番外編 ⑨奇跡の魔女
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ホーキンスが優の弟子になって一年ほど経ったある日、とある店へ来ていた。
「ミルクに砂糖は?」
「四つ」
「じゃぁ蜂蜜は?」
「大さじ六杯」
「暖炉の上に用意したミルクは?」
「砂糖も蜂蜜も入れずにカップ一杯」
「ご明答よ」
暗いバーの奥で、優は笑うとミルクをたっぷり入れた紅茶をホーキンスの前へ置いた。
「ホーキンスは砂糖を幾つ入れる?」
「一つでお願いします」
「蜂蜜を入れてみても美味しいわよ」
テーブルの上に酒の類はいっさい無く、いくつかのカップと紅茶、ミルクが用意されていた。
不思議なお茶会と会話が続いているそこに、四人の男が近づいていく。
バーの店主や、常連の客、たまたま居合わせた客全員の視線が注がれた。
「あんたが、この店に出入りしてる“奇跡の魔女”か?」
「さぁ、どうかしら。私が魔女である事は間違いないですが、“奇跡”を起こした覚えがないんです」
きっと人違いだわと、優はニコリと笑って紅茶を一口飲んだ。
「さぁホーキンス、勉強の続きをしましょう」
「はい、先生」
優よりも奥の席に座っていたホーキンスは、テーブルを繋げた隣の席にカードを並べていく。
「魔女って事が間違ってなけりゃなんでもいい!あんたに頼みたい事があるんだ!金なら払う!!」
男の言葉を聞いて、魔女はカップを置くとホーキンスに話しかけた。
「ホーキンス、魔法はなんのためにこの世にあるのかしら」
「先生は“幸せになる為”とおっしゃいました」
「そうね。“幸せ”って何かしら」
「それは“人それぞれ”だとおっしゃいました」
「私の思う“幸せ”って何かしら」
ホーキンスは最後のカードを並べ終え、一度手を止める。
「誰かとテーブルを囲んで、美味しいものを食べることは最高の思い出になるとは教えていただきました」
「そうね、それも私の感じる“幸せ”の一つね」
笑って、テーブルに肘を付けるとその手に顎をのせ、男達を見る。
「私の魔法は私利私欲の為に使うものではないの」
ごめんなさいねと、美しい笑顔と色香の漂う赤い唇で言う。
「ホーキンス、これから何が起こるかしら」
「まず、一人が怒ります」
「こっちは仕事で来てんだぞ!話しを聞くだけでもして良いんじゃねぇのか!!」
「もう一人も怒ります」
「俺達も生活がかかってんだよ。痛い目見たくねぇなら協力しろ」
「マスターが止めに入ります」
「あんた達、うちには“魔女には逆らわない”ってルールがあるんだよ」
ふふっと笑って一番前にいた男に話しかける。
「あなた方がお困りなのは分かりました。ですが、まだ私の心は揺れません」
苦笑して、申し訳なさそうに眉を垂らした。
「ホーキンス、次は何?」
「道が二つに別れています」
そう言って、ホーキンスは男を見る。何を考えているのか感情の読めない眼に、男は汗を垂らした。
「諦めて帰るか、先生とお茶を飲むか」
「それは素敵な道だわ」
優は男の顔を見て首を傾げる。
「お茶に誘ってくださる?」
優の向かいに男が座り、マスターが持ってきた紅茶とケーキをセッティングしていく。
「ありがとう。ここのケーキはいつ来ても美味しいわ」
「あなたとホーキンスくらいですよ、うちに来て紅茶とケーキを頼むのは」
「俺はマスターのケーキが好きですよ」
「ありがとよ」
立派な髭の生えたいかつい顔で笑いながら、ホーキンスの頭を撫でてカウンターへ戻っていった。
「随分、気に入られているらしいな」
「長い付き合いですから。それを差し引いてもよくしてもらっていますけどね」
「先生が気に入っている店はどこも居心地が良いです」
「それは私もそう思っているからかもしれないわね」
笑って、紅茶の香りを楽しみながら一口飲んだ。
「アドモンドさんは紅茶がお嫌い?」
「、いいや」
「そう、良かったわ」
「・・・俺は、あんたに名前を教えたか?」
「いいえ。ですが一緒にお茶をしているんですもの、名前を呼べないのは味気ないと思いません?」
「・・・」
「やっぱり、ここのカヌレは美味しいわ」
「前に食べたフォンダンショコラも好きでした」
「・・・」
目の前で繰り広げられているお茶会に、どう対処して良いのか分からない。
「アドモンドさんは甘いものはお嫌いでした?」
「いや、俺は糖尿病で、食事の前に薬が必要なんだ」
今その薬を飲むと、後ろにいる部下に振り返れば、
「あら、それは悲しいわね」
美味しいものを食べることに制限があるのは辛いと、アドモンドの前におかれている紅茶に手を近づける。
紅茶にはなんの変化も見られなかったが、
「これを飲めば病気が治るわ」
魔女はそう言って笑いかけてきた。
「ふざけんなよテメェ!!」
後ろで座っていた一人の男が立ち上がり、声を荒げながら近づいて来る。
「俺達が諦めねぇと分かったらボスを殺す気か!」
「とんでもない」
男が怒鳴っても、優は笑顔を絶やさない。
しかし、店にいるマスターや常連たちはいつでも動けるように身構えていた。
「魔法は“幸せになる為”にあるんです。アドモンドさんを殺したりしませんよ」
「何が魔法だ!どうせその体で男に取り入って来たんだろうが!!」
この売女が。
男の声が響くと同時に、小さな生き物が飛んできて男を吹っ飛ばした。
「すごいわ、もうそんなに強くなったのね」
「はい、お父さんが鍛えてくれます」
礼儀正しくお辞儀をするのは、従業員用の服を着た女の子だった。
ホーキンスと同じくらい幼いだろうその子供は、壁に激突した男に近づき、気を失っていることを確かめる。
「エターナよくやった。お前はオーブンを見てろ」
「うん」
マスターが来て、男を肩に担ぐとアドモンドを見下ろす。
「この店で魔女に逆らうのはご法度だと言ったはずだ」
その紅茶を飲むことが出来ないならこの男を連れてさっさと出ていけと、こちらを見ている残りの部下に男を渡す。
「おい!この町でアドモンドさんがどんだけ力があるか分かってんのか!!」
「だからどうした」
権力が怖くて店が出来るかと、マスターは男達を睨み続ける。
「この町をよく知りもしねぇ新参者が、立ち入る場所を間違えるなよ」
「アドモンドさんはこの町に来てどれくらいなんです?」
マスターの後ろから優が微笑みながら聞けば、答えろというように顎で示される。
それも周囲から向けられる視線のプレッシャー。
「今年で四年だ」
「なら、私を知らなくてもしょうがないですね。最近はこの町にも来ていなかったですし」
「・・・あんたは、いつからこの町に?」
「住んだことはありませんが、この町が出来た時から出入りしていましたよ」
「ああ?」
「もっと言うなら、この町が出来る前からかしら」
ニコリと笑って、この町が出来る前、何百年、何千年も前に滅んだ王朝の名を上げ、
「ルビール五世の王妃、シンシアとは友達でした」
その王朝を造ったとされる王の名を口にした。
「は、ははは!とんだほら吹きだぜ!この店の奴らは全員それを信じてるって訳か!?」
部下の一人が叫べば、マスターはため息を吐いて店に飾ってある写真を示してきた。
「この町で今の話しを信じてねぇのは、よそ者だけだぜ」
数枚ある写真は、全て開店記念のものだった。
「マスターの代でお店の雰囲気が変わりましたけど、」
私ここで食べるケーキと紅茶がお気に入りなんですと、魔女が笑う。
「あんたっ、いったい何歳なんだっ!」
「あら、女性に歳を聞くのは失礼ですよ?」
飾られている写真すべてに、今と変わらない魔女の姿が写っていた。
アドモンドもその部下も、驚きのまま固まって優を見る。
「アドモンドさん、私をお茶に誘って下さったのはとても嬉しいんですが、」
一緒にテーブルを囲むことが出来ないのならお引き取り下さいと、微笑む。
「そろそろホーキンスの勉強に戻りたいんです」
「、そいつは」
「私の弟子です。とても優秀な魔術師です」
「まだ修業の身です」
「ふふ、それでもよ」
アドモンドは、まだ幼い角の飾りを頭に付けた子供を見て唾を飲み込む。
「俺の時間も無限だが、無駄に消費するつもりはない」
座るか帰るか早く決めてくれと、感情の篭っていない眼で見られ、テーブルの上でまだ湯気を上げているカップを見る。
「さっき、この紅茶に何をしたんだ」
「あなたの病気が治るように魔法をかけました」
「な、なぜ、俺の病気を治す」
「それが一番早いと思ったからです」
笑って、カヌレを一口大に切り、
「一緒にテーブルを囲んで美味しいものを食べる。それはとても幸せな事です」
パクリと食べて、笑顔をホーキンスに向ける。
「やっぱり、ここに来て良かった」
「先生の作るケーキも美味しいですよ」
「ありがとう。でも家にばかりいては外が見えないでしょう?」
だから外出は大切よと、カップを持ち上げる。
アドモンドは意を決し、紅茶に手を伸ばす。
「アドモンドさんは、魔法を信じます?」
「いいや。今までそういったものを数えきれないほど見てきたが、どれも偽物だった」
そう言って、琥珀色の水面を見つめる。
「どいつもちゃちな金稼ぎで、大金を前にすれば直ぐにボロが出た」
「それなのに魔女の私に仕事の依頼を?」
「・・・この町は、どうも妙だ」
なにか困ったことがあれば“魔女がいれば”と口にする。今回の事も、誰に相談しても魔女を待つべきだと意見する奴ばかり。
「これで俺が死んだら、あんたはどうする」
「私も引退の時が来たんだと悟ります」
肩を竦めていえば、アドモンドは笑ってカップに口をつけた。