7.学園生活
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次の日、ポーション造り地獄に突入した生徒たちに手を振ってみのり屋全員で本舎にある一番大きな教室へと入っていく。そこには学園中の教師と、学園関係者なら誰でも自由に参加できると聞き、清掃用務員から事務員、コックたちまで希望者の顔ぶれは様々だ。
スザンヌ(厨房長)がいたので笑顔で会釈をしておいた。
早速水見式の説明をして、桶と水の入ったグラス、一枚の葉を配って魔力を注いでもらう。
「おお!水が増えたと言うことは私にも身体強化の才能があるという事か!」
盛り上がっている大人達の中には、全く変化が起こっていないように見える者もいた。なので、そこは茂自ら回ってどのように変わっているかを見ていく。
「土の香りがしますね。先生は土属性の操作系の様です」
「土属性、まさか・・・、この私が、」
「この国では土属性へのイメージが良くないんでしたね。私達の中でも一番多い属性なんですが」
自分と現津がその筆頭だと言えば、教室中から驚きの声が上がる。
学園祭で見たあの
「ある宗教では天国には天使、地獄には悪魔がいると言われ、その悪魔は人どころか天使にさえ恐怖を与えるだけの力があると言われているんです」
その悪魔は火と土から生まれるのだと、黒板を使いながら話す。
「それだけの脅威を、どの属性も持っています。ようは使い方次第ですね」
アディも火魔法ばかり使っていたが、それでも十分秀才扱いされるだけの練度を持っていた。つまり、どんな才能も磨かずに放っておけば、磨いてきた物に負けるという事だ。
「土属性はいうなれば土に関するものと親和性が高いんです。つまり、この世の物質の大半とリンクできるという事ですよ」
人間族は器用な人が多いのでどの属性もまんべんなく使える者が多いため分かりにくいかもしれないが、他種族には受け継がれやすい属性という物がある。ドワーフやエルフなどが分かりやすいと絵も描きながら説明をする。
「このように、その人が持つ特徴の一部が分かるのが水見式ですが、これでさえその人の全てが分かる事などありません。ハッキリ言える事は、どの特徴を持つ人がどの学科に入っても必ずその才能を開花させられる可能性があるという事くらいです」
騎士なら剣、魔法士ならば杖、それぞれを象徴する武器があるように、錬金術師にもそれはある。
「これはこの世に存在する物質や大気、空気など様々な意味を持つ記号を一つに合わせたものです」
いくつかの三角形が重なった絵を描き、教室を見渡す。
「騎士なら肉体を使った力、魔法士なら魔力を使った力、錬金術師は、ありとあらゆる物質を使った力を持っているという事ですね」
そう言ってから、笑って口を開く。
「一つ錬金術の宣伝をさせてもらうのなら、料理上手が多いというのもありますよ」
「?」
ざわつくとまでは言わないが、全員がいっせいに首を傾げたのでまた面白そうに笑う。
「錬金術は台所から生まれたと言われているくらい生活に根付いているんです。ポーションを造るにしても武器を作るにしても、火とは切っても切れない学問ですからね」
食事が美味しければそれだけ日常が楽しくなる。だから、ちょっと齧るくらいはしておいても損はないと言い、魔力と魔法の違いについても説明を始めた。
学園の関係者は午前中で水見式と授業を終え、午後には王宮から王族のギルとその婚約者であるスカーレット、王宮関係者達がやって来た。錬金術師団は、同じ授業なので希望者だけの参加としたのだが、全員がまた座っていた。もらったばかりのバインダーを開き、また授業内容をメモしていく。一角からガリガリとペンを走らせる音が絶えず聞こえていた。
今日来ていた王族は二人だけだったので、授業が終わったらそのまま錬金術師科の塔を案内するために一緒に向かう。
「へー、中はこうなってたんだね」
「私も、通っていた頃に入った事がありませんでした」
新鮮だと言って嬉しそうに見て回っている。
「ギルくんたちは明日はどうするの?陛下たちも来るし、一緒にまた授業受けるの?」
「そうしたいんだけど、後半年でできる所まで公務を終わらせておきたくて、顔を出せないんだ」
「急な話だったもんね」
「実はそうでもなかったんだよ」
「そうなの?」
みのり屋がこの王国へ入っている事は分かっていたのだと笑う。けれど、入った所までは分かってもそれ以上は何も分からなかった。
「アディの様子とか、シゲルちゃんの特徴とか、色々勘づいてたってくらいだけど、もしかしてって話は父上ともしてたんだよね。父上とだけだから、本当に他には漏らしてなかったけど」
「なるほど?」
「噂に聞く”みのり屋”の感じからして、僕たちが近づいたら離れて行っちゃいそうだったし、だから上手い事距離を取りながらこの国に長くいてもらおうって思ってたんだよ」
「そうだったんだ。押し売りしちゃってごめんね?」
「ははは、ああいう押し売りなら僕が国王だったとしても即断即決で飛びついてたと思うよ?」
親しげに話しながら塔を案内し、スカーレットにも話を振るがどれも驚いていて、話らしい話が出来たようには思えない。
とはいえ、来年からここで一緒に過ごすのだから仲良くなる機会はいくらでもあるだろうと二人を見送った。
次の日、アディ達と共にオルギウスを始めとした残っている王族たちを迎えに行った。
「本日はお越しいただきありがとうございます。私がみのり屋の代表を務めている茂でございます」
初対面となる王妃、第三王子、第一王女、第二王妃、第三王妃、王太后に挨拶をすれば、茂を見て眼を瞬かせていた。
「学園へは先日も来たが、まさかもう一度この教室で授業を受けられる日が来るとは思わなかったぞ」
懐かしいと目を細めて笑いかけてくるオルギウスに、第三王子のオリヴァーと第一王女のイザベラがオルギウスとアディを見上げてから茂に首を傾げた。
「”みのり屋"って、本当?」
「はい、私たちが”みのり屋”である事は本当でございます」
そう言って杖の先についている水晶を見せた。
「すごい魔法が使えるって本当?」
「あいにく私は魔法を使う事ができませんが、夫を始めとした家族たちは使う事ができますよ」
「あんな
アディの言葉にオルギウスが笑い、クミーレルも大きく頷いている。王妃たちはまだ信じられないと言うように驚いていた。
雑談をしながら挨拶も終わったので席へ案内しようとすると、後ろにいたヘレン魔法士団団長を紹介されたので頭を下げれば、騎士団団長のミッシェルも前へ出てきた。
「こうしてお話しが出来る日を心待ちにしておりました。先日の優勝おめでとうございます」
ビシッと決まった礼を取るミッシェルに、ヘレン、クミーレル、王族達だけでなく各団の隊長たちまでもが眼を見開いて静止する。
「そう言っていただけて私も嬉しいです。それと、国王陛下から特別講師という立場はいただきましたが、私どもはしがない平民の商人でございます。どうぞ気軽にお話しください」
騎士団長様と見上げれば、ニコリと笑い返された。
「申し遅れました。私はミッシェル・ブライ・アールブロンと申します。是非名前でお呼びください」
「アー」
「本日をとても楽しみにしておりました。どうぞ身分などという壁は作らずに接していただけると」
そこまで言われては仕方がないと、ミッシェル様と呼ぶ。
「っ!アキツ待て!ちょっ!待て!先に確認をさせてくれ!!」
明らかに殺意にまみれた眼をしている現津に、アディが待てと両手を振りながら気を反らそうと騒げば、ガウェインが進たちに振り返る。
「止めてくれ!」
「馬にけられるのは嫌だなー」
他のみのり屋が気の抜けた返事しかしないので、助けは諦めてアディがミッシェルを見上げた。
「報告はしているはずです!みのり屋のほとんどが婚約、結婚をしていると!」
「はい、存じております」
「ではっ」
「もしも機会をいただけるのでしたら手合わせをお願いしたいのです」
その言葉を聞き、騎士団とオルギウスは「あー」という顔で眼を閉じた。
「あらあら」
王太后のファビオラが一人笑っていた。
「茂さんと手合わせをするには最低でも身体強化が必要です。お引き取り下さい」
「私は身体強化が使えるのでその資格を持ち合わせていると思うが?」
「ミッシェル。まぁ、これから訓練もある上、三年半は教えを受けるのだ。うん、そうだ。その中で手合わせをする機会もあるだろう」
オルギウスの雑な静止に、またニコリと笑って茂を見る。
「どうか、私にも高みからの景色を見せていただけませんか」
「私不敬罪になったりしない?」
「するか!」
これで不敬罪とか言ってたらお前!お前!!と興奮しているアディを見て、では訓練中のどこかで手合わせをしましょうと了承する。するととても恭しく頭を下げて礼を口にされた。
「私よりも進ちゃんの方が向いてると思うんですけど、」
「わしが高みからの景色を見せてやれると思うか?」
「マスターの強靭さは伝わると思います」
「一方的に〜、ボコられて終わりだろうなぁ〜?」
「うちで重婚は認められておりません」
「絶対ぇ認めねぇ」
「智賀くんは心配しなくても大丈夫だよ」
「何一つ安心できる要素がない」
「心配せずともそのような下心はない」
「男の性欲に上限などないと思っておりました」
「この感情はそういった物の対極にある」
「つまり?」
「信仰的な?」
「現津さんと同じだな」
「ああ、同族嫌悪か」
後ろで話しているとアディが怒鳴るので、茂も笑ってなだめに入る。
「国王陛下たちも忙しい中来てくれてるんだし、アディくんも教室に戻っても大丈夫だよ。それとも一緒に授業を見ていく?」
ポーション造りもあるから戻りたいが、心配だから少し参加していくと一緒に大教室へ歩き出す。
「もう仲良くなったのか」
「はい、ご本人が気安く話すことをお許しくださいましたので」
「そうか、では我も名を呼ぶことを許そう」
「よろしいのですか?」
「かまわん」
オルギウスに名を呼ぶ事を許され、色々あったが王族を挟むように騎士団と魔法士団が左右に分かれて座り、授業が始まった。
昨日の反省を生かし、先に属性への偏見を失くすように各属性の良い所を説明してから水見式を始めてもらう。教壇にいる茂と共に優が教室を周りながら説明を付け加えていく。
「水に変化が見られなかったとしても、何らかの違いはありますので不用意に口にしないで下さいね」
全体に注意をしてから、王族へと近づいていく。
「オルギウス様は土属性の放出系ですね。ギルくんとアディくんも土属性でしたし、肥沃な土地を持つ国の王族としては何か納得のようなものを感じます」
「ふむ、土属性か。今まで土属性の魔法は使った事がなかったな」
「ギルくんは操作系、アディくんは具現化系でした。それと本人たちの努力と血筋なのか魔力量が素晴らしかったのですが、オルギウス様もお二人と同じですね。魔力量がとても多いです。この魔力量で放出系となると、練習次第で広範囲か、もしくはどこにでもお城を建てられるくらいの事が出来るようになるかもしれませんよ」
「ははは、それは面白いな!」
王妃のマリー、第二王妃、第三王妃も分かりやすい変化だったのですぐに解説をする事ができた。
「王太后陛下は、オルギウス様たちにも勝る魔力量をお持ちなのですね」
「そんな事まで分かるなんて、この水見式はすごいわね」
超高速で葉が回転しているのを見て、王太后の顔をジッと見つめる。
「王太后陛下、何か思い入れのある人形をお持ちですか?」
「ええ、持っているわ。子供の頃から一緒に過ごした子が今でも宮殿にいるの」
「そんな事、良く知っているわね?」と見上げられ、ウィンクするように義眼だけを開いて見せた。
「私、眼が良いんです」
そして、少しだけ真顔になる。
「陛下、急なお誘いが不敬なのは承知でお誘いさせていただきますが、明後日その子と一緒に錬金術を見学にいらっしゃいませんか?」
「え?」
王妃様方もいかがですかと誘えば、オルギウスがノリノリで了承してきた。
「どうか必ず、”その子”と一緒にいらしてください」
優しく、しかし真剣にそう言ってイザベラの前へと移動する。
「イザベラ様は火属性の強化系ですね。魔法はお好きですか?それよりも剣の方がお好きでしょうか」
「剣の方が好きよ。でも体を動かすのが好きなだけで本当に剣が好きか分からないの」
「そうなのですね。進ちゃん、ちょっと見てあげてくれる?」
「いいぞ。あー、言葉遣いが荒いのは勘弁してくれ」
前へやって来た進を見て、それで前が見えるのかと首を傾げる。
「わしは全盲だからな、目隠しで眼を覆ったくらで困ったりはしないさ」
そう笑って手を出した。
「手を触らせてくれ」
「い、いいわ」
「力を抜いてな」
差し出された手、というか指を握って数度振ると「立ってくれ」という。
「腰と背中、肩を触るぞ。力を抜いていてくれ」
上半身を捻ってみたりして礼を言うと頭を撫でて座ってもらう。
「投げナイフか鞭がいいんじゃないか?」
「今ので分かるの?」
「少しくらいならな」
手首とか肘が柔らかい。柔らかいから剣などの手首を固定する必要がある武器よりはそっちの方が良いと笑った。
「といっても、投げナイフは肩も強くないと威力が出ない。強化系だからカバーはできるだろうが、肩を痛めたら他の武器も使えなくなる。せっかく上半身も柔らかいんだ、無理に一つの武器にこだわらないでいくつか試してしっくりくるのを見つけた方がいい」
進の説明に、後ろにいたミッシェルが頷いていた。
「良かったら参考にしてみてくださいね」
進は壁際に戻ってしまったので、茂がそう言って次はオリヴァーだと隣へ移る。
「僕の、なにも変わらなかったよ?」
「そんな事ありませんよ」
笑いかけ、グラスを持つと口を付けた。
「オリヴァー様、少し実験に付き合っていただけますか?」
「ナルって呼んでくれたら良いよ!」
「私も!イーラって呼んで!」
二人に笑いかけてから新しい水を用意し、茂が魔力を注ぐと甘い香りがして二人以外の眼も輝いた。
「飲んでみますか?ジュースのように甘いですよ」
先に飲んで見せれば、回し飲みで二人がグラスへ口をつける。はしたないと第二王妃と第三王妃が注意するも、二人はお構いないだ。
「美味しい!」
「本当にジュースみたい!」
「私は土属性で、桃と相性がいいんです」
そう言って水差しにも魔力を通して他の王族にもどうぞと配る。
そして、その甘い水に魔力を注いでみてくれと言われ、ナルが手をかざすとスッと香りが無くなった。
「?」
「失礼いたします」
グラスを持ち上げて口を付け、やはりだと笑いかける。
「ナル様は水質変化、それも真水に出来るようですよ」
「えー、もっとすごい事が出来ないの?」
「真水に変えられるのですよ?!」
後ろにいたヘレンにすごい事だと言われるも、本人は不服そうに眉を寄せた。
「んー、噛み合っていませんね」
苦笑しながらナルに目線を合わせる。
「ナル様が真水に変えられる力を良い物だと思えないのは、ジュースが水になってしまったからですか?」
「うん、ジュースはジュースのままがいいよ」
「それは私も同じですね。ジュースがいきなり水に変わったらどうしても残念に思ってしまいます」
だが、それはジュースだったらの話だ。
「ある国で、神の子と呼ばれた男性は水を葡萄酒に、石をパンに変えて国中の人々を飢えから救ったとして伝説にまでなったんです。真水に変えられるとはそれだけの力があるのですよ」
そう言って笑う。
「それに、もしかしたらナル様は物質を水に変えられるかもしれませんよ」
イーラの前にあったグラスに魔力を注ぎながら逆さにし、杖を持っていた方の手で受け取ればトンッと一つの桃が落ちてきた。
「私が水を桃に変えられるんです。ナル様はきっとこのグラスや桶さえ水に変えられますよ」
良かったら後で食べてくれと、ポカンと口を開けている二人に桃を渡して後ろに座っているヘレンに向かってゆっくりと歩き出す。
「私、魔法は使えなくても魔法のような事は出来るんですよ」
そう笑ってヘレンのグラスを見る。
「魔法士団長様は土属性と同じくらい風と水属性も強いんですね」
「どうぞ、ヘレンとお呼びください」
こうして、団長全員を名前で呼ぶことを許可された。