番外編 ⑨奇跡の魔女
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ホーキンスが優の弟子になって一年ほど経ったある日、とある店へ来ていた。
「ミルクに砂糖は?」
「四つ」
「じゃぁ蜂蜜は?」
「大さじ六杯」
「暖炉の上に用意したミルクは?」
「砂糖も蜂蜜も入れずにカップ一杯」
「ご明答よ」
暗いバーの奥で、優はミルクをたっぷり入れた紅茶をホーキンスの前へ置いた。
「ホーキンスは砂糖を幾つ入れる?」
「一つでお願いします」
「蜂蜜を入れてみても美味しいわよ」
テーブルの上に酒の類はいっさい無く、いくつかのカップと紅茶、ミルクが用意されていた。
不思議なお茶会と会話が続いているそこに、四人の男が近づいていく。
バーの店主や常連の客、たまたま居合わせた客全員の視線が注がれた。
「あんたが、この店に出入りしてる“奇跡の魔女”か?」
「さぁ、どうかしら。私が魔女である事は間違いないですが、“奇跡”を起こした覚えがないんです」
きっと人違いだわと、優はニコリと笑って紅茶を一口飲んだ。
「さぁホーキンス、勉強の続きをしましょう」
「はい、先生」
優よりも奥の席に座っていたホーキンスは、テーブルを繋げた隣の席にカードを並べていく。
「魔女って事が間違ってなけりゃなんでもいい!あんたに頼みたい事があるんだ!金なら払う!!」
男の言葉を聞いて、魔女はカップを置くとホーキンスに話しかけた。
「ホーキンス、魔法はなんのためにこの世にあるのかしら」
「先生は“幸せになる為”とおっしゃいました」
「そうね。“幸せ”って何かしら」
「それは“人それぞれ”だとおっしゃいました」
「私の思う“幸せ”って何かしら」
ホーキンスは最後のカードを並べ終え、一度手を止める。
「誰かとテーブルを囲んで、美味しいものを食べることは最高の思い出になるとは教えていただきました」
「そうね、それも私の感じる“幸せ”の一つね」
笑って、テーブルに肘を付けるとその手に顎をのせ、男達を見る。
「私の魔法は私利私欲の為に使うものではないの」
ごめんなさいねと、美しい笑顔と色香の漂う赤い唇で言う。
「ホーキンス、これから何が起こるかしら」
「まず、一人が怒ります」
「こっちは仕事で来てんだぞ!話しを聞くだけでもして良いんじゃねぇのか!!」
「もう一人も怒ります」
「俺達も生活がかかってんだよ。痛い目見たくねぇなら協力しろ」
「マスターが止めに入ります」
「あんた達、うちには“魔女には逆らわない”ってルールがあるんだよ」
ふふっと笑って一番前にいた男に話しかける。
「あなた方がお困りなのは分かりました。ですが、まだ私の心は揺れません」
苦笑して、申し訳なさそうに眉を垂らした。
「ホーキンス、次は何?」
「道が二つに別れています」
そう言って、ホーキンスは男を見る。何を考えているのか感情の読めない眼に、男は汗を垂らした。
「諦めて帰るか、先生とお茶を飲むか」
「それは素敵な道だわ」
優は男の顔を見て首を傾げる。
「お茶に誘ってくださる?」
優の向かいに男が座り、マスターが持ってきた紅茶とケーキをセッティングしていく。
「ありがとう。ここのケーキはいつ来ても美味しいわ」
「あなたとホーキンスくらいですよ、うちに来て紅茶とケーキを頼むのは」
「俺はマスターのケーキが好きですよ」
「ありがとよ」
立派な髭の生えたいかつい顔で笑いながら、ホーキンスの頭を撫でてカウンターへ戻っていった。
「随分、気に入られているらしいな」
「長い付き合いですから。それを差し引いてもよくしてもらっていますけどね」
「先生が気に入っている店はどこも居心地が良いです」
笑って、紅茶の香りを楽しみながら一口飲んだ。
「アドモンドさんは紅茶がお嫌い?」
「、いいや」
「そう、良かったわ」
「・・・俺は、あんたに名前を教えたか?」
「いいえ。ですが一緒にお茶をしているんですもの、名前を呼べないのは味気ないと思いません?」
「・・・」
「やっぱり、ここのカヌレは美味しいわ」
「前に食べたフォンダンショコラも好きでした」
「・・・」
目の前で繰り広げられているお茶会に、どう対処して良いのか分からない。
「アドモンドさんは甘いものはお嫌いでした?」
「いや、俺は糖尿病で、食事の前に薬が必要なんだ」
今その薬を飲むと、後ろにいる部下に振り返れば、
「あら、それは悲しいわね」
美味しいものを食べることに制限があるのは辛いと、アドモンドの前におかれている紅茶に手を近づける。
紅茶にはなんの変化も見られなかったが、
「これを飲めば病気が治るわ」
魔女はそう言って笑いかけてきた。
「ふざけんなよテメェ!!」
後ろに座っていた一人の男が立ち上がり、声を荒げながら近づいて来る。
「俺達が諦めねぇと分かったらボスを殺す気か!」
「とんでもない」
男が怒鳴っても、優は笑顔を絶やさない。
しかし、店にいるマスターや常連たちはいつでも動けるように身構えていた。
「魔法は“幸せになる為”にあるんです。アドモンドさんを殺したりしませんよ」
「何が魔法だ!どうせその体で男に取り入って来たんだろうが!!」
この売女が。
男の声が響くと同時に、小さな生き物が飛んできて男を吹っ飛ばした。
「すごいわ、もうそんなに強くなったのね」
「はい、お父さんが鍛えてくれます」
礼儀正しくお辞儀をするのは、従業員用の服を着た女の子だった。
ホーキンスと同じくらいの幼い子供は、壁に激突した男に近づき、気を失っていることを確かめる。
「エターナよくやった。お前はオーブンを見てろ」
「うん」
マスターが来て、男を肩に担ぐとアドモンドを見下ろす。
「この店で魔女に逆らうのはご法度だと言ったはずだ」
その紅茶を飲むことが出来ないならこの男を連れてさっさと出ていけと、こちらを見ている残りの部下に男を渡す。
「おい!この町でアドモンドさんがどんだけ力があるか分かってんのか!!」
「だからどうした」
権力が怖くて店が出来るかと、マスターは男達を睨み続ける。
「この町をよく知りもしねぇ新参者が、立ち入る場所を間違えるなよ」
「アドモンドさんはこの町に来てどれくらいなんです?」
マスターの後ろから優が微笑みながら聞けば、答えろというように顎で示される。
それも周囲から向けられる視線のプレッシャー。
「今年で四年だ」
「なら、私を知らなくてもしょうがないですね。最近はこの町にも来ていなかったですし」
「・・・あんたは、いつからこの町に?」
「住んだことはありませんが、この町が出来た時から出入りしていましたよ」
「ああ?」
「もっと言うなら、この町が出来る前からかしら」
ニコリと笑って、この町が出来る前、何百年、何千年も前に滅んだ王朝の名を上げ、
「ルビール五世の王妃、シンシアとは友達でした」
その王朝を造ったとされる王の名を口にした。
「は、ははは!とんだほら吹きだぜ!この店の奴らは全員それを信じてるって訳か!?」
部下の一人が叫べば、マスターはため息を吐いて店に飾ってある写真を示した。
「この町で今の話しを信じてねぇのは、よそ者だけだぜ」
数枚ある写真は、全て開店記念のものだった。
「マスターの代でお店の雰囲気が変わりましたけど、」
私ここで食べるケーキと紅茶がお気に入りなんですと、魔女が笑う。
「あんたっ、いったい何歳なんだっ!」
「あら、女性に歳を聞くのは失礼ですよ?」
飾られている写真すべてに、今と変わらない魔女の姿が写っていた。
アドモンドもその部下も、驚きのまま固まって優を見る。
「アドモンドさん、私をお茶に誘って下さったのはとても嬉しいんですが、」
一緒にテーブルを囲むことが出来ないのならお引き取り下さいと、微笑む。
「そろそろホーキンスの勉強に戻りたいんです」
「、そいつは」
「私の弟子です。とても優秀な魔術師です」
「まだ修業の身です」
「ふふ、それでもよ」
アドモンドは、角の飾りを頭に付けた幼い子供を見て唾を飲み込む。
「俺の時間も無限だが、無駄に消費するつもりはない」
座るか帰るか早く決めてくれと、感情の篭っていない眼で見られ、テーブルの上でまだ湯気を上げているカップに視線を落とす。
「さっき、この紅茶に何をしたんだ」
「あなたの病気が治るように魔法をかけました」
「な、なぜ、俺の病気を治す」
「それが一番早いと思ったからです」
笑って、カヌレを一口大に切り、
「一緒にテーブルを囲んで美味しいものを食べる。それはとても幸せな事です」
パクリと食べて、笑顔をホーキンスに向ける。
「やっぱり、ここに来て良かった」
「先生の作るケーキも美味しいですよ」
「ありがとう。でも家にばかりいては外が見えないでしょう?」
だから外出は大切よと、カップを持ち上げる。
アドモンドは意を決し、紅茶に手を伸ばす。
「アドモンドさんは魔法を信じます?」
「いいや。今までそういったものを数えきれないほど見てきたが、どれも偽物だった」
そう言って、琥珀色の水面を見つめる。
「どいつもちゃちな金稼ぎで、大金を前にすれば直ぐにボロが出た」
「それなのに魔女の私に仕事の依頼を?」
「・・・この町は、どうも妙だ」
なにか困ったことがあれば“魔女がいれば”と口にする。今回の事も、誰に相談しても魔女を待つべきだと意見する者ばかり。
「これで俺が死んだら、あんたはどうする」
「私も引退の時が来たんだと悟ります」
肩を竦めて言えば、アドモンドは笑ってカップに口をつけた。
「マスター!カヌレをもう一つ追加だ!」
「甘いものばかりでは、また直ぐ病気になってしまうわ」
クスクスと笑って、優はホーキンスを見る。
「なにか食べたいものはある?」
「この匂いはなんですか?」
「鶏肉を焼いてるんだ、チリソース和え用にな」
「それを人数分頼む!」
子供のようにはしゃぐアドモンドに苦笑して、マスターはキッチンへ向かった。
マスターの背中を見送って、アドモンドは魔女に頭を下げる。
「礼を言わせてくれ、こんなに食事を楽しんだのは久しぶりだ」
「ふふ、私もまだ現役でいられて良かったわ」
笑う優に、アドモンドも笑って下を向く。
「魔法ってのは、奇跡みたいだ」
だからみんな“奇跡の魔女”と呼ぶのかと、紅茶を飲む。
「俺は、初めて本物の魔法使いに会ったよ」
「最近は魔法を使える方が減りましたから。そう思われても仕方がありませんね」
昔は魔法使いも魔術師も沢山いたんですよと、懐かしむようにしているとマスターが鶏肉のチリソース和えと、エターナがパンを持ってやって来た。
「おまたせしました」
エターナの小ささを改めて見て、アドモンドは店の隅で伸びている部下に目をやる。
「お嬢ちゃん、俺の用心棒になる気はないか?」
「ありません」
「こいつは店を継ぐ修業中だ。勧誘するならたたき出すぞ」
「お互い次の世代を育てるのは大変ね」
ホーキンスも優秀だからすぐ誘われちゃうのよと言えば、
「俺は先生以外の下で修業する気はありません」
感情を感じさせぬ無表情でチリソースに手を伸ばした。
「どこで何をするかは、修業が終わってから決めても遅くないものね」
「はい」
そんな話しを聞いて、アドモンドは苦笑する。
「俺もそろそろ、後継者を育てるべきかね」
もういい年だと言えば、優が笑い出す。
「あなたにはもう立派な後継がいらっしゃるのに」
「?」
「後数年、しっかりと教えてあげたら見違えるわ」
クスクス笑って、優もチリソースに手をつけた。
「アドモンドさん、先程のお話を聞かせてくださる?」
「さっき?」
「ええ、なにかお困りなんでしょう?」
お話だけでも聞かせてくださいと、エターナの持ってきたパンに手をつけた。
それはある日突然起こった。
「俺はこの町で商売を始めた」
金持ちを相手にした船旅。旅といってもそんなに遠くへは行かず、周辺の海上に停泊してパーティーをする。ただそれだけ。
だが、海の上でディナーが出来ると、金持ちたちは群がってきた。
「その日も、いつものように町を離れた」
船はいつもと同じコースを進んでいたが、この日は少し違った。
「海賊が大砲を打ってきたんだ」
甲板には悲鳴が響き、揃えられた食器は砕けていく。
海賊たちがアドモンドの船へ押し寄せてきたその時、
「海の上に、男の白骨死体が立っていた」
男だと分かったのは着てる服と、その胸に輝く勲章のおかげだった。
「服を着た白骨死体が、海賊達をあっという間に沈めちまった」
それだけなら良かった。だが、この話はこれで終わらなかった。
「それ以来、海へ出ればその死体が表れて、船を一隻残らず沈めちまう」
「・・・今のところ漁師達に被害は出てねぇがな」
アドモンドの部下、エターナに吹っ飛ばされた男が頭を押さえながら優を見る。
「金持ちたちは怯えきって、寄り付かなくなった」
「そういう事だったんですか」
頷いて、皿の下げられたテーブルを前にホーキンスに向き合う。
「ホーキンス、勉強の時間にしましょう」
「はい、先生」
頷いたホーキンスはカードを出して並べた。
「アドモンドさん、覚えているかぎりで良いので教えてほしいんです」
「あ、ああ。?」
「その死体の服装は?胸に勲章があると言っていましたが」
「あれは間違いなく、海軍将校のものだった。服装の古さから言って、数十年前のもののはずだ」
「その方はいつもお一人で?」
「俺が見たのは兵士が数人だけだったが、中にはボロボロの軍艦を見たって奴もいる」
それを聞き、優は少し考えてからホーキンスに顔を向けた。
「ホーキンス、あなたには何が見えたかしら」
「よく分かりません」
「?」
見れば、ホーキンスは占いの結果を見下ろしていた。
「死体が海軍将校であることは間違いないようです」
屈強な戦士、正義、死、守護。
「現在を示すカードは恋人達」
どうすればこのカードに結び付くのか分からないと、首を傾げる。
「あら」
優は声を出すとどこかから大きな水盆を取り出した。
「マスター、お水を頂ける?」
水差しいっぱいに入った水を盆へ移し、手を翳すとそこを覗き込んで動かなくなる。
「何をしてるんだ?」
「見ています」
「未来をか?」
「いいえ、全てを」
ホーキンスは答えて、もう一度カードを並べた。
「俺はまだコントロールすることが出来ません。修業の身では、過去、未来さえ正確に読み解くことが出来ない」
だが優は全てを見ることができると、カードを裏返していく。
「やはり“恋人”が出ます。ですが、さっきと少し違う」
希望の星。昇天、未来がより明確になったと言えば、優が嬉しそうに声を上げる。
「まぁ素敵!アドモンドさん!この依頼お受けします!」
「え?!」
「報酬は弾んでくださいね!それと前払で!」
「この女っ!」
アドモンドの部下が立ち上がろうとするが、アドモンドがそれを止めた。
「あんたには病気を治してもらった恩もある。いくらでも出そう」
それで破産しても文句はないと言うと、優は笑って水盆に手を翳した。
「では、一番大きな船を一隻出してください。それと出来るだけ沢山のオーケストラも」
「オーケストラ?」
「ええ!パーティーには音楽が必要ですもの!!」
こうしてはいられないわと立ち上がり、いつの間にか水がなくなった盆をどこかへしまう。
「ペルドーラ!町のみんなにチラシを作ってちょうだい!五日後の夜、満月の日に海上で開催するわ!」
優は常連の中にいた一人の男に声をかけ、こちらを見ていたエターナに笑いかけた。
「エターナはドレスを持ってる?」
「い、いいえ」
「なら私のを一着上げるわ。せっかくのパーティーですもの、うんとオシャレをしなくてはね!」
言って、一通の手紙を出すとそれをアドモンドに差し出す。
「この招待状を崖の上に住んでいる“アーニー”に渡してくださいな」
このパーティーの主役ですから失礼のないようにお願いしますねと、荷物を鞄に詰め終えたホーキンスに向き直る。
「さぁホーキンス、準備を手伝ってちょうだい」
「はい、先生」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いくら一番でかい船を出した所で、町中の人間は乗せられん!」
「もちろんです。船は荷物運びに使わせていただきますね」
「荷物、人は、」
「せっかくのパーティーですよ?町中のみんなを招待するんですから、甲板は小さすぎるわ」
そう言って、弟子を連れて扉に向かって歩き出す。
「ホーキンス、ダンスは覚えてる?」
「練習をしたいです」
「そうね。海の上で踊るのは初めてですものね」
準備が大変だわと、マスターに金貨を渡して扉を閉めた。
優のいなくなった店は一度静まり返ったが、
「魔女様直々のご指名だ。俺は先に帰るぜ」
ペルドーラと呼ばれた男は、仲間達に笑って手を振る。
「印刷屋の特権だな」
「羨ましいかこのやろう」
笑って、マスターに金を払っているとアドモンドが声をかけてきた。
「さっきのはどういう意味だ!?」
魔女は何を言っていたんだと聞くが、店のみんなが笑い出す。
「そんなの分かる訳ねぇだろ!」
「あれを理解出来んのなんかホーキンスだけじゃねぇか?」
「俺達の人生全部使ったって“魔女”を理解できる訳ねぇよ!」
「だ、だがっ」
戸惑っていると、ペルドーラはおどけたように帽子を取ってお辞儀をし、一枚の名刺を差し出した。
「創業200年の印刷業者、“ボレー”をどうぞご贔屓に」
名刺を受け取れば、帽子をかぶり直して口角を上げる。
「魔女が町を巻き込んで“奇跡”を起こす時は、いつもうちが発信をさせてもらってる」
代々なと付け足して、飾られている写真を示してきた。
「なんならうちの写真も見に来るか?」
「オメェのとこよりうちのが付き合い長ぇぞ!」
「お前の代で潰れんじゃね?」
「ふざけんな!」
仲間たちと笑いながらペルドーラは出て行った。
名刺と残っている常連達の顔を見ていれば、
「集まる奴らは、代替わりしても集まる」
そう呟いて、マスターは娘の頭を撫でた。
「次はお前だ」
「うん」
「ミルクに砂糖は?」
「四つ」
「じゃぁ蜂蜜は?」
「大さじ六杯」
「暖炉の上に用意したミルクは?」
「砂糖も蜂蜜も入れずにカップ一杯」
「ご明答よ」
暗いバーの奥で、優はミルクをたっぷり入れた紅茶をホーキンスの前へ置いた。
「ホーキンスは砂糖を幾つ入れる?」
「一つでお願いします」
「蜂蜜を入れてみても美味しいわよ」
テーブルの上に酒の類はいっさい無く、いくつかのカップと紅茶、ミルクが用意されていた。
不思議なお茶会と会話が続いているそこに、四人の男が近づいていく。
バーの店主や常連の客、たまたま居合わせた客全員の視線が注がれた。
「あんたが、この店に出入りしてる“奇跡の魔女”か?」
「さぁ、どうかしら。私が魔女である事は間違いないですが、“奇跡”を起こした覚えがないんです」
きっと人違いだわと、優はニコリと笑って紅茶を一口飲んだ。
「さぁホーキンス、勉強の続きをしましょう」
「はい、先生」
優よりも奥の席に座っていたホーキンスは、テーブルを繋げた隣の席にカードを並べていく。
「魔女って事が間違ってなけりゃなんでもいい!あんたに頼みたい事があるんだ!金なら払う!!」
男の言葉を聞いて、魔女はカップを置くとホーキンスに話しかけた。
「ホーキンス、魔法はなんのためにこの世にあるのかしら」
「先生は“幸せになる為”とおっしゃいました」
「そうね。“幸せ”って何かしら」
「それは“人それぞれ”だとおっしゃいました」
「私の思う“幸せ”って何かしら」
ホーキンスは最後のカードを並べ終え、一度手を止める。
「誰かとテーブルを囲んで、美味しいものを食べることは最高の思い出になるとは教えていただきました」
「そうね、それも私の感じる“幸せ”の一つね」
笑って、テーブルに肘を付けるとその手に顎をのせ、男達を見る。
「私の魔法は私利私欲の為に使うものではないの」
ごめんなさいねと、美しい笑顔と色香の漂う赤い唇で言う。
「ホーキンス、これから何が起こるかしら」
「まず、一人が怒ります」
「こっちは仕事で来てんだぞ!話しを聞くだけでもして良いんじゃねぇのか!!」
「もう一人も怒ります」
「俺達も生活がかかってんだよ。痛い目見たくねぇなら協力しろ」
「マスターが止めに入ります」
「あんた達、うちには“魔女には逆らわない”ってルールがあるんだよ」
ふふっと笑って一番前にいた男に話しかける。
「あなた方がお困りなのは分かりました。ですが、まだ私の心は揺れません」
苦笑して、申し訳なさそうに眉を垂らした。
「ホーキンス、次は何?」
「道が二つに別れています」
そう言って、ホーキンスは男を見る。何を考えているのか感情の読めない眼に、男は汗を垂らした。
「諦めて帰るか、先生とお茶を飲むか」
「それは素敵な道だわ」
優は男の顔を見て首を傾げる。
「お茶に誘ってくださる?」
優の向かいに男が座り、マスターが持ってきた紅茶とケーキをセッティングしていく。
「ありがとう。ここのケーキはいつ来ても美味しいわ」
「あなたとホーキンスくらいですよ、うちに来て紅茶とケーキを頼むのは」
「俺はマスターのケーキが好きですよ」
「ありがとよ」
立派な髭の生えたいかつい顔で笑いながら、ホーキンスの頭を撫でてカウンターへ戻っていった。
「随分、気に入られているらしいな」
「長い付き合いですから。それを差し引いてもよくしてもらっていますけどね」
「先生が気に入っている店はどこも居心地が良いです」
笑って、紅茶の香りを楽しみながら一口飲んだ。
「アドモンドさんは紅茶がお嫌い?」
「、いいや」
「そう、良かったわ」
「・・・俺は、あんたに名前を教えたか?」
「いいえ。ですが一緒にお茶をしているんですもの、名前を呼べないのは味気ないと思いません?」
「・・・」
「やっぱり、ここのカヌレは美味しいわ」
「前に食べたフォンダンショコラも好きでした」
「・・・」
目の前で繰り広げられているお茶会に、どう対処して良いのか分からない。
「アドモンドさんは甘いものはお嫌いでした?」
「いや、俺は糖尿病で、食事の前に薬が必要なんだ」
今その薬を飲むと、後ろにいる部下に振り返れば、
「あら、それは悲しいわね」
美味しいものを食べることに制限があるのは辛いと、アドモンドの前におかれている紅茶に手を近づける。
紅茶にはなんの変化も見られなかったが、
「これを飲めば病気が治るわ」
魔女はそう言って笑いかけてきた。
「ふざけんなよテメェ!!」
後ろに座っていた一人の男が立ち上がり、声を荒げながら近づいて来る。
「俺達が諦めねぇと分かったらボスを殺す気か!」
「とんでもない」
男が怒鳴っても、優は笑顔を絶やさない。
しかし、店にいるマスターや常連たちはいつでも動けるように身構えていた。
「魔法は“幸せになる為”にあるんです。アドモンドさんを殺したりしませんよ」
「何が魔法だ!どうせその体で男に取り入って来たんだろうが!!」
この売女が。
男の声が響くと同時に、小さな生き物が飛んできて男を吹っ飛ばした。
「すごいわ、もうそんなに強くなったのね」
「はい、お父さんが鍛えてくれます」
礼儀正しくお辞儀をするのは、従業員用の服を着た女の子だった。
ホーキンスと同じくらいの幼い子供は、壁に激突した男に近づき、気を失っていることを確かめる。
「エターナよくやった。お前はオーブンを見てろ」
「うん」
マスターが来て、男を肩に担ぐとアドモンドを見下ろす。
「この店で魔女に逆らうのはご法度だと言ったはずだ」
その紅茶を飲むことが出来ないならこの男を連れてさっさと出ていけと、こちらを見ている残りの部下に男を渡す。
「おい!この町でアドモンドさんがどんだけ力があるか分かってんのか!!」
「だからどうした」
権力が怖くて店が出来るかと、マスターは男達を睨み続ける。
「この町をよく知りもしねぇ新参者が、立ち入る場所を間違えるなよ」
「アドモンドさんはこの町に来てどれくらいなんです?」
マスターの後ろから優が微笑みながら聞けば、答えろというように顎で示される。
それも周囲から向けられる視線のプレッシャー。
「今年で四年だ」
「なら、私を知らなくてもしょうがないですね。最近はこの町にも来ていなかったですし」
「・・・あんたは、いつからこの町に?」
「住んだことはありませんが、この町が出来た時から出入りしていましたよ」
「ああ?」
「もっと言うなら、この町が出来る前からかしら」
ニコリと笑って、この町が出来る前、何百年、何千年も前に滅んだ王朝の名を上げ、
「ルビール五世の王妃、シンシアとは友達でした」
その王朝を造ったとされる王の名を口にした。
「は、ははは!とんだほら吹きだぜ!この店の奴らは全員それを信じてるって訳か!?」
部下の一人が叫べば、マスターはため息を吐いて店に飾ってある写真を示した。
「この町で今の話しを信じてねぇのは、よそ者だけだぜ」
数枚ある写真は、全て開店記念のものだった。
「マスターの代でお店の雰囲気が変わりましたけど、」
私ここで食べるケーキと紅茶がお気に入りなんですと、魔女が笑う。
「あんたっ、いったい何歳なんだっ!」
「あら、女性に歳を聞くのは失礼ですよ?」
飾られている写真すべてに、今と変わらない魔女の姿が写っていた。
アドモンドもその部下も、驚きのまま固まって優を見る。
「アドモンドさん、私をお茶に誘って下さったのはとても嬉しいんですが、」
一緒にテーブルを囲むことが出来ないのならお引き取り下さいと、微笑む。
「そろそろホーキンスの勉強に戻りたいんです」
「、そいつは」
「私の弟子です。とても優秀な魔術師です」
「まだ修業の身です」
「ふふ、それでもよ」
アドモンドは、角の飾りを頭に付けた幼い子供を見て唾を飲み込む。
「俺の時間も無限だが、無駄に消費するつもりはない」
座るか帰るか早く決めてくれと、感情の篭っていない眼で見られ、テーブルの上でまだ湯気を上げているカップに視線を落とす。
「さっき、この紅茶に何をしたんだ」
「あなたの病気が治るように魔法をかけました」
「な、なぜ、俺の病気を治す」
「それが一番早いと思ったからです」
笑って、カヌレを一口大に切り、
「一緒にテーブルを囲んで美味しいものを食べる。それはとても幸せな事です」
パクリと食べて、笑顔をホーキンスに向ける。
「やっぱり、ここに来て良かった」
「先生の作るケーキも美味しいですよ」
「ありがとう。でも家にばかりいては外が見えないでしょう?」
だから外出は大切よと、カップを持ち上げる。
アドモンドは意を決し、紅茶に手を伸ばす。
「アドモンドさんは魔法を信じます?」
「いいや。今までそういったものを数えきれないほど見てきたが、どれも偽物だった」
そう言って、琥珀色の水面を見つめる。
「どいつもちゃちな金稼ぎで、大金を前にすれば直ぐにボロが出た」
「それなのに魔女の私に仕事の依頼を?」
「・・・この町は、どうも妙だ」
なにか困ったことがあれば“魔女がいれば”と口にする。今回の事も、誰に相談しても魔女を待つべきだと意見する者ばかり。
「これで俺が死んだら、あんたはどうする」
「私も引退の時が来たんだと悟ります」
肩を竦めて言えば、アドモンドは笑ってカップに口をつけた。
「マスター!カヌレをもう一つ追加だ!」
「甘いものばかりでは、また直ぐ病気になってしまうわ」
クスクスと笑って、優はホーキンスを見る。
「なにか食べたいものはある?」
「この匂いはなんですか?」
「鶏肉を焼いてるんだ、チリソース和え用にな」
「それを人数分頼む!」
子供のようにはしゃぐアドモンドに苦笑して、マスターはキッチンへ向かった。
マスターの背中を見送って、アドモンドは魔女に頭を下げる。
「礼を言わせてくれ、こんなに食事を楽しんだのは久しぶりだ」
「ふふ、私もまだ現役でいられて良かったわ」
笑う優に、アドモンドも笑って下を向く。
「魔法ってのは、奇跡みたいだ」
だからみんな“奇跡の魔女”と呼ぶのかと、紅茶を飲む。
「俺は、初めて本物の魔法使いに会ったよ」
「最近は魔法を使える方が減りましたから。そう思われても仕方がありませんね」
昔は魔法使いも魔術師も沢山いたんですよと、懐かしむようにしているとマスターが鶏肉のチリソース和えと、エターナがパンを持ってやって来た。
「おまたせしました」
エターナの小ささを改めて見て、アドモンドは店の隅で伸びている部下に目をやる。
「お嬢ちゃん、俺の用心棒になる気はないか?」
「ありません」
「こいつは店を継ぐ修業中だ。勧誘するならたたき出すぞ」
「お互い次の世代を育てるのは大変ね」
ホーキンスも優秀だからすぐ誘われちゃうのよと言えば、
「俺は先生以外の下で修業する気はありません」
感情を感じさせぬ無表情でチリソースに手を伸ばした。
「どこで何をするかは、修業が終わってから決めても遅くないものね」
「はい」
そんな話しを聞いて、アドモンドは苦笑する。
「俺もそろそろ、後継者を育てるべきかね」
もういい年だと言えば、優が笑い出す。
「あなたにはもう立派な後継がいらっしゃるのに」
「?」
「後数年、しっかりと教えてあげたら見違えるわ」
クスクス笑って、優もチリソースに手をつけた。
「アドモンドさん、先程のお話を聞かせてくださる?」
「さっき?」
「ええ、なにかお困りなんでしょう?」
お話だけでも聞かせてくださいと、エターナの持ってきたパンに手をつけた。
それはある日突然起こった。
「俺はこの町で商売を始めた」
金持ちを相手にした船旅。旅といってもそんなに遠くへは行かず、周辺の海上に停泊してパーティーをする。ただそれだけ。
だが、海の上でディナーが出来ると、金持ちたちは群がってきた。
「その日も、いつものように町を離れた」
船はいつもと同じコースを進んでいたが、この日は少し違った。
「海賊が大砲を打ってきたんだ」
甲板には悲鳴が響き、揃えられた食器は砕けていく。
海賊たちがアドモンドの船へ押し寄せてきたその時、
「海の上に、男の白骨死体が立っていた」
男だと分かったのは着てる服と、その胸に輝く勲章のおかげだった。
「服を着た白骨死体が、海賊達をあっという間に沈めちまった」
それだけなら良かった。だが、この話はこれで終わらなかった。
「それ以来、海へ出ればその死体が表れて、船を一隻残らず沈めちまう」
「・・・今のところ漁師達に被害は出てねぇがな」
アドモンドの部下、エターナに吹っ飛ばされた男が頭を押さえながら優を見る。
「金持ちたちは怯えきって、寄り付かなくなった」
「そういう事だったんですか」
頷いて、皿の下げられたテーブルを前にホーキンスに向き合う。
「ホーキンス、勉強の時間にしましょう」
「はい、先生」
頷いたホーキンスはカードを出して並べた。
「アドモンドさん、覚えているかぎりで良いので教えてほしいんです」
「あ、ああ。?」
「その死体の服装は?胸に勲章があると言っていましたが」
「あれは間違いなく、海軍将校のものだった。服装の古さから言って、数十年前のもののはずだ」
「その方はいつもお一人で?」
「俺が見たのは兵士が数人だけだったが、中にはボロボロの軍艦を見たって奴もいる」
それを聞き、優は少し考えてからホーキンスに顔を向けた。
「ホーキンス、あなたには何が見えたかしら」
「よく分かりません」
「?」
見れば、ホーキンスは占いの結果を見下ろしていた。
「死体が海軍将校であることは間違いないようです」
屈強な戦士、正義、死、守護。
「現在を示すカードは恋人達」
どうすればこのカードに結び付くのか分からないと、首を傾げる。
「あら」
優は声を出すとどこかから大きな水盆を取り出した。
「マスター、お水を頂ける?」
水差しいっぱいに入った水を盆へ移し、手を翳すとそこを覗き込んで動かなくなる。
「何をしてるんだ?」
「見ています」
「未来をか?」
「いいえ、全てを」
ホーキンスは答えて、もう一度カードを並べた。
「俺はまだコントロールすることが出来ません。修業の身では、過去、未来さえ正確に読み解くことが出来ない」
だが優は全てを見ることができると、カードを裏返していく。
「やはり“恋人”が出ます。ですが、さっきと少し違う」
希望の星。昇天、未来がより明確になったと言えば、優が嬉しそうに声を上げる。
「まぁ素敵!アドモンドさん!この依頼お受けします!」
「え?!」
「報酬は弾んでくださいね!それと前払で!」
「この女っ!」
アドモンドの部下が立ち上がろうとするが、アドモンドがそれを止めた。
「あんたには病気を治してもらった恩もある。いくらでも出そう」
それで破産しても文句はないと言うと、優は笑って水盆に手を翳した。
「では、一番大きな船を一隻出してください。それと出来るだけ沢山のオーケストラも」
「オーケストラ?」
「ええ!パーティーには音楽が必要ですもの!!」
こうしてはいられないわと立ち上がり、いつの間にか水がなくなった盆をどこかへしまう。
「ペルドーラ!町のみんなにチラシを作ってちょうだい!五日後の夜、満月の日に海上で開催するわ!」
優は常連の中にいた一人の男に声をかけ、こちらを見ていたエターナに笑いかけた。
「エターナはドレスを持ってる?」
「い、いいえ」
「なら私のを一着上げるわ。せっかくのパーティーですもの、うんとオシャレをしなくてはね!」
言って、一通の手紙を出すとそれをアドモンドに差し出す。
「この招待状を崖の上に住んでいる“アーニー”に渡してくださいな」
このパーティーの主役ですから失礼のないようにお願いしますねと、荷物を鞄に詰め終えたホーキンスに向き直る。
「さぁホーキンス、準備を手伝ってちょうだい」
「はい、先生」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いくら一番でかい船を出した所で、町中の人間は乗せられん!」
「もちろんです。船は荷物運びに使わせていただきますね」
「荷物、人は、」
「せっかくのパーティーですよ?町中のみんなを招待するんですから、甲板は小さすぎるわ」
そう言って、弟子を連れて扉に向かって歩き出す。
「ホーキンス、ダンスは覚えてる?」
「練習をしたいです」
「そうね。海の上で踊るのは初めてですものね」
準備が大変だわと、マスターに金貨を渡して扉を閉めた。
優のいなくなった店は一度静まり返ったが、
「魔女様直々のご指名だ。俺は先に帰るぜ」
ペルドーラと呼ばれた男は、仲間達に笑って手を振る。
「印刷屋の特権だな」
「羨ましいかこのやろう」
笑って、マスターに金を払っているとアドモンドが声をかけてきた。
「さっきのはどういう意味だ!?」
魔女は何を言っていたんだと聞くが、店のみんなが笑い出す。
「そんなの分かる訳ねぇだろ!」
「あれを理解出来んのなんかホーキンスだけじゃねぇか?」
「俺達の人生全部使ったって“魔女”を理解できる訳ねぇよ!」
「だ、だがっ」
戸惑っていると、ペルドーラはおどけたように帽子を取ってお辞儀をし、一枚の名刺を差し出した。
「創業200年の印刷業者、“ボレー”をどうぞご贔屓に」
名刺を受け取れば、帽子をかぶり直して口角を上げる。
「魔女が町を巻き込んで“奇跡”を起こす時は、いつもうちが発信をさせてもらってる」
代々なと付け足して、飾られている写真を示してきた。
「なんならうちの写真も見に来るか?」
「オメェのとこよりうちのが付き合い長ぇぞ!」
「お前の代で潰れんじゃね?」
「ふざけんな!」
仲間たちと笑いながらペルドーラは出て行った。
名刺と残っている常連達の顔を見ていれば、
「集まる奴らは、代替わりしても集まる」
そう呟いて、マスターは娘の頭を撫でた。
「次はお前だ」
「うん」
