7.学園生活
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一年生の訓練が始まって数日後、スカーレットが声をかけてきた。
「後で、その、話を、聞いていただけませんか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
年下であり平民の茂に、ずっと変わらず敬語で話し続けるスカーレット。しかしそこから壁を感じる事はなく、どちらかと言うと尊敬や憧れのような強い思いが込められているとさえ思えた。
なので今まで気にせずにいたのだが、何か思い悩むことでもあったのか。
もしかしたら、それはギルの事なのかもしれない。
一緒にいる所はよく見るが、形式ばった貴族の婚約者同士のやり取りばかりだ。どんな悩みを抱えているのだろうと思いながら皆で風呂に入っていたら、錬金術師科の女性だけになった時に話しかけてきた。
「どうすれば、先生のように、強くても美しい淑女になれるでしょうか」
「スカーレット様も十分”美しい淑女”ですよ?」
「いえっ、そのっ」
他の皆、術師団の数少ない女性たちも共に首を傾げている。
「私の実家は、辺境伯でして、そこでは、魔物の討伐が冒険者頼りだけではなく、私兵の出陣も日常でした」
「そうでしょうね。魔物だけではなく他国からの侵略にも備えていないといけない訳ですし、魔物の事も含めて森の変化にも気をつけなければ後手に回って守れるものも守れなくなるでしょう」
「そうなんですっ」
力強く頷き、深いため息を吐きながら顔を覆ってしまった。
「私、学園にいた頃は騎士科にいて、学生の内に結婚相手が見つからなかったら自領に戻って実家で騎士をしながら良い人がいたらその人と結婚するって、両親も私も思っていて」
なのに色々な事があり、その事件に関わっていた貴族家やご令嬢が王太子妃に相応しくないと決定が下された。
「そういったゴタゴタに一切関わっていなくて、公爵家と同じ家格の年頃の女子って、私だけだったんです」
「・・・なるほど」
誰もが予期せぬ抜擢だったようだ。
「もう本当にっ、王宮での暮らしに慣れるのが大変でっ、ですが!シゲル先生はあんなに強くて!夫であるアキツ先生より強いのに!夫婦仲も良いじゃないですか!!」
おまけに礼儀作法もマナーも、王族とも対等に渡り合えるしすごすぎるとべた褒めしてくる。
「私土属性な事が引け目だったんですけど、そんな事ないって知って本当に嬉しくて!おまけに強化系でっ、もしかしたらギルバート様より強くなったらとか不安に思ったりっ、でも陛下の剣みたいに地面を操ったり出来るんじゃないかって想像しただけで心が踊ったんです!」
しかし、そんな事をして王妃としての対面が保てるはずがないのも分かっているのだと落ち込んだ。
「それに、・・・王家の歴史的に、辺境伯出身の第一王妃っていないんですよ。貴族社会でも、みんな直接口にはしませんけど、年がら年中魔物と戦っている野蛮人って思われてるのはこう、肌で感じますし」
なので今まで第二、第三王妃、もしくは子供が出来ず側妃となった人たちばかりなのだと深いため息を吐いた。
「うーん、ギルくんってそんなに”ご令嬢”って感じの人好きかなぁ?」
「本人も結構活発だよね?」
「身体強化が使えるようになれるって知ってウッキウキだったよ?」
他の王族たちもこの訓練に参加しなくてもいいのにわざわざ今年も全員でやって来たくらいだし、あの活発さはファビオラの血なのか、それとももっと前からだったのか。それは分からないが。
「まぁでも、はい。スカーレット様の悩みは分かりました。ですがそんなに心配する必要はないと思うますよ?」
「そうですよ。以前の事件も、こう言っては不敬かもしれませんがその”ご令嬢”や”貴族らしいしがらみ”、野心何かが原因で起こった事ですし」
ナタリーに言われ、それはそうなのだがとまた小さくため息を吐いた。
「それって何年前の話ですか?」
「あの時上級生が辞めて行ったのと関係ありますか?」
カタリナが首を傾げて声を潜める。話の全貌が見えていない一年生は、聞いても良いのかと互いの顔を見合わせた。
この話は他の子たちも知っておいた方が良いなと言い、後で詳しく話そうと提案をする。
「もしかしたらギルくんがどう思ってるかも聞けるかもしれないしね」
「今までを見てた感じ、スカーレット様が王妃様になるのが相応しくないなんて思わなかったし、スカーレット様の考える王妃とギルくんの求めてる王妃像が噛み合っていないかもしれませんしね」
スカーレット本人も、今この地位につける者が自分しかいないのは分かっているので受け入れているのも理解した。降りたいと言うのなら他の王族、オルギウス達が考えるべきだが、そうでないのなら話はまだやりやすいと笑う。
「強さと野蛮さって全然イコールにならない所ですし、スカーレット様がこれから身体強化を鍛えて行っても何も問題ないと思いますけどね?」
ようはその強さの振るい方と見せ方だと背中を押して風呂を出た。
それから昼食をとり、訓練に参加していた生徒たちは授業も受けて学園へと戻っていく。その時に学園長には残ってもらい、五年前にあった事件について、上級生たちが自主退学をしていった当時の事を聞いてみる事にした。
「そうじゃな、君たちも何があったのか分からぬまま上級生を失ったんじゃ、知っておいた方が良いな」
考えながらゆっくり頷きギルにも了承を取って話し出す。
学園長の前の前任者は、権力主義の貴族ととても親しかったのだそうだ。そして、学園の教師も三分の一が入れ替わってしまった事件を話し出す。
当時の貴族には、腐敗している者が多くいた。国外からのスパイの手引きをしている者も少なくはなかったという。
そんな者たちにとって、当時から王太子として公表されていたギルはとても魅力的に映ったと言う。
「わしの知っている限りの話じゃが、その貴族たちの中には当時殿下の御婚約者だったご令嬢の家も入っていたかの」
「そうですね。お家お取り潰しの領地返還、処刑とか、色々重なりました」
「マジかっ」
「そこまでだったんだ」
「本当は公開処刑にして他の貴族を牽制、なんて話も合ったんだけどね。まぁ、本当にそれだけの事したからしょうがないんだけど」
定期的に開かれるお茶会で違法薬物を盛ったりもしていたようだと眉を垂らしながら苦笑するギルに、アディ達も驚いている。
そこまでは知らなかったらしい。
「で、子供の頃から近くにいた僕のお付きの彼らもその片棒を担いでたってことで全員いなくなったんだよ」
ただ、ここまでくると国の名に傷がついてしまうので、オルギウスが公開処刑は避けたのだと言う。
「そこで大半の貴族は抑え込んだんだけど、そうすると返還された領地経営が大変になっちゃって、そっちに目が向いている内に今度は学園の中で権力を振りかざして民間人に暴挙を働いたんだよね。ただでさえ民衆からの信用を失いかけてる所に貴族が直接最後の一手を打っちゃって、さらに大混乱」
今の国の状況も分からない奴らに爵位を与えておいたら取り返しがつかなくなると言う事で、子供を教育する立場に相応しくないと判断された学園長共々入れ替わったのだと言う。
「それでも当時の3、4年生は自主退学をしてしまった後で呼び戻す事も出来なかったから、本当に、あの時の生徒と教師たちの罪は重いよ」
今でもこれからもずっと投獄と強制労働させられていると肩をすくめた。
「え、そうだったの!?」
「ただ辞めただけなんだと思ってた」
「彼らは見せしめ。なのに去年またやらかしたんでしょ?学ばないね。本当に」
おまけに自国の第二王子が関わっていたのにやらかしたのだ。これは退学にさせられても仕方がないと頷いていた。
「うわー、何か色々納得」
「それから僕もお付きはつけてないんだ。騎士が付いてくれるけどそのくらい」
だから、自分で強くなれる訓練はありがたいと嬉しそうに笑う。
「王族って、やっぱ大変なんだなぁ・・・」
「まぁ、それだけの生活させてもらってるしねぇ」
ワットに笑い返し、申し訳なさそうにスカーレットに顔を向けた。
「ごめんね、僕は男だし、年下であれば年の離れたご令嬢でも良かったんだけど。辺境伯家の中でも実績があって国への忠誠心も疑いようがない騎士科出身。これほど条件の揃った子って君しかいなかったんだよ」
「つまり、今この国で求められているのはキレイに座ってる王妃様じゃないって事だね」
「そうだね。いや、国母にそれだけを求めてる人の方が少なそうだけど」
現王であるオルギウスもマリーとの婚約は生後間もなくから決まっていたが、実際に現在も仲が良いのは芯の強さがあるからだろうと考えながら言う。
「母上って怒ったら怖いよ」
「・・・怖いですね」
「うちの母ちゃんと同じじゃねぇかよ」
「僕たちにとっては間違いなく”母ちゃん”だしね」
「国母が怒っても怖くないとか大問題でしょ」
みんなで笑い、カタリナ達がスカーレットを小突きながら笑いかけていた。
こうして本人たちが何を望んでいるのかが分かった。
お陰で次の日から、スカーレットの訓練への姿勢が変わったように思う。
他学科での追いかけ役は騎士団、魔法士団がそれぞれ買って出てくれたのだが、やはりポーションは必要なので一年生も込み、王族も酷使して戦場の様にポーションを造り続ける。
「焦らなくていい!とにかく今造ってるポーションは絶対に完成させられる様に集中しろ!」
「火加減に気をつけて!今は一回分のレシピだけど2回、3回分をまとめて造る様になったら感覚も変わって来るわよ!」
「良いですか!色の変化を見逃してはなりませんよ!」
アランとナタリー、クアンドロの声が響き、一年生達は初級ポーション造りをマスターしていく。
「中級出来た!必要なのって後何本?!」
「この箱が全部埋まるだけだ!」
「去年に比べれば!!」
「大変です!」
クミーレルが教室に駆け込んできて大声を出す。
「今回の訓練にっ!辺境伯四家も参加する事になりました!」
「四家っ」
「いや待て!一家の人数はそうでもないだろ?!」
「それだ!」
「私兵も含めてだから、念の為ポーションの増量もお願いだって」
マートンの後ろからギルが書状を見せてくる。オルギウスの名前とフェアグリンの名前、各辺境伯家の家名と押印がされた物を見てファビオラがため息を吐く。
「まったく、もっと早く言って欲しいわ」
「コクコク!」
「うわっ、マナポーションの量が毎回2000本っ」
「神官様達がフォローに来てくれるからね。他の教会からも希望者が殺到してるんだって」
「薬草が足りなくなるぞ!」
「冒険者、商人ギルドに依頼を出してもらうことになったよ。錬金術ギルドにも話はしてくれるらしいし、教会と併設してる孤児院と
「後は、魔法が得意だという自信があり日常的に使っているという理由からどうしても魔力切れになるまで反撃してしまう貴族ですね」
「貴族!!」
王族のアディが他のみんなと同じ様に叫んでいる。
「魔法を使うなとか王命で出してもらう?」
「それ、パニックになって使っちゃったら後々面倒な事にならない?」
「貴族の事がよくお分かりですね」
「いつお嫁に行っても大丈夫だよ!」
「覚悟決めるくらい好きになる人がいない限り行かない」
「平民最高」
カタリナ達がギルにそう返してポーションの栓を閉めた。
「取り敢えず、父には魔法での反撃は禁止していただく様手紙を書きます」
「一家だけでもそうしてくれると本当に助かる!!」
「良いですか皆さん!今のうちに造れるところまで!やり切りますよ!!」
クアンドロが一年生に宣言し、マートンと協力して上級ポーションを造り始めた。
「神官さんがもう少ししたら薬草を持ってきてくれる事になってるから、そうしたら一緒に休憩しようね」
去年は半分以上が茂の持ち物で賄われた薬草。今年は街を上げて協力してくれているので、毎日の様に大量の薬草とポーション瓶が運ばれてきていた。
「シゲルちゃんの言ってた通り、瓶を洗う人も雇って本当に良かったね」
「人手はいくらあっても困らないからねぇ」
そう笑い、物資の追加を持ってきてくれた神官たちを誘ってティータイム用の空き教室へ移動すると、つむぎ達が新しく錬金術師科塔の担当になってくれた侍女達と迎えてくれた。
オルギウスから王宮勤め、他貴族の屋敷から学園へ来てくれる者の紹介状に名があった者たちだ。
「本日は厨房長のスザンヌ様がお作りになりました、新作のケーキとなっております」
全員のテーブルに侍女とつむぎが付き、お茶とケーキを配膳していく。
「まぁキレイ!」
「満ちゃんがいくつかシンプルなレシピを渡したらしいんですが、そこからご自分で手を加えて研究しているようですよ」
錬金術師科の生徒達は下級貴族か平民が多い。貧民街出身の者もいる。その為マナーを見てあげて欲しいという茂からのお願いをしっかりと実行してくれている。とても頼りになる優秀な人達だ。
器具などの洗浄は自分達で出来るし、知識なく触ってはいけない薬品もあるのでそこには手を出さず、生徒たちの生活のフォローに徹してもらっていた。ありがたい事だ。
実はオルギウスからも、もしかしたら王侯貴族と結婚、もしくは近しくなるかもしれないのでそのつもりで見守るようにと言われていた。
なので茂たちが思っている以上にこの塔での仕事に熱意を持っている。
フルーツで飾られたケーキを食べ、アンがブレンドしたスパイシーなお茶を飲む。
「体が温まるかと思ってスパイスを入れたんだけど、私が入れた時より美味しい」
「茶葉と香辛料の香りが出る温度が違うからでしょうね」
後は蒸らし時間かと望にいわれ、なるほどと納得してメモを取っていく。
「それにこれ、何だっけ。あれ、木の根本に生えてる根っこを使うやつ」
「ポリポ草?」
「それだ!」
「よく分かったね、少しだけ入れてるんだよ」
「だからか、香りが違うな」
優雅なティータイムをしているが、会話は全て錬金術に関する事だ。
「茶葉の違いを言えなければ恥をかくと威張りちらしている貴族をここに連れてきてやりたい」
「フフッ」
アディのセリフにギルが吹き出し、ローランドは笑うのを我慢し、ガウェインは呆れたような表情をしていた。
「錬金術師は味覚や臭覚も使うからね。こういう息抜きも、実は大切な訓練だったりするんだよ」
話している上級生全員の姿勢が良いので、一年生達の背筋も伸びていく。それを見て茂の笑顔が深まった。
「訓練が終わったらダンジョンに行って、お店を出す為に商品の説明も出来るようになってもらわないといけないから、大忙しだよね」
しかし、錬金術を知らない人と話をするのはとても良い経験になると言い切る。
「これは職業病に近いんだけど、研究熱心な人って自分の世界に入っちゃうから相手に伝わる様に話すのが苦手な人が多いんだよね」
だからそこは気を付けなくてはいけないと全員に言う。
「ここにいるみんなとだったら、今は学園の全員と教会もかな。ホムンクルスとかエリクサーを造るって言っても分かってもらえるけど、学園の外で他の人に同じ事を言ったらおとぎ話を本気で信じてる人って思われちゃうんだよ」
「・・・身に覚えがあります」
「焦って掻い摘んで説明したら、今度は神様や命への冒涜だって怒られかねないし、下手したら謀反を起こすつもりなのかって捕まりかねないよ」
「そんなに?!」
「ありえるな。枢機卿が訓練や授業に神官たちと参加してくれているから王都のイアグルス教は理解してくれているが、他の宗教、それこそ聖国のイアグルス教会からは跳弾されて破門か、最悪処刑されるだろうな」
「マジか」
「だから教会も巻き込んで訓練とかしてたんだ」
「王宮に対してもですね。もしもゴーレムを魔導具、ホムンクルスを珍しい魔物かキメラだと思われていたら・・・」
「お互いに不幸な未来しか起こらなかったでしょうね」
「そうですね、それこそこの国から錬金術師が全員逃げていてもおかしく無い程の、埋まらない溝になりかねませんでした」
つい数日前にホムンクルス、ゴーレムの存在を知った一年生。まだ造り方を知らないというのに夢は広がるばかりだ。
「そう言えば、錬金術師ってだけで迫害を受ける国もあるんだっけ」
「そうなの?!」
「そうなんだよねぇ、だから私達も分かりやすいポーションとかを売って地道に"みのり屋"を受け入れてもらえる土台を作ってたってしね」
その言葉に侍女たちまで納得したような表情になっていた。
こうして錬金術師側も周囲との誤解が生まれないように立ち回る事の重要性を知りつつ、基礎のポーション造りを体に叩き込んでいった。