7.学園生活
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次の日、訓練後の授業も終わり、これから学園へ戻ろうかという時にミッシェルが茂に声をかけた。
「手合わせを願いたいのですが、お時間が開いている日はございますか?」
「お約束していましたからね。それでは、」
「もちろん貴女との手合わせもお願い出来ればと思っていますが、他の方々とも出来ることなら」
こんなにも心が踊るのはいつぶりだろうか。
身体強化が使える者が少なく、大陸内で強者と名を上げたら5本の指に入るミッシェルは、これ以上自分は強くなる事ができないのかと何処かで諦めていた。
周囲には自分を超えようという者もほとんど居らず、また、自分が超えたいと思える者も、いなかった。
それがここに来て、こんなにも希望に溢れる存在が何人も現れたのだ。
自分がどこまで登りつめられるか、挑戦したい。
ミッシェルを見つめ、茂は微笑んでから進の名を呼ぶ。
「うちで一番身体強化が得意なんです。剣を使って戦うのなら和ちゃんの方が良いのかもしれませんが、今はいないので」
今度こちらに来たら紹介すると笑いかける。
「和とも手合わせするなら、わしと肩慣らししといた方がいいな」
「その和という者も、身体強化が得意なのか?」
「和は身体強化は使えんな。あいつのは憑依召喚をして体の強度を上げてるんだ」
それだけで無く、召喚した相手の力を引き出して使うのだという。
「あいつの主だった武器は刀と槍だが、まぁなんでも使えるだろ」
逆に使えない武器があったのなら聞いてみたいくらいだと笑い、今から手合わせをするか?とミッシェルを見上げる。
「召喚術でその様な事ができるのか」
「出来るんじゃないか?現にやってる奴がいるんだし」
オルギウスにも変わらない口調で返す進を、誰も注意しない。それはそれで良いのかと疑問に思うが、この口調を変えられないと言うのも既に伝えているのでどうにか飲み込んでくれているのだろう。
「身体強化しか使えないと言っていたな」
「ああ、そうだ」
「身体強化だけを磨き上げるとどうなるの?」
「どう、外見は特に変化しないが、あー、相手を驚かせる事ができる、かな?」
「あれが驚きで済めばいいがな」
蜻蛉切が苦笑しながら言った言葉に、ミッシェル以外も、問いかけたイーラも好奇心を顕にして進を見つめる。
「見てみるか?」
そう微笑むように静かに笑って少し距離を取り、カリブーに声をかける。
「前に盗賊捕まえた時、鉄くずみたいになった斧あっただろ。出してくれ」
「わざわざ見せてやんのかぁ〜?人がいいなぁ〜?」
「特別講師になったしな。ゆっくり昼寝が出来るようになったんだ。このくらいはしないとな」
笑っている進に苦笑を返し、腹から錆びて刃がガタガタになっている斧を一本出した。
「?!」
「今っ、何処からっ?!」
「ああ、カリブーは沼のロギアだから体に物をしまえるんだ」
「は?」
「この大陸に魔族とかいねぇんだろ〜?ロギアだのパラミシアだの言って通じるかよぉ〜」
「魔族。アディとクミーレルから報告は上がっていたが、どうなっているのだ」
「その説明もした方が良いかもな」
「種族別の説明って大切だなとは思ってるんだけど、フェアグリンさん達と相談してからかなぁ。色々あっただろうし」
「あ、ああ、それはそうだな」
「とりあえず、"カリブーは手荷物いらず"くらいに思っといてくれ」
「雑」
「その力は、人も、武器も、しまえるのか?」
「ご安心下さい。マスターがいる限りご迷惑をおかけする事はありませんので」
「およしよぉ〜!そういうのぉ〜!!殺してくれって言っても殺さず拷問され続ける未来しかねぇだろぉ〜?!」
「え、スス厶が?」
「いや?わしは別にカリブーが悪い事しても怒らんと思うぞ」
「マスターをお慕いしている者は沢山いらっしゃるのです。その方々に捕まった場合の話しですよ」
「あいつらマスターに首ったけだからなぁ〜、俺が一緒に行動してるだけで睨んでくるってぇのに〜」
これで迷惑かけたら何されるか分かったもんじゃねぇと身震いしながら進の後ろに隠れる。
「大丈夫ですよ。カリブーくんはいい子ですから」
「こいつの事いい子とか言えるのみのり屋くらいだよな」
「みのり屋といて悪い子になれるもんならなってみろよ」
「なれたらもう、それはそれで偉人だよ」
尊敬はしないけどと言う男たち。
そんな会話を聞いて、少し肩の力を抜いた。
「ミッシェル様、この斧でわしに切りかかって来てくれ」
「・・・身体強化の話か?」
「そうだ。あー、心配なら切る場所を決めるか?首が分かりやすいだろ。決めておけば失敗がない」
「失敗があるの?!」
「ものの例えですよ」
ちょっと怯えているマリーたちにモネが笑いかける。他のみのり屋達を振り返っても誰も止めないので、オルギウスが小さく息を吐く。
「ミッシェル、やってみてくれ」
「かしこまりました」
一つ頷き、進と向き合う。声をかけてから錆びた斧を振り上げて細い首に狙いを定める。
ギンッ!と鈍い音を上げ、折れた刃先がクルクルと回転して地面へと突き刺さった。
「わしは身体強化しか出来ん。だが、これだけでも十分やって行ける」
平然と立っている進に、誰かが「化け物か」と言った呟きが聞こえてきたがミッシェルは嬉しそうに進に笑いかける。
「手合わせを頼む」
「いいよ。わしはこの体だけが武器みたいなもんだから、同じ武器で戦ってはやれない。それでもいいか?」
「問題など、一つも無い」
希望に満ちた、まるで無邪気な子供のように白い歯を見せて笑い返す。
ミッシェルのそんな表情を、見たことがある者は誰一人としていなかった。
木剣を持ったミッシェルと進の手合わせが始まり、今日の訓練に参加していた者全員が二人を囲んで見物する。
何かあっては大変だと満が結界を張ったので進も安心してミッシェルとの手合わせに集中できるだろう。
ひなた達が王族に椅子を持ってきてくれたので、完全に寛いでの観戦モードだった。
「天心は後でな」
「コクン」
素直に頷き、ホムンクルス同士で集まっている輪の中に入って行く。
こうして始まった手合わせは、ただの力と力の殴り合いだった。直ぐに折れてしまう木剣を、他の騎士団大隊長達が追加を投げて渡す。
そうしていると、ミッシェルの周囲で温度が上がってきた。
「今日だけでここまで来たのか。やるなミッシェル様」
「敬称など不要だ!」
そう叫んだのと、ミッシェルの持つ木剣が燃えて炎の剣となるのは同時だった。
その剣を振り下ろすミッシェルと、振り下ろされた進が見つめ合う。
「木剣であった事が、悔やまれるな」
「本当だな」
進に届く前に炭となって崩れてしまった剣に、二人揃って残念そうな表情をする。
「明日は予備の剣とか持ってきたらいい。茂か豊に壊れにくくしてもらおう」
「その二人が手を入れるのなら、実戦用の愛剣を持ってくる」
まるで旧知の仲のように、楽しそうに話しながら歩き出せば天心が進の肩に登ってきた。
小さな背中をポンポンと叩き、ミッシェルを見上げる。
「ミッシェルは強いな。これだけ強ければ、遊び相手もいなかったんじゃないか?」
「そうだな。目標も、とうに超えてしまってな」
久しぶりに到達点を見つけられたと、嬉しそうに笑う。
「足下にだけでも、辿り着きたい」
「はは、意外に控えめだな」
「、ははは!本当だな!」
いつからこんな卑屈な性格になっていたのだろうと、額を抑えながら声を出して笑った。
「超えるべき壁は、高い程燃える」
瞳の奥に火が灯ったのが声音からも伝わってきて、進も楽しそうに笑い返す。
笑っている二人を囲んでいた者たちは、繰り広げられていた巨大な力同士のぶつかり合いに圧倒されていた。
その中でも、イーラがひときは食い入る様に見つめていた。
その、まるでミッシェルが茂の戦う姿を見た時の様な輝きを灯した瞳を見て、どうした物かとヘレンが苦笑混じりのため息を吐く。
イーラの魔力特性は強化系。おまけに火属性で、丸っきりミッシェルと同じなのだ。
ファビオラの孫なだけあり、生まれながらに相当高い魔力量を持つ。
今はまだ幼いからこそ周囲の大人に負けるし、同年代と差があったとしても頭が少々出ているくらいで済んでいる。
しかし、そんなものは直ぐに覆るだろう。
ミッシェルほどではないにしろ、ヘレンにもその孤独にも似た感情に覚えがある。
学園祭の時に見た茂の姿に、この国どころか世界の危機さえ感じていたというのに、どこかで喜んでいる自分がいた。
”化け物”
自分よりも遥か高みに、その言葉を贈りたくなる相手がいた。
なんという歪んだ感情から来る幸福だろうか。
それでも、間違いなく畏怖の念、まるで神に祈るかのような幸運を感じたのも確かだ。
「イザベラ様、明日訓練用の鞭を持ってまいりますか?」
「!そうするわ!私は火のムチをふるうの!」
「それは恐ろしいですね。しっかりと練習をして、コントロールができるようにならなければ」
どうせ「化け物」と呼ばれるようになるのなら、そんな言葉にさえ胸を張れるように強くなって欲しい。そうなれる様に支えるのが、同じように幼少期から大人よりも強く、その大人たちに「化け物」と呼ばれた自分の役割だと微笑んだ。
明日、また手合わせをしようとミッシェルと進が約束をして、王族たちと共に見送る。
馬車に乗り込む前に短い時間だがファビオラと話すことが出来た。
「明日もありますので、今日はゆっくりお休みください」
「ええ、そうするわ」
頷いて、すでに馬車に乗っているオルギウスを見る。
「ミッシェルの次に自分も手合わせがしたいと言わないあたり、あの子(オルギウス)の成長を感じるわ」
隣で聞いていたアディが驚きで声を漏らした事に二人で笑って見送った。
そして翌日、訓練へやって来たミッシェルが腰にさしていた愛剣を外して茂に差し出す。
「こちらが私の愛剣です」
「鞘から抜いても構いませんか?」
「もちろんです」
国一番の鍛冶師が打った一級品だと説明を受け、豊も一緒に茂が持つ剣を見つめた。
「ドワーフが打ったんですね」
「よく分かったな」
「ほらここ、こうした方が分かりやすいかな?」
赤と黒が美しい剣を持ち上げて刃を示す。気づけば錬金術師科の生徒たち、四人の教師、その後ろからは術師団達が囲んで見つめていた。
「刃が均等に打たれてるでしょ?このキレイさは熟練の鍛冶師なら種族関係なく出来るようになるんだけど、この金属、ヒヒイロガネは加工方法が特殊で、こういう鍛え方が出来るのはドワーフがほとんどなの」
「ドワーフだけ?なんでだ?」
「ドワーフは種族の特徴として、土と火属性の二つを持ってる事が多いんだよ」
「そうか!特殊な金属でも土属性なら加工をするには向いている!」
「属性として持ってなくても、周囲に持ってる人が多いから技術として継承もできるのいいよね」
「継承ってか、見て盗めって言って毎日師弟で殴り合いの喧嘩してたけどね」
「そういうコミュニケーション方法なんでしょ?」
「好きな事にはのめり込むタイプだしね。根性あるっていうか」
「ドワーフの国とか行ったら面白いよ。工房が民家と同じくらいあって」
「この出来の剣に、武器として手を加える事は何もないね。持ち主の魔力を通しやすくするのと、どうしよう、魔法を使うなら杖のような効果も付け加えますか?」
「すごくいい素材なので、耐久力を上げる付与をしてもまだまだ余力があります。汚れ落としと油さしの付与とかもしましょうか」
もっと他にも出来るが希望はあるかと二人に見あげられ、私財を投げうってでも支払いますと真っすぐな眼で言われた。
「まだ三年以上ありますし、分割で大丈夫ですよ」
「何なら今後の活動を手伝ってください。その働きに合わせて返済させていただきます」
「一国の騎士団長相手に、お前」
アランが呆れながら現津に言うも、本人がそれでいいと言うので、というか嬉しそうに了承してくるので、止めはしなかった。
話はまとまったと、どんな付与をするか、自分だけが使えるように魔力の紐づけをするかとバインダーを出してメモを取っているとイーラが一本の鞭を茂に差し出す。
「私のムチもつよくして!」
「お、鞭にしたのか」
進もやって来て笑いかけるも、第二王妃がさせてたまるかと怒り出す。
「いい加減になさい!」
母の怒りに、小さな肩が怯えたように震える。
「今までだって勉強もせずに戦ってばかりいたのに!これ以上そんな力を身に着けてどうするの!!」
その言葉に反論が出来ずにいると、オルギウスが助け船を出した。
「良いではないか」
「陛下!?」
「幸い我が国は大国。周囲には小国ばかりだ。今のままでも戦争で負ける事はそうそうない。しかし、これからはより強い兵が生れてくる」
いずれこの身体強化の習得法も他国に知られることになるだろう。だからイーラを今から強くして国内で結婚させればいいと言われ、第二王妃も結婚に反論は無いという。
「強く、鞭ばかり振るう王女を娶りたい者がおりますか!」
「少数ではあるだろうが、いるんじゃないか?」
「強い=美しいって奴結構いるよな」
「だそうだ」
進と梅智賀の言葉にオルギウスが頷くと、慌ててまた第二王妃が口を開く。
「この国の王女が!粗暴であると噂されるのは王国の威信に関わります!」
「それはその通りですね」
茂が頷いたので、「だろ!」と言いたげにこちらを見てからオルギウスに顔を戻した。
しかし、オルギウスは不敵に笑い、第二王妃たちと共に自分を見ている茂に眼を向ける。
「とある国では、身を美しくすると書いて躾と読むのであったな」
「はい、その通りでございます」
「イザベラ」
「は、はい」
「お前が強くなろうとするのは大いに結構。しかし、能のない力程扱いやすく脆い物もない。もしお前がただ強いだけの無能になったのなら、いかなる罪状を偽造してでも幽閉、もしくは処刑することになる。それでも力を欲するか?」
いきなり実父から殺す宣言をされ、固まったイーラは口を開くことが出来なくなる。
「イーラ様、オルギウス様がおっしゃるように、力の使い方を知らなければそんな未来が本当に来てしまうんです。お母様も、それを一番に心配なさっているのですよ」
そうなの?と見あげると、母が頷いたのでまた茂を見た。
「ファビオラ様のゴーレムであるビオラちゃんも、この国を滅ぼしてしまうだけの力がありますが、イーラ様はビオラちゃん、もしくはファビオラ様がそんな事に力を使うと思いますか?」
「・・・思わないわ」
「私もそう思います。では、それは何故でしょうか」
「・・・分からない」
「私は、ファビオラ様がしっかりとご自身の考えをお持ちで、それを周囲の人々も信じられるだけの信頼を築いてきたからだと思っています」
「どうしたら信じてもらえるの?」
「ご自身の力を、他者の為に使ってきたからではないでしょうか」
イーラと同じか、それよりもずっと幼い頃から人よりも多い魔力をしっかりとコントロールして周囲の人たちを傷つけず、礼儀正しく相手を敬いながら接してきた。その積み重ねが信頼だという。
「力を振りかざして相手の上に立つ事は簡単です。特にイーラ様は王族ですから、魔法を使わなくても国民だけでなく、貴族にもいう事を聞かせられます」
「ええ、それは分かるわ」
「では、その命令に従っている人が喜んでそのお願いを聞いてくれているかどうか、イーラ様には分かりますか?」
「よろこんで?」
「そうです」
例えば、自分はみのり屋の代表なので家族に指示を出し、時には命令をする事もある。その命令がどんなものであれ、皆が力を貸してくれると思えるのは時間をかけて絆を作ってきたからだ。
「みのり屋の人数は多いとは言えません。ですがこの人数で世界中を旅してこられたのは、お互いを信頼しあっているからなんですよ」
「・・・なんとなく、わかるわ」
みのり屋を見上げて、考えながら頷くので笑い返した。
「オルギウス様もお母様も、イーラ様にはそんな風に他人から信頼してもらえる人になって欲しいと思っておられるのです。だからこそ、多くの人から怖がられるかもしれない”力”をコントロールして、大切な人を守るために使えるかお聞きになったのですよ」
その言葉を聞き、短い間だったがしっかりと自分で考えて答えを出し、オルギウスに向き合った。
「私は、強くなってこのくにのために戦います。だれかにとってあつかいやすい無能にはなりません」
「その言葉を信じるだけの実績を立てて見せよ」
優しく、けれど真剣に眼を見て笑いかけられ、返事をしながら一礼した。
まだまだぎこちなかったけれど、一国の王女に相応しい威厳の片鱗を感じさせるには十分だった。
「オリヴァー」
「、はい!」
「其方はどうする。他国との繋がりを深めるため、自身の世界を広げるために婿として国外へ出る事も許す。今すぐに決める事ではないにしろ、今後について考えてみるといい」
国内に留まるのならば、この国の為に何が出来るか自分の力を見極めろと言われ、イーラを、茂を見てから返事をして一礼した。
話はまとまったなと第二王妃を見て、イザベラの訓練に口を出さぬようにと言えば、恭しく礼で返事をした。上げた顔の目がハートになっていたような気がするが、今それを突く者はいない。
というか、皆オルギウスの判断とイザベラの覚悟を見て感動していた。自国の王族がこんなにしっかりしていれば感動も感涙もするだろう。
みのり屋からすれば、オルギウスが三人の妻にちゃんと好かれているのだなという事が分かった瞬間でもあった。
「ご両親のお許しも出ましたし、その鞭を魔導武器にするのは良いのですが、イーラ様は火についてどのくらい知っていますか?」
「どのくらい?えっと、ものを燃やすことができる、とか?」
「そうですね。そのおかげで私たちは毎日温かい食事やお風呂に入る事が出来ています」
けれど、昨日ミッシェルが木剣を燃やした時の火は、そういった生活の助けになる物ではない。その違いをイーラにどう説明しようかと少し考える。
「ある国では、火は神様の一部、神様その物と考えます」
火はそれだけ人々の生活を豊かにすると同時に、一瞬で平穏を奪っていく力もある。
「お母様が粗暴な王女になっては結婚相手がいなくなってしまうと心配なさっていた理由の一つに、きっと人生を支え合っていく誰かがいる事でイーラ様の力の一つになるとお考えだったからです」
「・・・」
いつも言われていたが、そんな深い意味はあったかなと言いたげな眼で母を見て、茂に顔を戻した。その反応に何人かが下を向いて震えている。
「私がここで、イーラ様を”何があってもお守りします”と言ったとしても、私たちが行商人である以上、常にお側にいる事は出来ません。きっとこの国に何かあったとしても、それを知るのは全て終わった後でしょう」
だからみのり屋の力は充てにならない。自分でその力を使う時を決めて、その後起こった事にも責任を取らなければならないのはイーラ本人なのだと説明する。
「この恐怖は口で言って理解するのは大人でも無理です。なのでまずは火の恐ろしさを知る所から始めましょう」
そう言って満に結界を頼み、収納バッグから一本の刀を出すと士団員たち、その場にいる術師団員たちに声をかける。
「火属性の方、火魔法が使える方もしっかりと見ていてくださいね」
錬金術師科のメンバーにも顔を向け、一人で草原の端まで走っていく。
珍しく現津がついて行かなかったので、「どうしたんだ?」とアランが聞くと、念のためだと返された。
その言葉に、絶対ろくなことは起こらないと一年生たちが互いに集まって身構える。
それを見て、士団員たちも王族を守るように少し立ち位置を変えた。満以外の白服は、テントの中へと入ってしまったので緊張感がより一層高まる。
「イーラ様、ナル様、周囲をよくご覧ください」
「?」
望がしゃがんで目線を合わせた。
「ここにはミッシェル様もヘレン様もクミーレル様もいらっしゃいます。ご両親だけでなくご家族も、私たちもいます。それを忘れないでください」
周りを見回し、しっかりと頷いたので立ち上がるとガーフィールの隣に戻った。
茂が手を上げて合図をしたので、現津も手を上げる。そして、一本の刀の名を呼んだ。
「万象一切灰燼と為せ”
燃え上がった刀が美しい円を描きながら構えられると、喉を焼くような熱と共に口の端が切れ、そこから流れた血さえ一瞬で干上がったのが分かる。
距離にして20m以上先で、茂が一度だけこちらに向かって刀を振り下ろす。
たったそれだけで、美しいとさえ思えた炎が、自分の命を奪いに来たのだと思うには十分な威力だった。
刀をしまい、熱源がなくなってもまだ熱いそこで、一つの腕輪を出すとスヴェルと名を呼ぶ。するとキラキラと粉雪が降り始め、直ぐに熱は無くなった。
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
静まり返るそこに、変わらず柔らかな声をかけられてようやく恐怖から開放されたのかイーラとナルが座り込んで泣きだす。そんな二人を望と優が抱き寄せてあやした。
「今のは火でしたが、イーラ様だけでなくナル様もあのような力をお持ちです。これから沢山訓練をして、使い方を学んでいってくださいね」
全員に椅子を出し、腰が抜けている者たちも皆座らせてポーションとスポーツ飲料を差し出せば溢すのも構わずガブガブと飲み始めた。一人1~2ℓは飲んだところでようやく息が整いだす。
現津はずっと広範囲に浄化魔法をかけ続けていた。
ぐずってはいるが泣き止んだ二人にも水分を取らせ、桃味の水も出してやる。
「お前、無茶すんなぁ~」
アランも浴びるように水を飲んで袖で口を拭っていた。
「茂は脳筋仲間だからなぁ」
「錬金術師なんて長くやってればみんなこうなるよ」
「ここまでか!?」
「・・・なるかもしれないっ」
「お前ら毎日森で実験してるもんな」
「そういえば、ジンたちは学園祭前に中級ダンジョンに突っ込まれたって言ってた」
ワットがコップを持ちながら呟き、「マジかっ」と錬金術師科の教師たちは頭を抱えた。
そんな中、ミッシェルが興奮したように眼を輝かせる。
「その年で中級ダンジョン!今のが火属性の武器ですか!」
「はい、私が造った中で一番シンプルで、だからこそ強力な武器になります」
起こすだけであの威力が出るのであまり出さないがと言われ、崇めるような姿勢を取ろうとしたので全力で止めた。
「あんなに、火が怖いなんて、知らなかったわ」
イーラがズズッと鼻をすすりながら言うので笑って頷く。
「そうですね。火はとても恐ろしい武器になります。ですが忘れないでください。火は人類が神様から授かった生活を豊かにする素晴らしい力ですよ」
人がまだ国を持たなかった頃、生れたばかりで人そのものが少なかった頃、森で生きていた人が安全に眠る事と食事を取る事、住む場所を手に入れる為にはどうしたらいいのか。
「森に火を放つだけで、一日から二日。たったそれだけの時間で多くの生き物が住んでいた森は開けます」
もちろんそんな乱暴な事をすれば沢山の恨みを買う事になるだろうがと、やっていい事ではないともハッキリ口にする。
しゃがんでイーラ、ナルと視線を合わせた。
「魔法が使えない私からすると、初級魔法を向けられただけであれと同じだけの恐怖を感じます」
「それは嘘だろ」
「嘘じゃないですよ、単にそれを防ぐための盾を造れたと言うだけで」
「反撃する武器もな」
スポドリの御代わりをもらいながら言うアディに苦笑する。
「イーラ様、鞭をお借りできますか?訓練中に加工をして、昼食後の授業が終わったら少々お時間をいただければ説明と共にお渡しいたします」
「イーラ、その鞭を超えるものはこの国では手に入らない。自分で造れるようになるか、金を貯めてみのり屋に注文するか考えてえおけよ」
「みのり屋にちゅうもんする!」
「それが良さそうだね」
即答したイーラに、アディとギルも頷くのを見て、練習用の鞭なのだからそんなにすごい事は出来ないと茂が肩をすくめた。
「素材的にも、耐えられるギリギリにしましょうか」
「なら私は、イーラ様が自分の火で怪我をしないようにかな」
豊と二人で鞭を見ながら話していると、ちゃっかりオルギウスが自分の愛剣も渡してきた。
「僕も何か造ってもらおうかな。指輪とかできる?」
「出来るよ」
「ならそれでお願いしようかなぁ。僕魔法メインで戦うから」
明日持って来るよと考えながら言う。
「父上も兄上もずるい!」
「ナル様はどんな武器を使っているんですか?」
「えっと、えっと、し、シゲルは?水属性の、どんな武器があるの!?」
「私のは槍ですよ」
「槍は使った事ないかもね」
「・・・ない」
「今から練習するのも良いと思いますけど、向いているのかまず進ちゃんに見てもらいましょうか」
「槍は向かないな」
「触りもせずに分かるのか」
「蜻蛉切を見てみ」
オルギウスたちもミッシェルも、後ろで立っていた蜻蛉切を見る。
「あれが槍を振るのに向いてる体、ナル様とはまったく違うだろ」
進がナルに触っていいかと聞いてから、腕や肩、背中ときて足を触りだす。
「んー、骨が細いなぁ。アディみたいに魔法中心で、イーラみたいに前に出るにしても肉弾戦は向かないか。ナル、様」
敬称を忘れそうになった進だが、なんでもないかのように森の方を指さして見せる。
最初から敬語を使っていないし、今更な所もあるがとりあえず今は誰も突っ込まなかった。
「あの木の向こう、見えるか?」
「鳥の巣のこと?」
「眼が良いのか、なら銃とか弓とかがいいんじゃないか?まぁどっちにしても打った後の反動に耐えられるくらい体は鍛えないとならんけど」
「それなら私がどっちも持ってますよ。お見せしましょうか」
「我々にもぜひ!」
クミーレルたちも前へ出てきたので、まずは訓練をして授業後にしようと笑って受け取ったミッシェルの剣とイーラの鞭を収納バッグにしまった。
「私は今日テントで作業してるから、みんなの事お願いね」
「お任せください。桃之丞、茂さんから離れないように」
「アア!」
「それじゃ追いかける側の人手が足りなくない?」
「大丈夫ですよ。圧紘、出番です」
「は~い、といっても俺も榊さんから離れたくないんで、コピーでいいですか?」
「かまいません。これは訓練です」
「じゃぁ、十人くらいでいいかな?」
そう言って圧紘が仮面をつけると体が溶けたように垂れ、同じ姿の圧紘が十人現れる。
「これはっ、幻術ですか!?」
「違うよ~、全部実態あるから。触ってみる?」
仮面を外して笑う姿に、魔族である事を思い出した。
「これが、魔族の力か?」
「そうだね~、”コピー”が俺の能力だよ」
圧縮もあるが、それは言わずにコピーした自分が本物と同じように思考して戦える事を説明する。
「ただ、所詮はコピーだからね~。ある程度の衝撃を加えると泥みたいになって溶けるから、殺しちゃったとか思わなくて大丈夫だよ」
「榊さ~ん、俺が一緒に残ってるからこっち(オリジナル)を行かせない?」
「そうそう、オリジナルが行けば良い事も多いし~」
「うっさいよ!俺が榊さんと残んの!お前らがしっかり仕事して来い!」
「コピーと言えど感覚、感性は本人と同じですので、榊に対する言動にはお気を付けください」
「・・・すごいのにね」
「これが魔族かぁ・・・」
「こら~、そこはヒソヒソする所じゃなくて”恋人大切にしてかっこいいね”でしょ~」
「お前に対してヒソヒソしない奴の方が少数だよ」
こうして、追いかける役を引き受けた圧紘が森で攻撃して来たのだが、その攻撃方法が他の皆とまったく違うという事でミッシェルもヘレンも驚いていた。
「能力は高いですよ。あの二人は」
普段のほほんと本を読んだり、食事も全て圧紘に任せている榊でさえ能力が高いと言われ、驚きというか納得が行かないという感情が何故か湧いてしまう王族たち。
士団員たちの訓練も終わり、ゆっくり昼食も食べて授業も済むと全員でテントの外へ出て椅子とタープの用意された席に案内される。
「では、まずミッシェル様の剣をお返しいたしますね」
「外見は変化がないのですね」
「はい、重さも変わらないように加工しました。愛剣として実戦でもお使いでしょうし、わずかな変化が命取りになる可能性もありますから」
付与した効果は朝言った通りだと豊が説明し、茂が握って魔力を通してもらえるかと見上げる。
「今魔力を通したことで、この剣はミッシェル様の専用武器となりました」
「専用武器」
「はい、このまま魔力を通し続けて、昨日みたいに剣から炎が出せるか試していただけますか?」
言われた通り魔力を通すと、昨日よりもずっと簡単に剣から炎が吹き出した。
「持ち主の魔力が通りやすく、また増幅するように陣を刻んでいますので杖代わりにそのまま魔法を使う事も出来ますよ」
「なんと!」
試しうちがしたいと進に声をかけて向かい合い、魔法を発動しながら剣を振るうと進に向かって
「お、上手い事できてんな」
「面白いな!」
そう笑って炎の剣で切りつけ、両手をクロスして受け止められた所でさらに火力を上げた。
「これは、ワイバーンの鱗も楽に焼き切れそうだ」
「いけません!炎で燃やしては素材として使える部分が減ってしまいます!」
「なるほど、使いどころが難しいな」
「炎を出さずに強化だけ出来るように練習すれば剣としての耐久力を上げられますよ」
「・・・進があれを受けて何ともない事に、誰も突っ込まないんだな」
「クミーレルさんも染まったよな。まだひと月も経ってないのに」
「順応が早い事は良い事ですよ」
ミッシェルと倒し方について話し合っているクミーレルを見て、1、2年生達が小さな声で話していた。
望が笑って、ひなた達と一緒に飲み物を配っていく。
クミーレルも他の錬金術師達も、それぞれ話し合ってはいるが全員手には同じバインダーを持っており、今見た剣の性能をガリガリとメモしていた。
それを見て、今更なのだがとオルギウスがバインダーを指さして聞いてくる。
「うちの商品です。ノートをまとめたり、机がない場所でも書きやすいのでみんなに使ってもらっています」
錬金術師科は入学祝いで全員名前入りのバインダーを使ってもらっていると言われ、ファビオラ達が自分ももらえるのが楽しみだとビオラと話していた。
「やっぱり今年、は無理でも、来年には街で一度お店を開きたいですねぇ。今までの錬金術師はどこかの工房へ弟子入りするか王宮へ務めるかがほとんどだったみたいなので」
自分で店を出すにしろ何んにしろ、まずお店で働くという体験をしないとビジョンも何も浮かばないだろうと首を傾げる。
「学園で相談して課外授業の許可を取るのがいいか、まずは学内で生徒同士のコミュニケーションの場を設けるのが先か。他の先生たちとも話し合わないといけませんね」
「みのり屋には他にどんな商品がある?」
「いろいろと、としか言いようがありませんねぇ。うちはその日で売る商品というか、お店が変わるので」
「店が変わる?」
「はい。ここにある看板にその日のメニューを書くことになっているんです。例えば”本日のメニュー風呂屋”であったり”錬金術師の部屋”であったり」
「うちには魔法士もおります。単純な前衛、中衛、後衛とも分けられますが、それぞれの得意分野がハッキリと別れていますので」
「なのでいろんなお店を開くことができるんですよ」
本屋も出来るし診療所も、仕立屋も食事処も。
「全部みんなで回していますので、全員がある程度の専門知識を持つようにもなりましたね」
「・・・なるほど」
そんな話をし、ミッシェルの剣が問題ない事を確認して現津が受け取りと料金の書かれた書類を取りだし、サインをしてもらう。凄まじい金額のはずなのだが、本人は覚悟していたのと、こんなに素晴らしく加工させられる技術を金で解決できる事に喜んでさえいた。
「貴族ってすごいよね」
「まぁ、あれで半永久的に自分の武器が折れず曲がらず欠けず衰えずで使い続けられるんなら安いんじゃない?」
「それはあるね~。俺も仮面に付与してもらってありえないくらい助かってるし」
こういう身につける系はケチっちゃダメじゃん?と転弧と圧紘が話し合っていた。