンボって貴族みたいだよな」
「ガーフィールもじゃない?」
「私は貴族ではありませんよ」
「蜻蛉切さんは武士だけど、そうだね?この国で言うと貴族だね」
後ろで話していたリック達の声を聞いた茂が返すと、王侯貴族全員が眼を見開いて驚きながら蜻蛉切を見ている。
「自国では騎士や冒険者という制度がありませんでしたので、それと同じ位置にいるのは武士でした」
「武士は身分が高く、こちらの国で言う所の貴族のようなものとお考え下さい」
現津が武士について説明してくれ、皆で理解が出来たようだ。
「ちなみに、蜻蛉切さんの身分の高さでいうと、ミッシェル様にお子さんがいたらその方と同じくらいですかね」
「ああ、そうかもしれないな。騎士団長とは国王の一番強固な刀という事だしな」
ガチ中のガチじゃないかと、皆が驚愕の表情で蜻蛉切を見ている。
「そんな立場の人がなんで行商人やってんの!?」
「国を出る事をっ、よく、許してもらえたね?」
ギルの言葉に、みのり屋メンバーが少し考えて口を開く。
「相当お祝いされてたよね?」
「桑名さんとか、泣いて喜んでたよね?」
「というか、早くくっつけと囃し立てられていましたね」
「囃し立てられてたな」
「いたな」
本人も思い出したのか苦笑すると、その隣で豊が真っ赤になっていく。
「・・・みのり屋との縁は、それほどという事か」
「私たちというか、豊ちゃんが神様たちに物凄く気に入られていたからじゃないでしょうか?」
授業でも話したが、精霊や妖精の事も全て含めて”神”と呼ぶのが当たり前の国というのが二人の出身国なのだと言うと、フェアグリン達も驚いて身を乗り出してきた。
「その神様たちに捧げる服飾を作れるのが豊ちゃんなんですよ」
「え、」
「神様と言っても皆さんとても気さくで、こちらが軽んじた心を持っていなかったら無作法を咎める事もないくらい寛容な方々ですよ」
「梅智賀が満を気に入った神に”クソ爺”と暴言を吐いても許されていました」
「え!?」
「お前何やってんの!?」
「満に近づいたのが悪い」
「あの頃はまだ結婚してなかったけど、ちゃんと事情を説明して謝ったら許してくれたよ」
「うん、驚いたけど。近づいたって言っても結婚がしたいとかじゃなくていつもご飯ありがとうって頭を撫でられただけだし」
「そしてその神は今も和と共にいますので、うちにも遊びに来ます」
「なんでだよ!?」
「和ちゃんは冒険が好きだからねぇ、今も未開の地で冒険してるよ。神様たちと」
「その和は、召喚術士、と言っていたな?」
「はい、なので神様たちを召喚して冒険をしていますね」
「・・・神を召喚して、代償などは、ないのでしょうか?」
「なさそうですよ?むしろ皆さんも呼んでもらうのが嬉しいみたいですし」
「・・・神様も自由だね」
「人の作ったルールとは別の所で生きてる皆さんだしね」
「後は、単に子供好きな方が多いので和とは相性がいいのでしょう」
「まぁ、それもあるでしょうが、それ以上に主人と認めているからですね」
「主人、神の、ですか?」
「和ちゃんが召喚している神様のほとんどが武器の”付喪神”様達ですから」
人が作った物に魂が宿り、長い年月をかけて妖精、精霊へと昇華した存在。それも武器の付喪神は自分を振るっていた人が既にいなくなっている事が多い。
だからこそ自分を振るう相手に対してはとても厳しい。
子供だから優しくしても、触らせることはまずない。おまけに振るわせるなどもっての外。
そんな付喪神が”主人”と認める相手が見つかる事は珍しいという。
「和ってどのくらい強いの?」
「わしと同じくらいだ」
「えええ!?」
進の強さを知っている全員が驚いているのを見て、ダンマルタン辺境伯がどういうことかとスカーレットに質問をしていた。学園祭で茂が戦っている所を見ていたので、みのり屋で最強なのは茂だと思っていたらしい。
しかし、みのり屋は制服の色でその役職を分けていると説明され、眼を見開いて進を見ている。
「みのり屋の初期メンバーで黒一色の服を着てるのはわしと和の二人だけだぞ」
昔から二人で手合わせをしているが、一度も決着をつけられた事がないと笑いながらクッキーの御代わりをもらう。
「ススムが!?」
「わしと和の強さは方向性が違うからなぁ」
「どう違う?」
「わしは強い肉体と高い身体能力。和は指揮官としての頭の良さ、観察眼で戦う」
あれ程手ごわい相手はいないと、楽しそうに笑ってミッシェルへ顔を向ける。
「個としての強さを求める奴は多いし、その気持ちも分かる。むしろそちらの方が結果が出るのも早いだろう」
だからこそ、個人の強さを上限なく引き出してまとめ上げる支配者は強敵だと知っていると微笑んだ。
「多分、個として見ればわしらの中であいつは一番弱い。でもその弱さはあいつの長所だ」
一番弱いからこそ、自分以外は全員素晴らしいポテンシャルを持っていると確信してその力を引き出す。
「わしには真似できない戦い方だ。手合わせする度追いつめられるし、毎回違う手を考えて攻めてくる。オマケに、冒険先で仲間を増やしていくからな。置いて行かれないようにするのが大変だ」
「・・・和はこの国に来ていないのか」
「まだ来ていないが、その内来るんじゃないか?」
来たら紹介してくれと言われ、きっとすぐに仲良くなれるよと笑った。
「トンボキリが貴族、武士か。という事は、リジンも武士か?」
「いいえ、私は軍人です」
「軍人。武士とは別に軍もある国だったのですか」
「武士と軍の役割は、重なりはしなかったのか?」
「重なる部分はありましたが、そもそも武士が騎士のように戦う力を持っている方々でしたから、軍の上層部にもいらっしゃいましたし、末端の一軍人から育て上げると豪快に子息を入隊させる方もいらっしゃいました」
「一部ではありますが、いましたね」
「身分を笠に着て横暴な態度をとる子息を市民と関わらせることで矯正しようとする家もありました」
「武力で成りあがらずとも、文官として才覚を発揮される方もいました。本人が軍と合わなければ別の道もあります」
「軍への入隊は、一般市民から募っているのですか?」
「そうです。志願がほとんどですが、戦争時は徴兵もありました。健康診断で落ちた事を喜ぶ者と、国の為に戦えなかったと悔しがる者と、両極端に分かれていましたよ」
「健康診断?」
「体の弱い者を戦場へ送る事はできませんから、一定水準に満たなかった者は家へ帰されることになっていました」
「徴兵した者全員にするのか!」
「はい、なので期間を儲けるため色々と策も講じておりました」
「徴兵される者は皆平民ですから、人手不足になり農作物の収穫が減るのは国力の低下に関わります」
だから軍があるとはいえ、武士たちも自領を守るために相当力を付けていたと言い、特に薩摩藩はと茂が言うと、蜻蛉切と利刃が噴出した。
「ちょっ、待っ、いきなりっ、薩摩武士を出すのは!」
「あれは特例中の特例だ!」
「面白いじゃないですか、薩摩藩」
「話題には事欠きませんよね」
「あいつら嫌いじゃないぞ」
現津と梅智賀までもがそう言い、二人だけが項垂れているみのり屋に、皆が首を傾げた。
「えーとねぇ~、二人の故郷って島国なんですけど、こんな感じで細長いんですよぉ」
榊が鞄から一冊の本を出して地図を見せてくる。
「本当に細長いな」
「そうなんですよねぇ。大きさはぁ、この国がある大陸がこのテーブルくらいですかねぇ~?」
つまり島国とはいうが、相当な大きさの島という事だ。その事にオルギウスたちも大国じゃないかと驚いていた。
「そうなんですよ」
「国土で言えば、この王国を丸のみにしてもまだ余裕がありますかね」
「そんな大国のっ、国王の側近の一族がこんな所で行商してていいのか!?」
「今はただの平民ですよ」
「、思い切った事したねぇ・・・」
地位と権力を捨てるにしても程があると驚いていたが、茂の説明で更に別の驚きが広がった。
「で、この辺なんですが、うーん。この国で言うと辺境伯領みたいな立ち位置といったら分かりやすいでしょうか」
それを聞き、スカーレットも座りなおす。
「昔は島内で戦争が絶えなかったようですが、蜻蛉切さんのご実家が仕えている徳川家がまとめ上げて、島全体で一国になったんですよね。それで、ここが火山の噴火が多発する地域でして、その影響なんでしょうが魔物も他地域に比べて物凄く強くて活発なんです。なのでこの薩摩に住む武士がものすごく独特の死生観を持っていまして、他の地域出身の人たちとは一線をかいているんですよ、色々」
「どのように、でしょうか?」
「この島内で戦が続いていた時から話題には事欠かない人たちでしたが、やはり一番すごかったのはその後ですかねぇ」
「・・・そうだな」
「あの戦争は、うん」
「こう、領主様的な立場の方が移動する時のことを”大名行列”と言いまして、その行列に鉢合わせた時は道の端に寄って頭を下げるのが習わしなんです」
「ああ、それは分かる。この国でも頭は下げずとも、パレードの邪魔はしてはならん」
「そうなんですよね。この辺は他の地域でも他国でも理解出来ますし、同じような所もあるんですよね」
で、その大名行列を邪魔した外国人が斬られたのだ。
「国外との外交もそれなりにありまして、その中に同じような島国があったんです。この事件を起こしたのはその国の方ですね」
その時の事件が切っ掛けで国際問題となり、国外の兵士たちが船で押し寄せてきた。しかし、
「その時、軍は動いておりません」
「は?」
「国を守る為の軍なんだろ?」
利刃を見て、眼を閉じた。
「相当な数の船と兵士が押し寄せてきたらしいんですけど、ここの薩摩藩だけで引き分けました」
「・・・は?」
「こういう言い方が合っているかは分かりませんが、相手国が良い意味でも悪い意味でも、常識的な戦争しかした事がなかったんです」
薩摩武士、引いては武士は杖を持たない。あるのは茂がオルギウスやミッシェルに造ったのと同じ杖と剣が合わさったような武器だけだ。
「自国でも異常と言われる地域で鍛え上げられた一部地域の武士たちと、一国(別に小国じゃない。むしろ大国)が引き分けになった事で、相手国から”こいつらおかしい。どうにかしろ”という連絡が来たようで、平たく言うと”やれるもんならやってみろ”という返事をしたそうです。それで薩摩武士が一年間の留学に行きました」
「おい、待て。それ、投げてないか?」
「投げてるよ」
「で、その時の事を榊ちゃんが調べて本にまとめてくれたんだけど、もう、なんか他人事だから物凄く笑っちゃったよ。相手国は物凄く大変だったんだろうなって」
「・・・心中お察しいたす」
「誠に」
蜻蛉切と利刃が絞りだすように呟いた。
「あ、ちなみに利刃さんの出身地はこの辺ね」
「近いね!?」
「すごかったんだって!」
「まぁ、本を読めば分かると思うが、薩摩藩士が軍に入隊し、他地域へ配属された場合、犯罪者の自首率が上がる」
「ええ!?」
「遭遇イコール死だからな。あいつらに犯人の生け捕りは無理なんだ」
「国への忠誠心も、責任感も強く、裏切りは絶対ないと言えるが、物凄く扱いが難しい」
「異国の地でも同じことを思われていたようですよ」
榊が書いた本をパラパラと開きながら「えっとねぇ~」と薩摩武士について書かれているページを探し出す。
「”非常に激しい気性と好戦的な気質の持ち主であり、ともすれば馬鹿者に見られがちであるが、おおむね授業態度は真面目で先生方への敬意を忘れず、知恵も機転もよく回る。また、義侠心に厚く、その不始末にも必ず切腹と言う形で落とし前をつける責任感の強さを持つ。ただただ常駐戦場であり過ぎるだけなのだ”」
「せっぷく?とはなんだ?」
「武士にだけ許された死に方ですね」
古来より腹が魂の宿る場所だと信じられていた為、その場所を開いて見せる事で魂が清いか汚いかを判断して欲しいという事から、武士にのみ許された名誉ある自死の仕方であると説明。
「”責任を取る”というより”身の潔白を証明する”という意味合いが強い」
「そして苦しまずに死なせるために介錯という、首を斬る役がいる」
「・・・凄まじいな」
「他国からするとそうかもしれませんね」
「でねぇ~、”真面目過ぎる故に筋や道理の通らない話を非常に嫌う傾向にあり、理不尽な理由で減点”あ、この国の学校っていくつかの寮があってねぇ、授業態度とか生活態度で寮ごとに加点減点があったんだってぇ~。でも先生方も人だから、色々と問題もあったみたいだよぉ~。”減点すると切腹をする学生、断固抗議する学生、キレてチェストしてくる学生が出て来て収拾がつかなくなる為、正当な理由がない場合の減点は絶対に行ってはならないというのが教師陣の間で暗黙の了解となっている”」
「チェストってなんだ」
「薩摩武士、剣士の使う剣術は独特でな」
示現流剣術の掛け声であるが、この場合はそういう事ではなく、初手の事だと思うと利刃がいう。
「薩摩武士の初手は絶対に受けてはいけない。死ぬ」
「初手なのにですか!?」
「上から振り下ろされた剣の破壊力が凄まじく、受けられたとしても自分の剣が額にめり込み頭蓋が割れて死ぬ」
ヒェッと口を手で押さえている神官たち。息を飲んでいる者がいる中、榊の朗読が響いた。
「”マグル(魔法が使えない平民達)かそうでないかで差別意識も一般的に強い国で、むしろ”血統だけで人を判断するなど薩摩隼人の風上にも置けぬ”と一掃している。薩摩藩士はその精神性、チェストできるか、命捨てやれるかどうかで人を判断するのである”」
「・・・武士とは、すごいものだな」
「これは薩摩藩士だけだと思ってください」
「あれだよね、まだ国内で戦があった頃、他の地域の武士だったら10日から20日かかる道を三日で来て立て直す時間をくれなかったって言うよね」
「事実だな」
「生き恥をさらしてはおけぬとすぐに切腹しようとするので、本当に困った」
「留学先でもすごかったみたいですよ」
一対一ではまず勝てない。そもそも勝負、命のやり取りに対する気迫が違い過ぎて話にならない。なので薩摩藩士と戦う時は三対一でかかるようにしろと言われていた。といっても、それでも相打ちになる確率の方が高い。
「おまけに、”誓約と制約”という、最大級の奥の手もありますし」
「”誓約と制約”?」
「簡単に言うと、自分との約束ですね。その最大級の奥の手を使って守護霊を呼ぶ魔法を使います」
「いや、違う。本来なら防御魔法なんだ。精神に影響を及ぼす攻撃を防ぐためのただの防御魔法なんだ・・・」
「そのはず、なんだがな・・・」
「”霊に頼るんば女々しか。じゃっどん、ここで敵を打ち取れんばわっぜ女々しか!!”と、普段からそんな覚悟を持って生きているせいなのか、まったく分からないが、敵を打ち取る手柄を譲ると誓いを立て、”戦場こそ幸福”たる純心から、過去戦場に散った先祖たちの守護霊が現れ、死の軍団による示現流の一撃目の連射があたり一面に広がる”」
「・・・」
「・・・防御、魔法?」
ヘレンの呟きに利刃が口を開く。
「薩摩藩士たちにかかると
「どうやって!?」
「敵の体内に刀を刺しこみ、全力で魔力を練り上げ唱えます」
「敵は消炭になります」
「ヒェッ」
「・・・そなたの国の王は、よく国を統一、出来たな」
「彼らは礼儀正しく、筋の通った道理に従い、目上の者を敬いますので」
「・・・理知的だな」
「はい」
「ちなみに、先ほどの防御魔法を唱え、勝利した後は自身の力で勝てなかったという事で切腹します」
「勝ったのに!?」
「そして、薩摩藩士は死も黄泉路の先陣、むしろ誉れとして未練を残す者はほとんどいないので、死後は同郷の守護霊となります」
「うわ・・・」
「国内では結構人気だったけどね」
「誠実だし仕事は真面目にするし、死にやすいけど死ににくいし」
「どういう、・・・いや、強さとしては死ににくいか。問題は切腹だな」
「スカーレット様が辺境伯領は魔物との戦闘が日常的な事で野蛮人扱いされる事もあるとおっしゃるので、この国にもそんな地域があるのかと驚きましたけど、常識の範囲内で安心しました」
訓練内容がぬるいと言われるかもしれないし、生き恥をかかされたと勘違いさせてしまうかもしれないと悩んだと笑う。
「我が家は、・・・普通です」
「そうですな」
スカーレットとその父が二人で同じ顔をしながら頷く。
「相手国は自国に薩摩武士を招き入れてしまった事を相当後悔したようで、何人ものお目付け役がストレスで再起不能になったと文句も上がったそうですが、今でも仲良く国同士のお付き合いはありますよ」
「仲いいかなぁ、それ・・・」
「表面上は、とりあえず」
「その国で歴史に名を残す程の悪党が出てきた時も助けに行ったらしいですよ」
「異国の地で自分たちにもっと強くなれるような指導をしてくれたって感謝してるんだって」
「・・・多分違う」
「その国の推理作家さんにねぇ、”狂人とは理性を失った人でなく、理性以外の全てを失くした人の事である”って言わしめたんだってぇ~、すごいよねぇ~」
「・・・障っちゃいけないものに障っちゃったんだね、その国」
「薩摩藩士を武士、剣士の基準にはしないでください」
「リジンは武士ではないと言ったが、地域が近かったんだろ?薩摩との違いは大きい様だが、軍人になったのは家系か?」
「そうだな。とはいえそれももう終わったが」
「そうなのか?」
「ああ、当時の家人が最後の軍人だ。その方が文官として才覚を発揮したうえ他国の文化に明るかったので外交官としても活躍していたんだが、とても厳格な方だったので家の者たちはそれが不服だったらしい」
その家人が死んでから散財が始まり、あっという間に財を食いつぶしたので利刃を売って借金の返済にしようとしたのだと言う。
「ええ!?」
「ああ、売られて奴隷ってそういう事か」
「その厳格な家人の血引いてるのリジンだけだったんじゃない?」
驚いているのはアディたちだけで、錬金術師科のメンバーには軽く話した事があったので納得しているだけだった。
「どっ、奴隷からっ、どうやってっ!?」
「至がある日買ってきたんです」
「二束三文で売っていたというのに、良く買ったな。お前は」
「だって一人だけ佇まいが全然違ってかっこよかったんだよ!ビシッて姿勢?雰囲気?もよくって!!」
本人も買われた事に驚いていたらしい。
「でも家に来て直ぐ自分を買い戻すくらい稼いで、”奴隷”?の期間一瞬で終わったよね」
「ねー!」
それから婚約期間もなくすぐに結婚したよねと、思い出すように笑っている茂たち。
「買われてきてから至に毎日好き好き言われていましたしね」
「疑いようもなかっただろうな」
人間不信に陥ってもおかしくないが、至の性格なら疑いようもないと何人もが笑いながら頷いている。
「借金まみれの家を立て直す逸材を自ら手放したのか」
「国を出る時に呼び戻されたりしなかったの?」
「俺が至に買われた事も知らないんじゃないか?」
「私たちもそんなに長くあの国にいた訳じゃなかったしね?」
「うん」
「その短い間にトンボキリも家を出る事を許されたのか」
「そうですね。家康様が国を収めた事で泰平の世になりましたから、武力だけを持つ私の出番はもうないでしょう」
「蜻蛉切さんを武力だけなんて言いませんよ」
豊の言葉に笑い返す表情はとても柔らかい。
みのり屋は皆この国ではまだ成人する年ではないが、それでも結婚をして仲良くしている姿に感心している大人達。
「そなた達の国は、ずい分結婚の年齢が早いのだな」
「武士は親同士が婚姻を決めますから、そこはこの国の貴族と同じですな」
しかし、成人の年がこの国よりも早いし、成人していなくても結婚は出来るので早々に夫婦になるのも当たり前。早くに結婚をして家臣たちが若い夫婦を支える事も多いのだと言う。
「野心家の家臣とかいたら、大変じゃない?」
「そこは神様たちもいるから」
「そうですな。若い二人の門出に盛り上がる神は多いですから、それを悪意を持って邪魔する者にはそれそうおうの報いがあるでしょう」
「神が本当に身近にいらっしゃるのですね」
「はい」
そりゃぁもう、そこら中にいますよと笑った。
「そろそろプリンも出来たようですし、お茶のおかわりと一緒にお出ししますね」
「お手伝いいたします!」
茂たちはオルギウス達王族と辺境伯とテーブルを囲んでいるが、他のメンバーもそれぞれテーブルを囲んでいつも学園でお茶会をしている時とほぼ同じだ。
「プリンはひっくり返して出す時が醍醐味だ!」
「うわー!こんなデカい皿初めて見た!!」
満が出来上がったプリンとミルクプリン、それぞれの器に合うだけの皿を合わせて運んでくる。
「こうしてお皿を被せてから、ひっくり返します」
「いいか!同時だぞ!同時にひっくり返すぞ!」
「お皿がずれないように気をつけて!」
「こぼれたら形が崩れるだけじゃなくて食べられる分が減るよ!」
タライでプリンを作った一年生たちが騒ぎながら声を掛け合い皿をひっくり返す。
危うくタライとずれてしまいそうになったが、そこはビオラがフォローしていた。
「ビオラー!」
「ありがとうビオラー!」
「ファビオラ様ー!」
「みんなで作ったプリンですものね」
「こくん」
崇めてくる子供たちに笑っているファビオラとビオラ。そんなやり取りを見てから、イーラとナルもバケツを二人で持って「せーの!」と声を掛け合いながら逆さにした。
アディ達は手慣れたもので、さっそく揺すってバケツからキレイに外れたのか確認するように耳を近づけている。
その真剣な表情がオルギウスとそっくりだった。
「はずれ、ましたかね?」
「はい、音が聞こえました」
「お、おお!」
神官には獣人もいるので音には敏感な者もいる。という事で、プリンが器から離れた事が音で分かったようだ。
そしてゆっくりと器を持ち上げると、見た事もない弾力のありそうな、ちょっとの衝撃でプルンプルン動くスライムのような物体に声を漏らす。
「まぁまぁ!上手に出来てるわね!」
「初めて作った割に崩れてもいませんよ」
優とキリルが神官たちの作ったプリンの出来栄えに声をかけながら、取り皿とスプーンを配り始める。
「ふわ~!!」
「あまーい!」
「カラメルが、苦いのに美味しいなんて!」
「こちらが濾さずに作ったプリンです」
「!こんなに変わる物なのか!!」
「味は同じはずなのに!」
「まぁ!」
「寒天は喉越しがとてもいいです!」
「アガーはっ、なんでしょ!プルプル、モチモチ!?」
「こんなに違うとは思いませんでした!」
「ミルクプリンも美味しい!」
「卵を使っているプリンとは違うクリーミーさがいいですよね」
神官たちからも少し分けてもらい、こちらも美味しいと皆で驚きながらプリンに大満足したようだ。