7.学園生活
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次の日、食堂へ顔を出すと厨房長らしき女性がトレーの上に少し多めに肉が入ったスープとパンを置いてくれた。そして、「頑張りな」と声をかけてきたので礼を言ってテーブルへつく。
ちらりと、階段で繋がっている上のフロアを見た。
基本、貴族たちは上のフロアを使う事になっている。今いるのは下級、貧乏貴族と平民が使うフロア。常識の違う者同士を急に混ぜたりするよりも、こうした住み分けは良い事だと思う。これからあの階段一つで繋がっているのだと理解すれば、それでいいのだ。
それこそ、少女漫画のような「お前面白ぇ女(男)だな」とでもならない限り、突然の和解などありえない。
「どんな授業をするんだろうね」
「魔法は独自の発展が成されているのでしょうが、私たちで作った計算式以上の物があるとは思えません」
「何か新しい発見があるかもしれないじゃないですか」
「ふふ、現津さんっていうか、みんなからすると退屈かもね」
「はい、茂さんのいない空間にいるのは苦痛です」
「もしかして、魔法士科に入るの嫌だった?」
「いいえ、学園を卒業しているというのはそれだけで何かと便利なようですから、私も茂さんと学園生活を送るのが楽しみですよ」
ただ授業を受けるなら一緒がいいし、学園らしいイベントも茂と参加したいだけだと言う。それは自分も同じだとイチャつき始めたのを見ても、誰も何も言わない。
この集団はなかなかに目立つのだが、特にその事で何か言われることもなく、朝食を済ませて学園探索へ向かった。
この日の夜には新一年生と他の在学生が全員揃い、次の日から授業が始まる。
現津とガーフィールは二人を錬金術師科の塔へ送ってからまた来るとキスをして魔法士科のある塔へと登校していった。
数分後、担任として試験の時もいたアラン(20)がやって来て初めての授業が始まった。
授業が終わり、昼食だと賑やかになった教室で一緒に食堂へ行こうかと誘ってくれた子たちに礼を言っていると、現津達が来たので「みんなも一緒に来ない?」と七人を逆に誘って食堂へ向かう。
トレーを受け取って中を進めば、今日は天気がいいからとテラス席も開放されていたので進たちが席を取ってくれていた。
「それ、前見えてる?」
「いや?わしは元々全盲だから眼は見えてないぞ」
「そうなの!?」
「え、でもさっき騎士科って、」
いつものメンバーに加えて錬金術師科の七人とテーブルを囲んで話に花を咲かせた。
「もしかして、王子様と同じクラスだった?」
「忌々しい事に」
「思いっきり不敬だね。でもお疲れさま」
現津一人Aクラスになり、他の皆はFクラスだという。
「ガーフィールさんもですか?」
「どうやらこの国では土属性はあまり重要視されていないようですよ」
「単に手抜いて試験受けたからだろ」
「一番最初が現津くんで、その時に王子様が声をかけてくれたんだよ」
「智賀くんも物凄く力を押さえてたもんね」
「面倒なのは避けるに限る。満と同じクラスになったし、それでいい」
「まさかただの
あれだけ力を抑えて、”優秀”程度で終わらせたのにと溢す現津。
「私攻撃魔法使えって言われた時に終わったと思っちゃったよ。対策打っておいて良かった」
「私も、魔力量と属性で受かったような気がする」
「私も」
「満のすごさがあいつらに知られると不味い」
だからGクラスでも良かったと言う梅智賀に、魔法士科もいろいろあるんだなーと見ている七人。
みんなと笑っていると現津が茂の腰に手を回し、耳元で王子が来たと知らせた。
「みんな、私たちの真似してお辞儀しててね。しゃべっちゃダメだよ」
「え?」
首を傾げる子供たちに答える間もなく立ち上がって姿勢良く腰を折る。
もちろん他のメンバーも茂のように腰を折っていて、その先に王子たちがいると気づき七人はガチガチに緊張しながら頭を下げた。
そのまま声をかけられるまで頭を下げ、礼を止める様に言われて顔を上げる。
胸を張って背筋を伸ばし、顎を引く。
その立ち姿は間違いなく、高等教育を受けてきた貴族令嬢そのものだった。
茂だけではない。その後ろにいる者たちも同様に立つ姿を改めて見て、王子だけでなくその取り巻きたちも眼を見開いて驚いていた。
「、お前は、何者なんだ」
「私でございますか?」
「そうだ」
この集団のトップは、間違いなく茂だと一目でわかる。この一眼一足の、歪であるはずなのにそう思わせない女は何者なのか。
「何者と聞かれましても、ただのしがない行商人でございます、としかお答えできません」
「・・・まぁいい。それよりもお前の夫だ。そいつが飛び級をして編入試験を受け直すという報告が上がっている」
「そのようですね」
「お前の指示ではないのか」
「はい。自分で考え、自分で決め、行動できる方ですから」
「その割には常に側に置いているようだが?」
「今後も側で支えるだけの価値がある妻でいられるよう努めてまいります」
笑いかければ、舌打ちをして現津を見た。
「お前は本当にそれで良いのか」
「はい」
「何故だ!お前なら一代限りの爵位どころか上級貴族にさえ昇りつめられるだろ!!」
どうやら午前中の授業を見て本当に現津を気に入ったようだ。
「一つ、ご質問をよろしいでしょうか」
「なんだ」
「その上級貴族になった先には何があるのですか?」
「?どういう意味だ」
「私には何かを生み出すという力がありません。攻撃、防御、回復。できる事はこれくらいです」
それがどれだけ稀有な才能なのかも十分分かっている。理解しているからこその疑問だ。
「この力を使って地位、権力、名声、富を手に入れたその後、そこには何があるのですか?」
「何、とは、もちろん、この国を豊かにし、守り、導いて」
教わって来たのだろう言葉を口にする王子に、現津はここで初めて微笑みかける。
「私は自分よりもはるかに優れた方々に出会いました。その中から愛する人を見つけました。愛する妻の隣でしたら、終わらない夢も光のその先も見られると思っています。そう思える方の夫になれた私に、これ以上の幸せはありません」
だから飛び級も編入も自分のため、ましてや貴族になるつもりは毛頭ないと言って礼をする。
「夫の才能を見出し、あまつさえ救い上げようとして下さった殿下の御慧眼と器の大きさ、妻としてお礼申し上げます」
一礼してから、王子の眼を真っすぐ見つめた。
「殿下、我々は行商人としてすでに外の世界を見てまいりました。この国はとても素晴らしい所です。殿下も、これから沢山の方と関わり様々な経験をなさるでしょう。きっと、それら全てが殿下ご本人とこの国を支える土台となります。私たちも、まだ旅の途中でございます」
まだ頭の回っていない王子は、現津の言葉、茂の言葉を理解しようと一生懸命思考を巡らせていた。
その姿を見て優しく目を細めると、あらかた食事の終わっている後ろの子供たちをチラリと見る。
そして、もう一度礼の姿を取った。
「殿下、そして皆様。今はまだ昼食時です。あまり時間がある訳ではありませんが、どうかお食事はゆっくりと心を落ち着かせるひと時にお使いくださいますよう」
「、そうだな。私たちもこれから食事だ。皆もゆっくりと食事をとるといい」
緑髪の男が王子と従者たちを中にある二階へと促してくれたので、姿が見えなくなるまで礼の姿勢で見送った。
それから振り返り、小さな声で教室で食べようかと囁き、トレーごとカリブーが体にしまって歩き出す。厨房へは後で食器を返しに来ると声をかけて食堂を出た。
もちろん、現津と手を繋ぎながら。
その後、全員で錬金術師科の教室へ入って昼食の続きを取り始めた。
「あー、足りない」
「お結びはいかがですか?」
「助かる。味噌と鮭フレークってまだあったっけ」
「はい、量は十分にご用意しております」
モネが腰につけていたアイテムバッグから食べ物を出して進の前に置いていく。
「ねぇねぇ、シゲルちゃん達って本当に貴族じゃないの?ものすごく偉い人の隠し子とか?」
「まさか、商売でやりとりとかするから慣れてるだけだよ」
いろんな国を回って来たしねと言えば、何人かの眼が輝く。
「みんなも一緒に行ってたの?」
「そうだよ」
「どんな国に行った?!」
「沢山だねぇ、私たちこの国の国民って訳じゃないし」
「今回も聖国を回ってこの国に来たんだよ」
「他国民も学園に通えるのなんざ、この国くれぇだったぞ」
「どこの国も孤児にはキビシーのか」
スラム街出身だというジンがそう言うと、この国はどちらかというと治安がいいと梅智賀が頷く。
「やっぱり孤児って大変だよなぁ」
「力でどうにかなるから分かりやすくて良いだろ」
「みんな孤児なの!?」
「全員ではないね。ほとんど?」
「親の顔知ってるかどうかでも分かれるか?」
「売られた」
「うん、そこだけ言っちゃうとそうだね」
利刃さんはそうだねと至が笑いながら抱き着く。
「私は皆さんに救われた身ですな。ついていくと決めたのは望さんと恋をしたからですが」
「それで言ったら蜻蛉切さんもそうだよね」
「はは、そうなるな」
つまり、すでにあった集団に後から数名がくっついて今に至ると言われ、「へー!」とジン以外も感心したように納得を示す。
「みんなで旅をしながら行商して、なんとか稼いでこれたから学園にも通えてるんだよ」
「孤児だけで旅って大変じゃなかった?」
「大変ではあったけどねぇ。でも孤児でもなきゃ子供のうちに好きに商売したり各国を回ったりも出来ないだろうから、楽しんでるよ」
「なぁ、ずっと気になってたんだが、お前らが連れてんのって魔物か?」
「従魔術って奴?!」
「これは違うかな。私達の中に従魔術使える人っていないし」
「私は従魔術って勘違いしてもらって助かってるから、否定は出来ないんだけどね」
「召喚術が使えるのはいるが、あいつは別行動してるしな」
「他にも仲間がいるの?」
「いるよ!試験までは一緒にいたんだけどねー」
「学園に通うのは興味なかったり、こういう集団行動とかが苦手だったり、色々理由があって来なかったけど」
「私達が学園を卒業したらまた一緒に旅するから、それまでは好きに観光して歩いてるって」
そんな話をしながらみんなと仲良くなり、トレーも食堂へ戻して教室で授業の用意をしていれば少し早めにアランがやって来た。
「殿下たちに絡まれたって?」
茂たちの前に立って心配げに聞いてくるので、笑ってみせる。
「絡まれてませんよ、話しかけられただけです」
それでも気づかわしげに見つめてくるので、望も笑いながら口を開く。
「本当に何もありませんでしたよ。私達もみんないましたし」
「そうですよ。しっかり物事を考えようとできる方のようですし、あんな王族がいるなら国は安泰ですね」
「お前は何歳なんだ」
「12歳ですよ」
「あんなのに絡まれたらギャン泣きしてしばらくは部屋から出て来なくなるくらいするもんだぞ」
「そういった可愛気は持ち合わせていませんでした」
「可愛げって言わねぇよ」
深くため息を吐き、授業を始めようと教卓へ向かった。